『夜間飛行』

また靴を履いて出かけるのは何故だろう
未開の地なんて、もう何処にもないのに

『そうざい料理帖 巻二』 池波正太郎

2011-10-10 | Books(本):愛すべき活字

『そうざい料理帖 巻二』
池波正太郎(日:1923-1990)
2004・平凡社
2011・平凡社ライブラリー


++++

私が、はじめて入った資生堂パーラーの二階の席へ坐ったとき、白の制服に身をかためた少年給仕が来て、注文をきいた。

この少年が、山田君だった。


二人は、共に小学校を出て、すぐさま、はたらきに出た身であることを、目と目を見かわしたとたんに確認した。

二人とも、もう顔へニキビが出はじめていた。


私が注文したのが、チキンライスだったのはもちろんだが、つぎに行って、

「今日もチキンライス」

と、いうと、山田君が、

「今日はマカロニ・グラタンいかがです?」

「マカロニ・・・・・・」

マカロニなんて、そのときまで、見たことも口にしたこともなかった。


「うまいですよ」

「よし。それ、下さい」


何事にも好奇心が旺盛な年ごろだ。

私はマカロニ・グラタンに挑み、熱いトマト・ソースの香りと味に満足し、

(こりゃあ、西洋饂飩(うどん)だな・・・・・・)

と、おもった。


つぎに行くと、山田君が、

「今日は、ミート・コロッケがいいです」

決定的にいう。


このコロッケにも、私はびっくりした。


(勝手に中略)


ところで、私が一年ほど銀座をはなれている間に、山田君は資生堂パーラーをやめてしまった。

そして、太平洋戦争がはじまった。


私は海軍にとられ、新兵教育を終えたのち、曲折を経て、横須賀海兵団の浪人分隊(第三分隊)へもどって来た。


夏の或る日、体操の時間に飛び出して行くと、向こうから駆けて来た水兵が、

「あっ・・・・・・」

と、叫んだ。


山田君だった。

「しばらく・・・・・・」

「海軍は辛いねえ」


語り合う間もなく、たがいに分隊の名を告げ、

「明日ね」

「きっと・・・・・・」


あわただしく別れ、私は分隊へ駆けもどって来た。

明日をたのしみにしていると、ちょうど、この日に私の配属が決まった。

横浜航空隊への配属だった。


浪人水兵五名と共に、翌朝、横浜へ向かった。

山田君の分隊を訪れる暇はなかった。

それきりである。


彼は、どのような戦雲を体験したろう。


++++


この巻二は、「昭和の味のする献立」をテーマにして選ばれたものだが、数ある食関係のエッセイのなかでも、トップクラスで好きだ。

なんで一冊の本のなかで、ここまでコロコロとフォントのサイズが大きくなったり小さくなったりするのか分からんが、内容は好き。

矢吹申彦氏の挿絵もいい。


強いて言えば、個人的に第三部でお寿司屋さんと会談する

『鮨と天ぷら談義』

はちょっとウザいなあ。


「最近の客は味も分からず、マナーもなっちょらん」的な話の流れなんだけど、今も昔も、良い客もいりゃあ、悪い客もいるはずだからね。


喋ってる本人たちが気持ちいいだけの、単なる酒飲み話レベル。

こういうのは、わざわざ本にしないで、勝手にどっかで駄弁っといて欲しい。

この辺の会談全般、第三部が無かったら俺にとっては完璧な本だった。


それにしても、高丘卓氏の『あとがきにかえて』は圧巻。

俺、この5頁を3回読んだよ。

これは完全に私小説(読み物)。


加えて、このなかで氏が引用している長谷川伸先生の都都逸(どどいつ)、

―――あすも仕事のある嬉しさに威張つてたらふく食ふうまさ―――

これ今後、俺の座右の銘にしますから、ヨロ。

■YOUはShock(食)!!
『壇流クッキング』 壇一雄 (1975)
『土を喰う日々』 水上勉  (1978)
『よい匂いのする一夜』 池波正太郎 (1981) 
『喰いたい放題』 色川武大 (1984) 
『酒食生活』 山口瞳 (2002)
『そうざい料理帖 巻二』 池波正太郎 (2004) 
『食の王様』 開高健 (2006) 
『やさしさグルグル』 行正り香(2008) 
『ちびちびごくごくお酒のはなし』 伊藤まさこ(2009) 
『ごはんのことばかり100話とちょっと』 よしもとばなな (2009)
『小津安二郎 美食三昧 関東編』 貴田庄 (2011)
『サンドウィッチは銀座で』 平松洋子 (2011) 
『ひと皿の小説案内』ディナ・フリード (2015) 


<お買い物なら尼村>
そうざい料理帖 二 (平凡社ライブラリー)
池波正太郎
平凡社

 


コメント (2)    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 続々・品川の夜が更けないのは | トップ | 『ダンス・ダンス・ダンス』 ... »

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (Unknown)
2011-10-22 01:37:27
食関係のエッセイといえば、「安閑園の食卓」は読まれましたか?とても良いですよ。じんわりきます。
Unknown (夜間飛行)
2011-10-25 03:48:55
料理+郷愁みたいなテーマからしてツボなので、なんか読む前から恋の予感です。

是非とも読みたいです。

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。