時のつれづれ(北多摩の爺さん)

下り坂を歩き始めたら
上り坂では見えなかったものが見えてきた。
焦らず、慌てず、少し我儘に人生は後半戦が面白い。

慣例を破る。

2021年01月21日 | 時のつれづれ・睦月 

多摩爺の「時のつれづれ(睦月の12)」
慣例を破る。

慣例とは・・・ 繰り返し行われることで習慣のようになった事柄をいい、
「ならわし」や「しきたり」ともいう。
一般的には、「慣例に倣って」や「例に従って」のように、
二つの単語を結合させて特定の意味として使われることが多い。

しかし、なにか新しいことにチャレンジしようとするとき、
「慣例を破る。」といった使われ方もあって、
それは、否定的な意味よりも、肯定的なニュアンスで引用されることも少なくない。

いま、洋の東西で「慣例を破った。」二人の為政者の行動が注目を浴びている。
一つは、1月20日(日本時間21日)にアメリカ合衆国の第46代大統領就任式において、
前任の大統領が慣例を破って、新任大統領の就任式への出席を拒否したことだろう。

就任式を前にホワイトハウスにデモ隊が集結し、
乱入した上に死者まで出してしまうという失態の引き金を引いたのは、
当人が幾ら弁明をしても、その責任は拭えず、実績までもがかすんでしまった。

我が国なら「敗軍の将は以て勇を言うべからず。」で、言い訳がましいことは云わないのが慣例だが、
前職の頭のなかには・・・ そういった考えはなかったようだ。

前職には功罪の両面があるものの、敗因はコロナ対策での失政が全てだといって良いだろう。
そんなことは分かっちゃいるが・・・ あえて一言だけ記しておきたい。

新型コロナウイルスの発生原因はともかくとして、
世界中にウイルスを蔓延させたのは・・・ 中国とWHOだと、
どこの国のトップも口に出せなかったことを、
堂々と公言したリーダーだったことは忘れてはならない。

世界に向けて、中国共産党にと、WHOに責任を取れと言い切ったリーダーは、
未だかつて前職しか居なかった。
コロナ禍が始まって1年が経ち、慣れとストレスによって、危機感が薄れていくなか、
中国共産党とWHOの責任が、なし崩しになってきている。

日本人の大半は、口にこそ出さないが、心の中では中国共産党とWHOの責任だと思い、
激しい苛立ちや怒りとともに、彼らに責任を取らせるべきだと思っているのではなかろうか?

ひと言で言って・・・ 中国共産党とWHOは、発言と行動が全く伴っていない。
一方で、この国のメディアや、野党が叩きまくる、この国の政府は、
49対51というギリギリの選択を繰り返し、
対策が遅れ遅れになった誹りは否めないものの、発言と行動は遅ればせながらも伴っており、
発言するだけで、行動が伴わないメディアと野党は、
極論すれば中国共産党やWHOと五十歩百歩で大差はない。

大統領就任式という、歴史と権威がある儀式において、
その慣例を破ることに多くの人々は多としない。
もちろん、私もその一人だが、彼の功績というか、言動や行動の全てを否定するものではない。

とはいえ・・・ 短絡的な発言と、口汚く罵る発言で、国内が分断されていた民主主義の大国が、
やっと目を覚まし、落ち着きを取り戻してくれたことは、素直に歓迎したい。

そしてもう一つは、18日から開かれた通常国会で、事前に配布された施政方針演説の原稿を、
野党第一党の幹部が、慣例を破ってSNSにアップしたことではなかろうか?
たいしたことではないと思われるかもしれないが、
総理が国会において国民に向けて訴える前に、SNSで揶揄していることを見逃してはいけない。

現職の国会議員であり、野党第一党を代表する立場にありながら・・・ あまりにも恥ずかし過ぎる。
もし立場が逆だったら、相手の立場などお構いなく、
得意のマシンガントークで、罵詈雑言の雨嵐を浴びせ続け、
木っ端微塵になるまで、徹底的に相手を責めまくることが容易に想定できるから、
分かり易いと言えば、あまりに分かり易過ぎるんだが・・・ あまりにレベルが低くて恥ずかしい。

また、通常国会が始まって、代表質問を見ていて不思議に思ったことにも触れておきたい。
与党の幹事長は、確かに提灯持ちのような質問で、鼻持ちならない部分もあったが、
彼は「与党も野党もみんなで協力し合って、政治の力を結集しようではありませんか。」と
呼びかけたのに対し、対する野党はヤジで返し、
代表質問した野党のトップは、対案を示すことなく、対策の遅れを非難するだけであった。

81歳の与党幹事長と、56歳の野党トップを見比べて思ったのは、
ワンチームを求める与党に対し、頑なにワンチームを拒否し、
政局ありきで、批判と非難を繰り返すだけの野党の姿勢には、疑問と不満を持つとともに、
そこにフォーカスすることなく、論点をぼかすことに終始するメディアの劣化にガッカリが隠せない。

活舌の良さや、巧みに抑揚をつけて訴える話術だけ捉えれば、勝者は間違いなく後者の方だが、
いま、なにを求められているのかという視点で捉えてみたら、
前者に軍配を上げねばならないと思うがどうだろう?

慣例に反して、施政方針演説の原稿をSNSにアップした野党幹部は、
施政方針演説の原稿を引き合いに出して「思いを込めた話し方ができるのか?」と揶揄している。
ひらたく言えば・・・ 相手に敬意を表す気持ちに欠け、
一般的な常識に欠け、
為政者として相応しいとは思えない。

コロナ禍の現下において、活舌の良さや、巧みな抑揚が求められているのではない。
大事なことは・・・ 人の話を聞く耳を持ち、前に進めることに協力できるか否かであって、
話し方の上手下手だけにフォーカスしている、野党幹部の着眼点には、
呆れてしまって・・・ 開いた口が塞がらない。

私は慣例を破り、新たなチャレンジをすることに反対はしない。
破らねばならない慣例は、山ほどあるとさえ思っている。
とはいえ・・・ 人として、為政者の端くれを名乗るならば、
守らねばならない慣例もあるのではなかろうか?

民主主義の大国アメリカは、どうやら落ち着きを取り戻しそうである。
この国が、落ち着きを取り戻すのは・・・ いったい、いつになるのだろうか?

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