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怪談 幽ヶ浜 20

2020年08月23日 | 怪談 幽ヶ浜(全29話完結)
 翌朝、太吉はおさえに起こされた。
「……何だい?」
「今、長の使いだって松吉さんが来て、これから長のところに来てほしいって……」
「漁は?」
「今日は中止にするって」
「そうか…… 昨日の話だろうか?」
「権二さんの事?」
「多分な…… まあ、おさえは心配するな」
「うん……」
 太吉は家を出て、長のところへ向かった。今日も良い天気だし、波も穏やかそうだ。絶好の漁日和だが、それ以上に昨日の事が大きな事なのだろう。太吉は思った。
「よう、太吉!」途中で声をかけてきたのは鉄だった。太吉は頭を下げる。「昨日は大変だったなあ。まあ、権二が見つかって何よりだったがな」
「へい……」太吉は答える。「鉄兄ぃも、長に呼ばれて?」
「ああ、お前ぇもかい……」
「へい……」
 二人は並んで歩いた。二人とも藤吉と権二の出来事に何かつながりがあるように感じてはいたが、口は利かなかった。
 長の家が見えた。長は外に居て、坊様と何やら話しをしていた。二人に気付いた長が手を振る。背を向けていた坊様も振り返った。坊様は太吉を見ると、うんうんと頷いて見せた。
「長、お早うごぜえやす」太吉は頭を下げた。それから、坊様の方を向いて、同じようにする。「坊様も、昨日はありがとうごぜえやした」
「おう、昨日は大変じゃったのう」坊様は言うと笑顔を見せた。「今日も朝からすまんのう」
「いえ…… 気になさらねえで下せえ」
「はっはっは! 若いってのは頼もしい事だのう、なあ、長殿よ!」
「へい、全くで……」長は言うと鉄を示した。「こっちは鉄と言うての、次の長になろうっちゅう男だ」
「鉄と申しやす」鉄が頭を下げる。坊様は、太吉の時と同様に、うんうんと頷く。「長はあんなことを言ってやすが、まだまだ未熟者でございやす」
「いやいや、お前さんは良い面構えだよ。立派な長になるじゃろうさ」坊様は長に向き直る。「長殿よ、立派な跡継ぎじゃないかね」
「へい、ありがたいこって……」
「後は、例の事にけりをつければ仕舞いじゃのう……」
 例の事…… 太吉は藤吉と権二絡みの事だとすぐに思った。鉄もそんな顔をしている。
「……さて、二人に聞きたいことがあってのう」坊様は話し出す。「見当がついていると思うが、藤吉さんと権二さんの事じゃ」
「へい」鉄が答える。太吉は出しゃばらずに鉄に任せることにした。聞かれたら答えるつもりでいる。「藤吉とは幼馴染でやした。何時くらいからでやしょうかね、急に無口になって一人でいることが多くなりやした」
「ほう……」
「女が出来たと太吉には話したようですが、会ったことはありやせん」鉄は太吉の方を見た。「女の名前、何て言ったかな?」
「おせんさん、でやす」太吉は答える。「ただ、どこの誰かまではわからず仕舞いで……」
「ほう……」坊様はぽりぽりと頭を掻く。「長殿の話じゃ、藤吉さんは素っ裸で、何とも満足そうな顔で亡くなったとか?」
「そうなんで……」鉄が答える。「それで、藤吉の弔いを出してしばらくしたある夜、おせんの素性をあっしの家で太吉と権二を交えて話したんでさ。権二も藤吉とは幼馴染みでやすからね。心配してやしたよ」
「だが、おせんさんの素性は分からず仕舞いだったと……」
「さいでやす。……最初は藤吉が頭でこさえた女と思ったんでやすがね」
「ほう……」
「あんなに満足そんな死に顔じゃ、最後の最後に良い思いをして果てたんだろう、やっぱり、おせんは本当に居たんだろうって事に話が収まりやした」鉄の言葉に太吉も頷いている。「それで、その夜は改めて弔いをって事になって、飲んだんでさあ」
「オレは先に帰ったけど……」太吉が言う。「その後も鉄兄ぃと権二さんは散々飲んでたらしいんで」
「そうだったな。……そんで、その翌日に権二のヤツ、おかしくなりやがったんで……」
「そうだったのかい……」坊様は頷いた。「まあ、権二さんは大丈夫じゃ。安心しなさい」
「ここへ来る前に権二の家に寄ってみやした。大鼾かいて寝てやしたよ」
「そうかい。目が覚めれば元に戻っておるじゃろう」
「へい、ありがとうごぜえやした」
 鉄が改めて坊様に頭を下げた。太吉もそれに倣う。
「まあまあ、気にする事は無い。……ところで、おてるさんって女の名前を聞いた事は無いかな?」
「おてるさん、でやすか……」鉄は太吉を見た。太吉は頭を左右に振って見せた。「あっしも太吉も知らねぇですね……」
「そうかい。まあ、気にしないでくれ」 


つづく


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