K馬日記

映画や美術、小説などの作品鑑賞の感想を徒然なるままに綴っていきます。

囚われの美女

2020年05月18日 | 映画

最後に紹介するアラン・ロブ=グリエ監督の作品は、1983年に制作された『囚われの美女(原題:"LA BELLE CAPTIVE")』です。

《Story》場末のナイト・クラブ。なまめかしく踊るブロンドの美女を、男が見つめている。男の名はヴァルテル。地下組織で情報の運び屋をしている。シュルレアリスム画家ルネ・マグリットの多数の絵画をモチーフに、幻想と官能が交錯する不条理サスペンス。(「Filmarks」より)

同題のマグリットの絵以外にも、マネの絵画などが映像で再現されるという美術愛好家にも嬉しい作品です。ただ、前作のように若干のエロ要素がありますので苦手な方は注意。

 

世にも奇妙な幽霊譚

失礼な要約をするとしたら、二人の対照的な女性――「ますらをぶり」なバリキャリ風の女上司サラと「たをやめぶり」で魅惑的なマリー・アンジュ――の間で揺れ動く男の話、です。

ナイトクラブで出会うヴァルテルとマリー・アンジュ

バイクを颯爽と駆るサラ

数年前に夫に殺されたはずだというマリー・アンジュ(の亡霊)とナイトクラブで出会ってから、男の運命が狂い出していきます。『ダゲレオタイプの女』や『LOFT』のような幽霊譚特有の黒沢清的スピリチュアルの世界観。

『ダゲレオタイプの女』を想起させるマリー・アンジュ像

象徴的だったのは、怪我をしたマリー・アンジュ(の亡霊)を古い洋館に連れ込んだ際に取り巻く男たちとのシーンです。医者を呼んでくれと訴える主人公に、聞く耳を持たず女性を性的な道具かのように振る舞う紳士たち。主人公の後の回想曰く、「言葉は同じなのに話が通じない」紳士たち。

女性を生の搾取対象と捉える男性の不気味さ(紳士的皮を被ったケダモノ)がうまく描写されています。マリー・アンジュを殺害している夫といい、(不気味な刑事一人を除き)全体的に男性は否定的に描かれており、過去の作品も考慮するとフェミニズム的要素を感じ強く感じますね。

そして本筋の物語はなんとヴォルテルが絵画の中の世界でサラとその従者たちによって銃殺されるという夢オチで幕を閉じます。

 

美しき捕虜 ―― 絵画の再現とメタフィクション

ヴォルテルが洋館で遭遇するルネ・マグリットの《La Belle Captive(美しき捕虜)》の絵画が物語で重要な役割を果たします。象徴的な寓意として要所に挿入され、この絵画は実写でも再現されるわけです。

ルネ・マグリット《La Belle Captive(美しき捕虜)》

マリー・アンジュの捜索と並行するようにして、絵画では描かれることのないカーテンの奥へと本作は入り込んでいきます。まさにそのシーンを抜粋した映像があったのでご覧ください。

この映像フレームが絵画フレームを通る、というのも実にメタフィクションを意識させるカットです。言うなれば、夢(映像フレーム)の内外と絵画の内外が二重に存在しているとも捉えられるかもしれません。

では、見られざる「美しき捕虜」とは一体誰なのか?前半はマリー・アンジュが殺された浜辺という印象で話は進んでいきます。

しかし、夢の結末は刑事たちに向かってヴォルテルの銃殺を指示するサラの姿だったわけです。誰が捕虜か、という点では正にコペルニクス的転回がごとく真逆の結末なのです。ヴォルテルの夢で、かつ断罪者が彼の伴侶サラであったことを考慮すると、サラに申し訳なく思う自らの罪の意識の表出とも考えられます。

この夢の結末が、終盤でも引用されるマネの《皇帝マキシミリアンの処刑》に準えてあるとするならば、十二分に男の罪が裁かれているようです。フェミニズムと併せて深読みすれば男性帝国(父権主義)の終焉のようにも。

エドゥアール・マネ《皇帝マキシミリアンの処刑》

そして本作が面白いのは、単なる夢オチではない点。というのも、ヴァルテルが夢から覚めた後、銃殺された夢が現実でも再現されるのです。高度な予知夢とも言えるかもしれません。

しかし、こうした「再演」(『エデン、その後』と同質のもの)こそ、同監督のメタフィクションへの拘りの表出とも捉えられるでしょう。

また、私は以下マリー・アンジュの裸体シーンが裸婦像の再演に思えてなりません。前述のマネの引用に鑑みれば《オランピア》か、はたまたゴヤによる《裸のマハ》か。お国柄を考慮すればフランス出身のマネでしょうが。(マグリットがベルギー出身なのは突っ込まず……)

裸でベッドに横たわるマリー・アンジュ

エドゥアール・マネ《オランピア》

フランシスコ・デ・ゴヤ《裸のマハ》

余談ですが、映画による絵画の表現と言えば、最近ヴィム・ヴェンダースがエドワード・ホッパーの絵画的世界を映像化したみたいですね。なんという再現度!美しい映像と名画の構図に思わず見惚れてしまいます。

あとは全編ゴッホのタッチで描写された『ゴッホ、最期の手紙』も圧巻。個人的に2017年で2番目に良かった作品です。これはずるい。

すいません、今回も異様に長くなってしまいました。芸術の垣根を超えた作品鑑賞は面白いですね。総合芸術である映画ならではの切り口だと思います。

次回からようやくロブ=グリエ以外の記事を書こうと思います。



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2 Comments

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (Unknown)
2020-05-19 01:22:48
よく細かく内容覚えてるね
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Unknown (tadakeima)
2020-05-19 01:28:07
観た直後にFilmarksで簡易レビューを書き、その後膨らませています。その際気になったシーンを探しに戻ることはあり。
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