逸子の心底心配そうな顔を見たアツコも段々と不安になってきた。アツコも構えを解き、オーラを消した。
「……あなた、本当にコーイチさんの事、心配しているの?」
「当たり前じゃない! わたしのコーイチさんなのよ!」
そう言うと、逸子はその場に膝を付いて、すんすんと泣き出した。
「もし、コーイチさんに何かあったら…… コーイチさん、頼まれたら何でも引き受けちゃうし…… まさか、今頃慣れない大工仕事を手伝わされちゃってたりして…… それに、ものすごい方向音痴だから、逃げ出してうろうろしている間に元の大工の所に戻っちゃって、こっぴどく叱られて更に重労働をさせられたりして…… ああああ、どうしよう!」
逸子はわあわあ泣き出した。
「ちょっと……」
そう言いながら、困惑した表情でアツコは逸子に近付く。不意にその足が止まり、茂みの一角に鋭い視線を送った。茂みががさごそと音を立て、ナナとタケルが出て来た。
「……お前ら!」アツコはすっと構えを取る。「その顔を覚えているわ! 確か、タイムパトロール!」
「アツコ……」ナナが言う。「もう良いでしょう? コーイチさんを返してあげてよ」
「イヤよ! それに、どうしてあなたに言われなきゃいけないのよ!」
「あのさあ……」タケルが言う。「実はさ、『ブラックタイマー』は解散しちまったんだよ。だから、逃げ回る必要も、隠れる必要もないんだよ」
「え? 嘘……」アツコは呆れたように言う。「タロウが新リーダーになって大いに盛り上がるんじゃなかったの? ……それなのに、解散って……」
「そうなんだよ。どうも、タロウさんにはカリスマ性が無かったようなんだ。誰も付いて来なかったのさ」
「あんなに大人数がいたのに? タロウには女性ファンも居たのに? 誰も? 只の一人も?」
「そうなんだよ」タケルが何度もうなずく。それから茂みに向かって声をかけた。「なあ、タロウさん? もう出てきなよ」
タケルの声に茂みがまたがさごそと音を立て、タロウがのろのろと出て来た。
アツコに「ブラックタイマー」は自分が引き継ぐ、そしてさらに巨大な組織にすると自信満々に言っていたタロウの面影はそこには無く、アツコと視線を合わせることもせずに目を泳がせている。
「タロウ!」アツコの強い口調にタロウの両肩がびくっと震えた。「あなた、何をしてんのよう!」
「まあ、言いたい事も山程あるだろうけどさ……」タケルが割って入った。「タロウさんも深く反省しているんだ。……それでも、タロウさんは結果的にボクたちの目的の一つである『ブラックタイマー』解散に貢献してくれたわけだから、タイムパトロールから金一封でも贈呈したい気分だけどね」
「また! どうしてタケルはふざけた事しか言えないの!」ナナはタケルを叱る。それからアツコに向き直った。「……でもね、『ブラックタイマー』が解散した事は事実なのよ。あなた、もう一度『ブラックタイマー』を作るつもりってある?」
「……」アツコはタロウを見た。それから大きなため息をついた。「もう組織を作るなんて気はないわ。元々わたしは遊びでやってただけだしね。組織を大きくして色々としたのはタロウだったし。タロウはね、裏方に回って動いた方が力を発揮できるタイプなのよね。分不相応な事をするから、こうなったのね」
アツコは容赦なくタロウに言う。タロウは下を向いてしまった。
「タロウさん、君が好きだったけど、全然振り向いてくれなかったって言ってるぜ」タケルが言う。知らず知らずにタロウにとどめが刺さって行く。「それで、逸子さんが現われたら、逸子さんへ気持ちが動いたけど、全く相手にされなくてね」
「ふ~ん…… まあ、あっちこっちに心が動くような男は、結局はダメなのよ」アツコがとどめを刺す。「頭が良いとか、ちょっと男前とか、そんなので女心は動かないわ。どうすれば良いのか、自分で考える事ね」
「ああああああ……」
タロウは叫ぶと、茂みの中にしゃがみ込み、泣き出した。……ふん、本当ならこの場から走り去りたいくらいの屈辱なはずなのに、敢えてここで泣き叫んで同情を買おうとする、この無意識の計算高さが嫌なのよね。アツコはそう思いながら、冷たい眼差しをタロウのしゃがみ込んだ茂みに向けた。
「……ねえ……」
弱々しい声がした。逸子だった。逸子は泣き腫らした目でアツコをにらみ付けながら、ゆるゆると立ち上がった。
「コーイチさんはどこよ? どこに置き去りにしたのよ? そこへわたし連れて行きなさいよ!」
オーラはまとっていないが、上目遣いにアツコを見つめながら一歩一歩近付いてくる様は、妖気漂う雰囲気だ。その迫力に、アツコは一歩下がりかけた。
「イヤよ!」アツコは何とか踏みとどまって、負けるものかとの気迫で言い返した。「絶対にイヤ! それにね、コーイチさんはわたしと一緒に居るようになって、あなたの事なんて忘れたわ! 毎日『アツコさん、アツコさん』って言って微笑んでくれるのよ」
「……ぬあんですってぇぇぇぇ!」さっきまで弱々しかった逸子の全身から赤いオーラが噴き上がった。その激しさで逸子の全身が見えない。「コーイチさんがそんな事を言ったの? 本当に?」
逸子を覆ったオーラを通して殺気に満ちた眼差しが、オーラ以上に燃え上ってアツコを刺した。さすがのアツコも怖くなって、今さら嘘だと言えなくなってしまった。
「コーイチさん! アツコなんて馬鹿な夢から目を覚まさせてあげるわ!」逸子はアツコに向かって続ける。「アツコ! 今すぐわたしをコーイチさんの所へ連れて行くのよ!」
つづく
「……あなた、本当にコーイチさんの事、心配しているの?」
「当たり前じゃない! わたしのコーイチさんなのよ!」
そう言うと、逸子はその場に膝を付いて、すんすんと泣き出した。
「もし、コーイチさんに何かあったら…… コーイチさん、頼まれたら何でも引き受けちゃうし…… まさか、今頃慣れない大工仕事を手伝わされちゃってたりして…… それに、ものすごい方向音痴だから、逃げ出してうろうろしている間に元の大工の所に戻っちゃって、こっぴどく叱られて更に重労働をさせられたりして…… ああああ、どうしよう!」
逸子はわあわあ泣き出した。
「ちょっと……」
そう言いながら、困惑した表情でアツコは逸子に近付く。不意にその足が止まり、茂みの一角に鋭い視線を送った。茂みががさごそと音を立て、ナナとタケルが出て来た。
「……お前ら!」アツコはすっと構えを取る。「その顔を覚えているわ! 確か、タイムパトロール!」
「アツコ……」ナナが言う。「もう良いでしょう? コーイチさんを返してあげてよ」
「イヤよ! それに、どうしてあなたに言われなきゃいけないのよ!」
「あのさあ……」タケルが言う。「実はさ、『ブラックタイマー』は解散しちまったんだよ。だから、逃げ回る必要も、隠れる必要もないんだよ」
「え? 嘘……」アツコは呆れたように言う。「タロウが新リーダーになって大いに盛り上がるんじゃなかったの? ……それなのに、解散って……」
「そうなんだよ。どうも、タロウさんにはカリスマ性が無かったようなんだ。誰も付いて来なかったのさ」
「あんなに大人数がいたのに? タロウには女性ファンも居たのに? 誰も? 只の一人も?」
「そうなんだよ」タケルが何度もうなずく。それから茂みに向かって声をかけた。「なあ、タロウさん? もう出てきなよ」
タケルの声に茂みがまたがさごそと音を立て、タロウがのろのろと出て来た。
アツコに「ブラックタイマー」は自分が引き継ぐ、そしてさらに巨大な組織にすると自信満々に言っていたタロウの面影はそこには無く、アツコと視線を合わせることもせずに目を泳がせている。
「タロウ!」アツコの強い口調にタロウの両肩がびくっと震えた。「あなた、何をしてんのよう!」
「まあ、言いたい事も山程あるだろうけどさ……」タケルが割って入った。「タロウさんも深く反省しているんだ。……それでも、タロウさんは結果的にボクたちの目的の一つである『ブラックタイマー』解散に貢献してくれたわけだから、タイムパトロールから金一封でも贈呈したい気分だけどね」
「また! どうしてタケルはふざけた事しか言えないの!」ナナはタケルを叱る。それからアツコに向き直った。「……でもね、『ブラックタイマー』が解散した事は事実なのよ。あなた、もう一度『ブラックタイマー』を作るつもりってある?」
「……」アツコはタロウを見た。それから大きなため息をついた。「もう組織を作るなんて気はないわ。元々わたしは遊びでやってただけだしね。組織を大きくして色々としたのはタロウだったし。タロウはね、裏方に回って動いた方が力を発揮できるタイプなのよね。分不相応な事をするから、こうなったのね」
アツコは容赦なくタロウに言う。タロウは下を向いてしまった。
「タロウさん、君が好きだったけど、全然振り向いてくれなかったって言ってるぜ」タケルが言う。知らず知らずにタロウにとどめが刺さって行く。「それで、逸子さんが現われたら、逸子さんへ気持ちが動いたけど、全く相手にされなくてね」
「ふ~ん…… まあ、あっちこっちに心が動くような男は、結局はダメなのよ」アツコがとどめを刺す。「頭が良いとか、ちょっと男前とか、そんなので女心は動かないわ。どうすれば良いのか、自分で考える事ね」
「ああああああ……」
タロウは叫ぶと、茂みの中にしゃがみ込み、泣き出した。……ふん、本当ならこの場から走り去りたいくらいの屈辱なはずなのに、敢えてここで泣き叫んで同情を買おうとする、この無意識の計算高さが嫌なのよね。アツコはそう思いながら、冷たい眼差しをタロウのしゃがみ込んだ茂みに向けた。
「……ねえ……」
弱々しい声がした。逸子だった。逸子は泣き腫らした目でアツコをにらみ付けながら、ゆるゆると立ち上がった。
「コーイチさんはどこよ? どこに置き去りにしたのよ? そこへわたし連れて行きなさいよ!」
オーラはまとっていないが、上目遣いにアツコを見つめながら一歩一歩近付いてくる様は、妖気漂う雰囲気だ。その迫力に、アツコは一歩下がりかけた。
「イヤよ!」アツコは何とか踏みとどまって、負けるものかとの気迫で言い返した。「絶対にイヤ! それにね、コーイチさんはわたしと一緒に居るようになって、あなたの事なんて忘れたわ! 毎日『アツコさん、アツコさん』って言って微笑んでくれるのよ」
「……ぬあんですってぇぇぇぇ!」さっきまで弱々しかった逸子の全身から赤いオーラが噴き上がった。その激しさで逸子の全身が見えない。「コーイチさんがそんな事を言ったの? 本当に?」
逸子を覆ったオーラを通して殺気に満ちた眼差しが、オーラ以上に燃え上ってアツコを刺した。さすがのアツコも怖くなって、今さら嘘だと言えなくなってしまった。
「コーイチさん! アツコなんて馬鹿な夢から目を覚まさせてあげるわ!」逸子はアツコに向かって続ける。「アツコ! 今すぐわたしをコーイチさんの所へ連れて行くのよ!」
つづく
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