確かユングだったと思うが
群体としての情報が一貫性が無くとも
一貫性を得るという
集合的無意識というものがある
このことの延長線上に
1980年代にブームになった
学説で、情報生命体(ミーム)と呼ばれる
理論が確立された
今ではあまり聞かないが
当時はアニメになるほど未来的な要素があった
情報生命体(ミーム)とは
世界の情報は集まり
一つの意志を持つ生命体のように
動作するというもの
ファーファ「タイトルは?」
soop「これを知る人はいないかなと
思った」
ファーファ「でもそれを知る人はいると」
soop「だからタイトルに選んだ」
民主主義の本懐として、それはゆるされない行為である
僕はいつも
人が言うことが出来ないもの
人が抱えるマイノリティに対する差別を
テーマにして描くことがある
それを理由に利害的権利を主張するものでもない
ただ一人の人としての
自由という権利を他者が奪う行為は
大人として許せないと思うからである
人間なんて
所詮自分の身だけが良かったら
良いのだ、だから離婚したり
別れたりする
生き物はエゴを捨てることはない
協力するのも保身のためだ
だから宗教はエゴを捨てた者を
頂点とするが
エゴを捨てることは死を意味する
ファーファ「ニルヴァーナ」
soop「カートコバーンは猟銃自殺したね」
ファーファ「結局日本の仏教でも死がエゴの超越みたいね」
soop「キリストの受難でもそういう意味合いが濃いね」
ファーファ「イエスが罰を受ける事が皆の穢れを許すみたいな」
soop「日本では即身成仏みたい」