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コーイチ物語 2 「秘密の消しゴム」 156

2019年03月26日 | コーイチ物語 2(全161話完結)
「な、なんだ、お前たちは!」大王は無言で迫ってくる三人娘を指さしながら後ずさる。「こ、こんな年寄りに何をする気だ!」
「いるわよねぇ」逸子が二、三度拳を繰り出しながら言う。繰り出すたびに空を切る音がする。「都合が悪くなると急に年寄りになっちゃう人って」
「往生際が悪いんでしょうね」洋子も二、三度手刀を振りながら言う。これも振るたびに空を切る音がする。「立場が上の時は偉そうだったのに」
「持ちなれない権力を持つと」花子は二、三度膝蹴りをしながら言う。これも空を切る音がする。「その権力が無くなると、とっても惨めになっちゃうのよね」
「あ、花子ちゃんは元々がここの主だから、そんなに偉ぶらないのね」
「そうなんですよ、逸子さん。花子さんは生まれつきの権力者だから、分をわきまえているんです」
「やめてよ、二人とも! そんなに褒められちゃうと、花子、困っちゃうん!」
「わあ、かわいい!」
「わたしもそう思います!」
 三人娘はきゃいのきゃいのと笑い始めた。
 不意に大王を黒い煙のようなものが包み始めた。
「あっ!」花子が叫んだ。「逃げるつもりね! コーイチさん!」
「は、はい!」いきなり呼ばれたコーイチは大きな声で返事をした。「何か?」
「大王の、あの煙が消えるように願って!」
「え? ああ、やってみる……」
 コーイチは目を閉じて口の中でぶつぶつと何か言い始めた。
「コーイチさん、そんな儀式めかなくても、願うだけでいいのよ」
 花子はコーイチの様子を見ながら言った。
「え? そうなんだ……」
 コーイチは目を開けて、照れくさそうな顔をし、それから、ぼうっとした表情になった。
「コーイチさん、何も考えないんじゃなくて……」
「花子ちゃん、違うわ」逸子が言う。「あの表情って、コーイチさんが真剣に何かを考えている時のものよ」
「……そうなの? ……ま、逸子ちゃんが言うなら間違いないわね」
「あら、信じてくれて、ありがとう」
 しばらくすると、大王の煙はすっと消えた。
「なんと言うことだ!」大王は茫然とした表情でコーイチを見た。「こんな、凡庸そうな、何の取り得も無さそうな、地味そうな、つまらなさそうな、こんな若造に……」
「言ったじゃない」花子は大王に指を突き付けた。「コーイチさんはこの世界に気にいられたのよ。あなたが何をしようと、コーイチさんが願えば阻止できるのよ。わかる? あなたの負けなのよ」
「くっ……」大王は座りこんだ。「好きにするが良い……」
 花子は両手を上げた。手と手を結ぶように細い光が生じた。光が薄れると、一本の紐になった。その紐を大王に向かって放った。紐は生き物のように大王に絡みつき、大王を後ろ手に縛り上げた。
「さあ、これでおしまいね」花子は笑顔を見せた。「大きな戦いにならなくて良かったわ」
 逸子も洋子も緊張が解けたようで、ほうっと深い息を吐いた。オーラも治まった。コーイチも、やれやれとばかりに額の汗をぬぐう。
 突然、大きな音がした。皆、音の方に振り向いた。
 出入口の扉が開いていた。そして、そこに黒ずくめの六郎が立っていた。
「わぁ~っはっはっはあ! ……あ?」
 六郎は紐で縛られた大王を見て絶句した。三人娘からオーラが噴き上がる。
「……あなた、何しに来たの?」花子が低い声で言う。「あなたでもわかるでしょ? 大王は負けたのよ」
「六郎さん」洋子は静かに言う。「もう終わりです。あなたの出番は無いんです」
「あなたのせいで、わたしはこんな事になったのよね」逸子は指をぽきぽきと鳴らす。「あなたにはお仕置きが必要ね」
「な、何を言ってやがる!」六郎は叫ぶ。「大王がダメになったんなら、オレが大王になってやる!」
 三人娘は互いに顔を見合わせて、爆笑した。六郎は顔を真っ赤にし、怒りで全身を震わせている。すると、六郎の全身から黒いオーラが、うっすらと湧き上がってきた。
 三人娘は笑うのを止め、身構えた。
「何か知らないけど、妙なスイッチが入ったようね」
「そのようですね、花子さん…… ちよっと危険な感じがしますね……」
「六郎のくせに生意気ね」
「やかましいぞ!」六郎は怒鳴った。とたんに黒いオーラが激しく、その全身から噴き出した。「見たか! オレは奥義を極めたのだ! 見せてやる! 『六田流大王拳』の秘奥義……わあああああああぁぁぁ……」
「きゃあああああぁぁぁ……」
 六郎も三人娘も悲鳴を上げた。足元の床が消えたのだ。城自体が消えて行く。城だけではない。城のそびえている山も、その山頂から消え始めている。皆、落下して行く。
「コーイチさん!」落ちながら花子が叫ぶ。「何かやったの?」
「「城も山も無くなれば良いなと思ったんだ!」落ちながらコーイチも叫ぶ。「ほら、願うだけで良いって言っていたから、試してみたんだよ。こんな城や山があるからいけないって思ってさ! それに三人とも危険な目に遭わせちゃいけないとも思ってさ!」
「時と場合を選んでよぉ!」
 悲鳴を上げながら、皆、落ちて行った。
 


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