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選挙後に待つ日米交渉という難題 石破首相「なめられてたまるか」発言を批判する人たちはアメリカと対峙できるのか
政官財の罪と罰
古賀茂明 参議院選挙で与党が大敗し、今後の政局がどうなるかに関心が集まっているが、もう一つ、目の前に迫った課題として、8月1日に交渉期限が定められた日米関税交渉がある。
先週配信の本コラム「なぜか『台湾有事』をどの政党も口にしない異常事態…参院選は隠れた『戦争絶対反対派』の政治家を発掘して当選させよ」の最後に、「『何がなんでも戦争しない』という立場を取るためには、アメリカとの関係を根本から見直すことも必要だ」と書いた。
日米交渉は、今後の政局との関係でも重要な要素となる。そこで、今回は、「日米関係の抜本的見直し」をテーマにしてみたい。
今、「戦争しない」と言うと、すぐに「お花畑」と批判される。戦争しないと言っているだけで防衛力拡大をしなければ、逆に戦争を招くと言うのだ。その前提として、日本の周辺国は「恐ろしい国」ばかりで、いつでも日本を攻撃しようと虎視眈々と狙っているという状況認識がある。
ロシア、北朝鮮の話もあるが、焦点は、先週も取り上げた中国と台湾有事だ。
「独裁者習近平は2027年までに台湾を武力攻撃するが、その次は沖縄だ」という脅しが自民党保守派やネトウヨなどだけでなく、マスコミからも流布される。こうした「怖い」「危ない」という情報に日々接する日本の国民は、知らず知らずのうちに、演出された「危機」を現実のものだと思い込むようになった。
その結果、日本の防衛費の拡大を「この厳しい環境の中ではやむを得ない」と受け入れる人が増えていく。
この厳しい環境下で、アメリカは日本を守ってくれる大事な同盟国だから、日米関係は、日本外交にとって最も重要な関係だと言われて、異論を挟むのは難しくなった。
さらに、アメリカに日本を守ってもらうためには、アメリカを怒らせてはいけないという対米忖度論に対しても、その通りだということになる。
アメリカに日本を守ってもらうには、日米安保条約が命綱で、これを有効に機能させるための日米地位協定は、米側優越に見えるが、やむを得ないことだと言われれば、仕方なく頷く人が多い。
仮に地位協定の理不尽さに気づき、沖縄の基地負担の過大さに不満を感じても、アメリカとの関係があるから変えるのは無理だと言われると、黙ってしまう。
こうしてアメリカ依存は絶対だという意識は日本人の思考を完全に支配するようになった。まるで、日本人のDNAの一部になってしまったかのようだ。人々は、アメリカは日本を守る守護神で、そのおかげで日本人は戦後一度も戦争をすることなく平和な日々を過ごすことができたと信じ、感謝さえしている。
アメリカは、太平洋戦争で非人道的な民間人への無差別爆撃や核爆弾投下という戦争犯罪を行った。だが、そんな負の歴史は綺麗さっぱりと忘れ去られている。思い出すのは終戦記念日の時だけだ。
アメリカが行った日本への数々の不合理な経済的要求もその時だけは国難だと騒ぐものの、1年もしないうちに忘れてしまう。
【写真】日本に対する関税を通知する書簡を公表する米大統領報道官がこちら
■アメリカ=善、中国=悪という定式 アメリカ=善、中国=悪という命題は、もはや寸分の疑いも入る余地がない「真理」に昇華した。
先週の本コラムで指摘したとおり、選挙の結果や今後の政局の展開がどうなるかにかかわらず、外交安全保障政策については、基本的にこれまでと同じ方向性が維持されそうだ。
ということは、台湾有事=日本有事と考える多くの自民党議員とそれを肯定する多くの野党議員が、台湾有事が起きる前提で、それに備えた「戦争の準備」を着々と進めるということを意味する。
私は、台湾有事は基本的に起こらないと考えてきた。また、それを起こさないようにすることも決して難しくないことを先週の本コラムで述べた。日本が、台湾有事において参戦しないこと、在日米軍基地の使用を米軍に認めないことを宣言してこれを実行すれば、アメリカは、日本抜きでは中国に勝てないので、やむを得ず、なんとかして台湾有事を起こさないように外交努力を行わざるを得なくなる。つまり、日本に決定権があるのである。
だが、そこには私たち日本人の心の中にある高い障壁がある。すなわち前述したアメリカ=善、中国=悪という定式とアメリカに守ってもらうためにはアメリカを怒らせてはいけないという「無条件忖度の論理」である。
日本人の多くはこれを信じ込まされている。マスコミも同じ状況だから、およそこれを壊す手段が見つからない。
その結果、中国では、日米が台湾有事に備えるために行う軍事演習や、台湾へのアメリカの最新鋭武器の売却などを見て、日米が共同で台湾の独立を企てているという恐怖感が高まっている。日米と中国の間で恐怖と憎悪の拡大スパイラルが生まれ、本来はあり得なかった台湾有事が起きる可能性がある。
先週紹介したが、7月9日に始まった米空軍による日本周辺における大規模演習「レゾリュート・フォース・パシフィック」に日米やその他の同盟国から300機超の戦闘機が参加すると伝えられているが、これは明らかに中国との戦争を念頭に置いたものだ。
7月9日と10日に中国軍機が自衛隊機に異常接近したと伝えられたが、これは今回の演習に対する抗議の行動である。しかし、日本のマスコミは、単に中国側が何の理由もなく危険な行為を仕掛けてきたと伝えている。
背景を解説すれば、日米の行動が中国の反応を呼んだことがわかるのだが、それを報じないから、何も知らない日本国民はさらに中国への嫌悪感を強めるという結果を生んでいる。
こうしたことは日常茶飯事で、もはや止めようがない。それどころか、アメリカや日本の一部の保守政治家には、こうした両国間の不信拡大のスパイラルを狙っていると疑われる人たちがいる。
■石破茂首相「なめられてたまるか」発言 その先にあるのは偶発的な日中間の衝突だ。それを機に、アメリカの対中最強硬派が、「台湾有事」だと叫び、先週紹介したヘグセス国防長官の言葉のとおり、日本がその最前線に駆り出される。そのシナリオが見えるのに、日本の国民はそんなことは無想だにしない。マスコミもせっせと中国批判の記事を書いては、嫌中意識に染まった国民の歓心を買っている。
そうした状況を見ると、日本が率先して台湾有事誘発に貢献することまで想定せざるを得ない。そして、それを避ける道がない。
絶望的な状況だ。
しかし、そこに微かな希望の光が差してきた。
それは、トランプ米大統領やその側近たちの「驕り」である。
彼らは、日本人は、アメリカに無条件に従属していると考えている。日本側もそう思わせる言動を続けてきた。トランプ関税が発表されても、「報復しない」と宣言した。アメリカは、関税協議では、期待をもたせたかと思えば日本を突然悪者扱いする。報復すればただでは済まないと脅しをかける。日本に原爆を落としたことも正当化する発言をして日本人の神経を逆撫でする。日本は西太平洋で、最前線で戦うと事実上の命令を発する。
これらの行為は、日本を独立国とはみなしていないことを示し、日本はアメリカの奴隷であるという認識に立ったものだとしか考えられない。
だが、それでも、日本は、米側と「ウィンウィンの結果を目指して誠意を持って交渉する」と従順な姿勢を変えない。
中国もEUもカナダもインドも対米報復を実施したり、その予告をしたりして闘っている。日本が馬鹿にされるのは当然だろう。
アメリカの驕りはどんどんエスカレートしているように見える。はなはだ不愉快なことだが、ここまで馬鹿にされれば、少しはアメリカに対して敵愾心を燃やす人が出てもおかしくない。
そう思っていたら、石破茂首相から「なめられてたまるか」という発言が出た。
これを聞いて、「そうだ、そうだ!」「石破がんばれ!」となるのかと思ったが、違った。
中国では、アメリカの145%の追加関税に対して125%報復関税を宣言した習近平国家主席に対して、中国国民から圧倒的な支持の声が集まった。カナダでは、カーニー首相がアメリカと闘う宣言をしたことで、不利だった選挙で逆転勝利した。
ところが日本では、そうはならない。「どうせ口だけ」と言うのはまだわかるが、「アメリカを怒らせてどうするんだ!」「アメリカとうまくやれない首相は失格。即刻退陣せよ」というような批判が飛び交った。
■日本はアメリカに反撃せよ! アメリカが言っていること、やっていることは理不尽で無礼で野蛮である。明らかに日本を「なめている」からだ。これに対して「なめられてたまるか」と言った石破首相に対して、もっとアメリカと仲良くやれという声が出る。
国民のこの意識はなんなのか。暗澹たる気持ちになる。
そんな折、格好のチャンスが与えられた。
英紙フィナンシャル・タイムズが、コルビー米国防次官が日豪国防当局者に台湾有事の際の役割を明確にするよう求めたと報じたのだ。
歴代米政府は、台湾有事の際の対応について、明確にしない「曖昧戦略」を維持してきた。トランプ大統領は公式には何も語っていないが、支持者との会合で、中国が台湾に侵攻したら北京を爆撃すると習近平国家主席に伝えたと語ったと報じられている。
このようなトランプ大統領の考えを忖度して、側近たちが、同盟国に台湾有事に参戦するように圧力を強めているのかもしれない。政権交代前に日本から台湾有事の際に参戦するという言質をとろうとしたとも考えられる。
日本とともに、態度を示せと迫られた豪州は、アルバニージー首相が、アメリカが曖昧戦略を取るのに豪州にあらかじめ対応を約束するように要求するのは不合理ではないかという記者の質問をうまく利用しながら、事実上それを肯定する回答を行った。閣僚レベルでは、より明確に、アメリカが台湾有事に際してどうするか約束していないことに明示的に言及しつつ、緊急事態が生じた時は、その時の政府が対応を判断すると言って、現時点での約束を明確に拒否している。
日本はどうするのか。
これを機に反撃に出てはどうか。
米側に、「質問されたので」と断って、「台湾有事の際には、日本は完全に中立を守ります」と答えるのだ。さらに、「在日米軍基地の使用については事前協議が必要ですが、あらかじめそれを拒否することをお伝えします」と付け加える。
これを石破首相からトランプ大統領に宛てた正式な外交文書として発出し、SNSで公表するというのはどうだろう。
トランプ大統領は激怒して、500%関税をかけると叫ぶかもしれない。そして、「日本を守るのはやめた。日本から米軍を退去させる」と切り札を出してくる。
だが、それはこちらの思う壺だ。
「了解しました。では年末までに撤退してください」と答えれば良い。
在日米軍基地がなくなれば、アメリカは対中国の最重要拠点を失う。台湾有事では中国に手も足も出ない。どうするかという話になる。
トランプ大統領は、譲歩するのを嫌って、さらに驚くような制裁を加えてくるかもしれない。
■日本は世界最大の米国債保有国 だが、それにも対抗措置はある。「日本政府は、米国債を大量に売却するかもしれない。ただし、アメリカが一連の制裁を解除すればそれを停止する」と言うのだ。この春、アメリカは、トランプ関税発表で物価・金利上昇と景気後退への懸念に火がつき、株、債券、為替のトリプル安に見舞われて、わずか1日で高率追加関税の実施延期に追い込まれた。日本は、世界最大の米国債保有国だ。その日本が大量売却に踏み込むと言うだけで、アメリカは制裁を停止して「協議」を求めてくるだろう。
そこまでいけば、日米関係は、かなり対等な関係に修正される。
こんなにラディカルな話は、「洗脳された」国民やマスコミには相手にされないかもしれない。
しかし、アメリカ追従で戦争に巻き込まれるリスクが顕在化してきたこと、さらに戦争になる前にアメリカからの武器爆買いのための巨額の防衛費負担に耐えきれずに事実上の財政破綻になるリスクも考えれば、それくらいの覚悟を持って対米関係の抜本的見直しに踏み込むことは、決してバランスを失した行動だとは言えない。
「なめられてたまるか」と言った石破首相はもとより、その後を狙う次の首相候補にこのような具体策があるのか。その覚悟のほどを問いただしていかなければならない。
古賀茂明 (こが・しげあき) 古賀茂明政策ラボ代表、「改革はするが戦争はしない」フォーラム4提唱者。
1955年、長崎県生まれ。東大法学部卒。元経済産業省の改革派官僚。産業再生機構執行役員、内閣審議官などを経て2011年退官。近著は『分断と凋落の日本』(日刊現代)など
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