SWORD中央ラボ分室

『アストロミゼット』HPブログ出張版
自企画の紹介が主ですが「小サイズ可動フィギュア」の可能性も広く研究しています。

【雑記】それが日本人の本領か?

2010-07-30 04:11:22 | Memorandum
何を観てそう思ったのかはあえて書くことを差し控えたいとは思いますが、世界的に見て日本人というのはつくづく情報を削ぎ落とし、磨き上げてその「本質」を表現するのに長けた民族なんだなぁ…なんて思った次第。

例え話として、ハリウッドあたりの映画だと一つの情報を伝えるためにわざわざその説明のための台詞と1シーン、1カットを費やさなければならないところを、邦画の場合は別のシーンにその情報を暗示する演出を織り込ませることによって深層下での情報伝達を行えてしまう…といった意味だ。

もちろん邦画の全てがハリウッドよりも優れている…なんてことを言いたいわけではなく、あくまで例え話、です。

ただし、そうした感覚が現代の日本人に残っているかと問われると、これが甚だ疑わしいわけで、何よりその感覚を受け入れる環境にも多々問題点があったりするのです。
「削ぎ落としの美」が「美」として感じ取られ、評価されるためにはその「美」をまず「知っている」事が大前提であるわけですね。誰もがブルース・リーにはなれませんから…。
そういう土壌がいい加減枯れつつあるのは、一元的な価値観に流され日和見的に「求められるものに応じる事」だけしかしてこなかった、送り手、あるいはそれを鵜呑みにし、次の世代に伝えることなく消費してきた「前世代」の責任はやはり大きいと考えるわけです。

価値観は「~もあっても良い」が健全な姿であって、「~しか認めない」とか「~滅ぶべし」なんて考え方は…あっても良いけど、ちゃんとマイノリティーに収まらないと何か歪な気がするのです、個人的な意見としては…。

冒頭とは全く逆説的な話ですが、日本人は世界的に見て極めて感覚の鈍い「肥え太った価値観」しか持ち得ない民族になりつつある…そんな危機感を感じます。
大声出して主張する前に、もうちょっと言葉を咀嚼して、その意味するところを考えようよ…って…、そんな提案。














まぁ、昨今の「デコり文化」にちょっと辟易したのもそんな心境からか…。
この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 【ミキシングビル道】出所不... | トップ | 【開発記録】作業メカ(仮称)... »
最新の画像もっと見る

Memorandum」カテゴリの最新記事