長編! 読めるかな?


ひとことコラム

♪ リンリンリン ヘーィ リンリンリン ゴー
  つつんつツノダ つつんつツノダ 自転車ツノダのTU号
  ママ と パパ あなたとわたし きみとぼく
  みんな~  つんつんツノダの TーUー号~♪

ツノダ自転車の関係者がきたら涙を流して喜んでくれそうだけど、これは当時のCMソングなのである。私の場合、CMソングは最新のDVDデッキに負けないくらいの精度で頭にインプットされているから怖いね!

ほかにも、
♪♪ あらお嬢さん ステキなめがね ですね。
   すっきりはっきりめがね タナカのめがね。

他、日専連とか、広島ガスとか、広島ものもちゃんとおぼえてます。

おっと、横道にそれかけた。
これからのお話は、下記のCMソングが流れていた、とてものんびりとした地方で私が過ごしたときのお話である。

♪ あっちの村でも ほらね。こっちの町でも ほらね。きこえてくるのは日本海テレビ。あなたのまちでも ランララン 私のまちでも ランララン きこえてくるのは日本海テレビ。朝から晩まで楽しさ一杯夢一杯。あなたとわたしの素敵なチャンネル。たっ たっ 楽しいんだもん みっ みっ みんなでね。家中そろって日本海テレビ きめた! ♪

時は昭和48年。場所は島根県出雲市大塚町。ここに当時小学6年生のリッキーパパが生活していた。
あごじ、みっつん、ペロ、いしとび、すやん、やっつん、などなど。この悪友たちと学校が終わればいつも遊びまくっていた。
こいつらと、いつもやっていたことといえば、自転車レースなのだ。

 少年というものは流行に敏感で、その流行の中から人生を学んだりもする。あれは、小学校6年生の時だった。当時私は出雲市の大塚町と言うところにすんでいて四絡(よつがね)小学校に通っていた。

近所にはご多分に漏れず悪友がいたわけだが、その頃の少年たちの自慢と言えば自転車であった。ミヤタ、ツノダ、セキネの老舗に加えてナショナル、そしてブリジストンが加わった。その頃のセールスポイントと言えば5段変速が主流であった。

4段よりも5段なのである。しかも、ロウギアは直径の大きいものがよいとされていた。そして、ブレーキはディスク。まあ、この辺までは許される。しかしである、流行というものは恐ろしく、それだけにはとどまらなかった。ハデな電装なのである。フラッシャーと言っていたが、自転車の前と後ろに車のウインカーのごとき黄色と赤でできた光り物がついていたのだ。

はじめのウチは左右1個づつという誠にシンプルな装備であった。しかし、各メーカーから繰り出される新車は加熱の一途をたどっていき、ストップランプ、テールランプ、スピードメーター、電子ホーン、果てはラジオまで搭載してしまった。その頃私は24インチの女の子用自転車に乗っていたわけだが、(このあたりのいきさつは、また、別の機会にでもお話ししよう)体もそれなりになり、そろそろ26インチがほしくなっていた矢先にこの自転車ブームである。


 『オーイやっつん(悪友その1)がナショナルジップを買うたとや』と、聞いてはすぐに品評会。小学校の校庭集合になるわけである。すげーっ、フラッシャーじゃ!鳴らして!『うっっっっぷっ・うっっっっぷっ・うっっっっぷっ』と、


なんだかゲップでもしているかのような音だったが、なにせ光り物と音に弱い少年たちのことだから、かっこええがぁー と、口々に漏らしていたのである。

そこに、あぼじ(悪友その2)が自慢のミヤタサイクルに乗って登場。
あげなもんよりこの大型ロウギアの方がいりょくがあーけんの!はよ競走してみーで!
どうやらナショナル対ミヤタの一騎打ちの様相を呈してきた。


そこへ、みっつん(悪友その3)登場。
『おーい、おれも買うたーけん』
といって、走って来るではないか。昨日まで、がたいのデカイ米屋の自転車のようなものに乗っていたあの『みっつん』が、ブリジストンサイクルの最新型、トリアルタイヤ装着のマシンに・・・・一同驚愕。


 みっつんとは我々の中ではどちらかというとみんなより行動がワンテンポ遅く、野球のボールを探しに草むらに入ったら、蜂の巣を刺激してしまってボールと一緒に蜂の群までつれて帰る・・・そういうタイプの子なのだ。ドリフターズの高木ブーをイメージしていただきたい。

その、みっつんが・・・である。

ナショナル対ミヤタの一騎打ちはどこへやら。みんな群がるようにトリアルタイヤ装着マシンに集まった。

おーすげーっ。タイヤが三角じゃ。真ん中に溝があるぞ、これがまさつけいすうをけいげんするのか?この溝の両サイドがあんていせいを増すための工夫なんだな!

などと、コマーシャルのセリフをそのまま言い合っていたわけだが、はっきり言って意味は分かっていない。しかし、すごいんだと言うことだけは当時の我々にもわかっていた。後ろにディスクブレーキがついとるじゃないか!


タイヤから目を移したやっつんがそう叫んだ。そうなのだ。大きな円盤をキラキラ輝かせてそいつは後ろのタイヤの中心にしっかりとついていた。

『うぉーつ』初めて目にするディスクブレーキなのだ。なんせ制動力6倍なのだ。テレビのコマーシャルでは路面に水を散布して車体に水をかけながら疾走していた自転車がアッという間に停車して、大きな文字がババーンと出て、

制動力6倍!

と言っていたのだ。さすがブリジストンなのである。

『走って見せてごせ!』の要求を受けて、みっつん走ることに。
おそらく彼の人生の中でこれほど注目を受けたことはなかったであろう、人ごとながらこっちも感動してしまった。

 『じゃあ、3人で走らぁか?』

あぼじの提案でそう決まる。変速ギアを持っていないものはギャラリーと化し、グランドから裏道へ出て見通しのよい田んぼ道まで先回りしていた。いつの間にかスタートしたのだろう、3人が速さを競っていた。どのマシンもぴかぴかで風のように疾走していく様は僕らの目に焼き付いた。そして、まっすぐな、たんぼ道が終わりかけのとき、みっつんが先頭に立った。

『すごいぞみっつん!すごいぞトリアルタイヤ!』

きっと、みんなそう思っていたに違いない。次の瞬間までは。
しかし、みっつんの姿が忽然と消えたのである。

このたんぼ道は見通しのよいまっすぐな道で道の両サイドは田んぼであり、突き当たりも田んぼであり、左右に分かれた道の脇もすべて田んぼなのである。突き当たりをどっちに曲がるかは、3人しか知らず、一同3台の行く末をうかがっていた。

先頭のみっつんと後の二人の差はやっぱりトリアルタイヤの差だろうか?みっつんの体力がものをいっているのだろうかと、感心していた矢先なのだ。


なのに、みっつんが消えた。・・・







後を走っていた二人の自転車も止まり、あぼじとやっつんは突き当たりの田んぼを指さして腹を抱えて笑っているではないか。僕らは走った。自転車ほどではないが、事の成り行きを見定めるために。





そこには、田んぼの泥で顔を真っ黒にしたみっつんが『びーーーーっ』と泣いていた。

いつものように泣いていた。


ピカピカだった車体も真っ黒になって、みっつんも自転車もさっきまでの輝きは失せていた。


僕らは悟った。トリアルタイヤはスピードは出るが止まりにくい・・・・と。
彼はスピードに酔い、ディスクブレーキを過信し、十分止まれると思った突き当たりを止まりきれずに突っ込んだ次第なのだ。


原因の一つとして、みっつんの体重も関係があったかもしれない。
この一件は私にいろんな事を教えてくれた。



だからボクは車のタイヤ選びは慎重だし停車するときは十分すぎるぐらい手前から減速することにしている。このときの自転車レースとみっつんのおかげである。


ありがとう!!みっつん。(昭和48年)




この物語は超ノンフィクションです。
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