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元たばこ屋夫婦のつれづれ

つれづれなるままに

この8月・断腸の思いでタバコ店を閉店

2010-08-12 | 煙草
   突然ではありますが、この8月を以って白石タバコ店を閉店することになりました。
板橋区成増の地で、タバコ店を開業したのは昭和39年、先代の義父青木栄一です。その後を継いだのが長女の博子・妻です。当時は会社勤めの私でしたが、病に倒れての退職を契機に、会社員から商人の道に転進し、タバコ店と同時に小さな書店を立ち上げ、雑誌主体からコミック専門店として「ブックス白石」の看板を上げることとなりました。
   朝から深夜11時まで、商店街の物販店では一番遅くまで店を開けていました。雑誌とタバコの連動が良かったのか、お客さんが増え続け、一番忙しい時は、食事をするのがもどかしいというときもありました。一年365日で休日は元旦のみのときもあったほどでした。労を惜しまずただただ努力・努力の明け暮れでした。
   店舗を2倍に大改築した頃にコンビニの進出があり、小さな菓子店、パン店が姿を消したのをはじめ、商店街の消費者動向の変化が次第に現れて、今まで軒を並べていた店が次々に消えていきました。更に大店法の規制が解けると、大型店の販売攻勢は洪水のごとく商店街を飲み込みました。とどめは24時間営業。すべての努力をあざ笑うがごとく、消費者を吸い込みはじめ、一握りの消費者が顔を出してくれる商店街に変貌してしまった。
   その中でもひるまず、奮闘してきましたが、70歳を契機に書店を止め、タバコを中心として一部に雑誌と新聞を置く形態で店を継続していました、その中で、はからずもフジテレビのめざましテレビに取り上げられました。喫煙規制の嵐が吹きまくり、販売店への不当な規制ラッシュ。タバコの宣伝を抑え、商品のパッケージに病の原因になることをPRさせる不当な規制、更に自動販売機のタスポ導入、喫煙場所の限定、交通機関を始め飲食店などでの喫煙規制と止まることを知らず、この10月には増税で大幅の値上げを決行。更に先行き値上げ攻勢は続くとのこともあり、店の継続に赤ランプがともりました。
   丁度そのとき、10年前に倒れて再起した義母(94歳)の老齢化が顕著になり、目が離せなくなるような事態が生じたのを契機に、二人が動けるうちに介護の手助けをと決意し、店を離れる寂しさを捨てて閉店を決意しました。10年前からの通い店の経営は、負担が多く、その大半を背負っていたのが妻の博子でした。九年前の腰の手術以来、身体をいとうこともなくがんばり続けた姿を知るだけに、まさに大きな決断の時と覚悟をしたのです。
これをもって閉店のお知らせといたします。次は閉店の挨拶後のお客様との心のふれあいの一こま一こまを紹介いたします。




W杯南アフリカ大会・優勝はスペイン

2010-07-16 | 煙草
   集中豪雨の被害てパソコン使用不能の事態、店内の清掃・消毒で貴重な時間を損失する羽目になった。その間サッカーのワールドカップは熱戦を続け、最終の決勝戦は、日本時間12日未明、ヨハネスブルクのサッカーシティー競技場で、スペインとオランダの間で行われた。
   オランダは日本を1対0で破り、そのまま勝ち上がったチームなので、内心はオランダの勝ちを願ったが、延長の大熱戦の果て1対0で惜敗し、輝く優勝はスペインの手に渡った。
ワールドカップでの優勝は8チーム目でスペインは初優勝・賞金3000万ドル(約26億7千万円)を獲得した。
   野球一筋の自分たちが、これほどサッカーに目を凝らしたのは始めて、ルールもほぼ分かり始めて、サッカーの魅力を感じ始めているが、野球への情熱はいささかもゆるぎはない。さあこれからは、プロ野球。セ・パ両リーグの熱戦に胸を躍らせる日々が始まるのである。

W杯・激闘するも八強に残らず

2010-07-01 | 煙草
   史上初・世界の8強を目指した日本サッカー代表の岡田ジャパンは、29日・日の丸を背負って南アフリカ・プレトリアのピッチで、南米のパラグアイと対戦した。日本時間の午後11時、テレビの前で夫婦揃ってキックオフをまった。マスコミでは、日本勝利の期待を持たせる解説とコメンテータの声であふれていた。いつものことであるが公正に予想すれば、実力ははるかに上の相手である。
   試合は、前半・後半120分間、息も抜けない一進一退の激闘。思わず息を呑むゴールキックの応酬に、いつの間にか選手と同化してピッチに立っている気分。延長戦も0対0でホイッスル、大会初のPK戦となだれ込んだ。すごい重圧に包まれる中のゴールキック、ピッチに立つ選手の緊張は肌を刺すように感じた。だが結果は無情にも5対3で涙を呑んだ。その瞬間なんともいえぬ感動が胸を突いた。チームワークは参加チーム随一といわれた結束、その姿は見るものの胸を熱くした。どの選手も闘志むきだし・ひたむきに勝利を目指し、走りまくっていた、負けたからと言ってその選手を責められるか、むしろ体力に劣りながら、一歩も下ることなく組織力で戦い抜いた見事さに頭が下るばかりであった。
   翌朝の新聞は、どの新聞もこのW杯が一面を飾った。「16強で散る・号泣ジャパン」「死闘120分PK戦で涙」「史上初8強へ!延長死闘・日本終戦」「8強目前・・・死闘の末、力尽く」などなど、いずれも日本選手の結束とその激闘をたたえていた。驚いたのは外国メデイァの賞賛であった。見えるものには見えるのだとうなずくと共に、日本サッカーの新たな一歩がまちがいなく踏み出されたのだと確信した。同時にホッとして肩の荷が下りた感じで安らかな眠りにつく今日である。

W杯の熱戦・未明の日本列島に歓喜の渦

2010-06-25 | 煙草
   すごいすごい、スポーツ観戦で早朝から、こんな興奮を味わったのは始めて。早朝と言っても夜も明け切らない午前三時半のキックオフである。まさに未明の大熱戦、すっかりサッカーファンになりすました夫婦の熱い応援であった。日本のゴールのたびにハイタッチという入れ込み、勝利確定のホイッスルには万歳である。
   サッカーのワールドカップ南アフリカ大会、グループリーグE組の日本対デンマークの戦いで、3対1で快勝した日本イレブンの激闘に酔い痴れた熟年夫婦の心通うひとコマである。新聞報道によれば、W杯で一チームが一試合に二本のフリーキックを決めたのは実に44年ぶりのことだという。専門家は色々な意見を交わすであろうが、私達にとっては、見応え十分の素晴らしいゲームであった。
   これで日本チームは決勝トーナメント進出16強に名乗りを上げ、初のベスト8入りをかけてF組1位のパラグアイと対戦すると言う。これに勝てば予想もされなかった夢が実現するかも、勝手気ままなファンは実にノウテンキデアル。

メキシコ湾海底油田の原油流出・最悪の環境汚染

2010-06-24 | 煙草
   アメリカ・ルイジアナ州沖のメキシコ湾で石油掘削基地「ディープウオーター・ホライズン」が爆発事故で水没したのは4月22日のことである。事故発生からすでに2ヶ月を経過しているのに、原油流出は依然として止められず、海洋汚染は次第に深刻さを増している。
   特に海洋生物から沿岸の地域住民にその被害は拡大するばかりで、事故を起こしたイギリスの國際石油資本BPに対するアメリカ人の批判は強まるばかり、更にこの対応に対するオバマ大統領にも批判が高まり世論調査では69%の高率を示したと言う。
   この世論に押されるようにオバマ政権がBPに対して科する罰金は次第に厳しくなり、その動きに反応してBPの株価は事故発生から40%以上も下落しており、株式市場やイギリス政府の動揺が報じられているという。
    メキシコ湾の深海油田は、アメリカ産原油のざっと25%を占めているという。かっては陸上で採掘され、それが底を突くと海底油田に移り、浅瀬の採掘が枯渇すると今度は深海へと進み、すでに限界と思われた水深1500㍍を超え、現在では3000㍍から1万㍍まで計画されていると言う、すでに人間が下ることの出来ない領域でロボット操作によるのが現状なのである。今回の事故の処理も全てロボットで遠隔操作によるもの、それがままならないのが現状である。見方によっては極限を追い求めたツケが突きつけられているのではないのかとも取れる酷い事故であり、これからの推移を厳しく見守るべきである。

日本中のサッカーフアンが熱狂した国外初勝利

2010-06-15 | 煙草
   昨夜は日本中のサッカーファンがテレビの前に釘付けになり、ボールの動きに合わせて歓声を上げ、最後は大感激の感涙に咽んだようである。普段は野球一筋の私たちもひきこまれ日本人として熱い応援を送った。驚いたことになんと94歳の義母も寝床で観戦、本田のゴールをみて眠りについたと言う。 
   それほど日本中が沸いたのは、サッカーのワールドカップ(W杯)南アフリカ大会の四日目に登場した日本チームがFIFAランク19位のカメルーンと対戦し接戦を展開の上、1対0で快勝する大金星を挙げたからである。日本は45位、しかも6戦未勝利であった国外開催で初めての勝利であったというから大変である。、
   スポーツ新聞全紙の一面トップは言うまでもなくこのニュース一色、テレビも早朝から日中も続けざまに、この大勝利のゴールシーンが流されていた。戦略が無いとか、監督交代しろなど、心無い罵詈雑言をあびせられながらも、黙々と指揮を執り続けてきた岡田監督のヤッターと飛び上がる姿に涙が出た。誰よりも嬉しかったに違いない。優れた選手を束ねてその実力を発揮させる戦略は、並大抵ではないであろう。知る人ぞ知るである。
   ひたむきな選手、それを支える脇役のコーチ・裏方、その全てを掌握するのは誰あろう監督である。この一勝の感激は、誰よりも岡田監督に上げるべきであろう・・・  

民主政権の最出発・菅内閣発足に一言

2010-06-08 | 煙草
   鳩山首相の辞任による交代劇の幕が上がった。6月8日夜、皇居での首相任命式を経て、菅直人首相が正式に誕生。民主・国民新党の連立による菅内閣が発足した。新聞・テレビの報道は、相変わらず、反小沢、脱小沢の閣僚誕生とか、参院選の前の首のすげ替えなどなど早くも、ああでもない、こうでまないと、まことしやかに報じ始めた。短命政権で一番迷惑をこうむるのは、誰あろう日本国民である。こんなことが続くと世界でも相手にされなくなるであろう。
   国民の声・民意などを振りかざしている「世論調査」にわれわれが踊らされてならないのは当然であるが、とくに注文したいのは閣僚の面々が識見を深めて、マスメディアの誘導に乗らないことである。特に国防に関する大事は、秘すべし秘すべしである。そして民意なる言葉の独り歩きを厳しく注意しなければと考える。
   民主主義・多数決という名のもとに、正論が軽んぜられる現在の風潮は、正に衆愚政治の深まりかと感ぜずにはいられない。

これでいいのか無責任なマスコミの言論

2010-06-05 | 煙草
   官房機密費の問題に少しも触れようとしない大手新聞社・テレビ局の現状を見れば、自ら受け取った事を認めているのを白状しているようなもんだ。それにしても金の問題を取り上げて執拗に追い掛け回していたマスコミが、金に翻弄されていたとは情けない。しかもこの機密費の配布リストは、前政権の・自民党に寄って作成され、政権担当の永い間その時々に応じて使い放題であったとなれば、ここにメスをいれるのはあたりまえの事である。
   ポストの記事に入る「機密費を介した”共犯関係”は、自民党政権を通じて強固に構築されてきた。秘書官が私に告げた”メディア全体が悪”とは、この巨大な構造そのものを指す。元参議院議員の平野貞夫氏が”私は新聞記者を堕落させる仕事をしていた”と語った理由もお分かりだろう(朝日ニュースター・ニュースの深層・5月18日放送)。官房機密費問題を新聞・テレビが報じられないのはもはや当然だが、気になるのは官邸側だ。平野博文官房長官は機密費の使途公開について、政権発足後、今に至るまで動き始める気配はまったくない。私はかねてより、機密費の公開については、一定期間後に、安全保障に関わる範囲を保全した上での公開の枠組み作りが必要だと主張してきた。
  私は5月17日、小沢一郎民主党幹事長の定例会見の席で、野中広務氏の機密費発言についての見解と、機密費の是非について質問した。小沢幹事長は”私は官房機密費を使う立場には今まで、立っておりません。従いまして、今のご質問については、全く答えるだけの知識はありません”とした上で、”機密費という言葉がいかにも、怪しげに聞こえますけれども、私としてはそういった必要経費は内緒で予算を流用したりなんだりするんじゃなくて、おおっぴらに各省庁ともですね、官邸だけじゃなくて、きちんと計上するという形にした方がいいんじゃないかと個人的には思っています”と述べた。
 以前から使途公開の枠組み作りを主張してきた鳩山由紀夫首相、岡田克也外相に続いて、党側のトップまでが、使途公開を政府へ要望したのだ。普段なら”小沢の政府介入”と騒ぐ新聞・テレビは、何故この発言について報じないのか。考えてみれば、鳩山、岡田、小沢各氏は、記者クラブにしか参加が許されなかった記者会見を”オープン化”してきた。一方の平野官房長官は、徹底して記者会見オープン化に抵抗し、いまだに自らの会見も記者クラブ以外には開放していない。 機密費問題への対応と奇妙な一致を示していないか。もしこの問題でも平野官房長官が記者クラブメディアに取り込まれているとすれば”共犯関係”はいまも続いていることになる。この問題を私は引き続き追及していく。」と述べている。
  

大メディアが何故「機密費」問題をタブー視するのか

2010-05-21 | 煙草
   たしかに指摘されるように、小沢・鳩山氏の問題はここ数ヶ月の間、欠かさず連日連夜と言っても過言ではないほど大新聞・テレビは、鬼の首でも取ったようなはしゃぎぶりの報道をしてきた。そしてテレビに登場する評論家は、あたかも全てを知っているような口ぶりで迎合の発言を臆面もなく述べている。異常と思えるこの報道姿勢を何かあると考えていたが、正にその何かがあったのである。
   ポストの記事に入る「大メディアが”機密費”問題をタブー視しているのは、そこを掘り起こすと大新聞・テレビの癒着という”国民に知られてはならない報道の裏側”に行き着くからだ。どんな時代でも、政治権力と”近すぎる関係”になるメディア関係者はいた。しかし、大マスコミが徒党を組んで政権そのものと癒着するような異常な関係になるきっかけは、今から10数年前に生まれた。竹下登・元首相が97年に結成し”竹下機関”の異名を取った”三宝会”という組織は極めて重大な意味を持つ。」
   「”三宝会”のメンバーには、財界人、各省の事務次官経験者など錚々たる顔ぶれが加わっていたが、最も重視されたのはマスコミ人脈だった。朝日、読売、毎日、日経、産経、共同通信、時事通信を始め、民放キー局4社などの竹下派担当を経験したベテラン記者10数人が参加し、設立趣意書には”新聞、テレビ、雑誌など、マスコミの第一線で活躍しているジャーナリストを中心に、政・財界の関係者らが定期的に集まり、情報交換を行い・・・”とある。」
   「当時は、93年に自民党が分裂してから続いてきた小沢VS竹下戦争の真っ最中で、自民党は村山、橋本政権で政権に復帰したものの、政権基盤は不安定で、新進党などを巻き込んだ政界再編の動きが渦巻いていた。竹下氏の目的は、簡単に言えば”小沢批判”の情報宣伝機関づくりにあった。自民党は93年の総選挙で負けたのは不利な報道を行われたからだとしてテレビ朝日の椿貞良・報道局長を証人喚問するなど、メディア操縦に躍起になっていたが、ムチの一方で”シンパ記者の組織化を図ったところが、情報戦に長けた竹下氏ならではの着眼点だった。」
   「竹下氏の狙い通りと言うべきか、三宝会のメンバーはいまや”民主党に批判的”な立場で世論形成に強い影響力を持つ人物が多い。現在の新聞・テレビの支持率報道の背後には、そうした人脈が見え隠れしている。この組織の存在をいち早く指摘したのは本誌だった。本誌97年10月31日号は”三宝会”が竹下直系の情報機関として設立され、事務次官経験者や現職の内閣情報調査室長も加わっていることを報じた。このスクープは当時の衆院予算委員会で”マスコミを利用した政治支配”と政府追及の材料となったが、大メディアは一切報道しなかった。それはメディアを横断的に組織化すれば、不都合な国会審議さえ隠せることを図らずも示したと言える。」
   「時系列でいえば、その半年後に橋本首相は参院選に惨敗して退陣し、98年に小渕内閣が発足。野中氏が官房長官に就任し、機密費の配り先を記した”引継ぎ帳”を受け取ったのは、ちょうどその頃のことだ。官房機密費は、そうしてメディアと自民党政権との”潤滑油”に使われてきた。・・・官房機密費の甘い汁を吸い、政権の道具になることを受け入れたマスコミ人が、河村前長官の機密費持ち逃げ問題を追及できないのは当然だ。その癒着構造こそ、この国の政治をゆがめている病巣なのだ。次項のリポートでは、その人名にきりこむ。」とある。
   現在テレビなどによく顔を出している人物がこの中にいるのである。歪んだマスコミの報道を見破る見識を持つと言うことは難しいが、一方的な報道には疑い持つ姿勢が必要だと言うことを思う。健康を謳い文句に、タバコの規制の一方的な動きにも必ず裏があるはずである。



これでいいのか世論調査屋になった大新聞・テレビ

2010-05-20 | 煙草
   このところの大新聞・テレビは、どうみても偏った報道姿勢が
あるのを感ぜずにはいられない。連日のように現政権のあら探しがある。そして事あるたびに世論調査なるものが出てくる。こんな異常な世論調査が繰り返し行われているのは、世界に例を見ないと言う。
   政権交代と言うかってない転換期をどうとらえているのか、どうみても政局を動かし、混迷な世情を作り出そうとしているみたいに取れる動きである。そんな最中に週刊ポスト5月28日号に「マスコミ操作による世論誘導工作に巨費投入!野中広務氏が暴露した官房機密費配布実名リスト公開」「何故大新聞、テレビは黙殺するのか」と言う記事が目に飛び込んできた。
   やはりこんなカラクリがあるのだとうなずくことが、暴かれていた。そして「”政権を支持するか”と”退陣すべきか”しか質問しないのでは、世論調査を政権批判の道具にしているといわれても仕方ない。メディアが自らの取材で権力を監視・批判をするのは当然の責務である。しかし”世論”と言う”他人の口”を利用して政権批判を展開するのは、批判材料を調べる取材能力がないということを自ら認めるようなものだ。いや、大マスコミが今のような異常なやり方を押し通そうとするのは、あるいは政治を正面から批判することに、ある種の”うしろめたさ”を抱えているからかもしれない。」
   「そう感じさせるのが、小渕内閣の官房長官を務めた野中広務氏の官房機密費証言をめぐる報道ぶりだ。野中氏は4月19日、TBSの報道番組”NEWS23クロス”で首相官邸が持つ年間約14億6千万円にのぼる機密費の使途について重大な証言を行った。その核心部分は、機密費は歴代内閣からの引継ぎ帳にあるリストをもとに、政権維持に有益と思われる様々な人物に”つかみ金”として配られ、その中には国会対策や歴代の首相経験者などに加えて、政治評論をしておられる方々に、盆暮れにお届けすると言うのは額までみんな書いてありました。テレビで正義の先頭を切るようなことを言っている人が、こんな金を平気で受け取るのかと思いました・・・と、国民の誰もが知るようなマスコミ界の大物たちにもカネを渡してきたことを暴露したのである。だが、大マスコミはこの野中証言を黙殺した。」
   「スクープした当のTBSでさえ、他の時間帯のニュースでは触れなかった。・・・野中氏はその後もこの問題を提起したが、他のメディアもベタ記事扱いで伝えただけで、自分たちの関わる疑惑については口をつぐんだのである。税金でありながら、事実上、時の権力者のお小遣いとして闇から闇へ消えてきた官房機密費は、歴代政権がついに手をつけなかった未解決の重大疑惑である。昨年9月の政権交代のドサクサの中で、当時の河村建夫・官房長官が2億5千万円の機密費を引き出していたことも発覚している。この件は大阪市の市民団体”公金の違法な使用をただす会”が河村氏を詐欺罪や背任罪などで東京地検特捜部に告発した。しかし、新聞・テレビはやはりこの疑惑を殆ど報道せず、特捜部が捜査に動いている形跡もない。小沢一郎民主党幹事長の政治資金事件では各メディアがこぞって市民団体の告発を大きく報じたのと比べれば、落差はあまりに大きい。」と(続く)

  

向上心が強い中国人留学生の躍進

2010-05-13 | 煙草
   読売新聞5月12日号の一面・メガチャイナで「早大の研究室席捲」の見出しに目を奪われた。その記事の冒頭に「指導する学生は34人。その全てが中国人の留学生になった研究室がある。早稲田大学大学院の北九州キャンパス。ここで画像処理などに使う大規模集積回路の開発に取り組む後藤敏教授(65歳)の研究室だ。中国からの留学生は年々増え、ただ一人残っていた日本人の学生も今春、巣立っていった。留学生はみな中国の名門大学出身。ゼミや実験では英語を使うが、仲間同士の会話はつい中国語になる.・・・国際化を掲げる北九州キャンパスは留学生が85%を占める。その中でも全員が中国人の研究室はここだけだが、後藤教授は”重要なのは人材。国籍は関係ない。彼らは向上心が強く、英語も得意。日本人の学生とは全然違う”と言い切る。」
   「中国人留学生と言うと不法就労がしばしば問題になる。だが、後藤研究室の例のように優秀な若者も増えている。彼らは日本の高校でも頭角を現し始めた。千葉県木更津市の暁星国際高校では今春、過去最高の9人が東大に合格した。全員が中国人留学生だった.男子7人、女子2人でみな理科系。日本語のハンデも物ともしなかった。」と。この記事を読みながら、つい先だってのサピオの特集「年々歳々、日本人は信じられないほどバカになっている。この空恐ろしいまでの現実を直視せよ!」を思い出していた。
   3+2×4を小6の40%が不正解。欧米はおろか中・韓にも完敗した「知の地盤沈下」。掛け算、割り算は、足し算、引き算よりも先に計算するという四則混合計算の基本を理解していない子供たちがいかに多いか。漢字の読みでも正答率が20%を切るというショッキングな結果が出ていると言う。最高学府の大学の実情もお寒いかぎり、語彙力(ごいりょく)が中学生レベル以下の大学生の割合が、国立大で6%、私立大で19%、短大で35%に上がると言う。日本語力の低下もさることながら、深刻なのは英語力で高校中級の英検準2級レベルの割合が全体の60%に満たない国立大学もあるほか、私立では中学卒業の英検3級レベルはおろか、その下の4級レベルの学生がいる大学もあるという。
   ゆとり、ゆとりの教育の欠陥が、かくもひどい現状を生み出している事に気づきはじめているが、すでに世界的に大変な遅れを取っていることは明白である。これをどう解決していくのか将来に大変な課題が突きつけられている。

参議院選に出馬の「たかがい恵美子」さん

2010-05-11 | 煙草
   小学校時代の学友・清水嘉与子さんは、現在日本看護連盟の会長として活躍中である。克っては看護連盟の熱い推挙と支援を受けて自民党の参議院議員として国政の第一線で縦横の活躍を続け、国務大臣・環境庁長官の重職をも全うした人である。
   その彼女は、どんな多忙な時でも、小学校時代のクラス会を大事に考えてくれ、殆ど欠かさず参加して、机を並べた時代に戻って語り合う仲間であった。少しも高ぶることもなく実に気さくな人柄は、誰にも好かれる存在である。
   確か3月中頃であるが、その清水さんから一通の便りを頂いた。その中に昨年、前任会長の病気療養のために看護連盟の会長に就任することになった挨拶と、その看護連盟の総会で近づく参議院選に連盟から「たかがい恵美子」さんを推挙し、総力を挙げて支援活動に入るとの連絡であった。
   「たかがい恵美子」さんとは、どんな人物かとその推薦文を見ると「たかがいさんは、弱きを助け強きをくじく姉御肌、その一方出会った人を優しく取り込んでしまう包容力のある方。看護師としての実践を踏まえた真面目な研究者、と同時にいつもチャレンジ精神を漲らせている行動派でもあります。きっと国政の場でも凛と胸を張って超高齢社会に貢献する看護師たちの代表として活躍できる方に違いありません。」
   「そんな、たかがいさんを、これからの社会保障制度の改革の一翼を担う大舞台に押し上げ、世界に先駆けた豊かで活力ある長寿社会を実現するために働いてもらおうではありませんか。是非たくさんの皆さんが、この活動に参加してくださることを願っております。」とあった。
   その「たかがい」さんが取り組む3つの重点課題は、一に・だいじな、健康を増進し、福祉を充実させ増す。二に・みらい。安心して安全に働ける社会を目指します。三に・つくりたい!おもいやりと感謝の心を育む教育と環境をつくります。ということである。
   清廉潔白にして純粋に国政に取り組んだ清水嘉与子さんの推挙を受け止めてささやかながら「たかがい恵美子」さんを応援しようと思うのである。



 


小学生時代の恩師を訪ねて

2010-05-04 | 煙草
    板橋第六小学校時代の恩師・長岡範先生を訪ねて見ようとの話が持ち上がったのが4月の後半、女性の清水嘉代子さんからだった。彼女はつい数年前の引退まで自民党の参議院議員として国政の中心で活躍していたが、後進に託していったんは、一般人に落ち着いたかと思いきや、有能な人材はなかなか安易にもどるを許されず、今度は日本看護協会の会長に就任、また忙中に身を置く事になっていた。その彼女からの希望を生かそうと早速手を打つた。
    電話一本で希望者を募り一週間ばかりでまとめて五月二日の日曜日に決行と成った。男子6名女子3名の一行は自家用車で現地の赴くメンバーと京成電鉄で行くメンバーと二手に分かれ、計画通りに進行した。ところが前日から急に高熱を発症。当日は不参加と言う不始末を侵した。集合場所には急遽、妻の博子に足を運んでもらい、段取り通りの出発を確認してもらった。参加した学友の全員から見舞いの電話を受け、安堵しての静養に入った。
    京成佐倉駅からクルマで5分。首を長くして待っていた長岡先生の「ゆうゆうの里」に到着、久々の再会であるが、瞬時に教室時代の関係に戻り、笑顔の会話に賑やかな花が咲いたという。「休みと言っても親戚の者も顔を出してくれないのに、こんな遠くまでありがとう」と電話越しに声をはずませていた先生の姿を目に浮かべて、心で参加したのである。

胸を打つスポーツの界の友情

2010-04-27 | 煙草
   後楽園ドーム球場での4月24日の巨人・広島戦は実に胸が熱くなるようなドラマの展開であった。さる4月2日、広島マツダスタジアム球場内でのシートノック中に倒れ、くも膜下出血のため7日に亡くなった巨人木村拓也内野守備走塁コーチ(37歳)の追悼試合である。
   この試合前に、巨人・広島両軍の一軍選手、首脳陣初め球界関係者550人が参列して都内のホテルで「木村拓也のお別れ会」が行われ、ようやくそれぞれの思い・声が届けられたと言う。特に6分半の弔辞を読み上げた指揮官原監督は、会場に掲げられた拓也の遺影に向って流れる涙をそのままに、「今日は野球人としての生き方に共感した人達が、君のために集まってくれました。」と語りかけた後、06年6月にトレードで広島から移籍したあとの印象深い数々の想い出をひもどいた。中でも昨年9月4日のヤクルト戦では10年ぶりにマスクをかぶり、チームのピンチを救った姿を上げ「君の姿勢こそ強いチームを作るために必要不可欠なことでした。君は全てのことに対して臆することなく、勇気を持って戦う姿勢を持っていました」・・・そして最後に「君の精神は、私達の心のなかで間違いなく脈打っています。もちろん君の愛する子供さんたちの心の中も同じです。君はこれからも私達と共にいます。一緒に戦うぞ拓也ありがとう。さよなら拓也・・」と。
   かくして始まった両軍の戦いは一点を争う緊迫したゲーム、その均衡が破れて広島1点リードで迎えた8回の裏の巨人の攻撃。逆転以外に勝利なしのところで一死満塁の好機を迎えた。ここで代打で登場したのが同期生として卓也と最も仲が良かったという谷。スタンドの巨人フアンもテレビ観戦のフアンもそのバットに祈りをこめた。
   その瞬間、左中間に逆転満塁本塁打がのびた。球場のどよめきもさることながら、テレビの前で「やったー」と躍り上がった。それほど劇的な本塁打であった。勝利してお立ち台に立った谷は、涙しながら「今日は拓也の日やったんで、ぜひとも勝ちたいと思って試合に臨んでいました。いつもいつも励ましあってプロでやってきた。先に逝かれて本当に悲しい」と言葉を詰まらせ、聞き入るフアンの涙を誘った。
   またこの日、他の球団も試合前に選手・球団関係者が、タクヤの若すぎる死を悼み追悼の黙祷をささげたと言うのである。スポーツ界のさわやかな美しい友情に心が洗われるようだった。それにひきかえ、仲間の落ち度を鬼の首でも取ったように騒ぎ立て、引き摺り下ろすことだけに狂奔する卑しい政党、議員の何と多いことよ、騒ぎ立てている連中に、清潔な姿は見えない。こんな政党・議員に日本の将来を託せるかはなはだ不安である。最後に心に残った新聞記事と原監督の語りを挙げる。記事「谷だから打てた。谷しか打てなかった天国への惜別弾だった」、原監督談「谷がねえ.拓也と仲が良くて、試合が終って二人でおいしそうにタバコを吸っている光景が目に浮かぶ。何か不思議なものを感じますね」である。



鈴木智也君の晴れの旅立ちに幸あれ

2010-04-23 | 煙草
   私達の店の斜前に商店街での集客では、一・ニを争う「ほかほか弁当店」がありました。今から8年前に、多くのお客さんに惜しまれて、実にあざやかに・きれいに店を閉じました。今でもそのことは商店街で語りぐさになっています。その店の経営者が貴方のおばあちゃん・鈴木ちえ子さんです。そこへ大手の梱包会社で敏腕を振るっていたおじいちゃんの清さんが会社を退職してから加わり店の勢いは益々盛んになりました。そしてもう一つ大きく支えたのが君のお母さんと順子おばさん、そして友人の美人三人の接客でした。
   そんな中に、商店街仲間として登場するのが私達です。店の増築大改装のときには、鈴木清夫妻に言葉では、言いつくせぬ尽力を頂いたものです。そんなお付き合いの中で、幼少の智也君と丸一日、行動を共にしたことがあります。夏の江の島に鈴木家の日帰り旅行でした。水族館に入ったり海岸沿いで水遊びをしたり、島巡りをしたり、わいわいがやがやのにぎやかな家族連れの遊びでした。ただこれは後で知ったことでしたが、智也君にとって少年期の大きな旅立ちでした。なぜならば、後にも先にも、この時初めて大好きな母親からはなれての旅行だったのだと言うのです。実にのびのびと子供らしく楽しんでいたのが印象に残っています。
    あれから20数年、若い苗木がすくすくと成長して大木になるように、今日は両親、そして祖父母の許をはなれて初めて大きく羽ばたく、船出の日です。しかもその横にはぐっと寄り添う最愛の未和さんがいるではないですか、いうことなしの最良の旅立ちです。行く先にどんな荒波がこようともしっかりと手を携えて乗り切り、誰にも負けない幸せな家庭を築いてください。今日はご招待を頂き当店を代表して白石博子が参列しています。大事なことを加えます、智也君のお父さんは現在私達のパソコンの先生です。どうやら鈴木家とは切れない縁があるようです。どんなところで又顔を合わせるかも知れませんが、宜しくね・・智也君・未和さんおめでとう。万歳。