お話

日々思いついた「お話」を思いついたまま書く

コーイチ物語 3 「秘密の物差し」 218

2020年12月24日 | コーイチ物語 3(全222話完結)
 光が生じた。……この中に入ると、もう、パラレルワールドは無くなってしまうんだ…… コーイチは思った。ナナさんもタケルさんも、アツコさんもタロウさんも、テルキさんも綺羅姫も、そして、チトセちゃんも……
「さあ、行くぞ」ケーイチは言って、戸惑っているコーイチを見る。「コーイチ、これはやらなきゃいけない事なんだよ」
「分かっているんだけどさ……」
「分かっているんなら、行動あるのみだ。先に行くぞ」
 ケーイチは言うと、光の中に入って行った。
「兄さん……」コーイチはつぶやく。「思い切りは良いよなぁ……」
「そうじゃないわ、コーイチさん」逸子が言う。「お兄様は、科学者としての責任を感じているのよ。タイムマシンがこんな形で使われようになってしまった責任を……」
「でもさ、それって、言ってしまえば、トキタニ博士の早とちりが原因なんだろう?」
「最初から正しい数値を伝えておけばって後悔しているのよ……」
「おい、コーイチ」光の中からケーイチの頭が出た。「早くしろよ。お前が動かないと逸子さんも困るだろうが」
「ええ、お兄様、今行きますわ」コーイチの代わりに逸子が答える。「さあ、コーイチさん、行きましょう」
 逸子はコーイチの袖を引く。しかし、コーイチは動かなかった。両足を踏ん張っている。
「コーイチさん……?」
「やっぱりなぁ、みんなに挨拶したいなぁ……」
「お兄様も言ってたじゃない。そんな事をしたら未練が残って、決断が鈍るって」
「でもさ、みんなにお世話になったしさ……」
「コーイチさん……」逸子はため息をつき、笑顔になる。「そう言う優しい所、律義な所はコーイチさんの良い所だし、わたしも好きだわ。……でも、今回はダメよ」
「おい、コーイチ」ケーイチが言う。「ぐずぐずしていると、置いて行っちゃうぞ」
「置いて行かれたら、ボクはどうなるんだい?」
「そうだなぁ…… お前のパラレルワールドの住人として、消えてしまうだろうな」
「え?」コーイチは慌てる。「でもでもでも、ボクは元の正しい歴史に戻っても、ボクとして存在しているんじゃじゃないのかい?」
「そうかも知れん。しかし、一つだけ言えるのは、ここでの出来事を全く知らないコーイチが居るって事になるんじゃないかな。『あれ? 逸子さんと兄さん。どこへ行ってたんだい?』なんて言うようなさ。……でもまあ、みんなと一緒に消えたいって言うんなら、その選択肢もありだな」
「そんなぁ…… ボクはみんなの事、みんなと一緒に行なった事を忘れたくはないよ」
「じゃあ、みんなと共に消えるか?」
「いや、それは……」
「たしかに、ここに居る連中は消える。消えると言っても、存在は残る。正しい歴史の中にな。しかし、みんなは顔を合わせる事はないし、ここでの記憶なども無い」
「それはイヤだなぁ……」
「でも、そうなるんだよ。だから、オレたちだけでも記憶として留めておこうじゃないか」
「記憶なんて冷たい言い方だなぁ…… ボクは思い出と言いたい」
「そうだな、その呼び方の方が良いな」
 ケーイチはうなずく。頭だけがうなずく姿はちょっと不気味だ。
「コーイチさん、行きましょう!」逸子が明るい声で言う。「正しい事は行うべきだわ。それは、コーイチさんだって分かっているはずよ」
「……うん……」コーイチは答える。「頭では良く分かっているんだ。……でも、気持ち的にさ、どうしても踏ん切りがつかないんだよなぁ……」
「コーイチさん……」逸子が怖い顔をする。「まさか、ナナさんかアツコさんを好きになったなんて……?」
「いやいやいや、それは無いよ!」コーイチは慌てて否定する。「言われるまで、全く思いもしなかったよ!」
「ふ~ん……」逸子は意地悪そうな表情をする。「まさか、チトセちゃんじゃないでしょうね? あの子、コーイチさんにしがみ付いたりして、結構、積極的だったから……」
「まさか! チトセちゃんは言ってみれば妹だよ!」
「じゃあ、綺羅姫かしら? すんごい美人だったものね。テルキさんがいなかったら、コーイチさんが婿だったんでしょ? 残念だなんて思ってんじゃない?」
「何を言ってんだよ! ボクは逸子さん一筋だよ!」
「まあ……」
 二人は黙ってしまった。そして、しばらく見つめ合った。どちらからともなく微笑む。
「おいおい、おのろけは良いから、早くしろよ」
 ケーイチの言葉に、二人は我に返る。突端にコーイチの顔が曇る。やはり後ろ髪が引かれているらしい。
「……あら……」
 不意に逸子は出入口の方を見て、驚いた表情になった。思わず手で口を塞ぐ。コーイチは誰かが来たのかと思い出入口の方に振り返った。薄暗いので良く見えない。コーイチは目を凝らした。それでも見えない。コーイチは一歩前出ようと動いた。
 と、その時コーイチの右腕が強くつかまれ、強く引っ張られた。その力に驚いて振り向く。
「逸子さん!」
 引っ張っていたのは逸子だった。
「ごめんなさい。誰も来ていないわ」逸子は申し訳なさそうな表情で言う。「でも、こうしないと、コーイチさん、何時までも居続けちゃいそうだから……」
 逸子は力任せにコーイチを引っ張った。
 逸子は光の中へ入った。引っ張られたコーイチも光の中へと入って行く。
「わ、わ、わ……」
 コーイチがパラレルワールドに残した最後の言葉だった。


つづく

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« コーイチ物語 3 「秘密の物... | トップ | コーイチ物語 3 「秘密の物... »

コメントを投稿

コーイチ物語 3(全222話完結)」カテゴリの最新記事