蓮の花を見たあと、帰りに草津市駅近くにある国指定史跡「草津宿本陣」に立ち寄りました。
草津宿は、東海道と中山道の分岐・合流点で東海道53次の52番目の宿場でした。
草津宿には2軒の本陣、2軒の脇本陣、72件の旅籠の他たくさんの建物があったとのこと。中でも本陣は、大名などの専用宿泊施設として格式高い建物でした。草津宿の本陣の一つの田中七左衛門本陣は、当時の姿をとどめた建物として、旧東海道随一の本陣として保存されているそうです。建物の他にも多数の関札、大福帳(宿帳)が残されています。
たまたまこの本陣の中にいる時に雨に降られました。ちょうどその時団体(と言っても7名くらい)にボランティアガイドさんが説明をしていたので、一緒に紛れ込んで説明を聞きました。とてもおもしろかったです。
宿帳の中にはかの有名な忠臣蔵の吉良上野介、浅野内匠頭の名前もありました。この2人は数日の差でニアミスだったそうです。また皇女和宮も休息をしたそうです。そして、新撰組の土方歳三・伊藤甲子太郎、斎藤一も宿泊したとのこと。こんな格式高い宿に新撰組が???と思いましたが、ボランティアのおじさんによると、幕末近くには本陣という制度もなくなりつつあり、格式がなくなったとのことでした。
廊下も畳廊下で、大変きれいに保存されている立派な本陣でした。
当時は宿場町として随分栄えたことでしょう。今は面影はこの本陣くらいではないでしょうか。町としてはすたれているなぁと感じました。
本陣を出るときは雨も小雨になっていました(ラッキー(^^)v)。
それから少し歩いて草津宿街道交流館を見学して帰途につきました。
その帰途の途中、ものすごい局地的豪雨に遭遇しました。車のワイパーが動いても前が見えにくいほどのすごい豪雨です。朝は晴天で暑かったのに・・・。でも帰りでよかったです。
写真は外からしか撮影禁止なのが残念でした。


草津宿は、東海道と中山道の分岐・合流点で東海道53次の52番目の宿場でした。
草津宿には2軒の本陣、2軒の脇本陣、72件の旅籠の他たくさんの建物があったとのこと。中でも本陣は、大名などの専用宿泊施設として格式高い建物でした。草津宿の本陣の一つの田中七左衛門本陣は、当時の姿をとどめた建物として、旧東海道随一の本陣として保存されているそうです。建物の他にも多数の関札、大福帳(宿帳)が残されています。
たまたまこの本陣の中にいる時に雨に降られました。ちょうどその時団体(と言っても7名くらい)にボランティアガイドさんが説明をしていたので、一緒に紛れ込んで説明を聞きました。とてもおもしろかったです。
宿帳の中にはかの有名な忠臣蔵の吉良上野介、浅野内匠頭の名前もありました。この2人は数日の差でニアミスだったそうです。また皇女和宮も休息をしたそうです。そして、新撰組の土方歳三・伊藤甲子太郎、斎藤一も宿泊したとのこと。こんな格式高い宿に新撰組が???と思いましたが、ボランティアのおじさんによると、幕末近くには本陣という制度もなくなりつつあり、格式がなくなったとのことでした。
廊下も畳廊下で、大変きれいに保存されている立派な本陣でした。
当時は宿場町として随分栄えたことでしょう。今は面影はこの本陣くらいではないでしょうか。町としてはすたれているなぁと感じました。
本陣を出るときは雨も小雨になっていました(ラッキー(^^)v)。
それから少し歩いて草津宿街道交流館を見学して帰途につきました。
その帰途の途中、ものすごい局地的豪雨に遭遇しました。車のワイパーが動いても前が見えにくいほどのすごい豪雨です。朝は晴天で暑かったのに・・・。でも帰りでよかったです。
写真は外からしか撮影禁止なのが残念でした。



