君が事故にあった後、僕と君の立場が逆転した――
僕が中学生になって、3度目の夏休みに入った時のこと。
「はあ!」
中庭で、退院したばかりの妹が、兄さんと戦っていた。
「この程度か!」
「まだまだ――!!」
二人の訓練を見ながら、僕は縁側に座って終わるのを待っていた。
ひざの上に、タオルと救急箱を乗せて。
「はっ!」
兄さんの蹴りが当たり、妹は壁にぶつかり地面に倒れた。
「今日はここまでだ」
「クッ……」
立ち上がると、二人は縁側に座り込んだ。
「お疲れ様です」
僕は兄さんにタオルを渡すと、縁側に倒れている妹の怪我を見ながら救急箱を開けた。
「今日もずいぶんと、はでにやりましたね」
「わき腹が、痛い……っ」
「おれは、肩が痛い」
「手首が痛いっ」
「足首が痛い」
「腕」
「腹」
なぜか、痛いところを言い合っている兄と妹を見て、思わず笑ってしまった。
「はいはい。じゃあ、怪我の部分を見せてくださいね」
「「……」」
黙りこむと、兄さんも縁側に倒れ、妹は腕を見せた。
あの子が退院した後。
性格が、ぐるっと変わった。
とても男らしいというのか、女という自覚を捨ててしまったのだ。
「俺、強くなるから」
一人称も、『俺』と言い換えて。
「水奈兄さんを泣かせないように、強くなるから!」
そう、あの子は僕に向かって宣言した。
あの日から、僕と妹の立場が変わった。
僕は、守られる立場で。
あの子は、守る立場。
「本気でやりますよね。いつも」
訓練で疲れた妹が赤いソファーで眠りにつくと、僕は麦茶を兄さんに渡しながら尋ねた。
「あいつがそうしろって、言ったからな」
「少しは手加減してもいいでしょうに」
「手加減をしたら、翼乃のためにならないからな。あいつが本気でくるなら、俺も本気でやるだけだ」
麦茶を一気に飲み干し、兄さんは僕を見てこう言った。
「お前のため、だそうだ。お前が泣いたのは、自分の所為だと思いつめている」
「あの子の所為じゃないに……」
「ああ。だが、あいつはお前が悲しむのを見たくなかったらしい」
と言い、兄さんは僕の頭を撫でる。
「お前は翼乃にとって、母親のような存在だからな。子供は母親が悲しむところは、見たくないからな」
「母親……」
あの子が生まれた直後に、両親が他界した。
本当は祖父母が育てなければならないのだが。
僕が育てると、宣言した。
「翼乃も安心できているんじゃないのか。お前が言ってくれて」
「そうでしょうか?」
「ああ。お前が言わなかった時は、俺が言おうとしたからな」
「兄さんが?」
「兄妹で育てた方がいいだろ。血の繋がった家族として」
「そうですね」
僕はそう言って、兄さんに微笑みかけた。
あの日を境に、僕と君の立場が変わった。
君が女としての生活をなくすのなら。
僕は、男らしさをなくそう。
君が男として生きるのなら。
僕は君を、男として見よう。
「……水奈、にぃさん……」
寝返りを打ちながら、妹は僕の名を寝言のように呟いた。
「何ですか」
君の名を呼ぶ時。
「翼乃君」
僕は君の無事を祈り続ける――
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過去編で、水奈+翼乃+泳地。
水奈が翼乃を『君』と呼ぶ瞬間の話です。
事故にあった後に、本作の翼乃になったというわけです。
僕が中学生になって、3度目の夏休みに入った時のこと。
「はあ!」
中庭で、退院したばかりの妹が、兄さんと戦っていた。
「この程度か!」
「まだまだ――!!」
二人の訓練を見ながら、僕は縁側に座って終わるのを待っていた。
ひざの上に、タオルと救急箱を乗せて。
「はっ!」
兄さんの蹴りが当たり、妹は壁にぶつかり地面に倒れた。
「今日はここまでだ」
「クッ……」
立ち上がると、二人は縁側に座り込んだ。
「お疲れ様です」
僕は兄さんにタオルを渡すと、縁側に倒れている妹の怪我を見ながら救急箱を開けた。
「今日もずいぶんと、はでにやりましたね」
「わき腹が、痛い……っ」
「おれは、肩が痛い」
「手首が痛いっ」
「足首が痛い」
「腕」
「腹」
なぜか、痛いところを言い合っている兄と妹を見て、思わず笑ってしまった。
「はいはい。じゃあ、怪我の部分を見せてくださいね」
「「……」」
黙りこむと、兄さんも縁側に倒れ、妹は腕を見せた。
あの子が退院した後。
性格が、ぐるっと変わった。
とても男らしいというのか、女という自覚を捨ててしまったのだ。
「俺、強くなるから」
一人称も、『俺』と言い換えて。
「水奈兄さんを泣かせないように、強くなるから!」
そう、あの子は僕に向かって宣言した。
あの日から、僕と妹の立場が変わった。
僕は、守られる立場で。
あの子は、守る立場。
「本気でやりますよね。いつも」
訓練で疲れた妹が赤いソファーで眠りにつくと、僕は麦茶を兄さんに渡しながら尋ねた。
「あいつがそうしろって、言ったからな」
「少しは手加減してもいいでしょうに」
「手加減をしたら、翼乃のためにならないからな。あいつが本気でくるなら、俺も本気でやるだけだ」
麦茶を一気に飲み干し、兄さんは僕を見てこう言った。
「お前のため、だそうだ。お前が泣いたのは、自分の所為だと思いつめている」
「あの子の所為じゃないに……」
「ああ。だが、あいつはお前が悲しむのを見たくなかったらしい」
と言い、兄さんは僕の頭を撫でる。
「お前は翼乃にとって、母親のような存在だからな。子供は母親が悲しむところは、見たくないからな」
「母親……」
あの子が生まれた直後に、両親が他界した。
本当は祖父母が育てなければならないのだが。
僕が育てると、宣言した。
「翼乃も安心できているんじゃないのか。お前が言ってくれて」
「そうでしょうか?」
「ああ。お前が言わなかった時は、俺が言おうとしたからな」
「兄さんが?」
「兄妹で育てた方がいいだろ。血の繋がった家族として」
「そうですね」
僕はそう言って、兄さんに微笑みかけた。
あの日を境に、僕と君の立場が変わった。
君が女としての生活をなくすのなら。
僕は、男らしさをなくそう。
君が男として生きるのなら。
僕は君を、男として見よう。
「……水奈、にぃさん……」
寝返りを打ちながら、妹は僕の名を寝言のように呟いた。
「何ですか」
君の名を呼ぶ時。
「翼乃君」
僕は君の無事を祈り続ける――
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過去編で、水奈+翼乃+泳地。
水奈が翼乃を『君』と呼ぶ瞬間の話です。
事故にあった後に、本作の翼乃になったというわけです。
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