ふるさと!-秋田仙北平野を歩く-

ふるさと秋田の「仙北平野」をくまなく巡り歩き、その写真とエッセイを掲載します。

★旧太田町横沢を往くー2(その4)

2017年01月25日 | 旧太田町を往く

●歩いた日:2016914日(水)

●歩いた所:柳持・中屋敷・伊勢堂・南村・中村、戸堂目木・二ツ塚・赤坂

●歩いた足跡(ログ)(道のり:9.2km)

 水路の脇を通って、車で走って来た道に出ると、水路を渡る橋のそばに「下堰跡」の標柱が建っている。

📷008:「下堰跡」の標柱

 この日は偶然にも「上堰」、「下堰」両方の標柱に出会う。「下堰」も旧市町村別の地図に「下堰用水路」として載っている。

 「下堰」は、「米沢新田村」(この村は、「地名へのいざない」によると、今の「旧中仙町豊川」の「観音堂」とのこと)の新田開発のために開削、「上堰」と同じく、江戸時代中期1684年に完成、「白岩堂野口」から「窪堰川」まで16km、との説明がある。

 写真中央の道脇に、駐車してある車が小さく写っている。道路沿いのプランターは「羽黒堂」からここまで切れ目なく置かれている。

  今回は、「上堰」、「下堰」、茅葺の曲屋など、昔を偲ばせる光景に出会ったので、改めて、23年の航空写真(国土地理院)をじっくり眺めて見た。ただ、いきなり23年の写真と現在の地図を重ね合わせることは困難である。そこでS51年の航空写真を介してポイントとなる場所を特定してみたのでご覧いただきたい。

S51年)

S23年)

 まず、23年の写真をみると、終戦後になって本格的に着工された大規模な農業用水路(「田沢疎水」など)がまだ未開通で、あちこちに森林や畑地と思われる土地の多いことが目立つ。

 S51年と23年の写真を見比べると、道路や、島のように浮かんで見える屋敷林の配置などから、位置を特定することが容易である。本文に掲げた📷002003004005を写しながら歩いた道、そして「上堰」、「下堰」や茅葺の曲屋などを、改めて古い航空写真でたどってみる、こんなことも歩くことの大きな楽しみである。

(終わり)

 ● これまでブログに掲載したログの累計(通算した道のり66.6㎞)


 次回は、「旧中仙町清水を往くー1」を予定しております。

 

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