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誰も知らない、ものがたり。

巡りの星 68

 懐かしいその声は、すぐに誰の声がわかった。
「おばあちゃん・・・!?」

 私は思わずその声の主だと思われる相手に、呼びかけた。
 その瞬間、顔に大きな風の塊を受けたような衝撃を受け、私は思わず目をつむった。すぐに風は止み、私は目を開ける。
 すると、まるでテレビをリモコンで別のチャンネルに切り替えたかのように、目の前の光景が全く別のものに切り替わっていた。隣に座っているはずの小さなアサダさんや、ヒカルの姿も見えない。それどころか、さっきまで公園の小山のトンネルの中に居たはずの自分は、今、この瞬間から、どこだかわからない家の中の、木製のダイニングテーブルの椅子に腰掛けていた。
 温かな色温度の落ち着く照明が灯った部屋は、なんとも言えない安堵感に包まれた、落ち着く雰囲気だった。
 これほどの急な場面の転換に、私は自分でも不思議と取り乱すようなことはなかった。
 そう、私が今いる世界は、意識の世界。改めてそのことを思い出す。

 コトリ、と音がしてマグカップが目の前に差し出されたかと思うと、とっても良いハーブの香りが漂ってきた。ハーブティーだ。瞬間的にあらゆる記憶が繋がりだす。そう、このハーブティーは、おばあちゃんがよく飲んでいた自家製ハーブのハーブティー。
 差し出されたマグカップの先に目を向けると、紛れもなくおばあちゃんの姿がそこにある。
「トモくん、はい、どうぞ」優しいおばあちゃんの声。

「あ、うん。ありがとう」私は自分でも驚くほどに、おばあちゃんとハーブティーを、自然と受け入れることができた。
ひとくち含んだハーブティーから、カモミールのフルーティーな甘い香りが鼻の奥にひろがり、とっても落ち着く。
「おいしい」と思わず言葉を出した私を見て微笑み、おばあちゃんは向かいの席に座って、自分のカップで同じハーブティーを飲んだ。そして、口を開いた。
「こうやって大人になったトモくんとお茶が飲めるなんて、うれしいわ」
 病気をして小さくなってしまった頃のおばあちゃんとは違って、私の記憶の中で一番おばあちゃんの姿としてしっくり来る、まだ元気で若々しいおばあちゃんが、にっこりと笑った。

 私は思い切って聞いてみた。
「ねえ、おばあちゃんは、俺の意識の中で見てる幻なの?」

 その問いかけに、おばあちゃんは相変わらずニコニコと目を細め、嬉しそうに私の顔を見ながら応えた。
「半分、正解ね」

「半分?」

「そう。トモくんの意識に触れて、おばあちゃんはこうやって現れることができました。それは、その通り。だけど、この意識の世界に、幻だとか、現実だとか、そんな境目なんてないのよ」

「じゃあ・・・」

「そう。正真正銘の、本物のおばあちゃんよ」
 そういって、おばあちゃんは手を差し出し、いつも小さな頃そうしてくれたように、私の頬に優しく触れた。まるで日だまりのような暖かさだった。

「ずっと、見てくれてたの?」
 情けないことに、その言葉の最後は涙声となって揺れてしまった。

「うん。トモくんが頑張ってるところ、いつも見せてくれてありがとう」
 そんなの迷信だと、心のどこかでは思っていたかもしれない。それでも、ずっと、信じようとしてきたことだった。

「ありがとう」
 ぽろぽろと涙が粒になって私の頬を伝った。
 おばあちゃんはそんな私の様子を静かに見つめながら、うんうんとうなずく素振りで静かに慰めてくれた。

「さあさあ、おばあちゃんに話したいことがあるんでしょ?お友達がまってるんだから」
 涙で頬を濡らす私の様子を暖かく見つめながら、おばあちゃんは諭すように言った。

「・・・うん。あのさ、アサダさんも・・・ミキちゃんも、こうやって亡くなったお父さん、お母さんに、会えたりしないのかな・・・?生まれてすぐに一人きりになっちゃったんだ」
 私は鼻をすすりながら素直に思ったことをおばあちゃんに聞いてみた。

 おばあちゃんは目を瞑って一呼吸を置いてから、目を開き、そして静かに私に言った。
「そうねえ・・・。今は、会えないわね。・・・それに、会えたとしても、会わないほうが良いと思う。なぜだか、わかるかしら?」

 なぜ、アサダさんはお父さんお母さんに会えないのか。この思えば叶う意識の世界なら、簡単なことなのではないのか。でも、小さなアサダさんの意識の中に、父親と母親のイメージさえも残っていないからか。

 私が心の中で思った事が伝わったかのように、おばあちゃんは相槌を入れてきた。
「そうね、それもあるけれど・・・じゃあ、反対に、もしもお父さんとお母さんとこうやって会えたとしたら、どうなると思う?」

「・・・!」私はそう言われ、ようやく気づいた。
 小さなアサダさんが、ずっと会いたくても会えなかった父親と母親に、こうやって会ってしまったら、ますます、自分の住んでいる家に帰りたくなくなってしまうだろう。父親と母親の死を受け入れるどころか、自分の生活する現実世界そのものから、逃げ出して、父親と母親のいる世界に行きたい、そう思ってしまうかもしれない。
 そのことが、最悪の事態にアサダさんを誘導してしまうことにだってなりかねない。現実世界に貰い受けた、自分の生命を投げうってしまうという・・・。

「そうね。あの子の意識は、まだ両親の死を完全には受け入れられていない部分があるの。だから、会ってはだめなの。それでも強く、明るく、生きていって欲しいの。それが、あの子の両親の切実な思い」
 おばあちゃんはピンと背筋を伸ばして、はっきりとした口調でそう言った。

「・・・じゃあ」
「そう、ご両親は、ミキちゃんをしっかりと見ているわよ。ご両親だけじゃないわ。その親の親だって、ご先祖の皆さんが一緒になって応援団しちゃってるんだから。ふふふ」
 そのことは、今の私が知るべきことだった。その事が聞けて、本当に良かった。

「それに、小さなあの子を面倒見ることに決めた、叔父さんと叔母さんの善意が、ちゃんとあの子を育ててくれているわ。もうこっそり教えちゃうけど、叔父さんも叔母さんも、帰ってこないあの子のこと、すごく心配してるのよ。」

「・・・!」私はなんて鈍いのだろう。どんなに辛い境遇であっても、こんな小さな子が生きていくには、大人の助けが必要なのだ。
 
「未来を作れるのは、今生きているあなた達だけ。おばあちゃんの、こっちの世界の人たちの未来も全部、あなた達に託しているのよ」
 私は、現実世界に生きる橋本部長の思いを受けて成長していくリンの姿をつぶさに思い出した。

「もうわかったわね?あの子を守ってあげられるのは、誰かしら?」
 おばあちゃんは、もう一回、私の頬に手を触れた。
 もう私の頬を伝う涙はなかった。
 その代わりに、奮い立つ思いと、生きる歓びが、私の心の中を満たしていた。

「うん、わかった!」

 おばあちゃんは、大きくうなずくと、とびっきりの笑顔になって、その両手で私の顔と頭をくしゃくしゃと撫で回した。
「トモくん、えらい〜!!頑張れ〜!」

「わわ!」
 次の瞬間、気がつくと、突然大きな声を出した私にびっくりした顔が2つ、私をはさんで左右に並んでいた。
 小さなアサダさんとヒカルの顔だった。


・・・つづく
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