お話

日々思いついた「お話」を思いついたまま書く

ジェシルと赤いゲート 64

2024年08月10日 | マスケード博士

「誰がどう関与しているのかは、戻らなければ分からないわ」ジェシルは忌々しそうな表情になる。「でも、どうやって戻れば良いのかしらねぇ……」
「そうだねぇ……」ジャンセンはため息をつく。「ここにあるのは出口専用のゲートだしねぇ……」
「ジェシルじゃないけど」マーベラが言う。「出入りできるゲートがどこかにないかしら」
 三人はそれぞれ腕組みをし、考え込んでいる。爽やかな風が三人の間を吹き抜ける。
「……あら、トラン?」マーベラが、ゲートの方へ歩き出したトランに声をかける。「どこへ行くの?」
「実はね」トランがマーベラに振り返る。「ぼくもジャンセンさんが肩掛けしている様な鞄を持ってここに来たんだけど、持ち運びが大変そうだからゲートの脇に隠しておいていたんだ」
「そうだったんだ……」マーベラが言う。「言われてみれば、いつもの鞄を肩掛けしていないわね……」
「なんだい、言われなきゃ、気がつかなかったのかい?」ジャンセンが呆れ顔をマーベラに向ける。「弟君をもっと大事にしなきゃだよ」
「いえ、ジャンセンさん」トランは慌てて言う。「姉さんがデスゴンに憑かれて大変だったから、足手纏いにならないように隠しておいたんです」
「トラン君!」ジャンセンが感心したように言う。「決してマーベラを悪者にしないなんて、何て君は姉思いなんだね! ……ジェシルも見習ってもらえると嬉しいんだがねぇ」
「なによ!」ジェシルはむっとした顔をジャンセンに向ける。「わたしに従兄弟思いになれって言うの? そっくりそのままあなたに返すわ、あなたこそ従姉妹思いになるべきだわ!」
 ジェシルとジャンセンのやり取りに呆れた顔をしていたトランだったが、ゲートの右脇の雑草群の前にしゃがみ込んで、中から茶色の鞄を取り出した。作りはジャンセンのと同じだ。……考古学をやる男性って皆この手の鞄なのかしら。ジェシルは、まだ見た事の無い男性考古学者が全員、色違いでこの鞄をたすき掛けして横一列にずらっと並んだ様子を思い浮かべていた。
「おや、ぼくのと同じ鞄じゃないか」ジャンセンは驚いて、自分の黒い鞄を軽く叩いた。「色は違うけど……」
「そうですね……」トランは照れくさそうに笑む。「若い考古学者たちの憧れのジャンセンさんと同じ鞄を持つのは、一つのステータスなんです……」
 ジェシルは、まだ見た事の無い男性考古学者が全員、色違いでこの鞄をたすき掛けして横一列にずらっと並び、にやにやしている様子を思い浮かべ、思わず身を震わせていた。
「そうなんだ……」ジャンセンは良く分からないと言う表情だ。「まあ、確かに丈夫だし、色々と詰め込めるし、便利な鞄だよ。ぼくはこれで五代目になるかな?」
「それで、トラン」マーベラが怪訝な顔で言う。「どうして今、鞄の事なんか持ち出しているのよ?」
「ぼくは鞄に日記……とは言ってもメモ帳なんだけど……を入れているんだ」
「じゃあ、ここでの出来事を書き記すつもりなの?」マーベラが呆れた顔をする。「いまどうやって戻ろうかって悩んでいる最中に、呑気に日記を書くわけ?」
「そうじゃないよ、姉さん」トランはにやりと笑って見せた。「ちょっと、ね……」
「トラン、その顔……」マーベラが言い、同じようににやりと笑う。「何か思いついた様ね……」 
 ……意地悪そうな感じがそっくりだわ、姉弟って変な所が似るのかしらね、何だかイヤだわ。独りっ子のジェシルはうんざりする。
「何を思いついたんだい?」ジェシルの思いなど関係なく、ジャンセンが訊く。「手伝える事があるのなら、ぼくもジェシルも協力するよ。なあ、ジェシル?」
 いきなり協力者にされて不満だったが、今はそんな事は言っていられない。ジェシルはうなずいた。
「それでですね……」トランは、ジャンセンの眼差しに少し照れたように下を向く。「数か月前なんですが、ペトラン宙域での大掛かりな発掘調査があったんです。……ぼくたちは別の宙域での発掘調査を命じられていたので参加できませんでした」
 トランは言うと、提げている鞄のかぶせをめくり、中から手帳を取り出した。日記を書いている手帳なのだろう。トランは手帳をぱらぱらとめくり始める。しばらくしてその手が止まり、開いているページを皆に向けた。
「ぼくは興味があったので、発掘調査の様子を書いておいたんです」トランは言うと、日記に目を落とす。「……発掘現場の総責任者はマスケード博士になっています。それで、調べた惑星ですが…… ダリン星、オキジェライ星、マシシャーラ星、……そして、ベランデューヌ星……」
「ベランデューヌ!」マーベラが声を上げる。「それって、ここじゃないの?」
「ぼくもそう思う」ジャンセンが大きくうなずく。「のちにダームフェリアを吸収合併して一つになったんだね。まあ、その兆しは今見えているけどさ」
「その兆しって、わたしとマーベラの争いが切っ掛けってこと?」ジェシルが驚いたように言う。「だとしたら、わたしたち歴史を変えちゃったのかしら?」
「どうかなぁ」ジャンセンはのんびりした口調で答える。「争った後に言ったけど、ここの人たちには、あくまでもアーロンテイシアとデスゴンとの闘いだった。二人の神が闘い、そして和解した。だからベランデューヌとダームフェリアの民たちも和解した。そして、この事は神話として、伝説として、語り継がれた。その過程でベランデューヌに統一されたんだろうね。歴史を変えたんじゃなくて、歴史の流れを作ったのさ」
「でも、わたしたちが関わったのよ?」ジェシルは首をかしげる。「やっぱり、歴史を変えたって考える方が……」
「ジェシル……」ジャンセンはジェシルの肩に手を置く。思いのほか大きくて温かいとジェシルは思った。「まあ、なってしまったものは受け入れるしかないんだよ。今さら変えられないじゃないか」
「そう言うものなのかしら……?」
 ジェシルは不満そうだった。
「ジャンセンさん」トランが言う。「今さら変えられないのは、結果が出てしまった歴史です」
「まあ、そうは言えるだろうが……」ジャンセンはうなずき、はっとする。「まさか、トラン君! 君は……」
「そうです」トランはまたにやりと笑う。「結果を変えてやるんですよ」  

 

つづく


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