【輪】
ベリーダンスは人間が命の輪を繋ぐのに有用な
聖なるダンスだと思って踊っている
ベリーダンスは、オーガニックで
野生をとことん昇華させたら、生き物はこんなにも美しいのだという、生命力と性力、精力、聖力にあふれている、それを体現できるもの。
見る人の心次第で、神々しくも、淫らにも見える
その事実から私達は貫忍独尊、
各々が宇宙の中心であり、影響はできても干渉は難しいことを理解した上で
コミュニケーションの中で交流し、
高めあい、理解し合い、和合して尊重し合うことを楽しむことができる。
先日米国入りして間も無く、
私のベリーダンスの師Haidaのお気に入りのブランドlululemonではじめてジャケットを買ってもらった。
師匠が愛用していたのは初期のものなのだけど、luluのデザインはカッティングがユニークで、
私はずっと欲しかったけれど「コレ!」というものに出会えていなかったのだが…
どうしたことか、今回の旅の初めてパートナーが「俺は宏美にコレを着てほしい」と急なオファーをくれた。
(あぁ、やっと師匠とお揃いのジャケットを手に入れたゾ!)私はそう、内心誇らしい気持ちでHadiaを思っていた。
…それから数日後、
私のダンスパートナーであり、
私達のスタジオ
「I am sorry.」と連絡が来た…
「ハディアが亡くなった、今、貴女の隣にいられなくてごめんね。」と…
…実感が無かった。
でもそれからすぐに姉弟子のSali先生が
「宏美ちゃん、私も涙が止まらなくなる」と
これが【現実】なんだと知らせてくれた。
【現実】とはなんだろう?
私の中ではまだ、あの、私達の
自由奔放な、少女のような若々しいスピリットをもった師匠は世界のどこか裏側で、
自慢のボディとそのコントロールを心から楽しんで、年齢なんて幻想と思わせてくれる軽やかな足取りでコーヒーを注文しに行っているはず、
…そっちの方がよっぽど【現実感】があるのに。
彼女がこの星から肉体を失った現実と、
彼女は長い旅から結局私達の元に姿を現さなかった(失踪してしまった)のと
いったい何が違うんだろう。
私は彼女の亡骸の手を握って、冷たくなった額に手を当てても、きっと
現実感は、今すぐには持てない気がする。
あの人は今にでも私にメッセンジャーコールで、エキセントリックな話題を投げかけたり、
カタコトのjapangrishで「hahaha this is Haidaさん!」っと語りかけて来そうなんだから…。
…でも、もう、その期待は、
叶えられることはないんだな。。それが現実で、
長い、長い時間、Hadiaから学んだメソッドも、もう、答え合わせは
自分達でやるしかない、
【輪】における、次の時代(姉弟子と私たちが紡いでいく番)が回って来てしまったんだ。
Hadia,I miss you.
彼女が踊る時、舞台の上はまるでheavenだった。
けど今彼女は本物の?それとも新しい?天国で踊っているに違いない。
自然の中に規則性を見つけ、
ダイナミックの中の、安全性を主張し、
このユニークで美しいベリーダンスというダンスを、誰もが再現可能な機能性に昇華させて、
メソッド化して私たちを踊り子から指導者に昇格させてくれたHadia。
母であり、姉であり、時に娘のような、可愛らしくも、手に負えない、尊敬すべきHadia。
ハディア、I love you.
ハディアが師匠でよかった。
ハディアに会えてよかった。
引き合わせてくれたSali先生へのご恩を忘れず、
これからも、仲間と助け合って、ベリーダンスを広めていきます。
See you Hadia.
またいつか、宇宙のどこかで貴女のスピリットに触れる日を楽しみにしています。
Your dance child HiromiEva.
※これは姉弟子のSali先生が連絡をくれた時に太陽にかかった虹。
姉弟子とHadiaとみんなで沖縄にリトリートに行った日も太陽に虹がかかりました。