国内各地の小学校で、教鞭を執る教員たちが校内などで盗撮した、
女子児童の下着姿や、着替えている写真をSNSのグループで共有していたという、
ぞっとするほど悍ましくて、あまりにも恥ずかしくて堪らない事件が発覚した。
教員であろうと、大臣であろうと、皇族だろうと・・・ みんな人間だから、
他人には云えないというか、云う必要のない大なり小なりの性癖というものがあるので、
職業を理由して・・・ ネチネチ問題視する必要はないとも思っている。
然は然り乍ら(さはさりながら)・・・ 社会を構成する人間は、
超えてはいけないライン(犯罪か否か)の、内側に居るのか否かについて、
長い長い成長の過程を経て、学びながら経験し積み重ねてきた、
「良識」という短い単語だが・・・ 極めて高潔な判断基準を持っているはずだ。
そういった良識と云った視点で捉えれば、盗撮やSNSでの共有は外道の極みだろう。
情けないのは・・・ 優位な立場から公私を混同した悪事を働き、
あろうことか、ネットで知り合った良識の欠片すらない他人と繋がりを持ち、
仲間同士で性癖を満足させていたというんだから・・・ 全くもって弁解の余地はない。
当該教員たちが務めていた学校では、保護者を集めて説明会が開かれていた。
メディアの取材に応じられた保護者の方々は、総じて不安と怒りをぶつけていたが、
最優先するのは・・・ もちろん、子どもたちへのケアではあるものの、
当該教員たちへの処遇(処分かな?)も気になるところだ。
保護者が怒り、不安に感じていることは、
盗撮された女児が、どこのだれか分からず、責任を問うことが出来ないことと、
SNS内にある写真が、拡散されてしまうリスクが拭えないことではなかろうか?
なんとかならないものかと思うものの・・・ おそらく操作は秘密裏に進み、
いつしか法的に処理(刑事罰)されてしまい、
盗撮された女児や保護者に対して、お詫びの言葉が直接届くことはないだろう。
結果的には、それが被害にあった女児を傷つけないことに繋がるとは思うものの、
それで良いのか、明解な解がみつからないが・・・ なぜか釈然としない。
おそらく彼らは、二度と教壇に立つことはないと思われるが、
大手の有名塾なら、彼らを雇うことはなくても、
地方にある中小の学習塾だったら、巧みに経歴を詐称して、
再び学びの場に戻ってくることだって・・・ 否定は出来ないだろう。
罪を償い・・・ さらには、大きな大きな社会的な制裁を受けた者たちに、
性善説を旨とする、この国の社会は、
いったい、どれだけ寛容でなければならないのだろうか?
文部科学省や、教育委員会などが語る、マニュアル通りの一般論に、
なにかしらの解があるとも思えないが・・・ 可能であれば、
国会議員を輩出している労働組合(日教組)は、どういった見解をもっているのか、
現場が考える対応策について・・・ 聞かせていただければありがたい。
残念ながら私は、この難問に応えられる解を持ち合わせてないし、
メディアもメディアで・・・ 批判はすれど、
気の利いた対応策を語るコメンテーターを、カメラの前にスタンバイできていない。
大変申し訳ないと思うが・・・ 批判するのは、だれにだって出来る。
もし、なにかしらの知恵を持った方がいらっしゃるのであれば、
是非とも、お話を聞かせていただければと・・・ 願ってやまない。
追伸
gooブログの終了に当たって、すでに新たなブログを立ち上げリスタートしているが、
終了までは、gooブログと新ブログの双方にダブルで投稿しようと思っており、
勝手で申し訳ないが・・・ 応援していただければありがたい。
リスタートした新ブログ → 「時のつれづれ(北多摩のじいさん)」
生徒が、他の教諭や親に伝えても改善されませんでした。
何れも、他人事で見て見ぬふりです。
教諭だけが異常と思えない状況が存在していた事は、ハッキリ記憶しています。
生徒側の対応策は、1対1に成らない事、個別に呼び出しされても応じないのが、最善策でした。
本当に情けないと思いますが、それから何回も再発しています。おかしいと感じない人が多いとしか思えません。
何が、その様にさせているのか疑問をもつばかりです。
仰ること、ご尤もだと思います。
わいせつ罪よりも、表現の自由が上にあることに尽きる思っています。
ネットやSNSが普及しなかったら、きっと地下に潜っていた案件でしょう。
自由に関わる法律を規制するのは難しいかもしれませんが、その責任をプロバイダーに求めるのはありだと思います。
人がやらかすことですから、完全になくなることはないと思いますが、
笑って済ませるスケベエの範疇を超えたら、それ相応の罰を受ける、これがニッポンの常識であってほしいですね。