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誰も知らない、ものがたり。

オリジナル小説「Quiet World」 26

※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。


前の話を読む


 

 ケンとコウタが一緒にほうれん草の栽培作業を行ったその日の夜、ケンの呼びかけによってカヲリとマルコは、ラボを訪れた。

 入り口を入ってすぐのエントランスロビーにはいくつかの座席が用意してあり、すでに15人位、Quiet Worldの見慣れた住人たちがそこに座っており、やってきたカヲリとマルコを「こっち、こっち!」と手招きして空いた座席に座らせた。マルコにも一人分の席がしっかり用意してあった。

 そばにはユリと博士、助手の宝来、大さんもいる。

 ラボはもともと地域のコミュニティセンターとしてあった建物で、吹き抜けとなっているエントランスロビーはかつて様々な催し物が行われるイベントスペースとしても使われていたらしい。

 カヲリとマルコの席の目の前に、ちょっとしたステージが設けられて椅子とマイクが置かれていた。

 マルコと顔を見合わせて、一体何が行われるのかと話しながら、ケンの姿が見えないことに気づいて周りをカヲリが見渡していると、突然エントランスロビーに響き渡るようにスピーカーから声が聴こえた。

 

『・・・あ、あ、あ。えー、みなさんこんばんは!』

 

 ケンの声だった。

 

『さあ、今宵の主賓が来ましたので、さっそく始めたいと思います!』

 

 会場にあつまった住人からの拍手がロビー内に響く。

 

『一体ナニが始まるというのでショウカ?』

 マルコは座席からその体を浮かせてクルクルとあたりを見回している。

 

『・・・わ!』

 マルコは急に怯えて身を隠すようにカヲリの背後に身を伏せた。

 先日鉄パイプで襲いかかってきたコウタの姿が見えて、反射的に隠れたのだ。

 マイクでしゃべるケンがコウタに続いて姿を現し、コウタと一緒にステージに上る。

『さあ、クワイエットワールドの才能あふれる若きアーティスト、石崎コウタくんでーす!もう一度拍手〜!」

 元気な声で囃し立てるケンとは裏腹に、恥ずかしそうに顔を赤らめて、少しバツが悪そうにもじもじとはにかむコウタの姿に、座席からは拍手と合わせて笑いが起こる。

『マルコ!大丈夫だから姿を見せなよ、ほら、コウタくんが持ってるのは今日は鉄パイプじゃなくて、ギターだから!』

 

「わっはっは!」と一際大声で笑ったのは、大さんだった。

 

『いやー、びっくりしました。コウタくんの歌。聴かせてもらったら、もうね、凄い・・!皆さんはよくご存知かとおもいますが。で、急遽このような催しを思いついちゃいまして・・・』

 ケンは続ける。

『ほら、コウタくん、しゃべってよ』

 ケンに促されて、コウタはステージにセットされたマイクに向かってもじもじとし、ようやくその小さな声を絞り出した。

 

『・・・のあいだは・・ごめんなさい』

 コウタはたどたどしく話し出した。

 自分の親を連れていき、冷たくされたAIを憎む気持ちは消えないけれど、マルコをひとくくりにAIロボットとして襲いかかってしまったことを侘びた。

 集落の人々に混ざって仕事をするマルコの姿を見て、AIにも個性があることを思ったという。

 許してもらえるかはわからないけれど、今日は新しいQuiet Worldの住人となった仲間を歓迎する意味で、精一杯の気持ちを歌を届けるということだった。

 怯えていたマルコもようやく姿を見せたと思ったら、間が持たなく感じたのか、すぐにコウタはギターを弾き出した。

 まだ少し小さく幼さが残る手が、しっかりとチューニングされたアコースティックギターの弦から、よく通る美しい響きの音を生み出す。

 あわててステージを降りたケンは皆と同じように観客席に座って楽しそうにカヲリとマルコに視線を送る。

 そして、コウタの声がマイクを通してロビーに響き渡った瞬間、カヲリは目をみはった。

 そこには、今さっきまで小さな声でおどおどと喋っていたコウタはもういなかった。

 とても真っ直ぐで伸びやかな声が、ギターのアルペジオの旋律にのって心地よく響く。

 知らない曲だったが、思わず惹き込まれて聴き入ってしまう。

 耳を奪われたというのは、こういう事を言うのだろう。

 マルコの表情ではわからないが、さっきまでソワソワとしていたその姿勢が、じっと空中で静止して微動だにしないでいた。

 歌詞はこのQuiet Worldの自然の風景や暮らしを描写しているようなものもあったことで、カヲリはコウタがつくったオリジナル曲なのだと気づいた。

 新世界にも当然ミュージックシーンというものがあり、コロニーへ買出しに訪れた際に街でよくその音楽を耳にした。

 しかし、それらの音楽はとても洗練されていたが、カヲリにとってはどこかせわしないものに感じていた。

 コウタの歌は、まるで春の訪れを告げる柔らかな風のように、優しかった。

 住人たちは、皆コウタの歌が好きなようだ。

 Quiet Worldの自然に包まれたこの暮らしと同じように。

 目頭を拭う住人の姿も見えた。

 

 歌うコウタの目は、ロビーの外の空を見つめているようだった。

 無心に歌っていた。

 きっと、亡くした友人や、離れ離れになってしまった両親に届くようにと、歌い続けていたのかもしれない。 

 

 

・・・つづく

 

 


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主題歌 『Quiet World』

うたのほし

作詞・作曲 : shishy

唄:はな 

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