平らな深み、緩やかな時間

36.『印象派を超えて―点描の画家たち』『モローとルオー』について

大きな展覧会が続きます。国立新美術館の『印象派を超えて―点描の画家たち』は、オランダのクレラー=ミュラー美術館のコレクションを中心とした点描の画家たちの展覧会です。一方、パナソニック汐留ミュージアムの『モローとルオー』は、パリのギュスターブ・モロー美術館のコレクションを中心とした展覧会で、同美術館にも巡回するとのことです。それぞれの展覧会の案内が、ホームページからご覧いただけます。
http://km2013.jp/index.html
http://panasonic.co.jp/es/museum/exhibition/13/130907/index.html

まず、『印象派を超えて―点描の画家たち』ですが、点描に興味がある方もない方も、オランダ出身のゴッホ(Vincent van Gogh、1853 - 1890)やモンドリアン(Piet Mondrian、1872 - 1944)の作品がみられるだけでも貴重な機会です。それに、当然のことながらスーラ(Georges Seurat, 1859 - 1891 )もデッサンを含め数点、見られますし、モネ(Claude Monet, 1840 - 1926)、ピサロ(Jacob Camille Pissarro、1830 - 1903)などの佳品もあります。ただし、日本国内の美術館からも作品を集めているので、まめに見ている方は、どこかで見た作品・・・ということがあるかもしれません。
さて、展覧会の企画内容ですが、ひとくちに点描技法といっても、印象派を中心にさまざまな広がりがありました。しかし、ここでは分割主義とよばれる、科学的な点描技法を中心とした構成になっています。色彩を点で並べることによって見える効果は、感覚的にも受容しやすいので、とりあえず理屈よりも手法として試してみた、という画家も多かったと思います。先日見た、イタリア・トスカーナの近代絵画のマッキアイオーリなどもそうですし、広く見れば日本の岡鹿之助(1898-1978)なども点描と言えば点描です。この展覧会でみることができるベルギー、オランダの分割主義の画家たちは、そういうことではなく、かなり本格的に点描技法に取り組んでいます。それが、絵画の抽象化を推し進めるモンドリアンの過程に影響した、という解釈など、興味深く見ることができました。
ただ、残念ながら、それらの分割主義の画家たちの作品が、どれもすばらしい、というわけではありません。それらの画家たちの絵の前では、つい足早になってしまう感じもありますが、そうはいっても彼らの作品をまとまってみる機会は、おそらくもうないでしょう。クレラー=ミュラー美術館の名品展、というだけでなく、このような企画にまとめあげたことに、意義を感じました。
ところで、こういうふうに手法としては共通している展覧会の中で、画家のよって絵の特徴や面白みがずいぶんと違って見えることにも、興味を感じながら鑑賞しました。たとえば、はじめの印象派のコーナーでは、モネの視覚的な感性がやはり際立って見える一方で、ピサロの古典的な構成力も面白いと思いました。それに、何度見てもスーラとシニャック(Paul Victor Jules Signac, 1863 - 1935)の対比には考えさせられます。短命で天才的な素描家であったスーラは、色彩分割の手法で描いた油絵においても、他の画家にはない深みのあるトーンを生み出しています。それに比べると、シニャックの作品は優等生的な凡庸さを感じさせます。もしも同じ理論で描いているとしたら、スーラとシニャックの作品が、どうしてこんなに違って見えるのでしょうか。スーラのみごとなデッサンを見るたびに、やはり絵はデッサン力で決まるのか・・・、とデッサンの下手な私はうつむいてしまいます。それに、今回展示されていたゴッホのデッサンも、すばらしい表現力を感じさせます。あたり前の話ですが、ゴッホも色彩だけが魅力の画家ではありません。やれやれ・・・という感じです。
それから、もうひとつだけこの展覧会で感じたことを書いておきます。モンドリアンの作品についてです。今回は、点数はそれほど多くないものの、抽象絵画に至るまでの各時期のよい作品が集まっていたと思います。初期の小さな風景画も素晴らしい作品でした。的確で豊かな筆致と、しぶめながら色彩の感性もよいと思いました。このあと、点描による色彩分割を学び、それが水平、垂直の線と形に整理され、抽象絵画へと突き進みます。その過程はスリリングで、自分でも同じ道をたどってみたい、と思わせるものです。その一方で、この過程は初期の自由闊達な筆致に制限を加え、モンドリアンの可能性を一つの方向へと縛るものではなかったのか、というふうにも思いました。このところ、モダニズム絵画について、あらためていろいろと考えているところなので、モンドリアンの芸術の偉大な達成については理解しているものの、それを納得するだけでよいのかな、とも思っています。初期や中期のモンドリアンの作品の素晴らしさを見れば、それが晩年の作品のための単なる過程だとは思えない、というのが正直な感想です。モンドリアンの作品に限らず、これからも、考えていきたい問題です。


『モローとルオー』も、予想よりも面白い展覧会でした。二人の作品は、それぞれにかなりの量を見ていますので、師弟関係にある二人をいまさら並べても・・・という思いがありましたが、今回は学生時代のルオーの作品を多く見ることができて、それが大きな見どころとなりました。
モロー(Gustave Moreau, 1826–1898)が官立美術学校の教授をしていて、その教室にマティス(Henri Matisse, 1869 - 1954)やマルケ(Albert Marquet, 1875 - 1947)、そしてルオー(Georges Rouault, 1871 - 1958)が通っていたことは、有名な話です。そして、ルオーがもっとも優秀な学生で、モローに信頼されていたことも、よく知られています。そのルオーが、ローマ賞という賞をめざして描いた作品が展示されていました。いままでデッサンでしか見たことがなかった作品の油絵を見ることができたり、小品ながらみごとなできばえの作品があったり、ルオーは優秀な学生だったのだなあ、とあらためて感心しました。それに、当時の官立美術学校の雰囲気が実感できた点でもよかったと思います。林立する古代彫刻の模造を毎日デッサンし、一定の評価を受けたものだけがタブロー制作へと進む事ができたそうです。しかし、モローは色彩表現を重視し、早くからタブロー制作に学生を取り組ませた、というようなことが説明書きに書いてありました。
モローとルオーを見比べると、ルオーの方が、風格がありデッサン力も上かな、という感じがしました。モローの描写は、どうかするとイラスト的なわかりやすさ、悪く言えば俗っぽく見えるときがあります。しかし、この時代に官立の学校の教授というアカデミックな立場にあったにもかかわらず、作品は現代的です。そのあたりが、よい生徒を育てた要因になっていたのでしょう。
それと、今回ひとつ楽しみにしていたのは、モローの色彩に関する習作です。具体的なものを描かずに、色彩表現を試すためだけに描いた作品ですが、まるでデ・クーニング(Willem de Kooning, 1904 - 1997)の作品を見るような感じです。本当に小さな作品ですが、なかなか密度の濃い絵でした。考えてみると、モローの絵は色彩による粗描きの上に、細やかな線描きのデッサンをのせていく、という描き方です。もしかしたら、晩年のモローのアトリエには、習作のような大きな作品が、描く途中の段階で林立していたのかもしれません。
最後になりますが、ルオーのみごとな学生時代の作品を見ると、後年のスタイルが意外にも思えます。ルオーは指物職人の貧しい絵に生まれ、自身もステンドグラス職人の修業をしていた、という伝記がよく知られています。そのステンドグラス修行のときに身につけた絵柄と、教会の窓を思わせる宗教性が、ルオーの後年の絵画とマッチしているので、その作品の発展に何の疑問も抱かなかったのですが、これだけみごとな古典的な描写技能と教養を見せつけられると、もっといろんな絵を描けた人ではないか、とも思えてきます。

それにしても、モローとルオーが師弟二代にわたって目指したローマ賞という賞は、大きな価値があるものだったのでしょうね。ルオーの今回の作品を見ると、長期間にわたる過酷な課題に挑んでいたことがわかり、それだけで何かのドラマになりそうな感じです。最後には、ルオーが受賞できなかった審査に対し、モローが疑義を感じた、と説明書きにありましたが、長年にわたる審査というのは、そういう弊害がつきものなのではないでしょうか。ローマ賞はシャルダン(Jean-Baptiste Siméon Chardin, 1699 - 1779)の頃からある賞だとは知っていましたが、ネット上で調べると1663年から1968年まで続いたそうです。長年にわたる権威、あるいは審査というものは、いろいろな要素が入り込んでくるものだと思います。このところ話題になっている、ある公募展の審査に関する問題など、正直に言って何をいまさら、という気がします。文化庁も後援を中止した、というニュースがありましたが、もしもいままでそのような現状を知らないで、私たちの税金を投入してきたのだとしたら、それこそ勉強不足ではないでしょうか。

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