岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

著書:新宿クレッシェンド

自身の頭で考えず、何となく流れに沿って楽な方を選択すると、地獄を見ます

6 パパンとママン

2019年07月19日 13時32分00秒 | パパンとママン/メルヘン/酢女と王様

 

 

1 パパンとママン - 岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

パパンとママン第1章置き土産2007年11月21日原稿用紙31枚第2章兄弟2007年12月14日原稿用紙38枚第3章先輩2008年5月9日~2008年5月31原...

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第1章 置き土産
2007年11月21日 原稿用紙31枚

 

 

2 パパンとママン - 岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

第二章《兄弟》僕は一人っ子。家は食堂である。捻りハチマキを頭に巻いた常連客相手に、パパンが料理を作り、僕が運ぶ。狭く小汚い店ではあるが、僕ら家族が食べていけるぐ...

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第2章 兄弟
2007年12月14日 原稿用紙38枚

 

 

3 パパンとママン - 岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

第三章《先輩》ここ最近のパパンとママンは仲が悪い。だって常連客の竹花さんと、過去に関係があった事をママンがつい口を滑らせてしまったんだから。何もあのタイミングで...

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第3章 先輩
2008年5月9日~2008年5月31 原稿用紙32枚

 

 

4 パパンとママン - 岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

第四章《月の石》先日はまさかの展開になり、未だ戸惑っている僕。先輩のムッシュー石川は、一体今度どうなってしまうのだろう。結婚を前提に付き合うというメールが送られ...

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第4章 月の石
2008年5月31日~2008年6月2日 原稿用紙37枚

 

 

5 パパンとママン - 岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

第五章《借金地獄》「はぁ~……」思わず出るため息。今日もうちの食堂は忙しかった。いつもなら部屋へ真っ先に向かい、楽しいテッシュタイムの時間だと言うの...

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第5章 借金地獄
2008年6月2日~2008年6月3日 原稿用紙41枚

 

 

6 パパンとママン - 岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

第六章《経営者》パパンの弱みを握った僕。あれ以来、パパンは仕事中そんな理不尽な怒り方をしなくなった。それに『月の石』の飲み代三万も無事返す事ができ、たった二日間...

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第6章 経営者
2008年6月3日~2008年6月4日 原稿用紙43枚

 

 

7 パパンとママン - 岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

第七章《捺印》僕一人で店を切り盛りするように早一週間経つ。初日に失態を犯し、その日の日給千二百円しかもらえなかった僕は、その悔しさを忘れず商売の鬼に徹した。おか...

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第7章 捺印
2008年6月4日 原稿用紙37枚

第8章 烏龍茶
2008年6月5日 原稿用紙34枚

第9章 同級生
2008年6月9日~2008年6月10日 原稿用紙31枚

【再度執筆開始】
第10章 初恋の人
2010年4月08日~2010年4月09日 原稿用紙26枚

第11章 同窓会
2010年4月09日~2010年4月10日 原稿用紙38枚

最終章
2010年4月10日~2010年4月10日 原稿用紙25枚
【本編合計枚数 原稿用紙412枚で完結】



第六章《経営者》

 パパンの弱みを握った僕。あれ以来、パパンは仕事中そんな理不尽な怒り方をしなくなった。それに『月の石』の飲み代三万も無事返す事ができ、たった二日間でタダ働きを逃れる事ができた。まだ『兄弟』のドアの弁償の五万が残っているが、あんなもん知ったこっちゃない。あんなムッシューみたいな先輩と交わしたクソ誓約書など、どうでもいい事である。
 それにしても最近の僕って、運が向いてきたのかな?
 最近そんな感じがした。例えば仕事をしていても、いつもなら小汚い連中しか来ない客層が、昨日はベッピンさんが来た。中にはボインちゃんもいた。僕は仕事中にも関わらず、熱く煮えたぎった股間を自制するのに大変だった訳だ。まあ嬉しい悲鳴ではあるが……。
 その内、客から「ねえ、あなた今、彼女いるの?」とか聞かれちゃったりして。そんでもって「私、実はあなたの事をずっと見てて……」なんて言われるかもしれない。
 人間の運を平等とするなら、今までの僕は少々不幸過ぎた。
 まず兄弟がいない。従って兄弟喧嘩などしたくてもできない訳だ。本当はお姉さんがいて、「お姉たま~」ってゴロゴロ甘えてみたかった。それも叶わない。妹でもいい。可愛い妹がいたら、「努お兄ちゃんに何でも相談するんだぞ」なんて偉そうに言っちゃったりしてね。年頃になって妹が彼氏を連れてきたら、「おまえはうちの妹の事をどう思っているんだ? ハッキリ言え、男として」とか説教しちゃったりして……。
 こういう想像はやめよう……。
 虚しくなるだけだ。もっと別の何かを考えようじゃないの。

 まだ十八歳の僕は、彼女ができた事がない。当然童貞でもある。収入はといえば、一ヶ月働いても十万いかない給料。毎日小汚いオヤジ共に囲まれ、必死に生きてきた。パパンから怒鳴られ、ママンは知らんぷり。不幸街道まっしぐらだったのである。
 そんな可哀相な僕だったけど、昨日を境に運の傾きが変わったんだ。もし神様がいたとしたら、こんな僕に微笑んでくれたのだろう。という事は、神様って女? うん、きっとそうだ。そして僕の事が気になってしょうがないのだろう。今だってどこか遠くから見ているかもしれない。そうじゃないと、この理論のつじつまが合わなくなる。
 出来る限り、この運の良さを持続させたい。よし、毎日僕は神様に向かって投げキッスをしようじゃないか。ふふふ…、神様照れているかな?
「チュパ!」
 天井に向かって投げキッスをした瞬間だった。妙に大きな地震が起き、僕の部屋の本棚が倒れてきた。慌てて交わす僕。
「い、痛っ!」
 左足の親指の部分だけ逃げ遅れ、本棚のちょうど角の下敷きになった。「うぎゃあー」と叫びながら床を転げまわる。何てついていないんだ。隣の部屋からパパンとママンの悲鳴が聞こえてくる。
「いやーママン。俺、地震怖い!」
「私だって怖いわよ。ちょっとパパン、抱きつかないで。早く戸を開けないと!」
「怖い、怖いよ~!」
「ちょ、ちょっと離れて、あ、キャー」
 ドスンと大きな音がした。僕は急いでパパンたちの部屋へ駆けつけようとする。
「う……」
 先ほど下敷きになった左足親指がジンジンした。ビッコを引きながら、懸命に両親の元へ向かう僕。
「大丈夫、ママン? パパン?」
 ドアを開けると、大きな洋服タンスが倒れていた。その横でママンは壁にへばりついている。ほとんど全裸に近い格好をしているのが気になったが、今はそれどころじゃない。とりあえずママンは無事か…。あれ、パパンは?
「努、手を貸してちょうだい」
「え?」
「パパンがタンスの下敷きになっちゃったのよ」
「えー!」
 慌てて僕とママンは力を合わせ、大きなタンスをどかした。パパンは潰れたカエルのようにうつ伏せのまま大の字になって倒れている。お尻のところに白い塊みたいなものがついていた。何だろう? 手に取ると、ロウソクのロウみたいだ。いや、今はそんな事よりもパパンの体の心配をしなきゃ。
「パパン、大丈夫?」
「痛い痛い痛い…。努、貴様……」
「な、何だよ?」
「最初にママンのほうを心配しやがったな?」
「そんな事ないよ。すぐ駆けつけてきたでしょ?」
「嘘こけ。『大丈夫、ママン? パパン?』ってママンを最初に呼んだじゃないか」
「何子供みたいな事言ってんだよ。それより体大丈夫?」
「いや、駄目だ。ちょっとこの体勢から動かそうとすると、激痛が走る。救急車を呼べ」
「えー、大丈夫?」
「大丈夫じゃないから、早く救急車を呼べ……」
 こうしてパパンは、先輩であるムッシュー石川の入院する病院へと運ばれた。

 パパンが入院した事で、僕とママンはその間店をどうするか考えた。
「ママン、お店休業にするしかないでしょ?」
「いや、そんな事したら、生活できないわ。おまえだって給料出ないと困るでしょ?」
「うん、それはそうだけど……」
 いい機会かもしれない。これを機に、外の世界へ飛び出し新しい職場を見つける。そうすれば、こんな小汚い食堂でくすぶらなくてもいいのだ。
「よし、決めた」
「どうするの、ママン?」
「パパンと離婚するわ」
「えー! ちょっと待ってよ。離婚してどうするの?」
「竹花ちゃんなら、私を喜んでもらってくれるはずだからね」
 この発言で過去のママンと竹花さんの関係は、僕の中でより一層疑惑が深まった。
「いきなり何を言い出すんだよ、ママン!」
 いくら何でも酷過ぎる。パパンが入院している時なのに……。
「別に竹花ちゃんじゃなくてもいいわ。捻りハチマキのオヤジいるでしょ? ほら、私のお尻にネギ突っ込んでみてえとか言っているあの捻くれたチビ」
「ネ、ネギじゃなくてチクワでしょ? それに僕はそんな事を言ってんじゃないよ。そんな馬鹿みたいな事を言って、パパンに申し訳ないと思わないの?」
「思わないなあ~」
 ママンはまったく悪びれずに胸を張り、堂々と言った。
「えー。じゃあ何で結婚したんだよ?」
「あんたが出来ちゃったからじゃないの」
「えー」
「出来ちゃった結婚なだけ。パパンはあの時、俺が必死に頑張っておまえを食わせるから、どうしても一緒になってくれって土下座までしたのよ。しょうがないから、いいかなと思って結婚したんだけどね」
「だってさ、それから僕が生まれて十八年以上経過している訳でしょ? その間に育んだ愛は? 情ってもんがママンにはないの?」
「愛? 情? あんた、いつまでもそんな事ばかり言っているから童貞なのよ」
「か、関係ないだろ! そんな事は……」
「いえ、関係あるのよ。あなたは前に私が言った事を守らないじゃない」
「言った事?」
「ほら、男は涙を流さないって言ったでしょ? あれから何度泣いた?」
「……」
「ほら、見なさい。そんな子供が一丁前に説教だなんて百年早いのよ、セニョリータ」
「セ、セニョリータって言うな。努ってママンがつけた名前があるじゃないかよ」
「ほら、そうやって童貞はすぐ話を誤魔化す」
「誤魔化しているのはそっちじゃないかよ」
「じゃあ、努に何かいいアイデアでもあるの?」
「あるよ!」
「言ってごらんなさいよ。私を納得させるようなアイデアをね」
「パパンがいない間は、ぼ、僕が一人で店をやってやらあーっ!」
 気付けば勢いでとんでもない事を叫んでいた。
「ほう、それはすごい心意気ね。でもあんた、料理作れたっけ?」
「め、目玉焼きと野菜炒めぐらいなら……」
「ふ、しょうがないわね」
「え、ママンも手伝ってくれる?」
 そうか、ママンは僕がこうしてやる気にさせる為、あんな酷い事を言ったのかもしれないな。
「しょうがないから、一日三品だけ私が料理を作り置きしといてあげるわよ」
「え、一緒に手伝ってくれないの?」
「だってあなた、今自分で一人でやってやるって言ったじゃないの」
「それは言ったけどさ……」
「じゃあ、それで頑張りなさい。できなきゃ私はパパンと離婚。それで行きましょ」
「えー、僕を発奮させる為にワザと言ってたんじゃないの?」
「だってパパンより、竹花ちゃんのほうがすごいんだもん」
「ママン! 何を言ってんだよ?」
「嘘よ、嘘。ジョークよ。一流のアメリカンジョークよ」
 こんなの日本語が分かるアメリカ人が聞いたら本当に怒るぞ。それにまったくジョークに聞こえなかった……。

 僕の晴れ舞台がやってきた。時計を見ると朝八時だった。隣で寝ているママンを起こしに行くといなかった。下からジュージューと音がして、いい匂いが漂っている。
 階段を降りると珍しくママンが厨房に立って料理をしていた。昨日言っていた仕込みをしているのだろう。
「おはよう、ママン」
「あなた、遅いわね~」
「だって朝弱いんだもん」
「私なんか朝五時からここにいるのに…。まあいいわ。今日のメニューは、究極ハンバーグと、究極パスタ。それに究極鳥唐揚げよ。あなたは手書きでいいから、それを紙に書いて店に貼っておきなさい」
「分かった。でも何ですべての料理に『究極』って名前がついているの?」
「そんなのママンがつくる料理だから当たり前でしょ」
「……」
「早くメニューを書きなさい。ちゃんと究極もつけるのよ?」
「わ、分かったよ……」
 僕はカレンダーを破り、その裏に『究極ハンバーグ』『究極パスタ』『究極鳥唐揚げ』と出来る限り奇麗な字で書いた。
「できたよ、ママン」
「そう。じゃあ、あんたはそこで私の料理を作る手際をじっくり見てなさい。あとで原稿用紙十枚程度の感想文を書いて提出してもらうわ」
「何でそんな事をしなきゃいけないんだよ?」
「あなたの甘さを断ち切る為よ、お分かり?」
「全然分からないよ。これから僕一人で店の客の相手をしながら、料理も出すようなんだから勘弁してよ」
「う~ん、それもそうね。ぶっちゃけあんたが感想文を真面目に書いても、読むの面倒だししなくていいわ」
 だったらはなっから言わなきゃいいのに……。
 偉そうな事を言うママンの料理は言うだけあって、とても素晴らしかった。
 まずハンバーグだが、挽肉を練る作業だけで二時間掛けて練っている。ママン曰く、挽肉というのはまだあの状態でも生きていて、肉の叫び声が聞こえなくなるまで練り潰すのに、二時間は最低でも掛かるらしい。
 次にパスタ。これはミートローフという肉の塊のアメリカの田舎料理があるが、それをオーブンで焼く際、大量の肉汁が出る。その肉汁をトマトソースの中に入れ、一気に煮込む贅沢さ。ママンの料理はとても凝っていた。なお、ミートローフは今晩の僕とママンのおかずにするらしい。
 鳥の唐揚げは、ささみを使うみたいだ。ささみを包丁で細かく刻み、挽肉状態にする。それに白菜、玉ねぎ、キャベツ、すりゴマなどを入れ、よく混ぜ合わせる。一気に油で揚げれば完成だ。
 ママンは伊達に『究極』という文字をつけていない。どの料理も素晴らしい出来具合だった。
 ハンバーグを焼く際のコツや注意点を聞き、僕は一度試しに作ってみる。
 最初フライパンに油を引き、強火でハンバーグの両面を焼く。両サイドがいい感じで焦げてきたら、すぐ取り出す。そのあとアルミホイルで包み、オーブンで十分焼くのだ。ママンはハンバーグを三十人分、パスタを五十人分、唐揚げを四十人分作り置きしてくれていた。
 パスタを途中まで軽く茹でておき、冷蔵庫へしまって置いてくれた。客の注文が入ったら、沸騰したお湯で三分ほど茹でればちょうどいいアルデンデ状態になるらしい。
 味見をしようとしたら、ママンが「このハンバーグは私のお昼にするわ」と二階へ持って行ってしまう。
「ご飯も炊いてあるし、味噌汁も作ってあるから、あとは努、あなた一人で頑張りなさいよ。大丈夫ね?」
「うん、僕やってみるよ!」
 一世一代の大勝負だ。僕はこの試練を絶対に乗り越えてやると、固く心の中で誓った。

 お昼になり、お店のオープンの時間がやってきた。
 最初に来た客は常連である竹花さんだった。パパンの昔からの悪友であり、この二人が組むユニット名は『肥溜めブラザース』と呼ばれる。
「ん、何だ? 今日は努ちゃん一人かい? マスターはどうした?」
 この人にはパパンが入院したと、教えないほうがいいだろう。ママンにちょっかい出す可能性がある……。
「あ、ちょっと今日は用があるみたいで、僕一人で頑張ります」
「え、だって努ちゃん、料理なんて作れるのかよ?」
「伊達に料理屋の息子じゃないですよ。まあパパンみたいに、あんな品数は無理ですけどね…。あ、そこの壁に貼っているメニューを見て下さい。飲み物以外その中からどうぞ」
「ほう、何々…。究極ハンバーグ定食が千円。究極パスタが八百円。究極鳥唐揚げ定食が九百円か。目玉焼きセットが五百円…。ん、何で目玉焼きだけ『セット』って書いてあるの? 変じゃない?」
「いいんですよ。男は細かい事を気にしないほうが格好いいですよ」
「まあ、そりゃそうだけどさ…。じゃあ、ビールとハンバーグ単品でちょうだい」
「へ、へい。ハ、ハンバーグ一丁!」
「あ、ちょっと待って。ハンバーグ定食って書いてあるけどさ。単品だといくらになるんだい?」
 え、そんなの決めてなかったぞ? どうしよう……。
「え、え~とですね…。せ、千百円です」
「ちょっと、何で単品のほうが高くなるんだよ?」
「あ、じゃあ千円でいいです」
「何で同じ値段なんだよ?」
「じゃあ、九百円で……」
「まったく頼むよー。でも、百円しか安くならないのか」
「へ、へい!」
「ま、先にビールちょうだいよ」
「へ、へい」
 僕は竹花さんにビールを出すと、火をつけフライパンに油を垂らす。冷蔵庫からママンの作ったハンバーグを取り出すと、一気に放り込んだ。
 両面がしっかり焼けるまで焼いてと……。
 うん、なかなかいい感じだ。僕だってやればできるんだ。
 両面を焼いたハンバーグをアルミホイルに包み、オーブンに入れる。二百五十度の温度で十分間と……。
 作り置きしてあるデミグラスソースを上に掛け、僕はスイッチを押した。
「ほう、なかなか手際いいじゃないか」
「えへへ」
「こりゃ、マスターも頼もしい跡取りができたって喜ぶな」
「……!」
 そうか。しまった。僕は一刻も早くここから抜け出したかったのに、自分で墓穴を掘ってしまったのだ。まあ、パパンが入院という事態だからしょうがないか。
 十分が過ぎ、僕は真っ白なお皿にハンバーグを盛り付ける。いい感じでグツグツとソースも煮えていた。付け合せのポテトといんげんを添えて、竹花さんに持っていく。
「おお、こりゃあうまそうだ。早速いただくよ」
 竹花さんが箸でハンバーグを二つに割ると、中からドロリと大量のチーズと肉汁が出てくる。ママン、こんな仕掛けまでしてあったとは……。
「すげぇっ! 努ちゃん、あんた、料理の天才だよ。達人だよ。どれどれ味は……」
 妙に興奮している竹花さん。別に僕が作った訳じゃないから、偉そうにはできない。
「うまーいっ! トレビア~ン……」
 竹花さんは、一気にハンバーグを食べてしまった。
「そ、そんなうまかったですか?」
「ベリーグー!」
「良かったぁ……」
 なるほど、僕はパパンがこの小汚い定食屋にこだわる理由が、一つだけ分かったような気がした。

 僕が店を一人で任された初日。こういう日に限って客がたくさん来るかと思っていたが、まばらに来てくれたので助かる。
 うん、運の良さはまだまだ健在だ。
 竹花さんは珍しくビールを三杯しか飲まず、おとなしく帰っていく。パパンがいないと寂しいのだろうか。帰っていく後ろ姿は、まさに人生の負け犬という感じがした。
 来る客来る客、始めは品数の少なさに不満の声を上げたが、料理を食べると満足そうな笑顔を浮かべ帰っていった。
「あら、今日は何? あんたが料理を作る訳?」
 入口に『月の石』のママであるパイナポーが立っていた。
「え、ええ……」
「大丈夫なの?」
「ママの好きなパスタ料理もありますよ」
「ふん、それはナポリ好きの私に対する挑戦状と受け取っていいのかしら?」
「え、ええ…。お好きにどうぞ」
「ふむふむ、『究極パスタ』って名前なのね。じゃあ、これお一つ。あ、あとね。もうちょっとしたら麗華ちゃんもここに来るから」
「え、れっこさん来るんですか?」
「馬鹿! 本名を言うんじゃないよ、この小坊主が」
「ふ、小坊主かどうかは、料理を食べてから言って下さいよ、ふふふ……」
 いつもよりどこか余裕のある僕。今日の体験で一皮剥けた証拠だろう。
「ふん、楽しみだね~。あ、麗華ちゃんが来たよ。お~い、麗華ちゃ~ん、こっちこっち」
「ママ、ちょっと遅れちゃってごめんね~。あれ、どうしたの努君?」
「この小坊主は、ここの店の小せがれなんだよ」
「へー、ちょっとビックリ。努君、料理なんてできんの?」
「ふ、何を笑止な…。できるからこそ、この厨房に立っているんじゃないですか」
「へえ、じゃあね…。私は『究極鳥唐揚げ』をもらおうかな? あ、ご飯は半分でいいからね」
「かしこまりました」
 僕はママンの言うマニュアル通りに料理を作った。料理中、また客が入ってくる。今度は僕よりちょっと年上の男二人組だ。ゴリラみたいな顔をした男と妙にガタイのいい男のコンビだった。
「へい、らっしゃい。空いている席、お好きにお座り下さい」
 二人組は軽くおじぎすると、カウンター席の一番端へ座った。
「あ、お兄さん」
 ゴリラ顔の男は、汚らしいダミ声で僕を呼ぶ。
「へ、へい、何でしょう」
「とりあえず、ビールもらえる?」
「何だよ、ゴッホ。おまえ、こんな昼間から飲むのかよ?」
「別にいいじゃねえかよ、神威。おまえはいつも細けえなあ」
「あの~、ビールはお一つでいいでしょうか?」
「あ、俺は飲まないから一つだけで」
「かしこまりました」
 神威と呼ばれた男には水をゴッホと呼ばれる男にはビールを出す。再び厨房へ戻り、料理を開始した。
 究極パスタと究極鳥唐揚げ定食ができると、パイナポーの席へ持っていく。
「できたのね。さっきはあんな偉そうな感じで自信たっぷりに言ってたんだから、まずかったら覚悟をおし」
「わあ、おいしそう。努君って料理うまいんだね~」
 二人は料理を食べだした。
「う、うま~い。こ、こ、これってイタリア~ンじゃないの。小坊主、あんた、またうちでタダ働きしな。使ってやるから」
「冗談じゃないですよ。何でわざわざタダ働きしなきゃいけないんですか?」
「うちの店でもこのパスタ出してほしいからよ。何なら給料出してもいいわよ?」
「いくらですか?」
「う~ん、そうね……。ご、五百五十円?」
「嫌ですよー! まったく」
 横で髪をかきわけながら唐揚げを上品に食べるれっこ。彼女はパイナポーの会話などまるで聞いていないようだった。
「あら、とてもおいしいわ、この唐揚げ。努君、すごいのね~」
「えへへ…。あ、れっこさんにビールでもサービスしますよ」
「え、ほんと? 嬉しいな」
「ちょっと私のは?」
「ああ…、ママには水を氷つきでサービスしときます」
 僕がれっこのビールを注ぎに行くと、パイナポーは背後から醜い罵声を浴びせていた。

 新顔の男二人組は、ハンバーグと唐揚げを頼んだ。パイナポーはよほどパスタが気に入ったのか、空になった皿を両手で持ち、ベロベロ舌で舐め回していた。
「ママー、ちょっと恥ずかしいから止めてよー」
 さすがにれっこは迷惑そうだ。
「馬鹿、止めんじゃないよ。こんなうまいもん残したら、罰が当たるよ」
「だからってお皿まで舐めなくても……」
「ふん、麗華ちゃんは黙ってな。ああ、イタリア~ン……」
 僕は気にせず、また厨房へ向かう。二人の料理を作り終え、席まで運ぶと椅子に腰掛け少しゆっくりした。
「お、うめえ、このハンバーグ! 男のロマンだぜ。ちょっと食ってみ、ゴッホ」
「おい、神威。そんな事よりよ。あの子いるじゃん」
 自然と耳に二人組の会話が聞こえてくる。あの子とは、多分れっこを指しているのだろう。今、店内に女性はれっことパイナポーしかいないのだから。
「どれどれ……」
 神威と呼ばれた男がさり気なくれっこのほうを見た。
「おお、美人だな。で、どうした?」
 小声で話しているが、厨房にいる僕には丸聞こえである。
「いや~、さっきからこっちをチラチラ見ているんだよ」
「ふ~ん、で?」
「いや~、ひょっとして俺に気があんじゃねえかなと思ってさ……」
 ふざけやがって…。今すぐ加熱したフライパンでゴッホと呼ばれた男の頭を引っ叩いてやりたかった。れっこがおまえみたいなゴリラ顔を気に入る訳ないだろが……。
 すると、連れの神威という男は「そうだよ、きっとそうだよ」ととんでもない炊きつけ方をしてきた。
「そうかなあ~」と照れるゴッホ。
「きっとそうだって。店出たら言っちゃえよ」と神威。
 本当にどうしょうもない二人組である。こんな小汚い定食屋でナンパなどしようとしくさって……。
 しばらくしてパイナポーたちが帰ろうとすると、ゴッホは立ち上がり入口でれっこへ声を掛けだした。迷惑そうなれっこの表情。僕が止めに行こうとすると、れっこは自分の口で「ごめんなさい、私結婚してますので」と冷たくあしらい、店を出ていった。
 カウンター席ではゴッホのふられた様子を見て、神威が笑い転げている。この男もロクなもんじゃないな。
 意気消沈したまま帰るゴッホの背中を見て、ああはなりたくないと思った。

 ドアが勢いよく開く。
 もの凄いボインの女が入ってきた。あれあれ、ひょっとして僕にも春がやってきたかな?
「へい、らっしゃいっ!」
 僕は大声で気合いを入れ、ボインちゃんを出迎える。
「あれ、誰も客がいない。大丈夫かな、この店……」
「だ、大丈夫ですよ。今さっき客が途切れただけですから」
 僕の視線はボインに釘付けだった。逃がしてたまるか。
「そう、じゃあ入ろうっと」
「えへへ、ビールか何かサービスしときますよ」
 両手を擦り合わせ、ボインちゃんの機嫌を取る僕。
「ほんと? ラッキー。あ、連れ呼んでくるから、とりあえずビール二杯用意しといて」
 そう言ってボインちゃんは店を出ていった。
 連れ……?
 誰なんだ? 男か? それとも同じぐらいでかいボインの女性か?
 再びドアが開き、真っ白いコートを着た男が姿を現した。一見、普通のサラリーマンぽく見えるが、普通のサラリーマンはこんな派手なコートなど着やしない。
「鳴戸さ~ん、ビールをサービスしてくれるって」
 すぐ後ろから先ほどのボインちゃんも来た。連れってこの男の事だったのか……。
「また貴子が、色目でも使ったんじゃないんですか?」
 妙に甲高い声を白コートの男は出していた。それにしても何でこの人、敬語で喋るんだろうか?
「嫌だな~、そんな事する訳ないじゃーん。こんなガキに」
 美人でボインで見掛けは最高なのに、何て酷い言い方をする女なんだ……。
「まあ、ビールでも飲みながら食べ物を注文しましょう」
「は~い、ねえねえ、鳴戸さん。向かいじゃなく横に座っていい?」
「止めなさいよ。公共の場なんだから」
「何だ、ちぇ」
 僕はこんな熱々カップルに、店のビールを二杯もタダでご馳走してしまうのか……。
 まあ言ってしまったものはしょうがない。仕方なく僕はビールを二人に出した。
「あれ、メニューって四つしかないの? お刺身は?」
「え、あのですね…。今日はこの四品の中からお願いします」
「信じらんないわ、この店。鳴戸さん、もっといい店行きましょうよ」
「そうですねー」
 え、ひょっとしてこの二人、ビールだけタダ飲みか?
「ちょ、ちょっと待って下さいよ」
 僕は男の前に立ち、懸命に笑顔で優しく言った。
「ちょ、ちょっとあんたさ、この人が誰だか分かって言っているの?」
 ボインちゃんが、横から口を挟んでくる。
「え、誰とは一体……」
「私の名前は新道貴子」
「い、いや、あのですね。あなたの名前を聞いた訳じゃなく……」
「私の事でしょうか?」
 白コートの男が僕に近づいてくる。
「ええ……」
「何か用でしょうか?」
「いえ、うちの料理、四つしかありませんが、頬っぺたが落ちるぐらいおいしいんで……」
「ん、今あなた、頬っぺたが落ちるって言いましたね?」
「え、いや、それはそのぐらいおいしいって事をですね……」
「あのですねー。私はそんな事を聞いているんじゃないんですよー」
 何だ、この男は…。一気に声のトーンが上がっている。それに怒鳴っているのに、何で敬語なんだろう? どちらにしても僕、もの凄く怖い…。とりあえず謝っておこう。
「す、すみません……」
「はあ? いつ私が謝れなんて言いましたかー? 私は頬っぺたが落ちるんですかーって、さっきから聞いているんですよー」
「すみません、すみません……。頬っぺたなんて落ちません。僕が悪かったです。お代はいりませんので、勘弁して下さい……」
「まったくしょうがないですねー」
「鳴戸さん、こんなガキ放っといて、早くいいところ行こ」
「まったく失礼な店ですねー、ほんと」
 カップルは、好き勝手な事を言いながら一銭も払わず店をあとにした。パパンの大変さが、少しだけ身に沁みて分かったような気がした。

 そろそろ八時か……。
 僕はのれんをしまおうと外へ出ると、二人組の男に声を掛けられた。
「す、すみません。も、もう終わりですか? ぼ、僕たちお腹すごい減っちゃってて」
「あ、別にいいですよ。入りますか?」
「あ、ありがとうございます。ほら、よ、よっ君いいってさ」
 さっきからこの男、何をどもりながら話しているのだろう。もっと落ち着いて話せばいいのに……。
「勝男、おまえは何でいつもそんな腰が低いんだよ。俺たちは客なんだぜ? おい、兄ちゃん、まだいいんだろ?」
 何だ? この妙に偉そうな男は……。
「は、はあ、どうぞ……」
 昼に来た男二人組とは、また違った感じの凸凹コンビだな。見た感じ年は僕より年上だと分かる。
「さて、何を食うか。おい、兄ちゃん、早く水持ってきてよ」
「へ、へい」
 この客で今日は最後か。それにしてもママンは素直にすごいと思った。ハンバーグを三十人分。パスタを五十人分。唐揚げを四十人分作り置きしていたけど、数量がピッタリなのだ。今の残りはハンバーグが二つ。パスタ三人分。唐揚げ四人分だけしか残っていない。不思議と僕の唯一の料理である『目玉焼きセット』は一人も食べてくれなかった……。
「あの、四品しかメニューないんですけど、何に致しますか?」
「ぼ、僕は、ハ、ハンバーグ定食で」
「う~ん、俺はパスタと目玉焼きセットちょうだい」
 あ、初めて僕のオリジナル料理『目玉焼きセット』を頼む客がいた。案外この人、いい人なのかもしれないな。
「え、よ、よっ君二つも食べるの?」
「どうせ勝男の奢りじゃねえか。なら腹一杯詰め込むまでさ」
 前言撤回…。やっぱりこの男、タダのクズだ。ムッシュー石川並みに酷い男だ。
「べ、別にいいけど、も、もったいないから残さないでよ?」
「おまえもグチグチとうるさいなあ~。必殺技出しちゃうよ?」
「わ、分かったよ…。す、好きなの食べなよ」
「最初から素直にそう言えばいいんだよ、まったくよ。この高給取りが、ちくしょったれめ。グチグチ抜かしおって」
 勝男と呼ばれる男が何だか可哀相に思えた。それにしても、こんな傍若無人な奴とよく一緒に飯など食べる気になったものだ。
「じゃあ、ハンバーグ定食と、目玉焼きセットと、究極パスタでいいですね?」
「ああ、そうだって言ってんだろ。とっとと作って持ってきやがれ」
「へ、へい……」
 まったく何て言い草だろう。よし、決めた。この男の目玉焼きには、僕の『聖なる唾』を垂らしてやろうじゃないか。

 僕が料理をしている間、二人は「仕事をいつになったら紹介するんだよ?」「い、いや、も、もうちょっと待ってよ」などのやり取りをしている。
 何だこの偉そうな男、無職なのか。僕より社会的地位の低い男め。僕はフライパンに卵を二つ落としたあと、二人から見えないよう『聖なる唾』をそっと垂らした。
 ジュッと音を立てて弾け飛ぶ『聖なる唾』。ザマーミロ、あのえばりん坊め。
 料理を作り終わり、席まで運ぶ。
「お待たせしました。目玉焼きセットにハンバーグ、それと最強パスタです」
「おせーんだよ。とっとと置け」
 えばりん坊が、箸をテーブルにパシパシ叩きながら不機嫌そうに言った。そんな時間掛かってないだろうが……。
「よっ君…、す、すみません。く、口が悪くて……」
「いえいえ、問題ないですよ。さ、暖かい内にどうぞ」
 連れの勝男って人は、本当にいい人そうだ。好感が持てる。
「おい、勝男。おまえ、目玉焼きに何を掛ける?」
「ん、ぼ、僕はね。ソ、ソースかな?」
「だろ? やっぱそうだよな、あれ……」
 えばりん坊はソースを目玉焼きに掛けた瞬間、動きを止めた。ヤバい、ひょっとして『聖なる唾』が入っているのが分かったのか? いや、そんなはずないだろう……。
「ど、どうかしましたか?」
「何じゃ、こりゃ~! ウスターソースじゃねえかよ」
「え、ええ、うちのソースはウスターですが……」
「何で中濃ソースがないんじゃ?」
 興奮して席を立つえばりん坊。
「や、止めなよ、よっ君」
 勝男が止めに入るが、えばりん坊は僕を睨みつけている。だいたいその程度で何故文句を言われなきゃいけないんだ? しばらく僕一人でこの店をやらなきゃいけない。ここは舐められてたまるかってんだ。
「べ、別に五百円しか取っていないんだから、ソースの種類ぐらいでガタガタ言わないで下さいよ」
「テメー、ゴチャゴチャとうるせんだ、このヤロ!」
「ウギャー!」
 何て信じられない行為をしやがるんだ。えばりん坊は、僕の腿目掛けていきなり膝蹴りをぶち込んできた。不意の一撃に僕は足を押さえながら、床を転がってしまう。
「ヤ、ヤバいよ、よっ君…。に、逃げよう」
「待て、これ食ってからだ」
 人に膝蹴りを喰らえといて、えばりん坊は手づかみでハンバーグを掴み口へ放り込んだ。そしてダッシュで店から逃げていった。
 僕は痛さで追い駆ける事ができず、悔しさで目に涙が滲んだ。

 本当に酷い一日だったな……。
 足の痛みが引くのを待ち、僕は店を閉める。その時になってようやくママンが下へ降りてきた。
「どう、色々と一人でやるって大変だったでしょ?」
「う、うん…。パパンの大変さが少し分かった気がするよ……」
「パパンが戻ってくるまで出来高制を導入するわ」
「で、出来高制導入?」
「そう。つまりあなたの腕一つで今この店は経営が成り立っている訳でしょ?」
「まあ、そうだけど…。でも、ママンがいなければ……」
「うん、だからこれから売上チェックタイムよ。客が払っていったお金を全部渡して」
「うん」
 僕は今日の売上、九万九千円を渡した。ママンは冷蔵庫の在庫をチェックしてから、電卓を叩き出す。
「おかしいわね……」
「え、何が?」
「ハンバーグは残り一つ。パスタ二名分。唐揚げ四名分…って事は、二万九千の三万八千四百の三万二千四百円で、ビールは全部で六杯出ているから、六掛ける五百で三千円…。合わせると、十万飛んで二千八百円。努が渡した金額は、九万九千円。三千八百円も計算上足りないわ」
 何でだ? あ、そうか…。まず今の二人組に逃げられたの分。ハンバーグ千円の目玉焼き五百円、それにパスタが八百円だから、しめて二千三百円分の食い逃げ。
 それに『月の石』のれっこにビールをご馳走したから五百円。あ、さっきの怖い白コートのカップルにビールだけタダ飲みされたから、千円。ビールだけで千五百円。
 僕はママンに内訳を詳しく話した。
「言い分はよく分かったわ。でもね、私は努を経営者として話をしている訳ね。その辺はお分かり?」
 それにしてもママンは何でこんな計算が速いのだろう。不思議だ。
「う、うん……」
「まず売上の九万九千の内、材料費で半分取るから、四万五千円でいいわ。で、残り四万五千円でしょ?」
「うん」
 ひょっとして、そんな大金を僕にくれるのだろうか?
「それから店の家賃や維持費で三万五千ね」
「そ、そうだね……」
 残り一万円。しかしそれでも今までの月十万足らずの給料に比べたら御の字だ。週に一日休みでも、このペースで頑張れば月に二十五万ぐらいになる。パパン、もっと入院が長引いてくれないかな……。
「でね、この一万が努の取り分なんだけど」
「やったあ!」
「おっとまだ早いわ。まず店のものをちょろまかした分を引くわ。三千八百円引くから、六千二百円。そして無断で使った罰金があるから、マイナス五千円…。しめて千二百円があなたの取り分よ、ほら」
「『ほら』じゃないよ! 何で丸一日働いて、千二百円しかもらえないんだよ?」
「それは今ちゃんと何故かを言ったでしょ?」
「それにしても千二百円なんてあんまりだ!」
 僕は目に涙を溜めながら必死に抗議をした。
「甘えるんじゃないの。あなたは今、経営者なのよ? それが嫌ならちゃんと客から代金を取りなさい。それは正当な報酬なんですから」
 そう言ってママンは千二百円だけ渡し、二階へ上がっていった。


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