病体だからといって、世の中で起きていることに無関心ではいられないのも、ある意味因果な性分なように思う。
ジャカルタの、多くの死傷者を出した大きな地震・・・・。
被害者情報で、日本人がいるかいないかといった報道に目くじらを立てる人もいるけれど、知人がそこにいるかいないかで、気持ちの向け方が大きく違ってくるのは世の人の常。そうしたニーズに応じる報道姿勢を責めてみても仕方がない。
わたくしなど、普段テレビを見ないものだから、被害の状況を視覚的に捉えることなくすんでいる。見れば、やはり、その悲惨さに眉間に皺がよりそうだし、心も痛む。そして、災害に備えようというエゴが発動される。
そのエゴのせいか、あるいは、世界中の人命に対して思いを馳せるなどというゆとりがないせいか、または、そういった意識が希薄なせいか・・・・、
被害は被害でも、こちらの被害が気になった。
世界遺産のボロブドール遺跡と世界遺産のプランバナン遺跡。
仏教遺跡とヒンズー教遺跡であるけれど、
今回の地震による被害が懸念されている。
これ(↑)が、世界で最も美しいヒンズー教寺院群といわれるプランバナン神殿だ。一度、行ってみたかった寺院・・・・
遺跡群の中でも最大の寺院「ロロ・ジョングラン」は、「すんなりとした処女」を意味しているそうだけれど、女性としてはあまり感心しない命名。
でも、建築は、本当に、美しい。
左(↑の写真)は、シバ神殿正面の階段の写真。
回廊の壁面には、古代インドの叙事詩ラーマーヤナが絵巻物のように浮彫りにされているそうだ。それを、いつか見たいと思っていた。
右が、よく知られるガネーシャ神像の写真。
ガネーシャ神は、芸術と知恵の神さま・・・・。障害を取り除いてくれるとも言われている。こうした地震で破損、倒壊しても、ジャカルタのヒンズー教徒の人たちは、この神に祈るのだろうか。何を祈るのだろう。
ここ数年、いろいろな宗教の神像や神殿が、地震という天災だけではなく、
爆撃という愚かで切迫した人災によって破壊されてきた。
ついこの前も、聖地を抱えるお国で、美しいユダヤ教寺院が破壊されたばかり・・・
美しさというものが分からない人間において、
信仰ってどんな意味を持つのだろう。
語呂合わせで言えば、「侠気」で「狂気」となるほどの信仰を支えるものが、ある「驚喜」の体験だったとするなら、そこには≪美しいもの≫は含まれていないのか・・・。
一昨年、93歳で亡くなった女友達なら、
こう語るに違いない。
「いまの人間には≪過ぎたもの≫(過分なもの)だから、神様が、人間からお取り上げになるのでしょうよ。天災であれ人災であれ、結果は同じ・・・・それでも、何にも反省もしなけりゃ、進歩もしないのが、われわれ人間というものですよ」
大正生まれのモガ(モダンガール)そのままだった、江戸っ子の彼女、
あちらに逝ってしまったので逢えなくなって3年になるけれど、
彼女に、逢いたい・・・