空に続く坂道

長崎在住の宗雲征吾(そううんしょうご)が
喰ったり呑んだり、好き勝手に語ります。
時々短編小説も書きます。コメント歓迎。

「こんな話。vol.4」解答編

2007-03-31 22:37:39 | 小説の日々
「この中には灰が無いんです。」

 シュウイチがコップをひっくり返すと、テーブルの上に吸殻だけが2本転がり落ちた。

「吸っている本人や身近にスモーカーがいる人には当然の事なんですが、タバコを吸うと案外灰が多くでるものなんです。でも吸わない人はそれに気付かない。と言うか気にもしていないんでしょうね。だからタバコを吸ったように見せるつもりでこんな風に吸殻だけを入れたりする。」

 シュウイチは吸殻をつまんで、また紙コップに戻した。

「先生を利用してバスケ部をハメようとしたヤツがいるんですよ。おそらくは例の目撃者か、その背後に。」

「軍曹」は「フン!」鼻を鳴らすと黙って部室を出て行った。

 部員たちは歓声を上げかけたが、またすぐにドアが開いたのでサッと静まる。

 顔を出したのは、バスケ部の顧問であった。口にはタバコがくわえられている。

「何だ? まだ残っていたのか。」

「先生、ここではタバコは止めてください。」

 シュウイチは持っていた紙コップを顧問に差し出した。


 蛇足―その翌日、「軍曹」が目撃者から穏やかに聞き出した真犯人は、以前態度の悪さと下級生に対する暴力で退部になった元部員であった。もちろん彼も非喫煙者である。

「こんな話。vol.4」推理編

2007-03-31 22:33:54 | 小説の日々
『吸殻は語る。』


「これはどういう事だ!」

 胴間声が放課後のバスケ部室に響き渡った。

 声の主は生活指導の教師で、常に竹刀を持ち生徒を威圧している所から「軍曹」のアダ名で呼ばれている。

「軍曹」は紙コップを目の高さに持ち上げ、部長を除くバスケ部員16名の顔を見回した。

「コレは何だ?」

「軍曹」は部員の一人にたずねた。バスケ部の副部長である。

 ムードメーカーである副部長は一瞬「紙コップです。」と答えたい衝動にかられたが、素直にその中身を答えた。

「タバコです。」

「おしいな。正解は『タバコの吸殻』だ。誰かが吸ったから吸殻になる。この中の誰かじゃないのか!?」

 ざわめいていた部員たちが「軍曹」の声に一気に静まった。



 練習メニューを終え、皆が部室に着替えに戻って来る。練習中部室は施錠しているのでカギを預かっていたマネージャーがドアを開けた。

 そこまではいつも通りだった。

 違ったのは、閉めたハズの窓が開いていた事、使ったらすぐ処分するハズの紙コップが出しっ放しになっていた事、そしてその中には見覚えの無いタバコの吸殻が入っていた事だ。

 そして次の瞬間にはイキナリ生活指導の鬼の「軍曹」が入ってきてこう叫んだのだ。

「ここでタバコを吸ったのは誰だ!」



 名乗り出るものがいないと分かった「軍曹」は、大声から無言のプレッシャーに作戦変えをして部員一人一人を順に睨み付けた。

しばらくの沈黙の中、誰かが口を開いた。

「何かの間違いじゃないんですか? ここにタバコを吸うような人間はいません。」

「軍曹」は声の主に目を向けた。バスケ部員と言うには不似合いな背の低い少年である。

「ほう?」「軍曹」はその少年の胸に竹刀の先を押し付けた。

「だがこの部室からタバコのケムリが出ているのを見た者がいるんだ。おまえじゃないのか? タバコなんぞ吸うから背が伸びんのだ!」

 竹刀の先に力が込められ、少年がよろける。

 カッとなり、「軍曹」に向かおうとする少年を副部長が押さえた。

「ヒデユキ、やめろ!」

「何だ! 文句があるのか!?」「軍曹」が竹刀を振り上げたその時、部室のドアが開いた。

「どうした? 何かあったのか?」

 部長の江藤シュウイチである。一瞬部員たちの中に救世主を見つめる雰囲気が起こる。

「江藤、オマエは部員にどんな指導をしているんだ? コレは何だ?」

 紙コップを持ち上げる。

「紙コップです。」

「中身だ!」

 血管が切れんばかりの勢いで「軍曹」が叫ぶ。

 副部長はシュウイチを尊敬の目で見つめた。

 紙コップがシュウイチの目の前で傾けられた。中には半分程まで吸われた吸殻が2本入っている。

「タバコの吸殻? どうしてここに?」

「オマエを含めたここにいる誰かがタバコを吸ったという動かぬ証拠だ! この部屋からケムリが出てるのを見た者もいるんだ。もう逃げも隠れもできんぞ!」

「軍曹」は竹刀の先で部員たちの顔を順に指した。みんなの目に「軍曹」に対する反発の色が浮かぶ。

「べつに逃げも隠れもしませんけど。・・・ここでタバコを吸ったヤツはいませんよ。」

 シュウイチは紙コップを持ち、カラカラと吸殻を中で転がした。

「何だと? 言い逃れをするつもりか?」

「軍・・・いや先生はタバコを吸いませんよね?」

「うん? ああ吸わん。自分から健康を損なうつもりは無いからな。」

 イキナリ鼻先にコップを持ってこられ、思わず「軍曹」は半歩後ずさった。

 喫煙者探しに熱を上げているのも、案外自身のタバコ嫌いが原因なのかもしれない。

「立派な心掛けです。ぜひウチの顧問に聞かせてあげたいくらいです。」

 部員の何人かがうなずく。バスケ部顧問のヘビースモーカーぶりは一部で有名なのである。

「でも吸わないからこそ、この不自然さに気付いてないんです。こうなってくるとケムリを見たと言う目撃者も怪しくなってきますね。」ニヤリと笑う。

「不自然? 何が?」狼狽する「軍曹」。完全にシュウイチのペースに巻き込まれている。

「もう一度言います。ここでタバコを吸った者はいません。証拠はまさにこの紙コップです。」



 さて前置きが長くなったが、ここで問題である。

 シュウイチが確信を持って言う「証拠」とは一体何の事か?

 解答編を読む前に少しだけ考えていただきたい。

 ヒントは充分に出ていたハズである。

「こんな話。vol.3」③完結

2007-03-30 23:26:08 | 小説の日々
 マコトが通う女子高に着き、いつもと違う飾り付けられた校門をくぐる。

 もう夕方近かったが、まだ人出は多かった。

 特に校庭ではロックバンドのライブで盛り上がっていたが、ヒデユキは構わずその横を通り過ぎた。

 ヒデユキはマコトの姿を捜した。

 校庭を見渡したが、ここにいるとは限らない。校舎の中かも知れないのだ。

 ヒデユキはケータイを部室に置いてきたことを後悔した。

 校舎に向かって走り出したヒデユキの耳に、ライブをやっているヴォーカルの女のコの歌声が聞こえた。


  まわりの視線を気にし過ぎて ジブンの気持ちにウソをついてた


 ドキッとした。ヒデユキの事を言われているようだと思った。

 周囲からの声や見た目ばかりを気にして、マコトと一緒にいる事を恥かしいと思っていた。


  耳をすませば聴こえる キミに伝えたい ボクのココロの声


 そうだ! オレが伝えたい気持ちは…マコトに言わなきゃいけない言葉は…。

 校舎から数人の女生徒が出てきた。

 みな腕に実行委員と書かれた腕章を付けている。

 その中に他の生徒よりアタマ一つ高い、マコトの姿があった。

「マコト!」ヒデユキの声にマコトが振り返る。

「ヒデユキ・・・どうしたの?」

「オレ・・・マコトが好きだ! オレ…こんなに背が低くて、いつまでもガキみたいで、全然マコトにつり合わないかも知れないけど・・・。でもマコトが好きなんだ! この気持ちだけは絶対変わらない!」

 声の限りに叫び、周囲が何事かと振り返る。

 マコトは走り寄ると、ヒデユキを抱きしめた。

 ヒデユキの顔がマコトの胸に埋もれる格好になる。

「私・・・私、ヒデユキに嫌われてるのかと思ってた・・・。」

「えっ?」

「私がこんなに大っきくなっちゃったから・・・それで嫌いになって、だからずっと避けられてるんだって・・・。」

 いつも落ち着いてて、ジブンよりずっとオトナだと思ってたマコトがまるで子供のようにボロボロと涙を流した。

「良かった・・・本当に良かったぁ。私もヒデユキが大好き!」

 大粒の涙を流しながら、マコトは笑顔で言った。



(オレにとって背の低さがプレッシャーだったように、マコトにとっても背の高さがプレッシャーだったんだ・・・。)



 ヒデユキは急にマコトの事が可愛く思えて、自分も手を伸ばすとギュッとマコトを抱いた。

 周囲の人達は何事かとは思ったものの、あえて何事も無かったフリをした。

「井上先生、あれウチの生徒ですけど注意しなくていいんですかね?」

 通りがかった教師が、もう一人に話しかけた。

「やめておきましょう。少なくとも今日一日は私は生徒に何も言えませんよ。」

 井上と呼ばれた教師は恨めしそうな、あるいは嬉しそうな複雑な表情でライブのステージを振り返りながら言った。



 数日後、練習中のバスケ部。

 パスを受けたヒデユキが、長身の部員のディフェンスを巧みなドリブルでかわして行く。

 一人目を抜け、二人目を避ける。

「ほう。」と見ていた監督が感嘆の声を上げる。

「上野は最近、いい動きをしているな。」と先輩に声をかける。

「ええ。ようやく自分のプレースタイルがつかめてきたみたいです。」

「何か、指導したのか?」

「いえ。別に。」ニヤける先輩。

(何かやったなコイツ・・・。)と監督がけげんな顔をする。

「次の試合あたり、出してみるか?」

「そうですね。オレもそう思います。」次期部長は自信を持って言い切った。

 四人目を抜いた。ゴールは目の前にある。さえぎる物は何もない。

 ヒデユキは両手でボールをつかむと、思い切りジャンプした。



 負けるもんか。たったの20センチ。


   おわり

「こんな話。vol.3」②

2007-03-30 23:23:02 | 小説の日々
 ヒデユキが家に帰り、ケータイを見ると気付かないうちにメールが一件入っていた。

 マコトからだ。

『来週の日曜日、ウチの学校の学園祭見に来れる?』

 しばらく考えて返信する。

『ゴメン。日曜はバスケ部の練習試合があるから。』

 送信するとケータイを机に置いた。

 練習試合はウソではない。だがジブンが補欠である事は分かりきっていた。

 背の高い部員はいくらでもいる。



 ヒデユキの身長が154cm、マコトが174cm。

 数学が苦手なヒデユキでも、その差が20センチである事は分かる。

 彼氏が154cm、彼女が174cm・・・とてもつり合ってるとは思えない。

 背を伸ばしたくて高校から始めたバスケだったが、いくら努力しても技術を身に付けても身長は遅々として伸びなかった。

「マコトだって、オレなんかよりもっとつり合うヤツと・・・。」

 ヒデユキはベッドに後ろ向きに倒れこみ、ジブンの頬を叩いた。



 そして日曜日。

 練習試合は無事終了した。ヒデユキは案の定補欠で、一度も試合に参加しなかった。

 試合後、レギュラーたちはそれぞれ身体をほぐし始めた。他の部員たちもそれに参加する。

 ヒデユキは例の先輩のストレッチの相手をした。

 先輩は今日の試合でも五本のシュートを決め、次期部長の実力を他部員に示していた。

「彼女、見に来なかったのか?」

「来ませんよ。今日、学園祭だったし。」

「へぇ。まだ間に合うなら行ってみようかな。オマエは?」

「行きませんよ。」

 しばらくの沈黙の後、先輩が口を開いた。

「オマエの彼女、あの野暮ったいメガネをとって背スジ伸ばしたらケッコウ美人だよな。」

「そんな事・・・ないですよ・・・。」

 先輩はボールを一個取ると、ヒデユキにパスした。

 指で手招きをする。

 ヒデユキはドリブルをしながら、先輩の横を通り抜けようとした。

 だが、抜けたように見えた瞬間、ボールは先輩の手に渡っていた。

「オレが奪ってもいいか?」

「え・・・?」

「彼女。」

 ヒデユキはジブンの頭にカッと血がのぼるのが分かった。

「・・・嫌です。」

「なんで? 彼女はオレの方を選ぶかも知れないじゃん?」

「オレが! マコトの事を好きだから嫌なんです!」

 ヒデユキは先輩からボールを奪おうと手を伸ばした。

 先輩は頭上にボールを上げて避けようとしたが、ヒデユキはジャンプしてそのボールを奪い取った。

 ヒデユキは着地するとしばらくドリブルしながら走り、そのままボールを投げ出して体育館の外へ飛び出した。

 先輩はしばらく呆然としていたが、そのうちニカッと笑って肩をすくめた。

「な~んつってな。なんて後輩思いの先輩なんだろ、オレって」

 と、一人つぶやいた。



 勢いで走り出したものの、ジブンが何をしようとしているのか、ヒデユキ本人にもよく分かっていなかった。

 ただ、マコトに会いたい。会って言わなきゃいけない。それだけの気持ちだった。


   つづく