気が付けばもう11月半ばにかかっている。大好きだったあの人が他界してしまってからもう6年が過ぎた。早いモノだ。中3だったあのころの自分はもう無いかな。不思議なモノで印象的だったはずのあの人との思い出は今はもうほとんど思い出すことが出来ない。あの頃からだろうか、「死ぬ」という言葉に苦痛を覚えたのは。自分では滅多にその言葉を使わないし、出来るだけ使わないように意識してる。やっぱり抵抗があるな。友達がその言葉を使うと心が痛む。出来れば使わないで欲しいと思っていてもほとんど使わないでと言うことはないけど。現実に死に行く様をまざまざと見てしまうとこの言葉の重みを痛感する。そんな体験からもう6年なのだな。実感できないや、遠い昔のことのように感じることもあればつい最近の記憶のようにも感じる。それでもやっぱりあの人との楽しかったはずの出来事は思い出すことが出来ない。何故だろう。以前は思い出せないのが、悔しくて、情けなくて泣いたこともあった。けど、今はそんなことはない。大人になったのかな。まぁ、その他の問題としては、“無気力”だ。こればっかりはあの頃からずっと治らないや。煮え切らないというか、萌え…もとい、燃える事が無くなった。(こんな冗談をいうのはご愛敬と言うことで)
これはあの人の為、と言う目標が無くなったからかな~、これは仕方ないかな、どうしようもないし。あの人が生きていたなら私はもう少しはまともな人間になっていたかも、っていう話もなきにしもあらずだけれども、さすがに過去の出来事にifを用いちゃダメだし…それに今の生活に対して後悔をしちゃまずい。失礼な話だがあの人がいなくなってしまったからこそ、今の自分があるわけだから。自分が選択する道は何故か大抵険しい道なんだよなぁ。だけれども楽な道を選択するよりは良いかな。他の人がストレートにゴールにたどり着くとしたら、自分は螺旋的に進んで進んでやっとゴールって感じ。人と同時にゴールするためには人の2,3倍努力しなきゃダメなんだよなぁ。でも、無気力…ダメだこりゃ、さぁて、無事に卒業できるかなぁ♪(笑)
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