春烙

寒いなあ…

四神伝 一章 四.朱雀<20>

2008年07月04日 23時12分24秒 | 四神伝 一章<完>
『あの4人に、ウソをついてよかったのかい?』
 翼乃は時逆・時順に挟まれて、時空の中をさまよっていた。
「ああでも言わないと、心配させるからね」
 片目を閉じて、翼乃は時順に言った。
『でも、朱雀や。本当のことを言った方がよかったんじゃないのかい?』
「いや……今はまだ、言わない。いつかは話すけどね」
『それがよかろう』
 と、翼乃の肩に一匹の鳥が乗った。その鳥は注連縄をさげ、鋭い目つきをし、身体の色は赤く染まっていた。
『おや。焔斬じゃないかい』
「え!?」
 時逆が言うと、翼乃は目を見開いて驚いた。
「これが、焔斬!!?」
『本来の姿でおると、負担が大きいけんのう。それに、呼び出すときだけというのも、チィと息苦しいのでな』
「ふ~ん(一体、どこから出てくるんだよ)」
『ほら、翼乃や。着いたよ』
 時順が言うと、目の前が白い光に包み込まれていく。

 目を開けると、翼乃は何もない白い空間の中に立っていた。翼乃はあたりを見渡したが、焔斬・時逆・時順の姿がどこにもなかった。
「よくの」
 十四・五歳くらいの若さで、翼乃より背は少し高く、真紅の布に包まれた少女が目の前に現れた。
「翼乃――我が来世(らいせ)よ」
「…朱雀……」
「やっと、会えましたね」
 悲しみの色に染まる紅い瞳で、少女は翼乃を見つめている。
「貴方が、俺に前世の記憶を見せているのか?」
「知っておかねばなりません。我が来世に生まれてきた者には」
「あなたと……黄竜のことか」
「私は、あの方を愛してしまった。それは今でも変わらない」
「そして。黄竜も同じだと」
 一滴の涙を流すと、少女は目を閉じた。
「私は、あの方を殺そうとしました」
「!?」
「私は初めて黄竜に会った時、抱かれてしまった。あの方を怒らせてしまったから」
「……」
「私を抱いた後、あの方は何もなかったかのように他人と接していた。私は、平然と振舞(ふるま)う黄竜を恨んだ」
「それは……!」
「でもそれは。恨みたいほど。殺したいほど……私は黄竜を愛してしまった」
 少女は少しだけ目を開いて、翼乃を見つめる。
「私は知られまいように、黄竜と会わないようにした。だれど黄竜は、私を追いかけていた――翼乃、天晶宮(てんしょうきゅう)を知っていますか?」
 翼乃は首を横に振ると、少女は再び目を閉じた。
「天晶宮は天界のさらに上にある、天上界にあります」
「てんじょうかい?」
「天国の下、地獄の上。2つの世界の境にあるのです。天晶宮は天上界を治める天上皇帝(てんじょうこうてい)、天帝(てんてい)と、天帝の親族と、天帝に仕える天将が住み着いているのです」
 少女が目を開けると、翼乃は目を細めた。
「俺が夢で見ていた風景は、天晶宮なんだな」
「天晶宮にある池にうつる月の輝きは美しく、心を落ち着かせてくれる。黄竜は、私が来ることを知っていて、待っていた」
「夢で見ているのはその場面だ。でも、途中までしか見られない」
「それは。貴方が記憶を失くしたからです」
「あなたは知っているのか。俺が失ってしまった記憶の事を!」
 少女は首を横に振ると、翼乃の手をそっと握った。
「それはあなた自身で見つけないと意味がないのですよ、翼乃」
「……」
「翼乃。貴方は、罪の重さを感じた事はありますか」
「つみの、重さ?」
「そう…」
 目線が下に向かれ、翼乃は後を追うように下を見た。
 握っている手に、少しずつ手を覆っていく無数の銀のロープ。
「鎖……!」
 翼乃が顔を上げると、少女の身体中には、鎖が巻きつかれていた。
「この鎖は、罪の証。罪を重ねていくごとに、この鎖は一本増えていくのです」
「どうしてだ」
「私が、『朱雀』になる前。母から受け継がれた、呪いなのです」
「そんな!?」
「生物を殺して、その命を壊して、その存在を破壊して……心が崩れていくのですよ」
 翼乃は握られていない手を拳に変えて、少女の話を聞いていた。
「『朱雀』に生まれてきた者は、戦いながら悲しみに満ちてゆく。この鎖は、生きる証でもあるのです」
「……おかしいだろ…」
 翼乃は少女の手を払うと、少女の目をまっすぐ見つめた。
「生きる証って、自分のなのか? それとも、殺した人たち? 殺された人たち??」
「……」
「呪いとかに締め付けられて、苦しいと思わないのか!」
「では。貴方は、呪いを受け継がないと?」
「呪いは受け継ぐ。でも……呪いを断ち切らせて、あなたを解放するから!!」
「……分かりました」
 少女が手のひらをかざすと、翼乃のポケットから4つの宝玉が飛び出し、少女の手を覆った。
「貴方なら、言うと思いました」
 翼乃は自分の右手を、少女の手と重ねる。
「これから先は、過酷(かこく)な事が貴方方に起こります。苦しい事、悲しい事……でも忘れないで。貴方が出来ることは、貴方自身にしかできない事ですよ」
「俺にしかできない事……」
「そう。それに、私にはない、特別な力を貴方は持ち備えています」
「特別な、力?」
「その力は、きっと。貴方の大切な人を守るでしょう――」
 手と手の間を覆っていた宝玉が、翼乃の腕に行き、玉の中心を一本の線が4つの宝玉を繋げる。
「私は転生の儀式の前。時逆・時順の所へ行き、私の思いを来世に伝えるようにっと言いつけたのです」
 手を離すと、少女の身体が少しずつ霞(かす)み始めていた。
「黄竜も私と同じ事をしました。私だけなのは駄目だ、と」
「心配だったんじゃないのか」
 翼乃は微笑みながら言った。
「今、思うとね」
 少女は笑うと、翼乃の身体を抱き締めた。
「黄竜の思いは彼の来世に受け継がれました。私の思いも、貴方に――」
 翼乃が目を閉じると、少女の身体が翼乃の身体を通り抜けていく。
「全て終わった時。それは始まりでもあるのですよ」
 少女の姿が消えると、翼乃はゆっくりと目を開いた――

 妖怪城から戻った、翌日。
「……」
 翼乃は、まるで心を持たない人形のように、縁側に座って空を見上げていた。
「昨日から、あの状態ですね」
 上の空(うわのそら)の妹を見て、水奈は煙草を吸っている泳地に言った。
「そうだな」
「…いつか……」
 水奈は子供のように、兄の服を掴んだ。
「いつか、見れますよね? あの子の笑顔を」
 妹の事を思い、悲しむ水奈を見て、泳地は弟の頭の腕にポンッと手を乗せて、「ああ」と声をかけた。


 二日後――
 翼乃はまるで神隠しにあったかのように、姿を消してしまった。



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