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読売が維新の議員を間違えた」誤報は記者の思い込みが原因と…取材メモを精査し見えてきた「スクープ」の裏側《秘書給与の不正受給疑惑》

「読売新聞を、信じてもいいですか。」というCMコピーがある。そんな読売新聞の誤報について、新聞マニアとして気になったことを書いておきたい。
■「読売が維新の議員を間違えたのでは」という誤報説が濃厚
読売新聞は8月27日付の朝刊1面トップで「公設秘書給与 不正受給か 維新衆院議員 東京地検捜査」と報じた。日本維新の会の池下卓衆院議員の公設秘書2人について、勤務実態がないのに国から秘書給与を不正に受給していた疑いがあるとして東京地検特捜部が捜査している、と。他紙は報じていない読売の「スクープ」だった。

しかし、その日の午前中に不穏な雲行きとなった。朝日新聞のWEB速報を見てみよう。
「維新・石井章参院議員の事務所捜索 秘書給与を詐欺疑いで地検特捜部」(8月27日 10時49分)
確かに東京地検は維新議員の事務所などへの家宅捜索を始めた。しかし読売が報じた池下卓衆院議員ではなく、石井章参院議員だった。当の池下議員本人もXで「今朝の読売新聞の朝刊について抗議をします」というポストをした。そして読売オンラインからは当該記事が消えた。これは晩夏のミステリー……いや、単に「読売が維新の議員を間違えたのでは」という誤報説が濃厚となったのである。
そして翌日、読売は朝刊1面トップで「石井章議員 秘書給与詐欺疑い」(28日付)。
読売新聞しか読んでいない人は「あれ、昨日と名前が違っている」と思ったかもしれない。するとその下におわびが載っていた。
・27日1面「公設秘書給与不正受給か」 記事は誤報 おわびします
「取材の過程で、池下議員と石井議員を取り違えてしまいました」とあった。では間違えた理由は何なのか? 私がこの時点で思ったことを書いておくと読売新聞の「売り」が仇になったのでは?と感じた。
読売は日頃から政府の方針や政策、または検察の捜査情報などを他紙より早く報じることが多かった。それが自分たちの武器であると自負しているようだった。たとえば9月1日の一面でも「広域圏連携へ交付金 支援創設 産業・観光 振興 首相あす表明」と報じ、「複数の政府関係者が明らかにした」としている。権力側から情報を入手するのが得意なのだろう。もしくは太いパイプを持っているというべきか。
■誤報は記者の思い込みが原因と
念のために書いておくと我々読者は簡単に「情報をリーク」と言ってしまうが、権力側が率先して記者にリークすることは少ないのではないか。それよりは記者が対象人物に食らいつき、質問をぶつける、ヒントをもらう、などを経て「成果」があるのだろう。今回の読売誤報は後者の可能性が高いのではないか。検察や関係者からヒントや情報らしきものは得たが肝心の自分の答え(=維新の議員)が間違っていた、という。
ただ、それでも疑問は残る。新聞記事は1人で書いて発行するものではないからだ。ましてや1面トップ記事だ。複数の記者による取材やチェック、上司の判断があっての「スクープ」だろう。誰もが気軽に情報発信できる今だからこそ、何重ものチェックをして情報を世に出すことに新聞の信頼が担保されているはずだった。
すると読売は8月30日に経緯を検証する記事を1面と特別面に掲載した。誤報は記者の思い込みが原因としていた(1面)。
以下、特別面の検証をまとめると、取材のきっかけは社会部の記者が今年8月中旬、政界の事情に詳しい関係者から「東京地検特捜部が政界捜査に動いている」との話を聞いたことだった。別の関係者からも、日本維新の会の国会議員が秘書給与詐欺の疑いで捜査対象となっているとの情報を得て、過去の疑惑がヒントだとの示唆を受けたという。
そのうえで記者はどうしたのか? 記者が日本維新の会で過去に問題が報じられた人物を調べると、2023年に池下議員の公設秘書が市議と兼任していることを問題視した記事を見つけた。なので池下議員の可能性が高いと考えた。記者はその後、複数回にわたり、同じ関係者に対し、池下議員が捜査対象者かどうか確認を試みたという。
《その方法は、記者から「(捜査対象となっているのは)池下議員か」と質問をして相手の反応をうかがうというもので、最初は「たぶん」と言われた。確信を持てなかった記者は、別の機会にも関係者に質問をしたところ、肯定的な回答をしたと受け止め、捜査対象者は池下議員に間違いないと思い込んだ。》(検証記事より)
■捜査対象者を特定するには不十分だった
しかし、取材メモを精査すると、関係者のほうから池下議員の名前を挙げたことはなく、曖昧さが残る部分もあり、捜査対象者を特定するには不十分だったという。ここまで検証記事を読んでドキドキしてしまった。「危ない」という感想に尽きるからだ。では上司らはどう対応したのだろう。検察取材を統括する司法記者クラブのキャップは、複数の記者に対して、捜査を知り得る関係者への「裏付け」取材を指示した。
この点について検証記事は、
《本来ならキャップは確認が不足していることを前提に、「裏付け」という言葉を使わず、この記者にも他の記者にも捜査対象者を確認することを徹底させる必要があった。そして、複数の情報源から確認が取れなければ、記事は出さないとの方針を明確にすべきだった。》
結局、捜査対象者が池下議員であるとの確定的な情報は、最後まで得られなかった。しかもマイナス情報もあったという。池下議員へ電話取材をすると疑惑を否定し、捜査機関からの捜査は受けていないと説明された。これについては、
《キャップは、捜査機関が任意の事情聴取を行う前に、強制捜査に入る事例を取材した経験があることから、池下議員らが捜査を否定していても不思議ではないと考えた。》
ああ、ドツボにはまっていく様子がリアルだ。また、記事掲載前日の夜に複数の関係者から「誤報になるかもしれない」との情報も伝えられたという。だが記事は放たれたのである。
読売新聞は、誤報を防ぐため、独自取材について掲載前に内容を第三者的立場からチェックする「適正報道委員会」が設置されていた。
《しかし、今回の記事において、キャップや司法担当デスクは、チェックを受けていると特ダネを失ってしまうかもしれないと考え、同委員会に諮っていなかった。》
なるほど特ダネを出したい気持ちはわかる。しかし逆に問いたいのだ。今回の記事ってそもそも「特ダネ」や「スクープ」なの?と。他紙が石井章議員への捜索を報じたように、1日も経てばわかる話ではないか。
もう、そういうのを「スクープ」と呼ぶのをやめたほうがよいのでは?
■「警察との関係を重視したところもあるのでは?」という解説も
これが日常化すると情報を得るために権力側と近くなりすぎ、批判ができなくなることはないだろうか。最近で言えば大川原化工機冤罪事件があったが、あの冤罪事件を当初から熱心に報道していたメディアは限られていた。その理由としてメディアによっては警察との関係を重視したところもあるのでは?という解説も記者から聞いた。記者クラブで警察から情報を得るために、関係性を壊さないために。

今後、読売新聞にこだわってほしいのは他紙より1日早い程度の情報より「なぜ」の深掘りだろう。今回なら国会議員の公設秘書給与不正受給はなぜ起きるのかを徹底的に調査してほしい。
たとえば読売新聞は、秘書給与を巡っては昨年から今年にかけて相次いで刑事事件に発展する事態に注目していた。
《国民の「政治離れ」の影響で寄付金などの収入が減少傾向にある中、事務所にとって運営の助けとなる秘書給与の重要度が相対的に増していることが、その背景にあるとみられる。》(8月28日付朝刊3面)
そして「政党に対し、所属議員の秘書の勤務状況を定期的に調査させるなど、公設秘書の活動実態を透明化し、国民の監視の目を強める仕組みの構築が求められる」との専門家コメントを載せていた。これを読むと秘書の勤務状況がまだ不透明なのかと驚いた。実態を多角的に掘り下げ、問題提起を次々にしてほしい。それこそが組織ジャーナリズムの持つ「武器」だと思うのです。
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文春オンラインで好評連載のプチ鹿島さんの政治コラムが一冊の本になりました。タイトルは『お笑い公文書2025 裏ガネ地獄変 プチ鹿島政治コラム集2』。


1970年生まれ。長野県出身。
時事ネタと見立てを得意とする芸風で、新聞、雑誌などにコラムを多数寄稿。TBSラジオ『東京ポッド許可局』『荒川強啓 デイ・キャッチ!』出演ほか、『教養としてのプロレス』(双葉文庫)、『芸人式 新聞の読み方』(幻冬舎文庫)などの著書がある。
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