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誰も知らない、ものがたり。

巡りの星 66

「こんなにきれいなお星さまがあったんだ・・・」
 夜空へ向かってつぶやいた小さなアサダさん。今まで暗闇の中でただ失意し、見ることのなかった景色を前に、我を忘れているかのようだった。
「お星さまはね、周りが暗ければ暗いほど、綺麗に見えるんだよ」
 私がそう言うと、沢山の星を湛えた小さなアサダさんの瞳が、こちらを向いた。その深くて黒い瞳をしっかりと見つめて、私は続けた。
「だから、どんな暗闇の中でも、光を探してごらん」
 その言葉を聞いた小さなアサダさんの瞳が、少しだけ揺れた。「・・・探しても、何も見えなかったら?」
 私は頷き、手のひらを自分の胸にあてながら、ゆっくりと大切な言葉を紡ぎ出すように言った。
「その時は、心の中に探すんだ」

「心の中・・・」
「そう。目に見えなくたって、心の中でいつでもこの星空を思い出すことができるでしょ?きれいな花火だって、お日さまだっていい。ミキちゃんが、自分の心の中で光をつくればいいんだよ」

 そう言うと、小さなアサダさんの瞳に、小さいけれど確かな強さを持った光が生まれた気がした。そして、うん、と頷き、ニコリと笑った。
 その様子を見て、ヒカルも笑顔で小さなアサダさんの頭を優しくなでる。

 私は続けるように元気よく言った。
「よし、じゃあ、そろそろお家の中に入りましょお!」
「お家?」小さなアサダさんとヒカルは、2人とも似た声音で同時に聞き返してきた。

 私は星明りでうっすらと見える小山の階段をゆっくりと降り、それに女子の2人がつづく。
 下に降りてすぐ、私は手の先を小山の下に空けられた、子供が出入りして遊んべるようなトンネルの穴っぽこに向けて言った。「こちらです」
 そのお粗末な”お家”の入り口を見て、小さなアサダサンとヒカルは、思わず顔を見合わせて笑いだした。

 私たち3人は、その小さなトンネルの中に入り、身体を寄せ合うように座った。真ん中に、小さなアサダさん。中は真っ暗なので、私のスマートフォンのライトを点灯させる。パッと白い光が中の狭い空間いっぱいに広がり、私たち3人の顔を照らした。その瞬間を狙って”変な顔”をしていた私の方を見て、女子二人はまた笑いだす。私も思わず吹き出して一緒に笑った。

 それからは、私が子供の頃はどんな子供だったか、友達とどんな遊びをしていたかといった思い出話をしたり、犬と猫はどっちが好きかというような話をしたり(―ちなみに小さなアサダさんは犬が好きで、ヒカルはどっちも好きだが、ちらかといえば猫が好き、と判明)と他愛もない会話で盛り上がっていた。トンネルの外にまで漏れ出た光に、話といっしょに弾むように揺れる私たちの人影が映っている。

「ねえ、ヒカルちゃんのお父さんとお母さんって、どんな人?」不意に、小さなアサダさんがヒカルに尋ねる。
 ヒカルは少しの間、指を頬にあてて考えた後、話しはじめた。
「そうね、わたしのお父さんは、わりとのんきな人かな」
「へえー、そうなんだ」私もはじめて聞くヒカルの身の上話に、興味を覚える。 
「何か大変なことが起こっても、まあ仕方がないか、って言っちゃうようなタイプ。それで、なんだかんだ、いきあたりばったりだけど、何とかなっちゃうような人」
「へえ!ヒカルはこんなにしっかりタイプなのに、意外だね〜、のんきなお父さんかぁ、あはは!」私の言葉に、ヒカルも目を細めて笑う。 
「それで、お母さんは?」小さなアサダさんがさらに聞く。
「お母さんはね、うーん、一見男っぽいところがあって、すごくさっぱりした気の強い性格に周りから見られてるんだけど、でも、実はちょっぴり考えすぎたり、さみしがりやさんな所があるの。」
「ふーん」それを聞いた私は、なんだかアサダさんみたいだねと言いかけたが、やめた。目の前に小さなアサダさんがいるから、話がややこしくなるぞ。
「まあ、だからかな。二人は相性がいいみたい。とっても仲良しよ」優しいまなざしで私たちを見渡し微笑むヒカルから暖かな気持ちが伝わってきた。小さなアサダさんも同じようだ。ヒカルの笑顔に向けたくりっとした瞳が明るい。
でも、ふと思い出したように、小さな口からは本音が漏れ出る。「・・・いいなあ、お父さんとお母さんがいて・・・」

 その言葉を聞いて、私の胸の内に、アサダさんにどうしても伝えなければならない思いが、湧き上がってきた。


・・・つづく。
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