まだ夢を見ているみたい。イザヤール様が、私の隣を歩いてる。翼と光輪のない姿で。
「私はこれから、おまえと共にこの人間界を守っていこうと思う。よろしくな」
イザヤール様は、私と同じ人間になった。限りあるときを人として生きること、それが女神セレシア様が与えた償いだと。
そんな・・・イザヤール様は、償わなきゃいけないこと、何もしていないのに・・・。
イザヤール様はみんなと一緒に星空の守り人でいたかったのかもしれないのに。私がその運命を変えてしまった。せめて、人間として最高に幸せになってもらえるように、今度こそしっかりお守りするの。
そして、イザヤール様が、人間は人間でも、私と「同じもの」になっていたことを知った。イザヤール様は、ウォルロ村からセントシュタインに戻る前、ルーラを唱える前、サンディに向かってはっきりこう言ったのだ。
「箱舟の番人よ、今までミミを助けてくれて、本当にありがとう。これからよろしくな」
イザヤール様にも、サンディの姿が見えている・・・。私と同じ・・・。
「アタシの名前はサンディっていうんですケド!それにアタシ、箱舟でガン無視されたコト、まだ忘れてナイからね!」
サンディ、お願い、そう怒らないで。でも、イザヤール様は笑って答えた。
「ああ、それは悪かったな。どうしたら許してくれる?サンディ」
「そーねえ」気のせいか、サンディの瞳が、一瞬きらっと光った気がした。「・・・これからミミを、うんとうーんと大事にしてくれたら、許してあげてもいいワヨ」
や、やだ、サンディ!それってどういう・・・
「それはたやすいことだ。そのつもりだから。これからは師ではなく、仲間として、ミミをしっかりサポートしていくつもりだからな」
イザヤール様は、優しく笑って答えてくれた。これからは、師弟ではなく、仲間・・・。
ミミは、私との再会を喜んでくれた。そんなに泣くな、そう言いたくなるくらい涙を落として。抱きしめたかった。だが、私に許されるのは、「よろしくな」と言って手を差し出すこと、そこまでだ。私は・・・元「師匠」で、今は「仲間」なのだから。
ミミは私を許してくれた。許したばかりか、命まで与えてくれた。三百年前、私に「女神の祈り」を渡してくれたことで。おまえにもらった命なのだから、これからの限られた時を、人間界と、そして・・・ミミ、おまえを守るために使っていきたいと思う。
おまえが幸せになるのを絶対に見届ける。そして、その幸せが続くよう見守り続けよう。おまえが私を必要としなくなっても。
いいや、もう必要ないのかもしれない。人間として、しっかり歩んでいるおまえには。
だが・・・。想いを告げる権利がなくとも、傍に居て守る権利は、手放すつもりはない。そう、想いを告げる資格は・・・。おまえが私を許していても、私がまだどこかで己を許せていない。結局私のしたことは、おまえを苦しめただけだったのだから。
その償いを。限られた時全てをかけて、していく。これ以上大切な人を悲しませたくない。願いであり、誓いだ。
大切にする。何よりも。
私は、イザヤール様をラヴィエルさんのところに連れていった。すると、ラヴィエルさんは。
「ありがとう、ミミ。イザヤールをここまで連れてきてくれて」
イザヤール様とラヴィエルさんが、時同じくして生まれた「双子」の兄妹であることを、初めて知った。
じゃあラヴィエルさんは。今まで、どんな思いでここに座っていたんだろう・・・きっと・・・。
おまえに助けられるとはな、そう呟くイザヤール様に、星の声を聞いただけ、そうクールに言うラヴィエルさん。でも。間違いなく、嬉しいんだ。イザヤール様に、お兄さんに会えて、嬉しいんだ。
イザヤール様も、そんなラヴィエルさんの気持ちが、よくわかっていたみたいだった。優しく笑って、ラヴィエルさんに囁いた。
「ともかく・・・ありがとう」
ラヴィエルさん、一瞬、驚いたように眉毛を片方、つり上げた。ほんの一瞬だったけれど。
久しぶりに、ラヴィエルと再会した。・・・相変わらずだな、こいつは。いつも少し離れたところから全てを見ていて、無関心な顔をしているくせに、実は優しい。
エルギオス様とミミのおかげ、そうラヴィエルは言った。自分は星の声を聞いただけだと。
そう、エルギオス様とミミのおかげ、そしてラヴィエル、おまえのおかげだ。ありがとう、と言ったら、ラヴィエルは一瞬驚いた顔をした。イザヤールが素直に礼を言うなんて、と驚いたのだろう。そうだな、最後に会った時から考えれば、私はずいぶん変わったのかもしれない。
人間になったことでも、翼を失ったことでもなく。心の中の、何かが。
みんな、私がイザヤール様を連れてリッカの宿屋に入ってきたときから、いろいろ聞きたくてうずうずしていたみたい。私のお師匠様だったの、そういうふうに私は、みんなにイザヤール様を紹介した。これからは、仲間として、一緒に冒険してくれることになったの。
リッカは、イザヤール様を笑顔で迎えてくれて、こう言った。
「はじめまして。きっと遠くからいらして、お疲れでしょう。ミミとゆっくりお話できるように、お部屋の仕度をしてきますね」
ルイーダさんは、挨拶してから、イザヤール様の全身に目を走らせてこう言った。
「戦士、レベル60。さっそく登録しておくわね」
ロクサーヌさんは、あの綺麗な微笑みと一緒に、こう言った。
「ミミ様にはずいぶんお世話になっておりますの。よろしくお願い致しますね」
レナさんも、はじめまして、どうも、と言ってくれた。これってすごいことかも。普段は用事以外のことはしゃべってくれないもの。カマエルまでこっそり、「はじめまして、お嬢様のお友達でいらっしゃいますね。お見知りおきを」と囁いてきた。
イザヤール様が一旦着替えに部屋に行って、案内やお風呂の使い方とかを教えた私がロビーにまた降りてくると、私はみんなに囲まれて、質問攻めに遇った。
「ね、ね、あの人、もしかしてミミの彼氏?」
「え・・・違うの、故郷でお師匠様だった方で・・・」
「お師匠様って言ったって、まだ若いじゃない。一見落ち着いて見えてしっかりしてるけどね。しかもストイックなタイプのイケメンだし」
「そうですわね、うちの店で販売しているレアな鎧兜も、颯爽と着こなしてくださいそうですわ☆」
みんながイザヤール様を褒めてくれるのは嬉しいけど、何か・・・ちょっと胸が痛んだ。イザヤール様だったら、きっと・・・世界中のたくさんの素敵な女性から、好きな人を選ぶことができるよね・・・。たくさんの綺麗で、優しい人の中から・・・。
そんな時が来たら、ちゃんと祝福して送り出せる、かな・・・ちょっと自信はないけど。でも。イザヤール様が幸せになってくれるのなら・・・。
「ミミ、どうしたの?悲しそうな顔して」
そう尋ねてから、みんなは一斉にニヤリと笑った。
「はは~ん。イザヤールさんがモテモテになりそうで、心配してるのね」
「そ・・・それは・・・違っ・・・」
違うと言い切れない悪い子な自分が、ちょっとイヤ。
「大丈夫よ、取らないわよ」
「だ、だから、全然そんなんじゃないの、私はイザヤール様にとって、ただの弟子だったのっ」
みんなはそれには何も答えず、ただ笑っていた。
でも。イザヤール様が人間として生きていくことに落ち着いてきたら、そのときに・・・受け入れてもらえなくても、想いを伝えよう。
あなたが大切です。愛しています。誰よりも。
今はまだ、縛っちゃだめ。本当にイザヤール様は、世界中の素敵な人から選ぶ権利があるんだから・・・。
案内された部屋は、ミミが下宿代わりに使わせてもらっている、気持ちのいい部屋だった。リッカは、ウォルロ村に居たときと同じく、いや、もっと宿屋の女主人に相応しい技量と心を身に付けたようだ。それも嬉しい。
おっと、リッカのことを、前から知っているそぶりを見せないように、気を付けなくてはな。
適温の湯を浴びると、翼を失った背中に、直接温かい湯が流れ落ちていくのが、はっきりとわかる。考えようによっては、乾かす苦労がなくなったのだから、悪くはないかもしれない。死地をさ迷って、ずいぶん楽天的になったと、思わず低い声で笑った。
私は、湯が流れ落ちていく自分の体を見つめる。人間と天使の最大の違い、それは。翼や光輪ではなく。
天使とて傷付き、血は流れる。だが。天使は死ねば、その体は光となり、消え去ってしまう。おそらくその後、星となるのだろう。・・・人間は、魂だけが天に召され、肉体を遺す・・・。地上に生きる者の定めだ。一見以前と変わらないこの腕も、脚も、何もかも、土に還る運命となったのだ・・・。
だからこそかもしれない。天使だった頃よりも、はっきりと自覚できる。・・・私は、生きている。
明日から、元天使たちにとって新たな日々が、始まる。〈了〉
「私はこれから、おまえと共にこの人間界を守っていこうと思う。よろしくな」
イザヤール様は、私と同じ人間になった。限りあるときを人として生きること、それが女神セレシア様が与えた償いだと。
そんな・・・イザヤール様は、償わなきゃいけないこと、何もしていないのに・・・。
イザヤール様はみんなと一緒に星空の守り人でいたかったのかもしれないのに。私がその運命を変えてしまった。せめて、人間として最高に幸せになってもらえるように、今度こそしっかりお守りするの。
そして、イザヤール様が、人間は人間でも、私と「同じもの」になっていたことを知った。イザヤール様は、ウォルロ村からセントシュタインに戻る前、ルーラを唱える前、サンディに向かってはっきりこう言ったのだ。
「箱舟の番人よ、今までミミを助けてくれて、本当にありがとう。これからよろしくな」
イザヤール様にも、サンディの姿が見えている・・・。私と同じ・・・。
「アタシの名前はサンディっていうんですケド!それにアタシ、箱舟でガン無視されたコト、まだ忘れてナイからね!」
サンディ、お願い、そう怒らないで。でも、イザヤール様は笑って答えた。
「ああ、それは悪かったな。どうしたら許してくれる?サンディ」
「そーねえ」気のせいか、サンディの瞳が、一瞬きらっと光った気がした。「・・・これからミミを、うんとうーんと大事にしてくれたら、許してあげてもいいワヨ」
や、やだ、サンディ!それってどういう・・・
「それはたやすいことだ。そのつもりだから。これからは師ではなく、仲間として、ミミをしっかりサポートしていくつもりだからな」
イザヤール様は、優しく笑って答えてくれた。これからは、師弟ではなく、仲間・・・。
ミミは、私との再会を喜んでくれた。そんなに泣くな、そう言いたくなるくらい涙を落として。抱きしめたかった。だが、私に許されるのは、「よろしくな」と言って手を差し出すこと、そこまでだ。私は・・・元「師匠」で、今は「仲間」なのだから。
ミミは私を許してくれた。許したばかりか、命まで与えてくれた。三百年前、私に「女神の祈り」を渡してくれたことで。おまえにもらった命なのだから、これからの限られた時を、人間界と、そして・・・ミミ、おまえを守るために使っていきたいと思う。
おまえが幸せになるのを絶対に見届ける。そして、その幸せが続くよう見守り続けよう。おまえが私を必要としなくなっても。
いいや、もう必要ないのかもしれない。人間として、しっかり歩んでいるおまえには。
だが・・・。想いを告げる権利がなくとも、傍に居て守る権利は、手放すつもりはない。そう、想いを告げる資格は・・・。おまえが私を許していても、私がまだどこかで己を許せていない。結局私のしたことは、おまえを苦しめただけだったのだから。
その償いを。限られた時全てをかけて、していく。これ以上大切な人を悲しませたくない。願いであり、誓いだ。
大切にする。何よりも。
私は、イザヤール様をラヴィエルさんのところに連れていった。すると、ラヴィエルさんは。
「ありがとう、ミミ。イザヤールをここまで連れてきてくれて」
イザヤール様とラヴィエルさんが、時同じくして生まれた「双子」の兄妹であることを、初めて知った。
じゃあラヴィエルさんは。今まで、どんな思いでここに座っていたんだろう・・・きっと・・・。
おまえに助けられるとはな、そう呟くイザヤール様に、星の声を聞いただけ、そうクールに言うラヴィエルさん。でも。間違いなく、嬉しいんだ。イザヤール様に、お兄さんに会えて、嬉しいんだ。
イザヤール様も、そんなラヴィエルさんの気持ちが、よくわかっていたみたいだった。優しく笑って、ラヴィエルさんに囁いた。
「ともかく・・・ありがとう」
ラヴィエルさん、一瞬、驚いたように眉毛を片方、つり上げた。ほんの一瞬だったけれど。
久しぶりに、ラヴィエルと再会した。・・・相変わらずだな、こいつは。いつも少し離れたところから全てを見ていて、無関心な顔をしているくせに、実は優しい。
エルギオス様とミミのおかげ、そうラヴィエルは言った。自分は星の声を聞いただけだと。
そう、エルギオス様とミミのおかげ、そしてラヴィエル、おまえのおかげだ。ありがとう、と言ったら、ラヴィエルは一瞬驚いた顔をした。イザヤールが素直に礼を言うなんて、と驚いたのだろう。そうだな、最後に会った時から考えれば、私はずいぶん変わったのかもしれない。
人間になったことでも、翼を失ったことでもなく。心の中の、何かが。
みんな、私がイザヤール様を連れてリッカの宿屋に入ってきたときから、いろいろ聞きたくてうずうずしていたみたい。私のお師匠様だったの、そういうふうに私は、みんなにイザヤール様を紹介した。これからは、仲間として、一緒に冒険してくれることになったの。
リッカは、イザヤール様を笑顔で迎えてくれて、こう言った。
「はじめまして。きっと遠くからいらして、お疲れでしょう。ミミとゆっくりお話できるように、お部屋の仕度をしてきますね」
ルイーダさんは、挨拶してから、イザヤール様の全身に目を走らせてこう言った。
「戦士、レベル60。さっそく登録しておくわね」
ロクサーヌさんは、あの綺麗な微笑みと一緒に、こう言った。
「ミミ様にはずいぶんお世話になっておりますの。よろしくお願い致しますね」
レナさんも、はじめまして、どうも、と言ってくれた。これってすごいことかも。普段は用事以外のことはしゃべってくれないもの。カマエルまでこっそり、「はじめまして、お嬢様のお友達でいらっしゃいますね。お見知りおきを」と囁いてきた。
イザヤール様が一旦着替えに部屋に行って、案内やお風呂の使い方とかを教えた私がロビーにまた降りてくると、私はみんなに囲まれて、質問攻めに遇った。
「ね、ね、あの人、もしかしてミミの彼氏?」
「え・・・違うの、故郷でお師匠様だった方で・・・」
「お師匠様って言ったって、まだ若いじゃない。一見落ち着いて見えてしっかりしてるけどね。しかもストイックなタイプのイケメンだし」
「そうですわね、うちの店で販売しているレアな鎧兜も、颯爽と着こなしてくださいそうですわ☆」
みんながイザヤール様を褒めてくれるのは嬉しいけど、何か・・・ちょっと胸が痛んだ。イザヤール様だったら、きっと・・・世界中のたくさんの素敵な女性から、好きな人を選ぶことができるよね・・・。たくさんの綺麗で、優しい人の中から・・・。
そんな時が来たら、ちゃんと祝福して送り出せる、かな・・・ちょっと自信はないけど。でも。イザヤール様が幸せになってくれるのなら・・・。
「ミミ、どうしたの?悲しそうな顔して」
そう尋ねてから、みんなは一斉にニヤリと笑った。
「はは~ん。イザヤールさんがモテモテになりそうで、心配してるのね」
「そ・・・それは・・・違っ・・・」
違うと言い切れない悪い子な自分が、ちょっとイヤ。
「大丈夫よ、取らないわよ」
「だ、だから、全然そんなんじゃないの、私はイザヤール様にとって、ただの弟子だったのっ」
みんなはそれには何も答えず、ただ笑っていた。
でも。イザヤール様が人間として生きていくことに落ち着いてきたら、そのときに・・・受け入れてもらえなくても、想いを伝えよう。
あなたが大切です。愛しています。誰よりも。
今はまだ、縛っちゃだめ。本当にイザヤール様は、世界中の素敵な人から選ぶ権利があるんだから・・・。
案内された部屋は、ミミが下宿代わりに使わせてもらっている、気持ちのいい部屋だった。リッカは、ウォルロ村に居たときと同じく、いや、もっと宿屋の女主人に相応しい技量と心を身に付けたようだ。それも嬉しい。
おっと、リッカのことを、前から知っているそぶりを見せないように、気を付けなくてはな。
適温の湯を浴びると、翼を失った背中に、直接温かい湯が流れ落ちていくのが、はっきりとわかる。考えようによっては、乾かす苦労がなくなったのだから、悪くはないかもしれない。死地をさ迷って、ずいぶん楽天的になったと、思わず低い声で笑った。
私は、湯が流れ落ちていく自分の体を見つめる。人間と天使の最大の違い、それは。翼や光輪ではなく。
天使とて傷付き、血は流れる。だが。天使は死ねば、その体は光となり、消え去ってしまう。おそらくその後、星となるのだろう。・・・人間は、魂だけが天に召され、肉体を遺す・・・。地上に生きる者の定めだ。一見以前と変わらないこの腕も、脚も、何もかも、土に還る運命となったのだ・・・。
だからこそかもしれない。天使だった頃よりも、はっきりと自覚できる。・・・私は、生きている。
明日から、元天使たちにとって新たな日々が、始まる。〈了〉
・・・あっ、うちの女主人公と名前が被っていますが、うちの女主人公は白いフリージアの花言葉である"無邪気・あどけなさ"のイメージで書いております
全然イメージ通りに書けてない気もしますが・・・
(;^∀^)
ちなみにフリージアの花言葉は"未来への希望"
こちらにもありがとうございます☆改めて、花言葉ってなんてステキなんだろうとしみじみ致しました☆「未来への希望」・・・v
白いフリージア、そちらのお嬢様にまさにぴったりの花言葉だと思います☆花そのものの可憐な風情も♪