「目の前にある現実はすべて自分の思った通りである」
と書かれている本を読んでいるとき、
フェ〇〇〇〇クから、「グループのすべてを削除しますか?」
という謎のメッセージが突然スマホの画面上に現れました。
そのようなグループにまだ入っていることになっていたとは驚きで、
IDを削除したのは5~6年前だったと記憶しています。
それなのに他の媒体で書いていることまで勝手に読んで、
都合のわるいものとして削除しようとするのか?と勝手に悪意に解釈して唖然としましたが、(笑)
そもそもそういう媒体でのつながりがあることで、
「本当の」気持ちを表現することに蓋をしたり、意見を捻じ曲げてしまう不都合な具体例でしたから、
「目の前の現実が自分の思った通りになった」と解釈し直しました。
さて、「目の前の現実は自分の考えた通りになる」についての今朝の気づきです。
現実に起こってきたことに怒ったり悲しんだり感情が揺れるのは、
自分の中に対立する矛盾した観念があるせいです。
自分の具体例で言うと、
「いい加減な人」が許せませんでした。
自分はきっちりしているからと、「いい加減な人」を見ると怒りの感情が発動していました。
ところが、自分が「うっかりさん」なのは悪いこととは思っていませんでした。
「うっかりさん」は、水戸黄門のうっかり八兵衛の愛らしいキャラクターです。
いやいや、「うっかりさん」と「いい加減な人」は同じですよね。
と矛盾に気がついて、反省し修正しました。
もう「いい加減な人」に会っても怒りの感情は発動させません。
相手は自分自身の投影だからです。
人の感情とは、こんな稚拙なメカニズムだったのですね。
💓今日も、最後までお読みいただきありがとうございました💓