えー初めての方にはお初にお目にかかります。
綾河岸亭 幻ノ介(あやかしてい げんのすけ)と申します。
噺家にしては随分陰気なカオにおどろおどろしい名前やなと思われるかも知れません。それもその筈、ワタクシ「怪談」を得意の演目にしておりますので・・・。
もっとも今宵のお話は「皿屋敷」や「わら人形」と言った古典ではなくワタクシ本人の体験談でございます・・・・・。
ワタクシがまだ師匠の家に住み込みで修行しておりました頃の事です。
師匠の独演会が地方でありまして、おかみさんも兄弟子たちもみなそちらに行かはったものですから、ワタクシ一人で留守を守っておりました。
夏の晩の事、窓を開け放していつもの様に練習をしておりますと、客が一人ありました。
「御免下さい。こちらに怪談をなされる綾河岸亭 幻ノ介さんと仰られる方はいらっしゃいますか?」
「はぁ。ワタシですが。」
「急な話で申し訳ありません。今夜の集まりでぜひ一席やって頂きたいのですが、お願いできますでしょうか?」
ワタクシも当時まだ真打ちでこそありませんでしたが、それなりにテレビやラジオから声がかかる位にはなっておりましたから、(ははぁ。夏の夜に集って怪談をやる催しかなんやあるのに、予定の出演者が出れんくなってコッチにまわってきたんやな。ラッキー。)などと思い、一も二も無く引き受けました。
しばらくして来た迎えの車に乗り、揺られる事数十分。
着いたのはある寺の本堂でございました。
入ってみますと、せまい中にぎっしりと人が詰まってまして、みな演目を待っております。
夏の夜だと言うのに、不思議と暑苦しさはありませんでした。
「さあどうぞ。」とうながされ、準備も無くいきなり舞台に上げられました。
まぁコチラもプロ。いまさら慌てはしません。
まず「むじな」でお客を引き寄せ、「黄金餅」で喰い付かせます。
さらに「累ヶ淵」で震え上がらせようとしたんですが、どうもお客の反応が無い。
あまりにも動かないんですわ。
そのうち、妙な事に気が付きました。
闇に目が慣れてお客の方が見えてくると、客席の中に兵隊姿の人や包帯で巻かれた人、手や足が無い人までおるんです。
「そうか・・・。ココのお客はみな亡くならはった人たちなんや・・・。」
分かったからと言って止める訳にもいきません。
噺を最後まで終わらせて舞台を下りました。
帰りも車で送って頂きましたが、降りてから振り向くとすでに車は消えていました。
こんな体験は後にも先にもこの時だけでございました。
あとで人から言われたんですが、気が付いた時にすぐ逃げ出していたら殺されていたかも知れないとの事でした。
ですが、不思議とこの時の事に恐怖を感じられんのですな。
なにせワタクシども、普段から「お客様は神様」だと思っておりますから。
この時だけは「お客様はホトケ様」だったというだけで。
おあとがよろしいようで。
綾河岸亭 幻ノ介(あやかしてい げんのすけ)と申します。
噺家にしては随分陰気なカオにおどろおどろしい名前やなと思われるかも知れません。それもその筈、ワタクシ「怪談」を得意の演目にしておりますので・・・。
もっとも今宵のお話は「皿屋敷」や「わら人形」と言った古典ではなくワタクシ本人の体験談でございます・・・・・。
ワタクシがまだ師匠の家に住み込みで修行しておりました頃の事です。
師匠の独演会が地方でありまして、おかみさんも兄弟子たちもみなそちらに行かはったものですから、ワタクシ一人で留守を守っておりました。
夏の晩の事、窓を開け放していつもの様に練習をしておりますと、客が一人ありました。
「御免下さい。こちらに怪談をなされる綾河岸亭 幻ノ介さんと仰られる方はいらっしゃいますか?」
「はぁ。ワタシですが。」
「急な話で申し訳ありません。今夜の集まりでぜひ一席やって頂きたいのですが、お願いできますでしょうか?」
ワタクシも当時まだ真打ちでこそありませんでしたが、それなりにテレビやラジオから声がかかる位にはなっておりましたから、(ははぁ。夏の夜に集って怪談をやる催しかなんやあるのに、予定の出演者が出れんくなってコッチにまわってきたんやな。ラッキー。)などと思い、一も二も無く引き受けました。
しばらくして来た迎えの車に乗り、揺られる事数十分。
着いたのはある寺の本堂でございました。
入ってみますと、せまい中にぎっしりと人が詰まってまして、みな演目を待っております。
夏の夜だと言うのに、不思議と暑苦しさはありませんでした。
「さあどうぞ。」とうながされ、準備も無くいきなり舞台に上げられました。
まぁコチラもプロ。いまさら慌てはしません。
まず「むじな」でお客を引き寄せ、「黄金餅」で喰い付かせます。
さらに「累ヶ淵」で震え上がらせようとしたんですが、どうもお客の反応が無い。
あまりにも動かないんですわ。
そのうち、妙な事に気が付きました。
闇に目が慣れてお客の方が見えてくると、客席の中に兵隊姿の人や包帯で巻かれた人、手や足が無い人までおるんです。
「そうか・・・。ココのお客はみな亡くならはった人たちなんや・・・。」
分かったからと言って止める訳にもいきません。
噺を最後まで終わらせて舞台を下りました。
帰りも車で送って頂きましたが、降りてから振り向くとすでに車は消えていました。
こんな体験は後にも先にもこの時だけでございました。
あとで人から言われたんですが、気が付いた時にすぐ逃げ出していたら殺されていたかも知れないとの事でした。
ですが、不思議とこの時の事に恐怖を感じられんのですな。
なにせワタクシども、普段から「お客様は神様」だと思っておりますから。
この時だけは「お客様はホトケ様」だったというだけで。
おあとがよろしいようで。