スタッフ”S”ブログ

姫路市内某モータースの整備士
スタッフ”S”の気ままなブログです

一人ゴト~ドリフトと私~vol.2

2005年10月31日 16時31分29秒 | 一人ゴト~ドリフトと私~
さてさて、間があいてしまいましたが第2回です。

一人ゴト~ドリフトと私~ 第2回「車って」

 免許を取って一番に買った車が「S12シルビア」です。若い人たちには分からないかなぁ…。S13シルビアの一つ前のシルビアです。ちなみにS12まではシルビアとガゼールがありました。
 なぜこんな車を買ったかと言うと、安かったからです(笑)。
 当時、S13はまだまだ高級車で前期(1800cc)のK'sなんて軽く200万はしてましたから。バブル時代だったし、まだまだスポーツカーに人気があった時代ですしね。適度に古くて安くて走れるFR車って、選択肢が限られてきますよね。86も当時からずっと高かったですし、なぜか86には食指が動かなかったんですよね…。

 そこで目についたのがS12シルビア。不人気車ってのもあって比較的安かったです。知り合いの車屋さんに探してもらって見つかったのが、R-XGってグレード。エンジンはCA18ET。一応ターボはついてましたが、NAのAE101に余裕で負けるくらい遅かったです。このS12にはFJ20DETが載ってるやつや、最後期にはCA18DETが載ってる上位グレードがあったんですが、さすがにそれは高くて手がでなかったと思います。
 まぁ、車について何も知らないガキでしたし「動いたらいい!」って感じだったので、即決でローン組みました(笑)。

 この車には車の運転の基礎を教えてもらったですね。車ってこういう風に動くんだって。よく姫路港に行っては、同じところをグルグルまわってシフトアップシフトダウンの練習しましたよ。あと、よく練習したのはブレーキ。信号待ちとかで止まる時に、助手席に乗ってる人が「カックン」ってならないようにブレーキをコントロールする練習はホントよくやりました。

 そして、初めての車いじりもこの車。初めて自分でつけたパーツは「ターボタイマー」。まぁ車種別ハーネスとセットだったんで簡単に付けれた記憶があるんですが、サイドブレーキの信号をとるのとかに少し苦労したかな(笑)。
 あとは、知り合いに中古のホイール(レイズのスーパーボルクってヤツ。最近は全然見なくなったなぁ…)を安く譲ってもらって付けたくらいかな? マフラーや足回りすらノーマルだったもんね。

 まぁ維持していくのが大変だったし、生まれて初めてオービスを光らせたりして長期免停+罰金10万+初心者講習とかでカナリの出費を強いられたりして、ぶっちゃけお金なかったですしね。ちなみにオービスの写真は言い訳できないくらい鮮明に写ってました(笑)。

 買ってから1年弱くらいかな…一人で再度山に練習に行った時、何本か走って調子に乗ってた僕は、インカットしてはいけないブラインドのコーナーでインカットしてしまい、対向に来てた車を避けて左のガードレールに自爆。ちょうどフロントの真ん中くらいにガードレールの支柱がめり込んで、いわゆる「クワガタ」になってしまいました。引き取りにきてもらった車屋さんに「これはエンジンまで突いとうから直すの高いで」と言われ、悩んだ末に廃車することにしました。

 自分の未熟のせいで車を殺してしまったという悔いが残り、車屋に書類を持って行ってS12シルビアと最後の別れをした時は思わず泣いてしまいました。ゴメンな、って感じで…

 それからしばらくは自分の車ってのは持たなかったです。というか、持てなかったですね。お金なくて。

 その期間も1年くらいだったかな。再び走りたい熱が急上昇して、猛烈に車が欲しくなってしまい、再びフルローンで2台目の車を購入しました。

 と、その車の話は第3回にて。


 それではまた!

一人ゴト~ドリフトと私~vol.1

2005年10月08日 22時43分38秒 | 一人ゴト~ドリフトと私~
さて、ブログを開設したものの、そんなに更新するネタがない(笑)

という訳で、

「一人ゴト~ドリフトと私~」

というタイトルで、僕自身の「ドリフト」について書いていくシリーズを連載しようと思います。
まぁ、名前通りひとり言なんで、軽い感じで読んでいただけたら、と。

余談ですが、もし、このタイトルの元ネタが分かった人はコメントしてください。正解者にはD:BoxのURLカッティングを差し上げます(笑)


さて、今日は第一回「車を好きになったのは」をお送りします。


 車はね、元々ガキの頃から好きだったように思えます。その辺を走ってる車の名前は全部覚えてたし、オヤジが運転する車のミッションを操作させてもらったりしてました。
 で、たぶんメッチャありがちなんですが、マンガの「よろしく!メカドック」でチューニングカーってのに激ハマりしました。速い車ってのはどうもガキンチョの心をくすぐるようで、チューニングカーってカッチョイイ!と単純にハマってしまったんですよ。
 でもですね、僕が憧れたのはチューニングカーそのものではなくて、そのチューニングカーを作るメカドックの風見潤だったんですね。車に詳しくて、技術があって、そして自分の作った車をドライブして、それで運転も上手い、と。もう、風見潤になりたい!と子供心に思ったりした訳です。

 そこからが他の子と違ったのかなぁ?
 オトナが読むような「図解くるま工学」って本を買ってもらって車の構造を必死で勉強しました。そして、車の基本を理解したら、次は巷で売られてるチューニング誌「オプション」「CARBOY」を毎月の小遣いで買うようになりました。たぶんこの頃は小学5年か6年かそんなの。イヤなガキだな(笑)。ちょうどHKSのセリカXXのチューンドカーM300が国産初の最高速300km/hを出した頃です。
 オプションには色々と投稿して、欄外の豆コーナーに採用された事がありましたね。小学生なのに。で、もらったオプションステッカーをチャリンコに貼ってました(笑)。
 チューニングパーツとかについて知識が増えた僕は、もう風見潤になってました。ノートにZ31のチューニングメニューを書き上げたり、卒業文集に「将来は自動車整備士になりたい」とか書いたりしてたね。イタいガキだな(笑)。

 まぁ、そんなこんなで僕の中に「車好きの気持ち」が芽生えたんです。それから中学~高校と部活やらバイトやら、色んな遊びやらを覚えたりして、その「車好きの気持ち」はあまり表に出ることはなかったです。
 あ、高校の時に乗ってた原チャは色々触ってましたね。プーリーにチャンバーに…。初めて免停になったのもこの原チャでした(笑)。でも、バイクにはそれほどハマらなかったです。

 「車好きの気持ち」が再び大きくなったのは、高校卒業前に免許を取ってからですね。

 と、今日はここまで。
 次回「クルマって」に続きます。お楽しみに!