こじらせ女子ですが、何か?

心臓外科医との婚約を解消して以後、恋愛に臆病になっていた理穂。そんな彼女の前に今度は耳鼻科医の先生が現れて!?

惑星シェイクスピア。-【61】-

2024年06月05日 | 惑星シェイクスピア。

【秘密の分身】ルネ・マグリット

 

 その~、「幻覚剤は役に立つのか」、まだ全然読み終わってないものの――前に書いた「惑星パルミラ」って、惑星内の岩石や、その岩石が砕け散ったものを空気中から微量でも吸い込むうち、強い多幸感を味わわせる成分がそこには含まれるため、パルミラは「歓喜(エクスタシー)の惑星」とも呼ばれる……といったような、あれはそうしたお話だったと思います(^^;)

 

 でもこうして「幻覚剤を使用すると人の脳では何が起きるのか」ということを詳しく読んで見ると、「そもそも、まったく別の価値基準の世界へ人間はトリップする」ということなんだなと、そういえば本を読みながら思いました

 

 まあ、パルミラはそれだとお話が進まないし、終わりもしなかったので、あれはあれで良かったとは思うものの……それはさておき、パルミラの人に歓喜を及ぼす成分については、実はもともと根っこの部分に、ジョン・レノンとオノ・ヨーコさんのことがありました。

 

 相当昔に読んだインタビュー記事なので、わたしも言葉の正確性に自信ありませんが、それはヨーコ・オノさんに対するインタビューで、ジョンが麻薬をやってる時、彼はどうも自分は強い人間だから、こんなものはやめようと思えばいつでもやめられるのだという、そうした考えだったらしいんですよね。また、克服するのに強さが必要であればあるほど、「それをやってみせよう」というか、ジョンにはそうしたところがあった、みたいな(※繰り返しになりますが、意味としては同じでも、言葉の正確性には自信ありません)。それで、オノ・ヨーコさんもジョンもふたりとも――いずれ副作用のない麻薬というものが必ず現れるはずだと信じていたという、そうした話だったと思います。

 

 こうした箇所を読んでいて、「そんな都合のいいもん出来るわきゃねーだろォ!!」と感じる方もいらっしゃるかもしれませんが、わたし、△□年もの昔にそのインタビュー記事を読んだ時、ふと思ったのです。「そうだな。確かに、副作用のない幻覚剤的なものは、科学が進歩すれば理論上は可能なんじゃないか?」と。でも実際の現実は、アメリカで起きた「オピオイド危機」という恐ろしいこともありますから、そんな簡単な話でもないと今は思います。

 

 それで、その時からちょっと考えることがあったわけです。「やっぱりあんた、そういう幻覚剤をやってみたいという願望があるだけなんじゃ?」という話ですが、そうしたことともちょっと違う、それはあくまで【仮定】のお話なのです。このことをわかりやすくするのに、「幻覚剤は役に立つのか」から、ある方の体験談を先に引用してみたいと思いますm(_ _)m

 

 

 >>二十五歳だったジェスは高容量のLSDを飲み、「主観と客観が消える強烈な一元化体験」をし、すべてが変わった。

 

「私はイチジクの木の下で横たわっていた。強力な体験になることはわかっていた。そして、ある時点で、わずかながら残っていた自分が溶けて消えはじめた。ボルチモアのアパートメントの床にいるという感覚がなくなり、目を開いているのか閉じているのかもわからなくなった。目の前に広がるのは、ふさわしい言葉が見つからないんだが、宇宙だった。普段私たちが思い浮かべるような宇宙ではなく、形も中身もない、純粋な広がりがそこにある感覚なんだ。そしてその広がりの中に天体が現れた。物質世界の始まりだよ。ビッグバンみたいなものだが、爆発も目のくらむような光もなかった。とにかく、物質世界がそこに誕生したんだ。ある意味とてもドラマチックだった。史上最大の出来事だろうからね。だが、それはただ単に起きた」

 

 あなたはそのあいだずっと、どこにいたんですか、と尋ねた。

 

「私は拡散して存在する観察者だった。この【始まり】と同じ空間的広がりを持った存在」

 

 ちょっとわかりません、と伝えると、しばらく沈黙が続いた。

 

「こんなふうにためらうのは、言葉がうまくはまらないからなんだ。言葉は制限が多すぎる」

 

 言葉の限界は神秘体験の典型的反応だ。

 

「覚醒は、特定の知覚には収まらない現象なんだよ」

 

 説明に困って彼は言った。

 

 怖くはなかったんですか?

 

「恐怖はなかった。すっかり魅了され、とにかく驚いた」

 

 そこで言葉を切る。

 

「ああ、少しは怖かったかもしれない」

 

 そのあとジェスは、すべての誕生(いや、べつに誕生でなくても好きに呼んでいいのだが)を目にした。そこでは叙事詩的物語がひもとかれていった。宇宙塵が現れたかと思うと、星が、そして太陽系が生まれた。やがて生命が誕生し、「いわゆる人類」が出現し、言葉を手に入れ、覚醒を経験した。

 

「それが一気に個人へと集約し、そこで、その部屋で、私は友人たちに囲まれていた。私ははるか彼方から私がいるその場所へと戻ってきたんだ。時間にしてどれくらいだったか?見当もつかない。

 何より印象深かったのは、体験した覚醒の質だった。自分がボブという自分として認識していたものとはまったく異なる世界だ。こんなに大きく広がった意識がどうやって物質の範疇に収まるというのか?あの経験を事実とみなすかぎり――本当にそうなのか、いまだに自分でも確信できないのだが――意識は物質世界より上位にあるということだ。実際、物質世界を凌駕していた」

 

 つまり、意識は脳の外に存在すると考えるようになったということですか?

 

 それはわからない、と彼は答えた。

 

「だが、その逆が真実だと、つまり意識は灰色の脳みそが作ったものだと確信していた人間が、それに疑問を持つようになっただけでも大きな変化だ」

 

 ダライ・ラマが、脳が意識を作るという考え(科学者のほとんどは何の疑問もなく受け入れている考え)は「科学的な事実ではなく、形而上学的な仮説」だと言ったことがあるが、その意見に賛成ですかと尋ねてみた。

 

「そのとおりだ」ジェスは言った。「そして、私のような傾向の人間――科学を愛する不可知論者――にとっては、すべてを一変させる考え方だ」

 

(「幻覚剤は役に立つのか」マイケル・ポーランさん著、宮崎真紀先生訳/亜紀書房より)

 

 

 こうした超越的な体験をした方は、末期がんの患者さんであれば「死ぬのが怖くなくなった」とか、「こんなにも深い愛を感じたことはないほど、世界は神の愛で溢れていた」とか、「もはや疑問の余地はない。自分の意識の外にこそ、本当の価値ある本物の世界がある」などなど……もし仮に、ある種の錠剤等を飲むことによって、そのような世界が開かれたとして、その後人類はどうなる・どうするという問題があると思ったわけです。

 

 確かに、人生で本当につらいことがあった時、そうしたトリップ体験には魂の深いところを癒す力があるということは、本を読んでいて疑問の余地はないらしいとわたし自身も感じます。あのあと、「素晴らしきキノコの世界」をもう一度見直してみましたが、こちらの本を(途中まで)読んでから見ると、気づいたことがいくつかありました

 

 まず、マイケル・ポーランさん本人が出演されていることに「おおっ!!」となりましたし(笑)、キノコの研究者として有名なポール・スタメッツさんや他の科学者の方などが、「そろそろ変革が必要かもしれない」みたいなことを言っていることの、最初見た時はわからなかった「本当の意味」がわかった気がします(^^;)

 

 つまり、「あの体験をした」という共通の意識によって結ばれている人々の間には、本当の意味での「ピース」、安らぎや平和の精神があるということなんだと思うんですよね。立花隆先生が「人が死ぬとき心はどうなるのか」の最後のほうで「エピクロスという哲学者が、人生の最大の目的はアタラクシア(心の平安)を得ることだと言っている」とおっしゃっていたわけですが、幻覚剤の使用=臨死体験のような至高体験をするというのは、その究極的境地について知るということなのかもしれません。

 

 そしてこれは、医師などの指導の元安全に幻覚剤を使用すれば、民族・肌の色の違い・その他宗教の別なく、すべての人に起きることでもある。また、死ぬ間際に「経験するかもしれないし、しないかもしれない」ということではなく、幻覚剤を使えば、どの人にも大体のところ同じか、似たようなことが起きるらしい。ケビン・ネルソン教授がおっしゃっていたように、「夢を見やすい脳の人」ほど、もしかしたらトリップしやすく、さらには素晴らしい世界を体験しやすいといったことはあるかもしれないにしても……。

 

 つまり、わたしたちは普段、眠っている間に「夢の中を自由自在」に操れるわけではない。ところが、サイロシビンやLSDを医師その他のガイドの指導の元使用した場合――いつもではなくても、ある程度、普段夢を見ている時以上に内容のほうを自分が主体的にコントロールできるらしい(これもまた、人によって、その時々によって違いはあるようなのですが)。

 

 また、何故そんなことが出来るかというと……相当ブッ飛んだ世界を経験しつつも、「薬の効果でこうなってる」ことは夢の世界と違ってわかっており、この薬の効果によって、ようするに自我の監視の力が弱まることによって――無尽蔵に思える無意識世界を人はさまよい旅する(トリップする)ことが出来る。

 

 薬でトリップの経験をした方は、普段わたしたちが共通して見ていると思い、感じている世界というのは、自我の監視のパトロールが厳しいからこそ、「同じものを見ている」と錯覚できる世界なのだと悟る、本当の意味で理解するということなのかもしれません。つまり、薬の効果によって自我の厳しい監視のパワーが弱まれば、自我が極めて小さくなって、無意識そのままの深い世界が立ち現れることになる。そして、自我が小さくなっていても、それは小さくなっているだけで、相も変わらず自分は自分だから、そのありのままの自分で、驚くべき宇宙の素晴らしい世界で、そこが愛に溢れた場所であることを体験できる――という、そうしたことらしいんですよね、どうも。

 

 元は無神論者の方でも、「神がいる」、「そして神がどれほど深い愛でわたしを包んだか」みたいな話があるのも……まあ、神でも大いなる存在でも、呼び方はどちらでもいいとは思うのですが、そうした人智を越えた存在の圧倒的な愛を感じるということなのだと思います。そして、この素晴らしい夢から覚めたあとに感じるのは、「感謝」、「畏敬」、「愛」という、そうした強烈な、決して今後とも消えることのない記憶の刻印のようなものなのだと。

 

 まあ、ジョン・レノンが考えていた「副作用のないドラッグ」って、かなりのところこの「サイロシビン・ジャーニー」に近いものなんじゃないかな……という気がするのですが、日本は特に薬物の規制が厳しいと思うので、もしこうした経験をしてみたいと思ったり、あるいは「絶望的な自分の精神疾患がもしかしたら治るのではないか」と、自殺しようと考えるくらい思い詰めている方であれば――海を渡って、「間違いなくこの人なら確かだ」と感じる方に個人的にお願いするしかないのかもしれません。。。

 

 それではまた~!!

 

 ↓ドキュメンタリーの後半に、「サイロシビン・ジャーニー」を経験したがん患者の方の体験談が出てきます

 

 

 

       惑星シェイクスピア。-【61】-

 

「それで、蜘蛛の巣にかかった連中っていうのはようするに、小物ばかりだったっていうことなのかい?」

 

 ハムレットは、聖ウルスラ祭が一週間後に迫ったというその日、モントーヴァン家の会議室となっている広間で、ランスロットとギネビア、それにカドールからそのように報告を受けていた。彼らはあれからセドリックの情報に基づき、聖ウルスラ騎士団のフランソワ派の騎士たちが出没するという噂の、一階が軽食屋兼飲み屋、そして二階が夜には娼館に早変わりするといったようなタイプの店で、客を装い張っていたわけである。だが、期間があくまで二週間ほどと短かったせいもあるだろうが、さして劇的な事件が起きるといったこともなく終わっていたのである。

 

 彼らは昼間眠っておいて、夜にそうした場所へ赴くのだったが、単に空振りに終わることもあれば、のみならず、聖ウルスラ騎士団のフランソワ派の騎士などはまったく関係のない庶民の乱痴気騒ぎに巻き込まれたりと――成果のほうは上がっているとは決して言えなかった。

 

 また、ランスロットたちがこの<大捕り物>をするには、一年のうち時期がもっとも悪かったということも否めない。というのも、聖ウルスラ騎士団の面々は幼き頃より星母神書や騎士聖典にあることを叩き込まれるため、聖ウルスラ祭がだんだんに近づいてくる頃になると……普段は多少なり嵌めを外し酔っ払うことのある者でも、「一年の間、せめても今の時期くらいは」と、この期間のみ特別慎み深くなる騎士らというのは多かったろうからである。

 

「結果として我々にわかったことといえば」と、口をへの字に曲げたまま、カドールが面白くもなさそうに言う。「ここメルガレス城砦の警護機関がなかなか上手く機能していることと、確かに不正のようなことはあるし、騎士がそのことを見逃す代わりに賄賂を受け取っていたり、あるいは政府の認可を受けてない娼館でその手の女性と関係を持っていたりと……我がローゼンクランツ騎士団であれば、それだけでも騎士団から除名されるか、それ相応の罰と恥を負うところだったでしょうが、聖ウルスラ騎士団には聖ウルスラ騎士団の流儀というものがあるでしょうからね。俺とランスロットの見た限りにおいては――このくらいのことは厳しく処罰するより、お目こぼししてやるくらいのほうが、もし戦争が近いといった場合は特に、軍の士気は上がるだろう……といったように感じたという部分は確かにあります」

 

「私と主人であるラウールさま、それに今は亡きサイラスさまがあなた方、ローゼンクランツ騎士団と志しを同じくしている、ということは間違いなく確かです」と、セドリックが溜息を着いて言った。「それに、私と私の家系の手の者がこの件に関し調べているのは一年も前からです。ですから、わかることとしては……とりあえず今の時点においては彼らの不正を摘発し、逮捕することまでは難しいということなんですよ。いえ、私も騎士に仕える者のはしくれとして、そのようなことが公になり、聖ウルスラ騎士団の名に傷がつくような事態は出来るだけ避けたいとすら思っています。ただ、私がサイラスさまを殺害された恨みゆえに、ほんの小さな瑕疵を大袈裟に罪深いと泣き叫んでいるようには思わないでいただきたい。問題は、騎士団長であるフランソワ・ボードゥリアンが巫女姫マリアローザと恋仲にあること、またそれと知ってもフランソワの部下たちが彼を自分たちの主であると認めるか否か、ということです。また、守備隊士や巡察隊士らと騎士たちの癒着というのは、やはりあってはならぬものと私は考えます。そして、それを戒めねばならぬ立場の者が、自らが大罪を犯しているがゆえに……注意するどころか、むしろ今後とも大いに賄賂を受け取り、娼婦たちと懇意にせよと勧めているというのが、何より私は許せないのです」

 

「そうだ、そうだ!!」と、ギネビアがセドリックに同調する。「ランスロットもカドールもどうかしているぞ!わたしがもし聖ウルスラ騎士団の騎士団長であったとしたら、全員手打ちにしているところだ。父上だってそう判断することだろう。確かに、ここメルガレス城砦の警護機関については、多少なり見習うべきところはある。ええと、なんだっけ……各区にある警護院に所属する巡察隊とそれを率いる巡察隊長、さらにその上にいる警護大隊長と、また法務院には時と場合によって軍隊を動かしてでも、法を執行することの出来る力があるとか。こちらには城砦の守備隊士らが所属していて、警護院所属の巡察隊士とは交替か、大体半々くらいで任務に就いているわけだ。そして、これらふたつの組織よりもさらに上にいるのが聖ウルスラ騎士団ということになる。つまり、夜警団が警護院の巡察隊士だけで構成されず、また軍隊に所属している守備隊士だけで構成されてもいないのは何故かと言えば、このふたつの組織同士で見張りあう関係を作りだすことによって、不正を犯さぬようにするといった意味合いがあるわけだ。ところが、彼らよりもさらに上の立場にあるはずの聖ウルスラ騎士団の騎士たちが堕落の一途を辿っているなどとは、決して許すことが出来ないのは当たり前のことだろう!!」

 

「ギネビアとセドリックの言い分のほうが正しいですよ」タイスがふたりに加勢するように口を挟んだ。むしろ、カドールとランスロットに対し、咎めるような眼差しさえ送る。彼らは同じ騎士という立場の者に対し、あまりに同情的で寛容すぎるように思えたからだ。「これは、俺が僧籍にある者だから、堅苦しく物事を考えているわけではありませんよ。ようするに、それだけ騎士というものには社会的な責任の重さが伴うということです。守備隊士に対しても、軍隊組織に連なる者として庶民に模範を示さねばならぬ立場だというのに、その彼らが賄賂をもらって小銭を稼ぐような真似をしていたり、非公式の娼館のような場所で自堕落に夜を過ごすのだとしたら……本来であれば、逮捕され裁かれるべき罪でしょう。むしろ、何故今そうなっていないのか不思議なくらいですよ」

 

 実をいうとハムレットも、ランスロットとカドールについていきたかった。ここメルガレス城砦の堕落した夜の実態を知りたかったというわけではない。単に、ここの市井の人々の暮らしについて、よく知りたかったということがある。だが、彼らにもギネビアにも強硬に止められたため、諦めることにしたわけだった。

 

「ラウール殿がしたためた書簡に対しては、今もまだメレアガンス伯爵から返信はないのだったな」

 

 ハムレットは少しばかり話の方向性を変えることにした。セドリックとギネビアとタイスの言うことは、論理としては間違いなく正しい。だが、今ここで聖ウルスラ騎士団の罪について云々しても、結局のところ彼らに逮捕状を出すことが出来るわけでもないのだから。

 

「はい……」と、セドリックは彼が悪いわけでもないのに、この件に関しても非常に申し訳なさそうな顔をした。「ラウールさまの話では、このこともまた予想通りとのことでした。先にハムレットさまにも申しておられたとおり、聖ウルスラ祭が無事終わるまでは、最低でもなんの御沙汰もないものと思う、と……メレアガンス伯も御決断はつきかねるでしょう。王都より重税が課されているもので、地方郷士たちは伯爵さまにかねてより不満を持っています。一応、理屈としてはわかっているのですよ。重税を課しているのはクローディアス王であり、メレアガンス伯爵ではない。また、遥か昔の歴史より、そうした形での州内における反乱というのはあったことです。これはどこの州でも同じでしょうが、それでも大抵の内乱というのは鎮圧されて終わるか、一時的に自治独立を勝ち得たにしても長続きはしないですからね……ただ、外苑州の中で、メレアガンス州とロットバルト州というのは、なんと言いますか、特異な立場にありますもので……」

 

「わかっております」と、ランスロットが隣のセドリックに親しげに頷いてみせた。「我々に対して遠慮する必要はありません。何分、特に内苑七州の人々から外苑の砂漠三州というのは、田舎の砂漠の民と揶揄されることがよくありますからね」

 

「そうです。我々は同じ騎士としての絆によって結ばれているのですから、何か奥歯に物が挟まっているかのように気を遣う必要はないですよ」と、カドールもまたランスロットに同意して頷く。「というより、先に俺のほうではっきり言ってもいいくらいだな。ここメレアガンス州や隣のロットバルト州は、我々砂漠の三州以上に色々な物資が豊富で、民ひとりあたりについて言ってもずっと豊かなのだ。何故かといえば、内苑七州とも距離的に近く、メレアガンス州は特産品と言っていい上質な衣服や布類、糸や染色料その他の色々な物資を金と交換可能だ。それはエルゼ海に面しているロットバルト州についても同様で、こちらは海産物類などを内苑七州に高く売っているといったような関係性。ゆえに、砂漠三州の田舎の豪族たちが反乱を起こすよりも、メレアガンス州やロットバルト州の内乱のほうがより深刻なわけです。何がより深刻かといえば、それだけ商人たちの持つ力が強いからですよ。彼らもまた城壁町内に紡績工場や染色工房を持ち、さらには腕のいい織物職人たちを数多く抱えている。そして、それぞれのギルドが資産を抱えているがゆえに……自分たちの城壁町を守るための民兵組織も持っているわけです。ゆえに、これ以上重税を課すことに我慢がならないとなれば、お互いにギルド同士で連携し、メルガレス城砦を囲むということが、今後とも絶対ないとは言えないわけだ」

 

「そうなんです。その……私自身が思いますには、むしろハムレットさまの目的を達するためには、メルガレス城砦を除いた他の城砦や城壁町の有力者たちを説得し、現在の王制を打倒すれば、今ほどの重税を課されなくて済むということで一致団結することが出来た場合――彼らはそれぞれの民兵組織の力を総結集し、ここメルガレス城砦を包囲し、そのようにメレアガンス伯爵を説得するということも……シナリオのひとつとして、頭のどこかに置いてもいいのではないかと考えるところです」

 

「ですが、そうはさせたくないからこそ」と、タイスが言った。「ラウール殿はメレアガンス伯爵にそうしたことも含め、ハムレット王子に味方したほうが良いと、そのように親書をしたためてくださったわけでしょう?」

 

「ええ……先ほどランスロットさまとカドールさまは砂漠の田舎三州と卑下しておっしゃいましたが、ここメレアガンス州でもロットバルト州でも、あるいは内苑七州のどこでも、ライオネスとローゼンクランツとギルデンスターンの砂漠三州の騎士や兵士たちというのは非常に恐れられております。何故なら、ひとりの兵士につきこちらの三人分くらいはタフな体力があり、統率力にも優れ、一度戦争ということになって戦えば、我々よりも遥かに名高い武勲を上げられるのですから。そのあなた方とまずは戦い、内苑七州を守ろうと考えるより――東王朝との戦争において、常に形程度の派兵をし、バリン州の領主を盾として後ろに隠れることの多い内苑諸州の人々を相手どるのと、果たしてどちらがいいか……」

 

「なんとも苦しい決断だな」自分という存在がその判断を強いているのだと思うと、ハムレットは思わず溜息が洩れた。「きっと、メレアガンス伯爵も、民のことを第一に考えておられることだろう。だが、謀反を悟られ、王都に呼びだされれば、残虐な拷問刑が待っているのだから、領主として悩むのは当然のことに違いない。いや、自分だけでなく細君や御子息や血縁のある者ほとんど全員にその危害が及ぶことを思えば、伯爵がこの問題については保留にしておき、出来るだけ時間をかけたいというのはよくわかる」

 

 ハムレットのこの言葉に、会議の円卓を囲っていた者はみな、一度しーんとなった。だが、ここでギネビアがおずおずと、小さく手を挙げ発言する。

 

「でもさ、クローディアス王に王都へ来いって言われても、行かなきゃいいだけなんじゃないか……なんて言うのは、流石に無責任なことなんだろうか。もちろん、その場合は謀反の意図ありとして、王都から軍が派遣されてくることになるんだろうけど……その時には、我々砂漠の三州がメレアガンス伯爵に味方するということにすれば……」

 

「難しいですね」と、セドリックがまた、いつもの申し訳なさそうな顔に戻って言う。「いえ、ギネビアさまがそのようにおっしゃってくださるのは、ここメレアガンスの州民のひとりとして本当に嬉しい。ただ、クローディアス王は非常に賢いお方。メレアガンス州へは、ロットバルト州の領主であるロドリゴ伯爵にまずは命じて、こちらへ兵を向かわせるでしょう。メレアガンス州とロットバルト州、それにバリン州とは、東王朝が攻めてきた時、常にまずはこの三州が結託し、リア王朝とは常に対峙してきたことから……ライオネス州とローゼンクランツ州、それにギルデンスターンの三州が特別な間柄であるように、こちらの三州もまた特別な関係性にあります。ですがまず、バリン州のボウルズ伯爵があのような形でお亡くなりになられ、次は我がメレアガンス州の伯爵が拷問室送りとなった場合――ロドリゴさまの御苦悩はいかばかりかと思われますし……」

 

「前にも聞いた気がするが、ロットバルト州の伯爵はどのような御気質のお方なのだ?」と、ギネビアは聞いた。「だって、そうだろう?バリン州のボウルズ伯爵は代々ペンドラゴン王朝に忠実に仕えてきた家系の立派な御仁であったと聞く。それが突然、平民から成り上がったヴァランクス男爵に首をすげかえられたにも等しい扱いを受けたんだぞ。そして、もしメレアガンス州の伯爵も拷問室へ呼びだしを受けたとしたら……いや、もちろんわかっているさ。そんな直接的な言い方はしないだろうということはな。だが、そうなった場合、わたしがロットバルト伯爵だったとしたら、こう思うだろうな。次は自分の番かもしれないと。それだったら、ハムレット王子に味方したほうがいいと、そう判断したほうが遥かに賢い決断というものじゃないか!」

 

「ロットバルト伯爵の御性格というのはだな」と、ランスロットはカドールと視線を見交わして、微かに笑った。「一言でいえば冒険家気質といったころかな」

 

「そうだな。俺たちも数えるくらいしかお会いしたことはないが」と、カドール。「ロットバルト伯爵は、今も大船団を造って出航したいと考えておられるような、そのようなお方だ。ところが、王都から重税を課されるもので、そのような余裕が国庫にまるでないのだな。まあ、俺たち砂漠の海に住む民にしてみれば、まったく不思議な話ではある。何分エルゼ海というのは、気まぐれな暴れ馬のような海で、今まで歴代の王たちがみな船団を築いては帰って来ない……といったことを何度となく繰り返しているにも関わらず、やはり同じことを繰り返さずにはおれないのだからな」

 

「どうしてだ?」ギネビアが素朴な疑問を口にする。「確かに、エルゼ海には暴れ竜が住んでいると聞いたことはある。だから、どのような立派な船団を築いても、その竜にやられてしまうんだって……」

 

「まあ、それはおそらくはもののたとえでしょうな」と、セドリックが優しく微笑する。「以前、みなさんもおっしゃっておられたとおり、確かに我が州のことは後回しにし、先にロットバルト州にて、ロドリゴ伯爵をご説得されたほうが良かったのかもしれませぬ。ですが、やはり私にもわかりません。ロドリゴ伯爵は白・黒のはっきりした気持ちの良い方ですが、一度こうと決めたことは最後まで貫き通されるお方。ですから、当然私のようなただの庶民には窺い知れぬところがあるのですよ。やはり頑固に最後までクローディアス王に忠義を尽くされるかもしれませんし、あるいはハムレットさまにお味方してくださるとなったら、ロドリゴ伯爵は決して裏切ることはないということだけは、ラウールさまも強く頷かれるところだと思います」

 

 ――この日の会議もまた、いつも通り堂々巡りといったところだった。ギベルネスはそろそろ正午になるところだと見てとり、席を外すことにした。彼にしてもディオルグにしても、会議の席で口を挟むことはあまりなく、大抵の場合は聞き役に徹していることが多い。そしてギベルネスは今日、ちょっとした用事があるのだった。

 

「先生、例のところに行くだぎゃか?ほいだら、オラも連れてってくんろ」

 

 ギベルネスとはまた別の意味で、レンスブルックは会議に余計な口を挟むようなことはない。ただ、こうした高貴な人々の話の場に参加できるというだけで、彼には非常に光栄なことのように思われ、面白くもあるのだった。

 

「ギベルネ先生、例のところってどちらへ行かれるのですか?」

 

 カドールが、どことなく手厳しい口調で言った。彼にしてみれば相も変わらず不思議なのだった。ハムレット王子もタイスも、他の誰も――<神の人>が昼食時や夕食時にいなかったとしても、誰も居場所を知らないことすらよくあるからだ。そして、いつも自分ばかりが「ギベルネ先生は一体どちらへ行かれたのですか?」と聞いてばかりいるような気がする。

 

「例のところと言えば、例のところだぎゃ」

 

 レンスブルックが残された片目だけでウィンクして、思わせぶりな態度をして見せる。

 

「ええとですね……以前、レンスブルックがパン屋ポンピーの令息に殴られたということがあったでしょう?その時間違えられた<綿布の王>と呼ばれる方とお会いすることが出来たのですよ。モーステッセン家のアルマ嬢が、彼と取引していることがわかりましたものでね」

 

「ただの悪徳高利貸しの、悪魔みたいな男だぎゃ」

 

 顔が似ているだけに、レンスブルックの心境は複雑だった。「お宅に間違えられて、えらいめにあったぎゃ」と言っても、<綿布の王>ウィザールークは腹を抱えて笑うのみだったからである。

 

「そんな悪徳高利貸しに、一体どんなご用があるというんです?まさか、その男から金を借りようってわけでもないんでしょうしね」

 

「先生は、<綿布の王>の奴に、包帯とかガーゼとか、そんなものをどの程度の値段でどんくらい作ってもらえるか、頼んでるところだぎゃ」

 

 カドールの言葉にレンスブルックが答えると、彼はもう一度ギベルネスのほうに視線を戻した。他のみなも、どういうことなのか知りたいらしく、こちらへ注目している。

 

「その……なんと言いますか、万一に対する備えといったことなんですよ。メレアガンス伯爵やロットバルト伯爵が協力してくれたにしても、いずれ大きな戦争は避けられない可能性が高そうですから……傷薬も消毒薬も何もかも足りないでしょうが、それでも、鎮痛剤については随分安く済みそうだと思っています」

 

「まさか、ギベルネ先生。その鎮痛剤というのはアヘンのことではないでしょうね!?」

 

「ええ。まさか、メルガレス城砦の外にあんなにケシ畑が広がっているとは思ってもみませんでしたので……」

 

「あなたはご存知ないんですか!?」カドールはさらに眉根を寄せ、険しい顔の表情になって言った。「アヘンといえば、この城砦の貧民層をほとんど廃人にしているような危険な薬剤なんですよ!!」

 

「わかっています。ですが……ほとんど助からないほどの重傷を負った兵士には、せめてもそんな形によってでも痛みを取り除けるほうがずっといい。そのために、出来ればなるべく早い段階から用意をしておくに越したことはないと、そう思ったものですから」

 

「…………………」

 

 では失礼、とギベルネスが去っていこうとするのを、誰も止めようとはしなかった。レンスブルックにしても、いつも不思議なのだった。カドールの旦那は何故ああも、ギベルネ先生のすることに突っかかってばかりいるのだろうと……。

 

 カドールはこの時も、自分が心の内に感じている疑問を口に出しては言わなかった。(ということはだ、<神の人>の力を持ってしても、戦争を避ける力まではないのだ)と、彼はそう思った。また、ギベルネ先生は自分たちの会議に積極的に参加することはまずもってないが、ああ言ったということは、メレアガンス伯爵もロットバルト伯爵も結局のところハムレット王子に協力してくると、彼はそう見積もっているということなのかどうか……。

 

 こうした疑問についてカドールは、タイスに聞いたことがある。すると彼はこう答えていたものだった。「ギベルネ先生のことでそんなにあなたが気を揉むことはないんですよ」と。「もちろん、俺にも<神の人>の考えについてなんてわかりません。ただ、我々人間の間にはあるじゃないですか。『うむ、よくわかった。そういうことであれば協力してしんぜよう』なんて言っていて、土壇場で裏切るなんていうことがね……人の心というものは最後の最後までわかりません。そうしたことがあるゆえに、もしギベルネ先生が先々についてある程度見通しがついていたにせよ、はっきり『こうなる』などとおっしゃらないのは……つまりはそうしたことなんじゃないかって」

 

 だが、カドールにとってはそれもまた、「本当の意味で神にすべてを委ねきることの出来ない」自分に対する慰めの回答のように感じられたものである。何故かといえば、ハムレット王子やタイス自身はやはり僧院出身だからだろう。<神の人>であるギベルネ先生がどこへ行って何をされていようと、結局は何かしら自分たちのためになることをしてくださっている――との絶対的な信頼があるらしい。それが彼らと自分の間にある差であると悟ってからも、やはりカドールはギベルネという<神の人>の動向が気になった。また、このことはランスロットもギネビアも、あまり気にならないらしい。「先生はいい人だから、何も心配ない」とランスロットは言い、「我々に善をなすことはあっても、悪をなすことだけは絶対にない。それで十分だと思うがな」というのは、ギネビアの言である。

 

 けれど、この中で自分だけがやはり<神の力>なるものを疑っているのだろうとカドールは思うわけである。そしてそれが、「先生のことはすっかり信頼して、もう何も聞くまい」と思うのに、つい先ほどのように突っかかってしまう一番の理由だろうと、彼はそのように自己分析していた。

 

 

 >>続く。

 

 

 

 

 


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