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ジェシルと赤いゲート 9

2023年01月28日 | ジェシルと赤いゲート 
「え? 何? 何の音なの!」
 ジェシルが叫んで、ジャンセンの顔を見る。
「何って……」ジャンセンは戸惑う。「何だろう?」
「普通は男の人が何事かを見に行くもんじゃないの!」ジェシルは語気を強める。「それを『何だろう?』って! 本当に役に立たないわね!」
「だって、部屋から出て行けって……」
「それは、わたしが着替えるからでしょ!」
「散々下着姿を見せておきながら、そんな事言うんだって、鼻で笑っちゃって、同時に呆れたけどな」
「あなたって、常識が無いの? 全部着替えるから出て行けって行ったんじゃない!」
「え? 全部? ……」
「あああっ! もういい!」
 ジェシルは、考え込んでいるジャンセンに怒鳴ると、部屋へと駈け戻った。
 扉を開け、部屋に入る。扉は自然と閉じて行く。その様をジャンセンは玄関ホールで見ていた。
「……ちょっと、これ、何なのよう!」
 扉越しにジェシルの叫びが聞こえた。ジャンセンは手にした燭台を鞄に入れて、部屋へと向かう。
 扉を開けて最初に目についたのは、両腕を力無くだらりと下げ、呆然と立っているジェシルの後ろ姿だった。ジェシルはジャンセンの気配に気がついたようで、ジャンセンに振り返った。怒りに満ちたまなざしに、ジャンセンはひるむ。
「あなたよ! あなたのせいだわ!」
 ジェシルはジャンセンを睨み付けながら、右手で室内を指差した。
 ジャンセンは指し示された方に顔を向けた。ただ、目の前にいるジェシルが邪魔で室内が見えない。ジャンセンは一歩脇へずれて室内を見た。
 部屋の中央にあったジェシルの机が引き出し側を下にして倒れていた。机の上にあった品々が床に散らばっている。中には壊れたものもある。机が倒れたのは、床板の一部が、蝶番の付いた蓋を開けた時のように開いていたからだった。机が置いてあった場所を中心に大きく開いている。
「……うわぁ…… これは……」
 ジャンセンが驚きの声を上げる。
「でしょう? これってあなたのせいよ!」ジェシルはジャンセンを睨み付ける。が、ジャンセンはよろよろと歩きだした。「……ちょっと! まだ文句が言い足りないわ!」
 ジャンセンはジェシルを無視し、開いた床へと進み、開いた床の前に立つ。
「ジェシル!」ジャンセンは開いた床を見ながら大きな声を出した。「これだ! これだよ!」
「何を言ってるのか分かんないわよう!」ジェシルもジャンセンに負けない大きな声を出す。「それよりも、この机、どうしてくれるのよう! あなたがわたしに馬鹿な事をさせた精だわ!」
「何を言ってんだ?」ジャンセンはきょとんとした顔で、息巻いているジェシルを見る。「そんな事よりも、ほら、これがそうなんだよ!」
「そんな事って……」怒鳴ろうとしたジェシルは、ふと思い直す。「……これがそうって……?」
「そうだよ」ジャンセンが大きくうなずく。「地下への入り口だよ。ぼくは壁の燭台を操作するから、てっきり壁に仕掛けがあると思っていたんだけど、……そうかぁ、床だったのかぁ!」
「あなたねぇ……」
 文句を言おうとしたジェシルだったが、子供の頃に大発見をしたと自慢してきた時のように(大抵はつまらない誰もが知っていそうな事ばかりだったが)、にこにこし、きらきらした瞳のジャンセンを見ると、そんな気がいっぺんに失せてしまった。……基本、ジャンは子供のままなのね。ジェシルは諦めのため息をついた。
 ジャンセンは開いた床を指差し、ジェシルに笑顔を向ける。
「ジェシル、階段だ! 階段があるぞ! いかにも、降りて下さいって感じで階段があるぞ!」
 ジャンセンは言うと開いた穴に一歩踏み入れた。
「ジャン! 止まって!」
 ジェシルの鋭い言葉にジャンセンの足が止まった。
「何だよ? ……そうか、直系としてはぼくなんかに先に踏み込まれるのが嫌だってわけか」
「そうじゃないわ」ジャンセンの精一杯の皮肉を、ジェシルは軽く流す。「未知の場所でしょ? 注意しないと」
「注意、だって?」
「そうよ。こうやって『さあどうぞ』って感じのものって、何かと罠が仕掛けられているものなのよ」
 ジェシルは言うと、ジャンセンの隣に立った。そしてしゃがみ込んで様子をうかがう。
 二人の大人が並んで入れそうに床が大きく開いていて、やや狭い階段が続いている。しかし、光が届いていない途中から階段が見えなくなっている。
「……狭い階段で、しかも途中からは見えないってなると、踏み外して転げ落ちそうね……」ジェシルはつぶやく。「……それに、入り口があまりにも無防備だわ……」
「でもさ、これを目の前にして動かないなんて……」
「ねえ、ジャン……」ジェシルは今にも階段を駈け下りようとしているジャンセンの腕をつかんだ。「ご先祖はここに踏み入ってほしいって思う?」
「どう言う事だい?」
「言った通りよ。わたしたちのご先祖よ? 素直なわけないじゃない? しかも、こんな面倒くさい仕掛けを作っているのよ? 疑ってかかるべきだわ」
「でも、入り口は開いたんだ。ぼくたちの勝ちだよ」
「これも仕掛けの一環だったら、危険極まりないわ」
「……じゃあ、どうするんだよ」ジャンセンが不満そうに口を尖らせる。「この中には貴重な資料がわんさかとあるはずなんだ」
「ちょっと待ってて……」
 ジェシルは床に転がった縁の欠けた白い陶器の花瓶を拾い上げた。元々は机に乗せていたものだが、机が倒れた時に割れてしまったようだ。
「……これ、お気に入りだったんだけどなぁ……」
 ジェシルは言うと、花瓶を横倒しにして階段の上に転がした。途端に左右の壁から細長い金属製の槍が幾本も勢い良く飛び出してきた。花瓶は粉砕されてしまった。
「うわぁ……」ジャンセンはつぶやくと床に座り込んでしまった。「なんて仕掛けだよう……」
「あなたが階段を下りて行ったら、あなたが粉砕されていたわねぇ」ジェシルは、茫然とした顔のジャンセンを見てにやりと笑った。「やっぱり、ご先祖は性格が悪いんだわ」


つづく

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