時のつれづれ(北多摩の爺さん)

下り坂を歩き始めたら
上り坂では見えなかったものが見えてきた。
焦らず、慌てず、少し我儘に人生は後半戦が面白い。

広島エレジー

2020年04月09日 | 時のつれづれ・卯月 

多摩爺の「時のつれづれ(卯月の5)」
広島エレジー

新型コロナウイルスで巣籠生活が続くなか、片づけものをしながら古いメモをめくっていたら、
ちょっと面白い記録があったので、当時を思い出しながら・・・ 人情噺風に書き下ろしてみた。

それは、遡ること3年半、2016年10月29日の夜だった。
中国地方最大の都市・広島で・・・ とっても、とっても悲しい出来事が起こっていた。

日本一を目指して戦っていた、広島東洋カープが負けてしまったのだ。
北海道日本ハムファイターズと対戦した、2016年のプロ野球日本シリーズ
幸先よく2連勝したものの、よもやよもやの4連敗
広島の町は、落胆というより、立ち上がることができない虚脱感に覆われていた。

「悔しいのぉぉ・・・ 」
「ホントじゃのぉぉ、やれんのぉぉ・・・ 」
時計の針が、もうじき日付変更線を跨ごうとしている夜の流川(広島の歓楽街)
スナックのカウンターで、テレビから流れてくるスポーツニュースを見ながら、
爺さんが二人、相哀れむかのような声を絞り出して・・・ そう呟いた。

「あんたらぁ、ええ加減にせんと、しごをするよ。」※
「ちゃっちゃっと飲んで、早よぉ帰りんさい。」
「なにをいつまで、くよくよしとんの。」
「ツマミも注文せんと、薄い水割りをちびりちびり舐めて、営業妨害じゃけぇねぇ。」

水割り2杯飲んだだけで、すっかり出来上がってしまった爺さんたちに、
洗い物をしているママから、痛烈なパンチ(皮肉)が飛んできた。

「カープが負けたんじゃけぇ、ちぃと静かにしといてくれんかのぉ」一人の爺さんがボソッと言う。
「しょうがないわいね。負けたんじゃけぇ。」
「今年のところは、これぐらいにしといちゃると思やぁ、それでええわいね。」と
返す刀でママが応戦する。
「そりゃぁ、勝った方が言う台詞(セリフ)じゃけぇ。」と爺さんも負けてない。

そんなやり取りが交わされながら・・・ 小一時間
カープを肴に、爺さんたちとママの丁々発止が続いたあと、
一人の爺さんが「眠むとぉなったけぇ、わしゃ帰る。」と言って席を立った。
もう一人の爺さんは「早よぉ帰らんと、ラジオ体操に遅れる。」と言った。

確かに既に翌朝だが、まだ深夜である。
ラジオ体操には早い気もするが・・・ 早寝早起きは大事なことだ。

店を出た爺さんたちの後ろ姿に、見送りに出てきたママが笑いながら言った。
「カープは来年もあるけど、あんたらぁのツケは今月末じゃけぇね。」
「忘れちゃぁ、いけんよ。」と、追撃の一発を浴びせると、
パンチを浴びた爺さんが、ズコッとよろめいた。

マツダスタジアム、カープ女子、カープを取り巻く環境は、ここ数年で大きく変わったが、
変わることから取り残された、昭和の生き字引たちは・・・ 今夜も元気に千鳥足

広島東洋カープは、いまやプロ野球の人気球団だが、この町では酒の肴でもある。
カープをこよなく愛する町で遭遇した、
人生の先輩たちが巧みな変化球(話術)でやり取りした深夜のキャッチボール
野球どころ広島は・・・ 夜も面白い。

新型コロナウイルスの感染拡大が影響し、広島の夜にも閑古鳥が鳴いているのだろうが、
仕事帰りのサラリーマンや、元気すぎるご隠居たちが、
カープを肴に飲める日が、一日も早く戻って来て欲しいと願う。

※ 「しごをする」とは、広島や山口で使われる放言の一つで、
  料理の下拵え(魚を捌くと同意語)を意味するが、
  相手を威嚇したり、迷惑行為などの嫌味や皮肉に対して、ジョークとして使われることもある。
  ちなみにスナックのママの場合は、もちろん後者に当たる。


コメント    この記事についてブログを書く
« 伝家の宝刀を抜いた。 | トップ | あなたならどうする。 »

コメントを投稿

時のつれづれ・卯月 」カテゴリの最新記事