お元気ですか?私は例のごとくピンピンしています。
Roanokeはこのところうっとおしい雨天続きで、肌寒い日々が続いています。今は午前2時。ベッドの中でこれを書いています。
今までMrs.Klousとしゃべっていて、やっと解放されてシャワーを浴び、部屋に引きこもった次第です。どうせ朝は10時まで寝ていられるから夜更かしはへっちゃらです。
近況報告をしますと、おとといはJohnと外食する約束をしてあったのですが、ちょうどその夜Roanokeのdowntownにある大きな銀行の除幕式とやらがあって、Mr.&Mrs.Klousは招かれていたの。Mrs.Klousは私とJohnも来ないかとおっちゃったのですが、なんでもRoanoke中の大富豪が集まるような大パーティだし、私もJohnも全然知らないいわゆる中年パーティだし、お兄ちゃんならいざ知らず、我々は銀行なんか興味ないので、なんとかお断りして、抜け出しました。
それは6時からで、Johnは6:30に私を迎えに来る予定だったので、Mr.&Mrs.Klousは私に鍵を渡して先に出発されたの。鍵を私に来た時のMrs.Klousのコスチュ~ムをお見せしたかったわよ。こっちが赤くなってしまうほどのシロモノでした。白いレースのパンタロ~ンに上半身は白いレースのブラだけ。それに白いレースの軽い上着を羽織っているだけなの。指には週末以外は銀行に預けているというキンキラキンのダイヤの指輪(Mrs.Klousがそういうのだから本物でしょう)・・・wildとはこのことですね。そうしておっしゃるには、"Kumi, you'd better put the clothe on by this time." 私は決して裸でいたわけではなく、ちゃんとジーンズの上下を身につけてJohnを待っていたの。私たちはいわゆるmessy placeに行く予定だったのですから。もっともMrs.Klousからみれば、こんなのは洋服のうちには入らないのでしょう。
Johnが来てから、2人でMrs.Klousのお気に入りのネコLa Princes(「ラ・プランセース」と発音します)を少しいじめてから(本当にかわいくない猫!)、夕食にはまだ早いので近くの映画館へ行き、Mel Brooksの"Young Frankenstein"を観ました。これはずいぶん前からアメリカでベストヒットのコメディーですが、日本でももうとっくに封切りされているのではない?例のMary Shelleyの"Frankenstein"がオリジナルで、すべてパロディーなの(そういえば、私はそのフランケンシュタインがShelleyの奥さんによって書かれたということは、イギリス文学の時間Shelleyの伝記をやるまで知りませんでした)。もう本当におかしくて、涙が出るほど笑い転げました。プロデューサーのMel Brooksを今日TVで見ましたが、彼自身奇妙な人物なの。よくもこんなおかしな映画を作れたものだと思います。
映画の後、ゴーゴー喫茶みたいな所へ行って、ハンバーガーを食べました。Mrs.Klousが知ったら、卒倒しちゃうかな?
今日(日曜日)はJohnがいつも行く、小さな町のEpiscopal churchへ連れて行ってくれました。前のチコタンの質問にお答えすれば、Johnはdivinity schoolに行きますが、まだministerになる決心はついていないのですって。これから3年間でゆっくり考えるのだって。かなりのんびりしているわね。
Episcopal churchはプロテスタントとカトリックの中間的sectで、形式はカトリックととても似ています。いわゆるsermonはないの。より形式的でラテン語からの直訳のミサ形式です。Johnの教会はとても小さくて、全員でも15~20人くらいしかいつもいないのです。だじゃら会衆がみんな知り合いで、とっても親しみ深く、私は自由に祭壇の上や裏側まで案内され、会衆一人一人に紹介されて、とても暖かく迎えられました。こんな小さな教会にはるばる日本から来てくれた、と(別にこのために日本から来たわけじゃないのだけど・・・)おばあさんは感激して、私の手を握り締めたまま。
私たちがついた時まだ続いていた日曜学校(といっても4,5人の子供only)の生徒の一人の小さな(8,9歳くらい)男の子は、私にとても興味をもって、"What does Japan look like?"なんて聞いてきたり、ミサの前に子どもたちが帰される時、つかつかと私の前にやってきて、"Kumi, nice meeting you."と大人っぽくいって手を差し出したので、握手をして別れました。とっても礼儀正しくて可愛いの。
Johnはfatherのアシスタントとしてミサを行うので、私はイギリスから来たという女性の隣に座っていろいろ教えてもらいました。彼女はJohnの友達で、とても明るくて面白い方なの。フランス人の男性と結婚しているのですって。子どもが3人いて、みんな日曜学校に来ていました。
Johnが私をここへ連れてきた理由は、彼が無限に尊敬しているFather Rutherfoordに私を会わせたかったからだそうで、私たちはミサの後、Father Rutherfoordのおうちへ行ったの。
この方は本当に大した人物です。彼の名前はWilliam(Bill)といって、Tomというお兄さんと二人兄弟なのですが、Tomの方はRoanokeのMrs.Klous家の近所に住んでいるそうです。
Johnに言わせれば、2人は正反対の正確なのですって。Mr.&Mrs.KlousはTomの方とは知り合いだそうで、昨日のBank partyでも会ったというように、Tom Rutherfordのほうは証券会社で一財産儲けて、すごい大富豪なのですって。とっても商売上手なのだそうです。
それに比べて、Bill Rutherfoordは、いくらでも成功する機会がありながら、世俗的な事業にはいっさい携わらなかったそうです。彼はart schoolを卒業し、プロのpainterなの。NYで絵の修業を積みながら、苦しい生活をして、どうやらプロの画家になり、名が売れてきたところで45歳の時に一転してministerになる決意を固め、divinity schoolに通い、牧師さんになったという方です。一風変わっているでしょう?
おうちに行くと、本当にプロだけあってすばらしい油絵で部屋という部屋が埋まっていました。
その家というのが、Fincastleという小さな小さな田舎町にあります。見渡す限り一面の牧場地で、そこにつくまで1時間ほどのドライブを楽しみました。アパラチア山脈に沿って、うねうねした牧場と緑の牧草地、大きな農場、サイロ、大きな牛や馬がのんびり草を食んでいて、すばらしい土地です。Wakefieldを思い出しました。特に春の農場風景は圧巻ですね。
家は18世紀からのもので、大きな煉瓦造りで、丘の頂上に建っていました。FatherとMrs.Rutherfoordと私とJohnとで、昼食をいただきながらいろいろおしゃべりしたの。
Fatherはまだ牧師になる前、戦争直後に日本に行ったことがあるそうです。その頃はもうプロの画家として売れだしていたそうです。その頃の彼は、世の中にはキリスト教以外はないと思っていたそうですが、ある時京都の山寺(高山寺か神護寺ではないかと思うのですが)に登った時、そこの尼さんがあまりに柔和で落ち着いていて、精神的な雰囲気をもっているのをご覧になって、こんな素晴らしい人がキリストの異端者であるわけがない、と思って不思議に思ったそうです。日本の風景のスケッチ画もたくさん描いたのを見せてもらいましたが、本当に日本的水彩画のタッチで、細か~く描かれていました。
Mrs.Rutherfoordは小柄で活発で、丸いメガネをしょっちゅう押し上げている可愛い奥さんで、昼食中にこの前のケンタッキーダービーの話(私もTVで見ました。Foolish Pleasureが勝ちました。でもその次の大きなダービーでは敗れたそうです)を持ち出したり、現代小説の話になると、この前『時計仕掛けのオレンジ』を読んだけど全然理解できない!とかわめかれたりしていました。でも、Mrs.Rutherfoordはとてもインテリな面も持っていて、本はとてもたくさん読んでおられるみたいでした。
お二人の子供は娘と息子がいて、娘は結婚して子どももいるそうですが、息子の方はお父さんの血をひいてCalif.のアートスクールに通ったのですが、そこで女の子と駆け落ちして学校からrun away(Mrs.Rutherfoordの言葉)したあと、(この後はJohnから聞いたの)その女の子と上手くゆかずに、正式に結婚したあと離婚してしまい、Virginiaに一人で戻ってきて、大学卒業のための単位を埋めるため、今はW & Lに通っているそうです。
私は会えなかったのですが、彼の部屋を見せてもらったら、お父さんに負けないような(modernですが)art workがたくさんありました。
【現在(2011年)のWill Rutherfoordの記事を見つけました】
http://thecluh.com/bill-rutherfoord-revelationary-artist/
http://www.williamhrutherfoord.com/images1.html
http://www.williamhrutherfoord.com/press.html
4時頃までおしゃべりしてから、Johnとまたfarm landをドライブして、Roanokeにもどってきて、次にJohnの家に再び行きました。
Mrs.Spicerは例のごとく日本に夢中なのですが、今は何をしているかというと、大きな庭の半分をすっかり日本庭園に仕立てているの。1年がかりだそうですが、まだ半分しか済んでいないのだけど、彼女とMr.Spicerだけでやっているのだから驚きでしょう?
いろんな本をみて研究したそうですが、オリジナルは京都竜安寺の石庭だそうです。
20袋くらいにいっぱいの白い砂石もそろえてあるし、灯篭や小さな竹やぶやモミジや松の木も植えてあるし、小さな川を掘ってあるの。川には小さな島も作ってあるし、石の橋もかけてあります。川底には黒石を敷くつもりなのだそうですが、この辺では手に入らないというので、なんとその辺の石を黒く塗っているの!
私たちが着いたときは、その黒塗り作業の最中で、手を真っ黒にして飛んで出てきました。本当に子供みたいに純真な方で、私が本当の日本庭園に見える、と褒めたら有頂天になって喜んでいました。
私がアメリカ横断旅行をするといったら、私もぜひ一緒に行きたい、切符はどうしたら手に入るのか、などと本当について来かねない意気込みで、Mr.SpicerとJohnをてこずらせていましたが、ついにダメと悟ると、私にここを観たらいい、あそこを観たらいい、と教えてくれたり、大きなtravel book(かなり古いの)をくださいました。
7時頃Johnに送ってもらって帰って来たのですが、Johnは夜は会合があるので、「いったんMrs.Klous家に足を踏み入れたが最後夜中までMrs.Klousにつかまって帰れなくなる」おそれがあるもので、玄関の外で別れました。
私はかえって感謝しました。というのは、玄関に向かう段々を降りようと足を踏み出すと、なにやら白いものが地面にあるの。何かと思って身をかがめてみると、白い大きなナプキンで、表に"Kumi and John, please step on these papers to get to the front door."と書いてあるの。見ると、20段くらいある石畳に延々と白いナプキンが1枚ずつ敷かれていて、玄関のドアまで続いているではありませんか!
要するに、外は雨上がりで道が濡れているので、Mrs.Klousは我々が濡れた靴で家に入って彼女の愛するlong-haired white ragsを汚すのを恐れたための対策なのでした。
あまりのバカバカしさにカッカしながらも、1段ずつ注意深く白いナプキンを踏みながら集めて、玄関にたどり着き、”彼女の愛するlong-haired white rags"に敬意を表して、靴を脱いで家の中に入りました。
このlong-haired white ragsはMr.Klousの最もイミきらうものですが、Mrs.Klousは玄関ホールとそれに台所一面に敷き詰めているのです!汚れるのが嫌なら、そんな所に敷かなければいいじゃありませんか、と思うのですが。
台所というのが、また名ばかりのシロモノで、今もいったように床は白い敷物で歩くと雲の上のような感じがし、置いてある可愛い椅子は、また汚れると困るので買った時のままにビニールで覆ってあり、料理台の上も黒いラッカーが塗られてあるのでコップなどを置くと剥げちゃうとかで、食器を置く場所はそのうちのほんの一角に紙が敷かれている部分だけに許されています。
実際Mrs.Klousは、台所が汚れるのを嫌うあまり、台所では料理をしないのです!
立派なオーブンがあるのですが、それは本来の機能を発揮せず、ビスケットやパン粉を入れる戸棚替わりに使われています。なるほど、ドアを開くと中に灯りがついて中がよく見え、便利だそうです。
それから、アメリカの家庭には必ず付いているdish washerもなばかりで、食器戸棚なのです。Mrs.Klousは念入りに流しで食器を洗われ、ナプキンで拭いてからdish washerに食器を入れ、heatだけ時々オンにして乾かしたり、食器を温めたりするのに使うだけです。
料理はどこでするかと言うと、地下室だそうです。こんなおかしもくもバカバカしい話があるでしょうか。
書いてみると、本当にウソのようですが、すべて事実で、私も今では呆れるよりも可笑しくて可笑しくて・・・すっかり慣れてしまいましたけれど。
ところで、そのMrs.Klousは、私が帰ってくるとさっそく捕まえて、私を客用dining roomへ連れて行きました。何かと思っていると、戸棚からナプキンと銀のナイフ・フォークを出してきて私の前に置き、European table mannerの実演をしようというの。
これは、今朝私が出掛ける前に、ちょっとアメリカマナーとヨーロッパ式マナーの違いなどをしゃべったため、Mrs.Klousはそのことで頭がいっぱいになっちゃって、イギリス紳士と結婚したという彼女の友達に一日中電話をかけて聞いたそうです。その友達と私の言ったのとがちょっと食い違ったため、もう一度確かめるのだとかで、私に実演してみてくれ、というの。私は高2の時のtable mannerで習っただけだし、それ以来本式のマナーなどしたこともないから、あまり覚えていないのだけど、覚えている限りをしてみると、フォークを置く時どっちの面が上になるべきか?とか、食べている時フォークとナイフを持った手がテーブルに触れても良いのかいけないのか?etc.の細かいことで私と意見が食い違ったので、Mrs.Klousはその友人に再び私の目の前で電話して、くどくど聞くの。私にはその友人がイライラしている様子が手に取るように分かりました。
そうした議論をすること1時間。もうどうでもいいじゃないの、と思うのですが、Mrs.Klousは延々と電話でしゃべっているし、私はその間、空のテーブルマットとフォークとナイフを前にdining tableに座らされ、本物のステーキかチキンでもあったら喜んで実演するんだけど・・・と思いつつ(事実、お腹がペコペコでしたので)、辛抱強く待っていました。
そのあと、Mrs.Klousとマナーについておしゃべりをさせられたの。
Mrs.Klousは私がヨーロッパ式の正式マナーを知っているのなら、R-Mの学食でも、他の学生がいかにcasualなアメリカンマナーで食べようと、ヨーロッパ式を固守すべきだ、なんていうのよ。私は皆の中で1人気取ってはいられないし、ヨーロッパ式のコチコチマナーよりアメリカ式のinformalの方が好きだ、と断然反撃したのですが、Mrs.Klousには通じるすべもありませんでした。
Mrs.KlousにはTPOという概念が皆無で、我々はロングドレスを着ていても、ジーンズをはいていても、マナーは一つしかない、とおっしゃるの。私は、正式のディナーでロングドレスを着ている時と、ジーンズで野原でキャンプしている時とでは、自然とマナーも変わってくる、と行ったのですが、Mrs.Klousにしてみれば、ジーンズで岩山に登る時ですら、toe-and-heel, toe-and-heelといったエレガントな歩き方をしなければならないようでした。
私はtoe-and-heelで奈落に落ちるよりは岩にかじりついて頂上に着くほうがよっぽどいいわ。
とにかく、議論が続くこと2時間ほどで、9時過ぎになってMrs.Klousはお料理にかかり、(この頃までにはMrs.Klousがイライラして台所を右往左往しに来るのですが、Mrs.Klousはまるで気がつかないの)、10時過ぎにやっと夕食になりました。
その時(私たちはTVのあるliving roomでdinner trayでTVを見ながら食事します)、TVでとても面白いnews storyをやっていました。Mrs.Klousのおしゃべりにさえぎられながらもつかんだ話では、Koreaのあるお坊さんが自分は第二のキリストだといって、独自の教えを説教してまわっているそうです。今やKoreaはもちろん、アメリカでも猛然と信者の数を増やしているそうです。MoonとかMooneとかいうような名前の田中角栄に似た赤ら顔のオジサンですが。
前にもそんな話を聞いたことがあるような気がするけど、おじちゃんたちは御存じですか?
彼は大変な勢いを持っていて、今に自分の言葉は全部実現するし、この手で世界を支配するのだ、と熱心に演説していました。3年に一度彼が祝福するという日には、何億ものwedding couplesが祝福を受けに集まるそうで、その機を逃したcoupleは3年間待つそうです。ニクソン大統領とも親しかったとか。アメリカでは特にカリフォルニアでバークレー大学などを中心に信者が増え、NYでも団体が組織されているそうです。
この前Johnがdinnerに来た時もしゃべったのですが、今はアメリカ中(世界中かな)の教会でも世の中があまりにメカニカルになり、secularになりすぎたのを憂いて、信仰を復活させる強い動きが出てきたそうです。アメリカでは皆洗礼を受けるけれど、特に若い人たちには宗教心はもはやないに等しく、18世紀のAge of Enlightenment(理性尊重時代)の繰り返しだと言われています。まさに歴史は繰り返す、で、きっと今にGreat Awakeningのような感情的信仰復活が現れるだろう、と言われていますが、このKorean ministerもその兆候の一つなのでしょうね。Johnに言わせれば、secularになりきったこの世の中で、何かsuper naturalなものを信じる心が再び現れるべきなのだそうです。精神的な物をもっと尊重すべきだということかな?でも、たとえばこうしたKorean Ministerなどが出てきて、奇跡をおこなうとか言われても、私としてはとても信じられません。今のこの世でキリストみたいな人物が現れても、人々はそう容易には信じないだろうし、反対に熱狂的信者(Koreanの信者の楊ん)が出ても、気違いとしか思えないし・・・
少なくとも、Mr.&Mrs.Klousのような方たちは、そうした世の中の危機ですらまったく感じていないのに違いないのです。
そうした話から、食後Mr.Klousが書斎に引き揚げてから、私とMrs.Klousとで、今までしゃべったのですが、私は日本ではもうすでにそうした危機感から自然に戻ろうといった動きが出始めていると言ったの。おじちゃんが自然食を採り始めていると言ったのだけど、Mrs.Klousには肉のない食事など考えられないようです。
庭に野菜を栽培する話で、アメリカでもそろそろブームだそうですが、横浜の家でパパがキュウリやトウモロコシなどを作っていると話したら面白がっていました。今や家の中で野菜くらい作るのは対策の一つだと言ったら、Mrs.Klousは手を叩いて、"I am, too, planning to grow in the garden・・・"と言いだすので、何かと思ったら「フレンチメロン」だって!!なんでも、フランスにいた時あまり美味なので、トランクいっぱいにメロンの種を詰めて持ち帰ったそうであります。ね?Mrs.Klousにはworld food crisisなんてまるでわかっていないのです!
私もその方は諦めて、とにかく今大切なのは、機械に頼らず自分の手で何でもすることで、生活ももっとsimple livingにすべきなのだ、としゃべったら、Mrs.Klousは自分の手で土をいじくるなどと言うことはもってのほかだ、と言うのよ。
少し話がそれて、私がインドではいまだに右手だけを使って食事を食べる風習があると(そうでしょう?)言うと、びっくりしちゃって「なんと野蛮な、汚い!」と言うの。フォークもナイフも使わないなんて、かわいそうだと言うのよ。彼女はどんな食事も指をじかに使うことはとんでもない、と考えているの。意地悪く、じゃぁハンバーガーやホットドッグはどうですか?と(彼女がハンバーガーなる大衆食品を食べたことがあるかも疑問ですが)尋ねてみたら、キャーーー!ハンバーガーやホットドッグもナイフとフォークで食べるのですって!もう、笑い転げてしまいました。それでは本当の味はわからないのでは?と聞いたら、ナイフとフォークを使ってこそ、gracious tasteはわかるのだそうであります。
ハンバーガースタンドでMrs.Klousがウェイターにナイフとフォークを持って来い、と頼んでいる姿が目に浮かばない?
さらに話は続きますが、R-Mの思い出話になって、シーツなどはメイドが取り換えるのか?と聞くので、メイドはpublic placeの掃除のみで、一人一人の部屋の掃除やシーツ換えなどはモチロン(と強調)自分たちでするのだ、と言ったら、驚いちゃって、彼女の頃はみんなメイドがしたそうで、毎朝のベッドメイキングでさえ(!)チップを余計に出すとメイドがしてくれたのですって。さすが、南部州の女子大じゃない?
私は皮肉っぽく、でも私は自分の部屋を他人にかき回されるより、自分で片付けたほうが好きだから、却って良いと言ってやりました。今の世の中では、何でも自分の力でするのが必要じゃありませんか?と言うと、突然、イヤダイヤダと言いだして、そんなsimple lifeなら、今のままの方がいい!なんでもメイドにやらすほうがいい!とわめきだされたので、もはやこれまで、と諦めました。
私がいかに辛抱強くMrs.Klousのお話し相手をしているか、お分かりいただけたでしょうか?
こうして手紙では面白可笑しく描きますが、やはりMr. & Mrs.Klousは私には無限大に親切で寛大なので、もちろん感謝していますし、失礼のないようにふるまっていますから、ご安心ください。手紙はいわば、鬱憤晴らしです。
そういえば、この週末は2日連続でTVでS.マックィーンの"The Great Escape"をやっています。もう4度目ですが、英語で聞くのでとても面白く見ています。
それでは、長々しい手紙(全11ページ!)もこの辺で終わりにしましょう。またね。Love