スポイチ編集長日誌

最近はGTAオンラインの攻略ばっかりです。
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そこらじゅうに蓑田胸喜が居る時代

2008年07月16日 | 社会
先頃、死刑執行命令書に結構なペースでサインした法務大臣のことを、朝日が「死神」と書いたとかで、そのことを非難する人々の間で騒ぎになっていた。

俺としては「犯罪者にとっての死に神」と呼ばれるなんてむしろ名誉な称号じゃね?と思うくらいなんだがなあ。
仮に「死に神」が侮辱的な蔑称だと言うのならば、それが似合うのはむしろ犯罪者のほうこそ死に神だろう。その死に神どもにとっての法相は「犯罪者の天敵」です、ぐらいな返しをしてはどうかと思うのだが、最近のパターンとして、物事について真面目に考えるためのよい機会が訪れると、すかさず朝日がくっだらねえチャチャを入れることにより、それに対する反応がみーんないつもおなじみの朝日批判に収斂されていってしまい、そのうち飽きられて何も無かったように忘れ去られてしまう、という悪循環になっている。

もはやアサヒなんてのは、みんなの時間を奪い取るための囮である。

それでもこの国には自称善良というよりイノセントな人が多いから、こうも簡単にアサヒのテグス丸見えなコラム記事にも食いついちゃうのかな。

別に朝日なんぞいくら批判されようが潰れようが構わないし、どんどんやってくれなのだが、そのやり方として、

「大臣!大臣!どうぞアイツをヤっちゃってください!!」

みたいな感じで政治家による圧力や規制を煽っている富士山系とか、さらにそういう主張に乗っかる人々のやり方は、かつて戦前期に、自らと思想的に相容れない、あるいは学界レベルでのコンプレックスを抱いていた相手をターゲッティングしては片っ端から”アカ””不敬””反軍的”のレッテル貼りをして官憲の介入を招き政治問題化させて政敵を追放させたり沈黙させたりしていた箕田胸喜蓑田胸喜に通じるモノがある。(追記:蓑田胸喜の字を間違えて書いてました。ご指摘いただいた方、ありがとうございます。)
1930年代の主に大学を舞台に行なわれた、学者が”共産主義的”とか”不敬”のレッテル貼りをされて叩かれたり追放されたりした事件のほとんどが蓑田の論文や発言がきっかけになって始まってるんだぜ。
もっとも、あまりにも狂的に活動した蓑田は、当時から一種の”キワモノ”扱いであり、戦後はタブー扱いになって完全に忘れ去られた存在となった。Googleでも箕田胸喜 の検索結果 約 81 件しかありません。どう見てもどマイナーじゃなくて誤字のせいです。「もしかして: 蓑田胸喜」とすら言ってくれません。
蓑田胸喜なんて、ついこないだまではWikipediaにも項目が無かったはずなのに…ってありゃ?蓑田胸喜の項目が削除されちゃったのか?確かこの前まであったはずなのに…と思ったらなんだ誤字で検索したせいか。日頃自分で「斉」「斎」「齋」「齊」の使い分けとか、「川」と「河」とか、「沢」と「澤」とか人名漢字にうるさく言ってるのにこれじゃ立場無いです。
うぐう~恥ずかしい恥ずかしい。
だけどGoogleもWikipediaも転送すらしてくれないからやっぱりマイナー扱いなのかな。
だけど最近はちょっと蓑田が再注目されてるなあと思ったら、あの佐藤優氏が言及してたのか。それでもいまだにタブーがあるってことなのかな。


では、仮にアサヒが、「政府や警察や裁判所による言論取り締まりを煽っている人々」に向かって、
「まるで現代の蓑田胸喜だ」とか書いたとしたら、
はたして彼らは「侮辱だ!名誉毀損だ!」と怒り狂うのか、
それとも「我が意を得たり」と納得して誇ってみせるのだろうか。

そんな興味もちょっとある。

でもこれからの物騒な時代、蓑田胸喜的な生き方をするヤツもたくさん出てくるだろう。
一流にはなれなかった二流三流という自覚が十分にあって、”一流”とされる人々に対して強烈なルサンチマンを抱いている人がその担い手だ。
「上に行った奴らを引きずり落とす」「自分だけ幸せそうにしている奴を許さない」
なんだか現代の一部の日本人の心情にはとてもマッチしている思想だなあ。

嫉妬やルサンチマンは人間を大きく動かす動機の一つだ。
恥じることは、無い。



2 コメント

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箕田ではなくて、 (kmiura)
2008-07-16 09:22:39
"蓑"田胸喜だとおもいます。

書かれた文章の内容、賛同します。
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オーワー (spoichi)
2008-07-16 21:38:42
>kmiuraさん

ご指摘ありがとうございます。

箕田ではなく蓑田でしたね。

訂正しておきます。
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