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くるりんの日記

私の日々の出来事で印象に残ったこと、思ったことを日記にしてみました。

草津宿本陣

2012年07月21日 | 旅行
蓮の花を見たあと、帰りに草津市駅近くにある国指定史跡「草津宿本陣」に立ち寄りました。
草津宿は、東海道と中山道の分岐・合流点で東海道53次の52番目の宿場でした。
草津宿には2軒の本陣、2軒の脇本陣、72件の旅籠の他たくさんの建物があったとのこと。中でも本陣は、大名などの専用宿泊施設として格式高い建物でした。草津宿の本陣の一つの田中七左衛門本陣は、当時の姿をとどめた建物として、旧東海道随一の本陣として保存されているそうです。建物の他にも多数の関札、大福帳(宿帳)が残されています。
たまたまこの本陣の中にいる時に雨に降られました。ちょうどその時団体(と言っても7名くらい)にボランティアガイドさんが説明をしていたので、一緒に紛れ込んで説明を聞きました。とてもおもしろかったです。
宿帳の中にはかの有名な忠臣蔵の吉良上野介、浅野内匠頭の名前もありました。この2人は数日の差でニアミスだったそうです。また皇女和宮も休息をしたそうです。そして、新撰組の土方歳三・伊藤甲子太郎、斎藤一も宿泊したとのこと。こんな格式高い宿に新撰組が???と思いましたが、ボランティアのおじさんによると、幕末近くには本陣という制度もなくなりつつあり、格式がなくなったとのことでした。
廊下も畳廊下で、大変きれいに保存されている立派な本陣でした。
当時は宿場町として随分栄えたことでしょう。今は面影はこの本陣くらいではないでしょうか。町としてはすたれているなぁと感じました。
本陣を出るときは雨も小雨になっていました(ラッキー(^^)v)。
それから少し歩いて草津宿街道交流館を見学して帰途につきました。
その帰途の途中、ものすごい局地的豪雨に遭遇しました。車のワイパーが動いても前が見えにくいほどのすごい豪雨です。朝は晴天で暑かったのに・・・。でも帰りでよかったです。
写真は外からしか撮影禁止なのが残念でした。
 
 


丹波篠山街道

2012年07月07日 | 旅行
今日は曇り空。今にも雨が降ってきそうな空模様です。
でかける予定ではなかったのですが、急に思い立って、司馬遼太郎の「街道をゆく」の「丹波篠山街道」へ行くと主人が言い出しておでかけ。いつもより出発が遅くなりました。
まずは京都の長岡京方面へ→「大原野神社」に到着。
どんな神社かと思っていましたが、1200年の歴史あるとても立派な神社でした。藤原氏一族の神社と言われています。杉の木もとても大きいものがたくさんあります。杉の下で写真を撮りましたが、木が大き過ぎて全部カメラに収めるのはむつかしいです(全部入れると私が小さくなりすぎて見えなくなりそう・・・)。
大伴家持が愛飲したという「瀬和井の清水」と呼ばれる名水もありますが、今は水はそれほどきれいではありませんでした。
大原野神社は奈良の春日神社の分霊を祀ったのが起こりとされています。そのためでしょうか、拝殿は鮮やかな朱色です。
拝殿まで鳥居を3つくぐります。二の鳥居をくぐってしばらく行くと奈良の猿沢池を模して作った「鯉沢池」がありちょうど水連が満開でした。ところどころに「花の寺に至る」という道標があります。この「花の寺」というのは「勝持寺」です。が、今日は残念ながら勝持寺には立ち寄らずでした(花の季節でもないし・・・)。
拝殿の前にある狛犬は犬か獅子が普通ですが、ここでは「鹿の狛犬」でした。向かって左が雌鹿、右が雄鹿です。
拝殿ではちょうど京都の某大学の学生達がお祓いを受けていました。「必勝祈願」の千羽鶴も奉納していました。何の必勝祈願なんでしょうね。
 
 
  

戻り道の途中で蓮の花をゆっくり見てまわりました。とてもきれいでした。
 
 

帰りに少し雨が降り出しました。

大原野神社をあとにして、老ノ坂を越えて亀岡へ。
ここは明智光秀の居城亀山城があったところです。が、今は城跡しかなく、それも面影はまったくありません。車で下車することもなく一周して園部→天引峠(これも今は峠ではなくトンネルになっていました)→途中で大きい一本杉がありました→篠山城跡へ。篠山城跡はきれいに整備されています。ここで遅めのお弁当を食べました。
 
 

篠山城跡を見学したあと丹波の立杭というところに立ち寄りました。一体は立杭焼(立杭を窯場とする丹波焼)の窯が並んでいますが、今日は平日ということもあり、人が全く見当たりません。今日は休みなのかなぁーと思うほどのさびしさでした。店に入って立杭焼きを見ましたが。食器を手にとってみると、見た目よりもとても軽いというのが第一印象でした。窯は今日はお休みということで外からしか見ることができませんでした。
今日は出発が遅かったし、特に見るべきところも少なくちょっとさびしかったです。そのまま三田を通って帰ってきました。
車に乗っている時間が長かった1日でした。

街道をゆく 洛北諸道「常照皇寺」

2012年06月14日 | 旅行
今日の最後は、右京区にある常照皇寺へ。この寺は、春の桜の頃、枝垂れ桜でも有名です。一度桜の季節に来てみたいと思っているのですが、残念ながらまだその機会に巡り合っていません。今日は桜とは全くかけ離れた季節ですが、一度来て見たかった常照皇寺です。常照皇寺は開山650年となる、歴代天皇の帰依を得た皇室ゆかりの寺です。
その昔、伴を連れた旅の僧が通りかかりました。その日の宿を捜していた僧を村の童が荒れ寺に案内しました。二人のために村人は食べ物を持ち寄り、懇ろに挨拶しました。実はこの旅の僧は、元は南北朝北朝の初代上皇、出家して「無庵和尚」となった光源上皇でした。お供の道覚は村人の親切に感謝し、荒れ寺を改創します。が、その二年後光源上皇は崩御されました。その菩提を弔うために開山を天皇とし、禅刹に改め臨済宗天龍寺派禅宗「常照皇寺」と定めました。
 
 

階段を上がり、山門へ。山門をくぐると勅頼門までなだらかな石段が続きます。季節柄通る人は私たち二人だけという静けさです。勅頼門を通ると勅使門への階段が目の前にあります。が、私達は勅使門からは入れません。階段の下を左に折れて方丈から入ることになります。方丈の入口には屋根瓦があり、菊の御紋が描かれていました。
主人はそこでストップ。私は方丈の中へ入りました。本当に誰もいなくて、とても静かです。方丈の鴨居の位置に仏像が祀られています。上から見下ろされるというのも不思議な感覚です。前庭にはもう緑の葉が生い茂っている「九重桜(天然記念物の枝垂れ桜)」、「御車返しの桜(一重と八重が一枝に咲くという桜)」、御所から株分けされた「左近の桜」の木がありました。花の季節でないのが本当に残念です。また、裏庭にもとても美しい庭園があります。
廊下を渡り怡雲庵へ。開山堂にたくさんの仏像がありますが、それも上から見下ろされているような感覚になります。
 

その頃になると団体がやってきました。この季節に常照皇寺に観光バスでというのもめずらしいですね。その人たちと入れ替わりに寺をでました。今日は駆け足での参拝でしたが、また花の季節にゆっくりと来たいものです。でも花の季節は人が多くて静かに愛でることはできないのでしょうね


鞍馬山

2012年06月14日 | 旅行
今日は朝からとてもいいお天気です。主人も私も仕事お休み。
主人の司馬遼太郎の「街道をゆく」をたどる小旅行に簡単なお弁当作っておつきあいで車でおでかけ。今日の予定は「鞍馬寺→貴船→花背山峠→常照皇寺」とかなり欲張りのコースです。
どちらかというと、私は数少なくじっくり見てまわりたいのですが、何分助手席に座っているだけなので文句言えません。でも現地に着くと、計画した主人ではなくて私の方が夢中になっています。結果的にはやはり欲張り過ぎのコースで貴船は今回はパスしました。

まずは鞍馬寺へ。鞍馬寺は初めてです。思っていたより大きい規模の寺で驚きました。
鞍馬寺は奈良唐招提寺の鑑真和上の高弟、鑑禎上人が宝亀元年(770)、鞍を背負った白馬の導きで当山に至り、毘沙門天を感得して草庵を結んだのが始まりです。(鞍馬寺の立札より)

ここは天狗が住む寺、牛若丸が預けられた寺としても有名です。入山料を払ってまずはケーブルカー乗り場に・・・。
 

ケーブルカーの乗車券は花びらの形をしています。「何の花びらなんですか?」と聞いてみました。「蓮の花」の花びらとのことでした。片道100円、安いなぁと思っていたらアッ!という間に着いてしまいました。でもかなりの急勾配なので歩いて登ると大変です。ケーブルカーを降りたところに多宝塔があります。そこから本堂に向かって石畳が続いていますが、途中からは階段です。何段あるのでしょう・・・日頃の運動不足がたたっています。
 

・・・やっと本堂に到着。今まで何か所でも気付いたのですが、通常狛犬のあるところが、「虎」なんです。事前勉強不足の私は???これまたあつかましくお寺の方に聞いてみました。「どうして狛犬が虎なんですか?」お寺の人曰く、「鞍馬寺は毘沙門天を祀ってあります。毘沙門天は寅年の寅の刻(午前3時)生まれです。そのため虎は毘沙門天の使いとされてるからです」とのことでした。
あぁ、また知識が一つ増えました。
 



本殿にお参りして奥ノ院の方に向かって進みました。途中からすごい階段です。主人は「23息つぎの水」でへばってしまいました。
 
私はまだまだ元気。「27大杉権現」まで行きたくて、そこから一人で登っていきました。とても急な階段が折れ曲がりながら続きます。本殿までの階段など比べものになりませんでした。
 
登り切ったところが「25背比べ石」です。そこから「26木の根道」を通って「27大杉権現」に到着です。
「木の根道」には岩盤が固く地下に根を張れない杉の根が地表に張り巡らされて見事な模様を描いています。ここで牛若丸が跳躍の練習をしたという言い伝えがあります。なんだか牛若丸が見えたような気がしました。と思ったら、小学生低学年の集団でした。なんと貴船側から登って来たとのことでした。小さい子は元気ですね。先生の方が大変かも・・・と思ってしまいました。
 

先生にお願いして大杉権現を背に写真を撮っていただきました。
 
あと少しで奥の院ですし、本当はまだまだ先まで貴船まで行って見たかったのですが、主人が待っていること。車なので貴船まで行くと戻るのが大変、携帯電話は通じないということで、大杉権現から引き返しました。戻る途中でも登ってくる人達とすれ違います。みんな「まだ大分ありますかぁ?」と聞いてきます。「もう少しですよ」と言いながら引き返してきました。
この鞍馬山にある由岐神社にも行きたかったのですが、今回はパス。また秋の紅葉の季節に1人ででもゆ~っくり来て、貴船まで降りたいなぁと思えるところでした。

談山神社(たんざんじんじゃ)と石舞台

2012年06月02日 | 旅行
◆談山神社(たんざんじんじゃ)。
奈良県桜井市多武峰(とうのみね)にあります。祭神は藤原の鎌足、大化の改新発祥地と言われています。
645年に中大兄皇子と藤原鎌足が、この神社の裏山(「談い山(かたらいやま)」で蘇我入鹿討伐の極秘の会談をし、「大化の改新談合の地」の伝承が残りました。「談山神社」の名前もここからきているとのことです。
広い境内には見るべきものがたくさんあります。写真もたくさん撮影したのですが、一部をブログに残しておくことにしました。
紅葉の季節にくるとどんなにきれいだろうと思えるような神社でした。
ここでは携帯電話(ソフトバンク・auとも)は圏外となりつながりませんでした。まずは遅めの昼食を「けまりの庭」のベンチで食べました。その後、神廟拝所へ。神廟拝所の壁画には拝観券にもある「天女奏楽図」「羅漢」などの美しい絵が描かれています。また藤原鎌足公の像もありました。
拝殿の長い回廊に沿っての吊灯籠がとてもいい雰囲気です。この拝殿の中には神社の宝物がたくさん展示されています。中でも「多武峰縁起絵巻」はおもしろく、ゆっくりと見てまわりました。絵巻の一部だけですが下に・・・。私はこの絵巻がとても気に入りました。とても興味深かったです。
左の絵巻:「多武峰山中での談合 本殿裏山」です。向かって右が中大兄皇子、左が藤原鎌足です。
右の絵巻:「曽我入鹿誅戮図」です。刀を振り上げているのが中大兄皇子、弓を持っているのが藤原鎌足です。
 

拝殿から反対側を見ると、そこに色鮮やかな「本殿」があります。本殿を出ると目の前が十三重の塔です。木造の十三重塔としては世界唯一とのこと。高さは約17mあり、屋根は檜皮葺です。
 

権殿の裏に行くと、パワースポットがありました。なんだかひんやりとした空気が漂っています。これをパワースポットというんでしょうか。と言っても、水が流れ出ている所にしめ縄を張ってあるだけなんですが・・・。
その少し下に末社総社本殿があります。八百万神を祀る総社としては日本最古の建物とのことで、かなり傷んでいますが、豪華絢爛な装飾が偲ばれます。狩野永納作と言われています。
 


◆石舞台古墳。
立ち寄るつもりはなかったのですが、たまたま帰り道でした。このあたりは歴史公園としてきれいに整備されています。あまりに人出が多かったので何かな?と思ったら石舞台でした。せっかくなので車を降りて拝観?してから帰途につきました。

街道をゆ 葛城の道「笛吹神社・一言主神社・鴨神社」

2012年06月02日 | 旅行
今日も奈良へお弁当持って主人と奈良へでかけました。
行き先は、葛木坐火雷神社(笛吹神社)→一言主神社→談山神社→石舞台古墳です。

◆葛木坐火雷神社(かつらきにいますほのいかづちじんじゃ)
 別名笛吹地区にあるため「笛吹神社」とも言われます。
 

なんてむつかしい読み方・・・。創建は神代とも神武天皇の時代とも伝えられていますが、定かではありません(古いことだけは確かです)。
小さい神社ですが、境内はきれいに掃き清められていました。しっとりと落ち着いた神社です。
境内には日露戦争時の大砲が置かれています。大半が軍に上納されましたが、当時のままの姿で残る数少ない大砲の一つです。また、本殿の横に古墳の入口があります。残念ながら入ることはできませんが、玄室の中央には石棺を置いてあるそうです。
 

現在は、火を扱う職業(飲食業、製造業、工場)や消防関係の崇敬を集めているそうです。また、笛やフルート等楽器の上達を願う人の崇敬が高く、全国各地から奉納演奏に来る人も多いそうです。

◆一言主神社(ひとことぬしじんじゃ)
本殿の南に御神木のイチョウ(乳銀杏)があります。樹齢1200年とのことでした。
この神社は「願いを一言だけ聞き届けてくださる」そうで「いちごんさん」と呼ばれて親しまれています。私も一言だけお願いしました。何をお願いしたかは ひ・み・つ です。
 
 


◆高鴨神社(たかがもじんじゃ)。
高鴨神社は、なんと京都の上賀茂神社、下鴨神社の本家(全国のカモ神社の総本社)にあたる由緒正しい神社だそうです。
祭神は天孫降臨神話の国譲りに登場する神で、大国主命の子で、皇孫の守護をした神様です。
 



本当は上の3カ所で今日は終わりだったのですが、あまりに時間が余ったので、私から談山神社(たんざんじんじゃ)をリクエストしました。

奈良 石上神宮、大神神社、竹内街道

2012年05月26日 | 旅行
今日は主人も仕事が休み。主人のリクエストで司馬遼太郎の「街道を行く」の道の一部を辿ってみました。
方面は奈良の天理方面へ。天理市に入ると、天理教の立派な建物が目に入ります。

最初に行ったのが、天理市にある石上神宮(いそのかみじんぐう)です。
境内に足を踏み入れた途端、賑やかな出迎えの声が・・・なんと鶏がたくさん・・・何かいわれがあるのでしょうか。
神社は小さいですが、日本最古の神社の一つです。境内はうっそうとした木々に囲まれ自然の姿を残しています。
拝殿はなんと日本最古の拝殿とのことで、国宝です。見るからに古そう・・・。
 

楼門をくぐると拝殿です。現存する日本最古の拝殿とのことで国宝です。1081年に白河天皇が寄進されたとのことです。
楼門の向かいにはこれも国宝の摂社出雲建雄神社拝殿があります。
また、境内はうっそうとした木々に囲まれ、自然の姿を残しています。
 

 


次に行ったのが三輪素麺の産地、三輪山にある大神神社(これで「おおみわじんじゃ」と読むそうな・・・さきほどの「いそのかみじんじゃ」と言い、読み方がむつかしい)です。この神社は規模も大きくとても立派です。
遠い神代の昔、大国主神が自らの幸魂(さきみたま)・奇魂(くしみたま)を三輪山にお鎮めになり、大物主神の名をもってお祀りしたのが始まりとのこと。そのため、本殿は設けず、拝殿の奥にある三つ鳥居を通して三輪山を拝するという我が国最古の神社とのこと。こんな大きい神社があるとは知りませんでした。有名なものは橿原神宮と思い込んでいた私です。
どちらかというと、最初の石上神社の方は静かで好きですね。
ちょうど結婚式を挙げたばかりの新郎新婦もいました。なんだか久しぶりに見る文金高島田、とても新鮮に見えました。この境内でお弁当を食べて、今日最後の目的地、竹内(たけのうち)街道へ向かいました。
 


昔の街道を通り過ぎてしまうところでしたが、なんとか竹内街道歴史資料館(太子町)に辿り着きました。
資料館を見て、帰途に着きました。

菜の花と洲本城

2012年03月27日 | 旅行
今日は主人も休み。朝から晴天です。今日は主人の希望で淡路島の洲本城に行くことになりました。ついでに菜の花を見たくて寄り道してもらいました。
いーっぱいの菜の花。青い空と海も見えて最高でした。ひばりの声を聞きながら菜の花畑の中を歩きました。日頃の仕事のことなどすっかり忘れて・・・なぜだかうれしくなりますね。とてもきれいでしたよ。
 

 


それから洲本城に向かって出発。
すぐ下まで車で行けるので楽でした。とても小さい天守です。この天守は日本最古の模擬天守だそうです。昭和3年に昭和天皇即位を記念して建てられてものだとのこと。洲本城(別名:三熊城)の天守はまるで張りぼて?まるでオモチャのようでした。
人もパラパラですが、お天気の良さに来ていました。一番上のベンチで持ってきたおにぎりとお弁当を食べての~んびりしました。とても暖かくて気持ちよかったです。
  

一角に小さい祠がありました。よく見ると中には狸が3匹。この狸、「芝右衛門狸」と言います。
3匹の両側は両親狸でしょうか。真ん中に小さい子狸がいました。あまりにかわいいので、アップして撮影しました。お賽銭もあげずにごめんネ。
下の話の芝右衛門はお父さん狸だったのかなぁ。

「芝右衛門狸のおはなし」
この三熊山のてっぺんに芝右衛門と云う愛嬌者の狸が住んでいました。背の高さ六尺あまり、お腹は大太鼓みたいで、満月の夜など光輝く海へ向かって「ポンポコポンポコ」「ポンポコポン」と陽気に腹鼓を打つのでした。時には人間に化けて木の葉のお金で買物をしたり、いたづらもしましたが、夜道に迷った旅人の案内を引き受けるような人々に愛される狸でした。その頃、浪速でおもしろい芝居がかかっている事を聞込んだ芝右衛門は、お手のものの変装をして、浪速行きの便船で、水の都、大阪へと乗り込んだのです。例の木の葉のお金で悠々と木戸を通り毎日毎日お芝居にうつつを抜かしていましたが、木戸番のおじさん達は、毎日木の葉がお金箱に入っているのを見て、「変だナア」と思いはじめ、狐か狸の仕業に違いないと思って、犬を三匹連れ、芝居のはねる時を待ちました。何も気付かぬ芝右衛門は「アア今日も面白かった。浪速へ来た甲斐があった。淡路へ帰って皆の者に話してやろう」とつぶやきながら出てくるところを、ついに犬に発見されてしまいました。洲本の人達は近頃聞こえなくなった芝右衛門の腹鼓に「芝右衛門は何処へ行ったのやろ」を心配しはじめました。その頃、大阪から来た行商人から「何でも大阪の芝居小屋で大きな狸が犬に噛まれたそうな」という噂を聞き、それはきっとあの愛嬌者の芝右衛門に相違ない、と今は亡き芝右衛門を偲び悲しみながら、誰いうことなく「三熊山へ芝右衛門を祀ろう」ということになりました。そして何時誰が造ったのか土製のタヌキの芝右衛門が伝わり、今も洲本では焼物の芝右衛門狸がお土産店で巾を利かせています。当時の年号もさだかではありませんが伝説のこの三熊山の狸芝右衛門のお話です。
 



この2カ所で今日の目的は達成。帰りはのんびり淡路島の中を見ながら帰ってきました。

奈良(今井町・壷阪寺・高取城跡)

2012年03月17日 | 旅行
今日は朝から主人の運転する車で奈良へでかけました。目的は司馬遼太郎の「街道を行く」を訪ねる小旅行です。
まず最初の行先は奈良の「今井町」。昔の街並みが残っているところです。お天気は残念ながら小雨。傘を持ってのおでかけとなりました。
奈良市内にも「奈良まち」と呼ばれる一角があります。以前から知人から「今井町もいいよ~」と話は聞いていました。実際に私は「今井町」の方が規模的には大きくて好きですね。「奈良まち」ほど観光化されていないように感じました(雨のせいもあったかもしれません)。お店が少ないこと、実際に居住している人が多いことも影響しているのではないでしょうか。人出が少なくとても静かでした。景観指定地区にもなっています。実際に住んでいる人たちにとっては、家を改築するにも制限があったりして大変だろうなぁと思います。
まず始まりは飛鳥川にかかる赤い蘇武橋から。蘇武橋を渡ると今井町です。蘇武橋に大きいエノキの木があります。樹高15メートル、幹周5メートル、枝張り20メートル、樹齢約420年と推定されている大変大きいエノキです。今井町の街並み散策している間に雨は上がりました。よかった~。途中の町家茶屋「古伊」で甘い「ぜんざい」を食べました。おいしかったです。まだストーブが炊かれていました。
  

 

 

今井町をあとにして、壷阪寺へ。壷阪寺は眼病封じのお寺です。名前は聞いたことがありますが、実際にくるのは初めてです。敷地内には日本最初の養護盲老人ホーム「慈母苑」もあります。またいたるとこに石仏がたくさんあります。
 

なんとお釈迦さまがふとんを・・・。寒いからでしょうか。
 

下左の写真は天竺渡来大観音石像と天竺渡来大涅槃石像です。右下の写真は仏伝図レリーフの一部分です。
 

「妻は夫をいたわりつ~、夫は妻を慕いつつ~」の浪曲の一節が有名なお里沢市の「壷坂霊験記」です。この話を知っているということは私もかなり古い人間かも・・・。
其の後、今日の最後の目的地「高取城跡」にでかけました。車は近くまでは行けません。高取城は山城です。天守跡に辿り着くまでの坂道で疲れた~~。今日はよく歩きました。
 

 


朝、今井町でぜんざいを食べたためにお腹がすかず、帰りに飛鳥駅で遅めの昼食となりました。飛鳥駅にはレンタサイクルがいっぱいです。またいつか来てみたいものです。土産物屋さんに入り、味噌煎餅と携帯ストラップを買ってしまいました。勾玉の中には聖徳太子?が入っています。お金たまるかなぁ~。



冬の京都に天井を駆ける龍を訪ねる

2012年03月08日 | 旅行
今日は1月に予約してあったジパングクラブの「冬の京都に天井を駆ける龍を訪ねる」ツアーにでかけました。このツアーは現地集合・現地解散型のツアーです。
今回は襖絵などは除外して、天井の龍をテーマに絞ったツアーで廻った寺社は4つです。
集合は山陰線JR花園駅。花園駅って・・・初めて降りました。そしてバスに乗って出発!今日は総勢40名のツアーです。私と同じように1人参加の方も多いツアーでした。
私の隣の座席の女性は明石から来られたとのことでした。中には石川県から来たなんて女性もいました。まずは「妙心寺」へ出発。
妙心寺
 ◆三門(重文)  
  鮮やかな朱塗りの門です。通常非公開。高さ16m、幅8m。赤い朱色には結界の意味があるそうです。
  急な階段を上った楼上内部には観世音菩薩と十六羅漢が、
  そして天井には悠々と天翔ける龍が描かれています。
  他にも天女や飛龍、楽器なども色鮮やかに描かれています。
  1599年に建立されて以来、一度も修復していないのに色が驚くほど鮮やかです。
  これは日ごろ非公開で閉めきって外の光が入らないことも影響しているようです。
  「龍」は空想上の動物です。
  角は鹿、頭は駱駝、眼は鬼あるいは兎、身体は蛇、腹は蜃、鱗は鯉、爪は鷹、手は虎、
  耳は牛だとか。

 ◆法堂法堂(「はっとう」と読みます)の天井龍拝観「雲龍図」

  「雲竜」とは雲の中の龍。雲にのって昇天する龍。
  狩野探幽の大作。龍は仏法護持の神将で、法堂を守護する役割を担っているとされます。
  法堂の隅に国宝である「鐘」。以前はNHKの「ゆく年くる年」でも鳴らされていた鐘とか。
  そのすばらしい音色を私たちはカセットテープの音で聴かせてくれました(-_-)カセットテープとは懐かしい?


●京料理「ひし伊」でミニ懐石料理の昼食
  おいしい料理、デザートまでついてお腹いっぱいになりました。
  お互い初対面の人たちとも和気藹々とおしゃべりしながら・・・なんと石川県から来た方もいました。
  実は、ここは広隆寺の真向かいなのです。広隆寺というと有名な弥勒菩薩のあるお寺。
  むか~しン十年前に見たことがあります。
  せっかく道路を横切ったところがお寺なのに・・・今日は拝観の時間はありませんでした。
  残念・・・。


相国寺(しょうこくじ):足利義満が建立。夢窓国師を勧請開山とする禅寺で臨済宗相国寺派の大本山
 ◆法堂(はっとう)の「蟠龍図」

  「蟠龍」とは、まだ地上にうずくまっていて、まだ天に昇らない龍
  狩野永徳の長男・光信が描いたもの。
  堂中央で手をたたくと音が反響することから「鳴き龍」と呼ばれています。
  ここの龍が一番おもしろかったです。
  「だまし絵」というのでしょうか。
  堂の中、一周していても龍を見ると、龍がいつもこちらを見ているのです。
  目の錯覚を利用したものでしょうか。

 ◆開山堂(かいざんどう)
  杉戸に丸山応挙のとてもかわいい「子犬の絵」。
  そして「龍淵水の庭」。庭にも1匹の龍がイメージされているそうです。この庭だけは撮影可でした。
  が、写真は省略。 
 ◆そして境内で1本の白梅を見つけました。



建仁寺:1202年に栄西禅師が開山した臨済宗建仁寺派の大本山
 ◆法堂の「双龍図」   ここの龍の絵そのものは新しいものです。
  平成14年に創建800年を記念して小泉淳作画伯が2年かけて描いた大作です。
  小泉淳作氏と言えば、以前見た奈良の東大寺の襖絵を描いた画伯です。
  古い?龍は指(爪)が3本ですが、ここの龍は5本あるのが特徴です。
  また、ここの龍は手に玉を持っています。
  108畳分もの天井に2頭の龍。水の神である龍。
  火災から守っているとも、法雨を降らせる願いが込められているともいわれています。

 ◆風神雷神図屏風
  この寺にはかの有名な国宝の「「風神雷神図屏風」があるのですが、残念かな展示されているのは複製です。本物はどこへ?
 ◆○△□乃庭←???なんと読むのでしょう?

  単純な三つの図形は宇宙の根源を示しています。
  禅宗の四大思想(地水火風)を地(□)水(○)火(△)で象徴したものだそうです。
  じゃぁ風は??
  これも「書」なんでしょうかねぇ。
  「〇△□の庭」もありました。


最後に瀧尾神社の木彫り龍
 絵ではなく、8mにおよぶ木彫りの龍
 ここで自由解散。JR東福寺がすぐのところです。

あぁ~楽しい1日でした。