春烙

寒いなあ…

やまない 雨

2009年06月26日 20時04分43秒 | 外伝小説 2
 この心を満たす、雨は――


「たくっ。土日くらい休みたいよ」
「副会長も大変ですね」
 玄関前で靴紐を結んでいる妹に、クスッと笑った。
 壱鬼君はアスカ君を連れて、河野家へと泊まりに。
 そして翼乃君は、生徒会の仕事で外泊することに。
 3人とも、日曜には戻ってくる。
「夕食、作っておいたから。泳地兄さんが帰ってきたら、食べてね」
「別によかったんですよ。今日が当番だからって」
「いい。やらないと、気が散るからさ」
 結び終え置いてある荷物を肩にかけると、玄関の扉を開けた。
「あっ……雨だ」
 開かれた景色は、流れ行く水のように広がっていた。
「何でこんな時に、降るんだか」
 傘立てに置いてある赤い傘を手にし、翼乃君は僕のほうを向いた。
「じゃあ行ってくるよ」
「ええ。いってらっしゃい」

 妹が出て行った後。
 僕は居間にある青のソファーに倒れ込んで、外から流れくる音に耳を傾けた。
「はぁ……」
 今日から3日間。
 僕は、あの人と二人きりになる。
「一緒に居られるのは、いやじゃない。嫌じゃないけど……」
 そばにいると、あの日の事を思い出してしまう――

 あの日。
 思いを忘れようとした僕は、実の兄に抱かれた。
 手を封じられ、視界を閉ざされて。
 最初は誰なのか分からなかった。
 あの人以外に抱かれてもいい。
 そう思っていた。
 ……なのに
 目を塞いでいたものが外され、悲鳴を出す口を何かに塞がれてしまう。
 僕は知っている。
 この感触を、温もりを持つ者を――

 いつの間にか眠ってしまっていて。
 どのくらい経ったのかは分からないけど、雨の音は聞こえていた。
 と。玄関の方から音が聞こえた。
 僕はソファーから立ち上がり、玄関へと向かった。
 この家へ来るのは、一人しかいないから――
「お帰りなさい、兄さん」
「ああ」
 濡れている服が、身体に張り付いていた。
 出る前に、傘を持たずに行ったのを知っている。
「ずいぶん濡れましたね」
「突然振ってくるからな。あいつらはもう行ったのか?」
「ええ。翼乃君が最後に」
 タオル持ってきますね、と言ったが、首を振って断られてしまう。
「でもそのままだと、風邪ひきますよ?」
「平気だ」
 着替えてくると言い、階段のほうへ歩いていく。
「ああ、そうだ」
 足を止め、僕のほうを振り向いて尋ねてきた。
「たしか今日の夕食当番は、翼乃だったよな?」
「行く前に作ってくれましたよ。温めておきましょうか?」
「ああ、頼む」
 二階に上がっていくのを見届けると、僕は台所へと向かった。

 夢だと思っていた。
 実の兄に抱かれているなんて、思いたくなかった。
『夢じゃない』
 だけど、あの人が現実へと戻していく――

「いつまで降るんだろうな」
 夕食の片づけを終えた僕が居間に戻ると、ソファーに座って外の様子を見ながら兄さんが尋ねてきた。
「どうしてですか?」
「強くなってきたからだ」
 と言ってくるので外を見ると、雨が勢いよく下に落ちていった。
「明日も降っているなら、日曜あたりに止むと思いますよ」
「そうか…」
 と言うと、僕の方を振り向いた。
 紫水晶のような、深い瞳が見つめる。
「お風呂、わかしてきますね」
 その視線から逃げるように、僕は居間を離れた。

 逃げられるとは、思えない。
 いや、逃げられない。
『逃げれると思うなよ』
 逃げることを、許されない。
「お風呂わかしましたけど」
 僕は縁側の方に移動した兄さんに言った。
「先に入りますか?」
「……いや」
 僕に目を向けると、低い声でこう告げた。
「一緒に入らないか」
「!……」
「違うな。一緒に入れ」
 顔を背けられず、僕はゆっくりと頷いた。

 なぜ頷いたのか、分からない。
 逆らいたくなかったから?
「すごい音だな」
 浴室にまで流れる雨音に、天井を見ながら聞いていた。
 僕はほんの少しだけ、距離を離してすわった。
 悪あがきだとしても。
「……水奈」
 名前を呼ばれるだけで、身体が震えてしまう。
 波がたっていくのを見て、近づいてくるのが分かる。
 ――どうして……
「どうして、 僕を抱いたのですか……」
 ざわめく雨音の中。
 身体を引き寄せられると、ゆっくりと顔を向けられた。
「お前が離れようとするからだ」
「どこ、からですか」
 本当は、分かっている。分かっているけど――
「まだ嘘を言いつづけるのか」
「!」
「俺が気づいていないとでも、思っていたのか?」
 告げられた言葉に、身体中が怯えだす。
「俺の幸せのために、自分は犠牲になってもいいと思っているのか。ふざけるなっ」
 強く抱き締められ、顔の距離が近くなる。
「自分を幸せに出来るのか」
「でき、る……」
「俺が他の奴と付合っていてもか」
「っ……」
「俺は、お前以外の奴とは付き合いたくない」
 重ねられた唇は、閉ざそうとした思いを溢れだしてしまう。
「ぼくも……貴方以外の人とは、付き合いたくない――」
 手を頬にのせると、目を閉じてキスをした。
 触れるだけなのに、深く感じる。
 少しはなしても、また唇が求める。

 この思いを、手放す事はできない。
 手放したくない。
 忘れたくない。
 逆らいたくなかったからじゃない。
 僕が望んでいた事だから――

「ッ――!」
 二度目は、痛みより快感の方がまさっていた。
「あっ、…あつぃ……」
 湯の中じゃないのに、身体中が熱い。
「たしかに、熱いな……お前の中は」
 耳元で低く呟きながら、ゆっくりと動かしていた。
「ア、ん…。言わないで……」
「たしか。耳が弱いよな」
 そう言って、僕の耳を噛んだり舐めたりしていた。
「ひゃッ! ん…」
 思わず声が出て、口を手で押さえたが。
「塞ぐな」
 兄さんにその手を、外されてしまう。
「今は、誰もいないんだ」
「いや……。兄さんが、聞いてる……!」
 誰にも、この女性のような声を聞かせたくない。
 耳から離れ、僕の顔をじっと見つめていた。
「俺はお前の声が聞きたい」
 紫水晶が、僕を見下ろしている。
「誘うような、甘い声が聞きたい」

 貴方が、僕の声で狂うように
 僕も貴方の声で、狂わせられている――

「あ、んぁ、アッ!」
 奥のほうに打ち上げ、一番感じやすい場所を犯していく。
「あぅん……ソコ、もっと!」
「気持ちいいか?」
「アアッ、いい――。気持ち、イイよ!!」
 もっと奥に来て欲しくて、自分から腰を振っていた。
「ク……締め過ぎだっ」
「アン! いい、イィっ!!」
「他の奴には、見せられないな……っ」

 貴方だけに見せたい
 快楽に溺れた、荒れ狂った姿を

「あ、アアァ―――ッ!!」
 重なった身体と身体の間でイってしまうと、僕の中に熱い液体が流れ込んできた。
「はぁ……、んっ」
 呼吸のすきもなく、唇を重ねられてしまう。
「ん……ふあ、ぁ……んぅ」
 長いキスをし、僕の髪をすくうように撫でていた。
「にい、さん……」
「今度の休みにでも、どこか行かないか」
「えっ……?」
 突然の告白に、僕は目を開かせていた。
「最近、留守番になるのが多いだろ」
「え、ええ・・・」
「どこかに行って、お前と同じ景色を見たいんだ」
 この言葉の意味を、僕は知った。

 叶わない恋が、叶えられた――

 ゆっくりと微笑み、手を兄の頬にあてて言った。
「外泊とかがいいなぁ。いろんな物を、たくさん見れますしね」
「そうだな」
 とても嬉しくて、一滴流れ落ちていく。
「気にしないで。ただの、嬉し涙ですから……」
「そうか」
 でも気になってくれて、落ちていく涙を舌で舐めとる。
 そのまま降りていき、そっとキスをされた。

 一つ一つの行為が嬉しくて
 僕の心を満たし、溢れ返されていく

 この心に、貴方への思いの雨が降りつづいているなら。
  止まないでほしい――



 - end -



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