「無限と選択公理」において、公理という言葉を使いました。
今回は、この【公理】という、あまり聞きなれない言葉について触れたいと思います。
【公理】とは、簡単に言えば「数学を議論するうえでの最初で最後の約束事」です。
数学の議論をする上で、証明なしに扱える唯一の存在が公理です。
証明しなくてもいい理由は、公理が証明するまでも無く明らかなことであるからです。
ユークリッド原論から、具体例を出しましょう。
公理1.同じものと等しいものは互いに等しい(a=a)
公理2.同じものに同じものを加えた場合、その合計は等しい(a=b なら a+c=b+c)
公理3.同じものから同じものを引いた場合、残りは等しい(a=b なら a-c=b-c)
公理4.互いに重なり合うものは、互いに等しい
公理5.全体は、部分より大きい
これをみるとわかるように、どれも当たり前のことを言っています。
ユークリッド原論は、この公理にさらに公準というものを加えてから議論がスタートしますが、それについては後ほど。
議論を始めるにも、最初に「議論に使用できるもの」がなければ何も示せません。【公理】はよって公理を「証明しないで使ってよいもの」として、それらを使って議論を始めるわけです。
ギャンブルや投資をする際、いくらお金を増やす技術を持っていても最初に使える「軍資金」がなければ意味がありません。公理は数学における「軍資金」だと思っていただければいいと思います。
公理の説明が終わったところで、【定義】と【定理】の説明に移ります。
この2つは聞きなれていると思いますが、実際上手く使い分けられない人が結構います。
【定義】とは、ある式や概念に「名前をつける」ことだと思ってください。
例えば、「三辺の長さが等しい三角形を正三角形と定義する。」といわれたら、「三辺の長さが等しい三角形」に「正三角形」という名前をつけたことになります。
【公理】と【定義】の違いは、【定義】は新しいことを示しているわけではないという点です。【定義】に出来ることは、「形に名前を与えること」か「名前に形を与えること」だけです。新しいことを理論を作っていいわけではありません。
例えば、角Cを直角とする直角三角形ABCにおいて、と定義されますが、これは新たに
というものを発見したのではなく、
という辺の比に、
という名前をつけたに過ぎないわけです。(もちろん三角比に注目したことは数学的に大変な発見であることには変わりないのですが)
次に【定理】にはいります。
【定理】とは、「証明された真なる命題」です。
ここで、証明という言葉を明確にしておきますが、「ある命題を証明したいときに使っていいものは、公理と定理だけ」です。
そして証明された命題は、無事【定理】という肩書きにランクアップするわけです。
具体例を書きます。
まず始めに、1つも証明していない状態、すなわち定理が1つも無い状態から議論します。
手始めに「【命題】a=b なら 2a=2b」を証明してみましょう。
証明に使えるのは公理と定理だけですが、今はまだ定理がないので、公理だけからスタートします。
証明は公理2.において、c=a=b とすればよいですね。
これで「【定理】a=b なら 2a=2b」が出来ました。これからはこの定理はフルに活用してもらって構わないわけです。
世の中に【定理】と呼ばれるものは沢山存在します。
どんな定理でも、証明するために何か別の定理Aを使っていて、その定理Aを証明するために定理Bと定理Cを使っていて…と続きます。
しかしこれは永遠に続くわけではなく、どこかで「定理Xは公理Aと公理Bを使って証明されている。」という風に、公理で終点を迎えます。
どの定理でも、ずーと元をたどれば、そこには公理しか存在しません。
「全ての道はローマに通ず」という言葉がありますが、数学的に言えば「全ての定理は公理に通ず」って感じでしょう。
我々人類の祖先がアダムとイブであるように、全ての定理の根幹には公理しか存在しません。
さて、【公理】と【定義】と【定理】の違いがわかったところで、1つ問題を出しておきます。
問:以下の定義と公理を定める。
定義1.点は部分のないものである。
定義2.線は幅のない長さである。
公理1.任意の点から任意の点へ直線を引ける。
公理2.有限直線を連続して一直線(無限に伸びる線)に延長できる。
公理3.全ての直角は等しい。
(上の定義と公理は、無視しても構いません)
定義:一直線Lと一直線Mが平行であるとは、LとMが共に、ある1つの線Nとのなす角が直角(すなわちLとNが垂直で、かつMとNも垂直)であることと定義する。
このとき「任意の異なる2本の平行な直線は交わる」の真偽を答えよ。
よく言っている意味がわからない人は、最後の文だけみて考えてみてください。
答えと解説は次回行います!