吹く風ネット

運命の分かれ道(後編)

──続きです

 担任は続けた。
「その推薦なんですが、実は締め切りが明日の午前中なんですよ。今日願書を持って帰り、必要事項を書き込み、明日それをX大学に直接持って行ってもらわなければなりません」
「えっ!?」

 X大は福岡市にある大学だ。今でこそ野球の観戦やコンサートを見に行ったり、仕事で訪れることが多くなったが、当時のぼくはあまり福岡市に行ったことがなく、博多駅近辺以外の地理がまったくわからなかった。そこでぼくは、
「大学は福岡市のどこにあるんですか?」と聞いてみた。すると担任は、
「博多駅からバスが出ているから、それに乗って行けばいい」と言う。
「駅のどこからバスに乗ったらいいんですか?」と聞くと、担任は、
「そこまではわからんが、その辺の人に聞けばわかるだろう」と言った。

 つまり、翌日の午前中までに願書を出すためには、持って帰った願書に必要事項を焦って書き込み、翌朝早く家を出て、一時間近くかけて博多に行き、駅のどこにあるかわからないバス停をその辺の人に聞きまくって探し、そこからどのくらい時間がかかるかわからない大学までバスで行き、大学内で事務所を探し、そこで願書を提出しなければならないわけだ。どう考えても面倒だ。

 ということでぼくは、
「推薦はいいです。一般で受けます」と言って、担任の提案を断った。担任は
「そうか、一般で受けるか。お母さん、それでよろしいですか?」
「はい、本人が決めることですから」
「じゃあしんた、一般で頑張れ」

 これがぼくの運命の分かれ道になった。もし、あの日担任が風呂から上がった後に電話をくれていたら、ぼくはとりあえず推薦入試を受けていたと思う。そして余裕を持って丁寧に書いた願書を、郵送で提出していたはずだ。その後X大に入り、今とは違った人生を辿っていたに違いない。

 つまり、一般で頑張れなかったということになるのだが、もしその大学に入っていたとしたら、高校を卒業してからの波瀾万丈を体験できなかっただろうし、そのことを書き綴るブログもやらなかったはずだ。そう考えると、面白くない人生になっていたのかもしれない。


 卒業してから数年後、担任からハガキが届いた。そこには、
「その後どうされていますか。気になっています」と書かれていた。その時は返事を出さなかったが、ちょうどいい機会だ。今ここで返事を書くことにしよう。
「あなたが風呂に入ったおかげで、面白い人生を歩ませてもらっています。感謝していますよ、先生」
 先生、まだ生きてるのかなあ?

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