ポルトガルのえんとつブログ

画家の夫と1990年からポルトガルに住み続け、見たり聞いたり感じたことや旅などのエッセイです。

070. シェラ・ダ・エストレラ(星の山)への旅

2018-12-29 | エッセイ

シェラ・ダ・エストレラ。
「星の山」
標高1993m。
ポルトガルの真ん中あたりに位置する、ポルトガルでいちばん高い山である。

例年なら人工雪を敷き詰めてようやくスキーができるのだが、今年の冬は自然の雪が余るほど積もったので、南のアルガルヴェやアレンテージョ地方に住む、雪を見たこともない人びとがどっと詰めかけて、大賑わいだった。

ニュースではよく耳にする場所だが、私たちは今まで一度もエストレラ山に登ったことがない。
旅をする時は、ビトシの画題になるような場所が最優先なので、有名な行楽地などはどうしても後回し。そのうえ、冬は雪道で危険そうだし、夏は諒を求めて避暑に行く人々で混雑していると聞いて、どうも出掛ける気にならなかった。

今年は6月始めに日本からポルトガルの家に戻ってきた。
リスボン空港の外は雨上がりの水溜りがあり、人びとも薄手のコートをきている。
もう6月だというのに、肌寒いのに驚いた。
ところが友人の話だと、ちょっと前まですごい猛暑だったという。
猛暑の後に冷気がやってきたようだ。
近くの野原に出かけたが、今の時期、まだ野草が咲き乱れているはずなのに、どこも枯れ草で覆われて、お花畑が見当たらないので不思議に思っていたのだ。
ルイサ・トディ公園のジャカランダもすでに青々と葉っぱが茂り、上のほうにかろうじて紫の花が残っている状態だ。

それから一週間ほどぐずついた日が続き、6月半ばになってようやく天気が回復した。
平地の野草はもうほとんど咲いていないのだが、でも高地に行けばきっとまだ花畑が見られるに違いない!
これはシェラ・ダ・エストレラに出かけるまたとないチャンス。
ポルトガルで一番高い山だから、頂上はかなり寒いかもしれない~。
念のため、セーターとウィンドブレーカーと傘をリュックに詰め込んで、出発した。

アライオロス、エストレモス、カステロ・ブランコと内陸に進むにつれ、どんどん気温が上昇。
特にカステロ・ブランコはエヴォラ、ベージャと並んで、夏の気温が最高になる場所。
その脇をすり抜けるように、無料の高速道路<IP2>を走る。

その日はシェラ・ダ・エストレラの麓の町フンダオで、一泊することになった。
ホテルでパンフレットを見ると、セレージャ(さくらんぼ)祭りが6月10日から14日まで催されていたらしい。
内容は、サクランボ狩りとホテル料金とレストランでの夕食付き。
でも3日前に終わったとのこと。残念!
そういえばフンダオの町の手前の山道にサクランボ畑があり、赤黒い実が鈴なりになっていて、初めて見る光景に感激した。
あれはまだ収穫が済んでいない畑だったのだ。
花の咲く時期はいつごろだろうか?きっと道の両脇が美しいことだろう。



そのホテルが経営しているレストランでは宿泊客は10%引きだというので、夕食はそこにした。
お勧めは「セレージャ定食」というのがあった。
「セレージャ祭り」の特別メニューらしい。
大きな皿にたっぷり盛られたパリパリのサラダには、セレージャの実を潰したドレッシングがかかっている。

 

セレージャのサラダ

 

 

メインは黒豚肉にセレージャを巻いて煮込んだもの。

 


ソブレメサ(デザート)はセレージャのプリン。
ちょっと高かったけど、美味でした。



翌朝はコビリャまで行って、いよいよ登り始める。
七曲がり八曲がりの急坂を上がり、しだいに潅木も姿を消し、巨大で奇妙な姿の岩山が次々に目の前に立ちはだかる。
岩肌には黄色やピンクの花がびっしりと張り付いて、遠目にも鮮やかだ。
はるか上の方に豆粒のように小さな車が走っている。
それがしばらくすると、そそり立った岩陰から突然姿を現わす。
そのクルマが下って来た道を私たちのクルマが上っていくのだ。


ひとつのカーブを曲がったとたん、奇妙な風景が飛び込んできた。
あたり一面、黒い巨大な石の塊がにょきにょきと立ち並び、そのひとつひとつがまるで彫刻のよう。
異様な光景が目の前に広がった。

 


展望台から下に降りる道があり、谷底には小さなせせらぎがちょろちょろと流れていて、水辺には、目に見えないほど小さな花を咲かせた野草が必死に生きている。
その種類の多さに驚いた。

ヘヤピンカーブを走っていると、遠くの岩山の斜面の一部が真っ白に光っている。
護岸工事で白いペンキを塗ったのだろうか?と一瞬、目を疑った。

今の時期、下界の村々では、夏祭りを迎えるために自分の家の外壁を白く塗り替えている最中だ。
でもまさか~。あんな岩山の目立つ場所に!

登って行くに従って、その白い部分はだんだん近づいてきた。
そしてとうとう真横に大きく現れた。

雪?だ!
それは雪に間違いなかった!
冬に大量に積もった雪がこんな斜面にまだ残っているのだ。
強い太陽光線に照らされて、ぎらぎらと白く光っている。
手に取ってみたい~衝撃にかられたが、それは不可能だ!
間に深い谷がある。

それからしばらく走ると、標高1930Mの立て看板。
道路は平坦な一本道になり、やがてT字型の分かれ道にぶつかった。
その正面にクルマが3台停まり、外に出た家族連れが騒いでいる。
何だろう?と私たちも降りてみた。
道路から少し下った傾斜地はあたり一面真っ白い。
雪だ~。
一歩足を下ろすと、ザクッとした感触が靴底に伝わった。
強い太陽にさらされて表面がシャーベット状になっている。
それでも下はまだかなり分厚そうだ。

 


大人も子供も顔を輝かせて、雪を踏んだり、雪を丸めて投げあったり、若いカップルは抱き合って雪の上に倒れ、キスをしながら、「写真をとってくれ~」と、同行の親にせかしている。
雪を触ると、みんな嬉しくなるのだ!

そこから左の道をちょっと登ると、そこがエストレラ山の頂上らしかった。
らしかった~というのも変だが、なんとなくポルトガルで一番高い山のてっぺんという感じがしない。
あたり一面が広い台地で、クルマはどこにでも止めてくれ~という広さ。
そこにTVのニュースで必ず出てくるエストレラ山の象徴、どでかい丸い塔がふたつ立っている。
わりと錆付いた古びた塔だ。

 

 

その後ろに大きな建物が横たわっている。
中はものすごく奥深く、地下、1階がすべて土産物屋。
数十軒以上もある。
しかも、どの店も同じものを売っている。
羊の皮製のスリッパ、牛皮の服やバッグ、ざっくり編んだセーターや手袋、そして地元名産のチーズや生ハムなど、山のように積み上げてある。

その一角に飲み物などを売るバルがあり、おいしそうなサンドウィッチが並んでいた。
エストレラ産の羊のチーズとプレスント(生ハム)の2種類を買って、外に出て、岩に腰掛けてほうばった。
どちらもたっぷりの中味で、とても美味しい。
頂上のそよ風に吹かれて食べる味は格別!
足元には見たこともない野草が地面にはいつくばるように、ピンクや白い小さな花をびっしりと咲かせている。

向こうに数頭の牛が突然姿を見せた。
まさか頂上に牛が放牧されているとは思いもしなかった~。

エストレラ山の頂上は高原のようになだらかで、のどか。
夜には満天の星が、手を伸ばせば届きそうな近いところに無数に輝くことだろう。

その日は山麓にある、カルダス・ダ・マンテイガスという町に泊った。
カルダスとは温泉地という意味。
そこの保養ホテルに飛び込みで部屋が見つかったのだ。
ホテル本館とは別棟で、カーザ・デ・パストール(羊飼いの家)。
名前からすると、もともとは羊飼いが住んでいた場所らしい。
もちろん建物は建て直してあるが、一番下の階はとても広い。
昔はそこに羊やヤギや牛などが寝ていたのだろう。
今はそこに洗濯機やアイロン設備がおかれた洗濯場になり、一階、二階が滞在客の部屋になっている。

夕食は本館で保養に来ていた2~3百人の元気な老人たちと一緒だった。
バイキング形式の夕食で、周りは見渡す限り滞在客ばかり。
どうも場違いな雰囲気だな~と戸惑っている私たちに、ボーイは明るい窓際のしかもバイキング・ボードに近い一番良い席を用意してくれた。
地元の旨いワインのサーヴィス付きでだ。
窓の外には淡いサーモンピンクの紫陽花が満開の花を付けていた。
バイキングにしては凝った美味しい夕食で、温泉病院に療養に来ている老人たちはびっくりするほど食欲旺盛。
彼らは数日ホテルに滞在して、温泉病院で指導を受けながらプールで泳いだり、運動したりなので元気はつらつ。
私たちも彼らに釣られてたっぷりのデザートまで済ませた。
もう夜の9時を過ぎていたが、外に出て羊飼いの家に戻る時にも未だ明るかった。
6月のポルトガルは、谷間の町とはいえ、いつまでも明るい。

美味しいワインを飲みすぎたのとドライブの疲れからか、
暗くなるのを待たずして、そのままベッドに倒れ込むように寝てしまった。
シェラ・ダ・エストレラ(星の山)の星空を見上げることもなく…。

MUZ
2009/06/29

 

©2009,Mutsuko Takemoto
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(この文は2009年7月号『ポルトガルのえんとつ』に載せた文ですが2019年3月末日で、ジオシティーズが閉鎖になり、サイト『ポルトガルのえんとつ』も見られなくなるとの事ですので、このブログに転載しました。)

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