時のつれづれ(北多摩の爺さん)

下り坂を歩き始めたら
上り坂では見えなかったものが見えてきた。
焦らず、慌てず、少し我儘に人生は後半戦が面白い。

武勇伝、それとも若気の至り?

2024年04月12日 | 時のつれづれ・卯月 

多摩爺の「時のつれづれ(卯月の46)
武勇伝、それとも若気の至り?

この国の国技「大相撲」において、外国人初の横綱となり、11回もの賜杯を手にした曙太郎さんが、
54歳という若さで亡くなられたとの、とっても残念な一報が入り、
昨日の午後から今朝にかけては、ワイドショーを中心に、ご縁のあった方々が出演され、
その功績を称えるとともに、人柄を偲ぶ声が多く寄せられていた。

時代が昭和から平成に移った頃だった。
若ノ花、貴ノ花の兄弟力士の活躍もあって、大相撲ブームが起こり、
列島がこぞって若貴を応援するなか、曙さんはヒール役を押しつけられた感じだったが、
その実はまさに「気は優しくて力持ち」の典型で、お相撲さんに求める理想像のような方だった。

うろ覚えで恐縮だが、当時の番付表を思い浮かべると・・・ 若貴の所属する二子山部屋の全盛期で、
三役(大関・関脇・小結)には、若ノ花、貴ノ花、貴ノ浪、貴闘力がいて、
幕内の上位には、若翔洋、三杉里、隆三杉、安芸ノ島、豊ノ海などの力士がいた時代で、
同部屋は本割での対戦がないことから、これらの力士と日々対戦していた曙さんの強さが見て取れる。

まだまだ若い方だったので、残念で堪らないが、
慎んでご冥福を祈念させていただきたい。

閑話休題、本社勤務を命ぜられ、上京して間もなくのころだったから、
たぶん昭和61年か62年ごろだと思うが、
いまでも鮮明に覚えているんだから・・・ 私としては武勇伝としての記憶だが、
事の顛末を正確に辿れば、間違いなく若気の至りだった「お相撲さん」つながりのエピソードがある。

会社の仲間と・・・ 新橋の居酒屋で、しこたま呑んだ後でも、
当時は上司が「次行くぞ。」と言えば、悲しいかな逆らえないのがサラリーマンの宿命であって、
イヤイヤながらもタクシーに乗って、六本木のスナックへ向かい、
ビールから水割りに替えて、ご機嫌な上司のカラオケに2時間程度お付き合いすることが度々あった。

そんなある日、11時ちょっと前だったと思うが、
いつものようにカラオケスナックを出て、赤坂方面に坂を下ろうとすると、
浴衣を着た大きな人々が4~5名・・・ 目に飛び込んできた。

お相撲さんである。
しかも、一番大きなのは・・・ テレビで見たことのある小錦さんだった。
なに気にサインが欲しいなと思っていたら、
ここで上司が、とんでもない命令を私に出したのである。

通り過ぎる際に、小錦さんのお尻を叩けというのである。
「そんなことしたら殺されちゃう。」と返すと、
「大丈夫だ。あの体だから、走れば逃げ切れる。」と、論理的で反論を許さない言葉が返ってきた。
すると・・・ 先輩方も「やれやれ。」である。

しこたま呑んでたお酒が、あっという間に抜け、酔いが醒めたのを覚えている。
あとは・・・ なり行きに任せるしかない。
小錦さんの背後に回り、尻を一発叩いたあと、背後から「こら待て!」との声が聞こえるなか、
脱兎の如く、六本木の坂を駆け下りていった。

結果的に逃げ切れたので、上司の分析は極めて正確で、間違いなかったことになったが、
私の心には、なんともいえない罪悪感と、モヤモヤ感が残ってしまった。

翌朝、出社すると・・・ 私は小錦の尻に一発浴びせた男として話題になってるし、
上司は私の顔を見てニヤッと笑うもんだから、なんともはや気恥ずかしくて、
しばらく仕事が手に付かなかったことを、なんとなく覚えている。

因みに小錦さんを見たときの第一感は、
大変失礼な例えで申し訳ないが・・・ 牛かと思うぐらい大きかった。

結果的に、そのお尻を叩いてしまった、酔っ払いニイチャンの、
しょうも無い思い出を述べるとすれば、
現役アスリートのお尻は、意外と言っちゃなんだが、想像以上に硬かったと記しておきたい。

それにつけても・・・ これって、武勇伝で良いんだろうか?
すでに約40年近くの歳月が経っており、暴行罪も時効になってることから自白したが、
若気の至りということで、ご容赦願えればありがたい。

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11 コメント

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Unknown (wada67miho)
2024-04-12 11:35:46
多摩爺さま

ハハハ。それは面白い貴重な経験でしたね。それにしてもどんだけ酔っ払っていたんでですかね。とんでもない酔っ払い集団ですね(笑)。まあ小錦からしたら、ケツを蚊に刺されたくらいかな。それにしても捕まらなくて良かったですね(笑)。
こんにちは! (kazsp)
2024-04-12 11:52:24
大丈夫だいじょうぶ!
私も支度部屋で一緒に写真を撮るときにひと悶着ありまして(^_^;)
トップクラスの人気者だったので横柄な気質の頃ですからね
男の人なら捕まったら嫌味をひとくさり言われたと思います
逃げて正解
Unknown (1kamakura)
2024-04-12 14:09:39
江戸の秋

うわー!
小錦さんのお尻をひっぱたくとは大それた事をなさいましたね😅
上司に言われて断れず。
たいへんでしたね。
でも、笑ってしまいました。
私もお相撲さんに触れてみたいなー。

あの頃、二子山部屋の全盛期でしたね。
その後、武蔵川部屋が台頭してきて、
武蔵丸や無双山たちが活躍しました。
懐かしい。

当時わたくし、荒川区に住んでいて、武蔵丸が優勝パレードで荒川区に帰ってきた時に見ましたが、山かよ⁈ってくらい大きかった。
更に大きい小錦さん🤣
🐂‼️

曙さん、残念です。
長野オリンピックで四股踏んでいましたね。
彼のご冥福をお祈りします🙏
Unknown (1kamakura)
2024-04-12 14:12:43
あ、藤島部屋ですね
Unknown (多摩爺)
2024-04-12 14:30:39
和田さん、こんにちは

いまになって思えば、とんでもない上司でした。
高卒でしたが、鹿児島ラサール出身で東大受験に失敗した方で、恐ろしく頭が良くて、メチャメチャ酒癖の悪い人でした。
3年仕えましたが、良い面も悪い面も合わせ技で勉強させていただきました。
Unknown (多摩爺)
2024-04-12 14:34:59
kazspさんこんにちは

付き人と一緒だったと思うので、もし捕まってたら、きっとボコボコにされてたと思います。
離れたところで見ていた先輩方いわく、最初は追いかけたようですが、150キロぐらいで太ってるし、
あちらも呑んでたみたいで、直ぐに追いかけるのを辞めたそうです。
Unknown (多摩爺)
2024-04-12 14:39:19
1kamakuraさん、こんにちは

牛みたいと表現しましたが、怪獣だったかもしれません。
でも・・・ お相撲さんって、身近に感じて親しみやすいので、
「触っても良いですか?」と聞いてみる手があったかもしれませんね。
いつもありがとうございます。 (お寿司の人)
2024-04-12 17:13:07
こ…小錦さん…
あの時代の小錦さんに…
人生最大の罰ゲームですね
Unknown (多摩爺)
2024-04-12 20:15:12
お寿司の人さん、こんばんは

なかなかお寿司屋さんに伺う機会がありませんが、いつも役にたつ情報を提供していただきありがとうございます。
ちょっと疑問なんですが、お相撲さんって、お寿司屋さんに行くのでしょうか?
ネタが直ぐになくなってしまいそうで、ありがた迷惑かもしれないと思ったりしています。
Unknown (お寿司の人)
2024-04-12 21:26:01
そうですよね~
実は以前、お相撲さんが大阪場所の際にスシローさんに来てくれたそうで、それは凄い事になっていました♪
https://blog.goo.ne.jp/osushimax/e/cb32c5b178e314724009dc0ff46812c8
スシローさんみたいに大きな回転寿司店だと大丈夫でしょうが、小さいお店だと確かに大変な事になりそうですね…

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