ーー我は先生に抱えられ台の上に乗せられ、注射を打たれた…。
ーーその瞬間。我の記憶に、以前に同じ公園に住んでいた同胞の言葉が蘇った…。その同胞は以前に人間に飼われていた飼い猫であった。だが、その飼主とはあまり性格が合わず家を出たのだという。その同胞は外に出歩くのが好きだった。狩りも我よりも上手であった。人間になど養われずとも、十分に生活する力があったのだ…。
ーーその同胞は人間に飼われる前に”保健所”というところにいたという。
ーー”保健所”とは、飼い主のいない犬や猫を一定期間保護し、そして、引き取り手のない我らを殺処分する場所だという…。
ーー殺処分?
ーー不吉な響きのある言葉の意味を、我は同法に問うた。
ーーそして、恐ろしい事実を聞かされたのだ。
ーー殺処分とは、我らを殺して処分する、ということだ、と…。
ーー何故だ。
ーー何故、公園の片隅で、平和に暮らしている我らを捕らえて、そんな残酷なことをするのか…。
ーー我らが、人間に何をしたというのか…。
ーー保健所とは、一定の数の同胞を纏めて…と聞いていたが…。
ーーここでは我だけを…。
ーー1頭一頭…。
ーーそして、あの人間は、何故、我をこのような場所に連れてきたのか…。
ーー我に飽(あ)いたのなら、なぜあの公園にそっと話してくれなんだのか…。
ーーうらむぞ、人間。
ーー絶対に、許さぬ…。
ーー腕に冷たい液体が入っていくのが解る…。
ーーチクリとはしたが、コレで我は、もう怖い思いをせぬのだな…。
ーー人間に、淡い期待を抱いた我が馬鹿だったのだ…。
ーー意識が霞む…。
ーー顔に、何かが被せられた…。
ーー我の意識は、途絶えた…。
■ ■ ■
ーー下腹部に違和感がある…。
ーーん、ここはどこだ?
ーー我は周囲を見回した。
………。
ーー視界が霞む…。
ーーうむ、眠い…。
ーー我は眠りに付いた。
ーー我は意識を取り戻した。
ーーここは、元の部屋か…。
ーー我は周囲を見回した。
ーーなんか、下腹部と、視界に違和感が…。
ーー視界が、狭い…。
ーーん?
ーー首にも違和感が…。
ーーちょいと、首でも掻き掻きしよう、と…。
カツッーー。
ーーなんだ。むずい場所に爪が届かぬ。
ーーなにか、首に嵌められておるぞ。
ーーなんだ、コレはッ!
ーー我は、首を振った。
ガン! ガンッ!
ーー狭い空間に虚しい音が響き渡る。
ーー何故だ、何故、我がこんな目に…。
ーーさっきからうるさいわねぇ!
ーー不意に、床下から声が上がった。
ーー私達は、病気や怪我でここにいるんだ。そんなに騒いだり、物音を立てるのはやめておくれよ。
ーーそ、それは済まなんだ。我はその…。
ーーまったく、うるさいったらないね…たかが避妊じゃあないか。
ーーな、なにもそんなに怒らんでも…それに”避妊”とは、我は、その…。
ーーまぁ、いきなり連れてこられて眠らされたんだ、仔猫じゃ怖くなるのも仕方がないね…。
ーーわ、我は仔猫ではないぞ。取り乱し、騒いだのは悪かったが、我は立派な成猫であるぞ。
ーーなにを言っているんだい、私もここにいる皆も、あんたがここに運ばれて、手術室に連れて行かれたのも見てるんだよ、注射に怯えてピーピー泣いて。それが大人のやることかい。
ーーな、なにも、そんなに怒らんでも…わ、我は、殺処分されると思ったのじゃ、だから…その…。
ーー殺処分? バカ言ってるんじゃないよ。ここは病院、そんなコトするはずがないだろう。
ーーだ、だが、我は…(あまりの剣幕に、我は言葉を続けられなんだ)
ーーあんたは、避妊。全くの健康体、避妊以外、何もせらちゃあいないよ。
ーーな、なぜ、そんなことが主に解るのだ、そ、それに主は誰だ。
ーー私は”クロ”飼い猫さ。
ーーな、なんと、飼い猫とな…。その飼い猫がなぜ、こんな場所に、そなたも避妊手術を受けたのか?
ーーフンッ。私の避妊はずっと昔、あんたの生まれるずっと前さ。
ーー馬鹿にするでないわ。我は、見た目よりも、だいぶ長く生きておるのだぞ。
ーーあーぁ、可哀想に…先生は麻酔の量を間違えちゃったのねぇー。
ーー(”麻酔”の意味は解らぬが、馬鹿にされたのは解ったぞ)な、何をいうか、我はこんな姿だが、目覚める前は成猫の、人間のいうキジ猫であったのだッ!
ーーそうかい、寝ぼけているんだね、もう少し休んだらどうだい?
ーーバ、バカにするでないわ、我は正気ぞ、お目々もぱっちりぞ!
ーーあぁ、そうかい。解った解った、それじゃあ私は休むから…。
ーーな、さっきから何じゃその態度は、我は目覚める前は公園で自立した猫であったのだ。そなたに馬鹿にされるいわれはないぞッ! (小馬鹿にしたような態度に、我は肚を立てた)
ーーなんだい? あんたもしかして転生猫かい?
ーー転生猫とはなんだ? 我はさっきから生意気な口を聞く”クロ”の姿を見ようと檻の入り口に移動し、下を覗き込もうとしたが、首に巻き付き、視野を妨げる人工物に妨げられ、その姿を見ることはできんかった。
ーー生まれ変わり猫のことさ…。稀にいるというーー亡くなるときに強い思いを残した猫と、身体にはまだ余裕があるけど、精神が身体から離脱してしまった同胞が近くにいたときに、奇跡的に起こるという現象のことさ。
ーーなんと、我が生まれ変わり…(我は爪が根本から抜かれてしまった爪と、無残に断ち切られてしまったはずのしっぽを見た。
ーーよほど酷い目に遭ったんだね。きついことを言って悪かったよ。
ーー(”クロ”はトーンダウンしたようじゃった)いや、我は気にしてはおらんよ。我は小さなことは気にせん猫じゃからな。
ーーそうかい、あんたはいい猫なんだね。
ーー良いかどうかは解らんが散々な目に遭わされたわ。
ーーそれは、大変だったね。
ーーそなたはどうなのだ、人間の許を離れた猫には、人間は勝手だと聞いておったが…?
ーー私は、大切にされた猫なのさ。
ーーそういった”クロ”の声は、本当に幸せそうに聞こえたーー。