
山椒は若芽や若い実は木の芽和えや木の芽味噌など香りを生かして調理される。
山椒の実をつみ指に風が吹く 松木利次

我が家の山椒の木も今年は当たり年らしくたわわに実をつけた。
山椒をつかみ込んだる小なべかな 小林一茶

今年も籠に摘んで水に晒して山椒を煮ることにした。
山椒の芽母に煮物の季節来る 古賀まり子

山椒の実は秋に熟すると赤くなり,裂けると黒い種を見せる。この赤い皮の部分を乾燥させて粉末にすると粉山椒になる。市販の粉山椒は緑色をしているが,着色しなければ決して緑色にはならない。茶色である。
半分は粉山椒用として残したが結構な実が採れた。
擂り鉢は膝でおさえて山椒の芽 草間時彦

軽く塩茹でして灰汁を抜き,さらに砂糖,醤油で煮込んで最後に味醂を入れて照りを出す。
実山椒木のかげ雲のかげに冷ゆ 河野友人

当座食べる分だけ壺に入れて,あとは冷凍した。
以前のこのブログで紹介したが,再び水上勉の「土を喰う日々」の「七月の章」の文を紹介する。
・・・祖母がまだ若かったころに,長い未亡人ぐらしだったが,孫の私が昼めしどきに家にゆくと,箱膳に茶碗一つおき,白めしをよそおうだけでおカズは何もない。不思議に思って見ていたら,膳のわきにある信楽壺の口に紐をまいてフタをしてあった厚紙をとりのけて,二本の箸を壺へつっこみ,枝もまじった山椒の実を少しはさんでめしの上においた。壺はつまり,祖母の常備菜であって,真夏のすすまない昼めしの一菜だった。いつかその壺をのぞいてみたら,めっぽう汁が多くて,墨汁みたいになっており,山椒の実も葉の枝も,底にしずんでしまっていた。だから,祖母は,箸につける際に,まるで棒をつっこむようにさし入れて,しばらく,さがすようにしてからはさんでもちあげた。何ほどの実の数でもなかったが,汁がゆたかだから,滴がおちるほどで,その滴を,茶碗の方にあてがって,うけながら,祖母はおいしそうに喰ったのである。「おばば,さんしょううまいかのう」 私は問うた。「うん,これがありぁ,うらはなーんもいらん」 三杯くらいめしを喰った。
足をわるくしてから村を歩かなくなったが,村小使のような「あるき」とよぶ仕事をしていて,戦争で息子夫婦が孫を大勢つれて,疎開してくるまで,のんきにくらしていた後家さんだった。その祖母が,八十三歳まで,土蔵の中にもちこんでいたのは信楽の山椒壺だ。その死に私はめぐりあっていないが,家の者たちのはなしに,祖母は,一日とて実山椒の煮つけを欠かしたことがなかったそうな。
私が貴船の山椒に舌つづみをうち,軽井沢のわが粗煮の山椒の実を朝めしにのせるくせは,祖母恋いからきている。いつもいうことだが,みれば何のことはないたかが山椒の実にさえ,人はいのちの暦をたぐりよせる。舌からとけて,血肉に入る味とは,つまりこういうその人ならではの歴史にまつわる土の滋養というしかない。・・・