キーワード: 徳、報徳、大乗仏教、親鸞
前回で一旦終了した「私が思う二宮尊徳」シリーズであるが、6月28日に行われた尊徳研究会での議論などから、このシリーズで尊徳の言った「徳」についてほとんど触れていなかったことを思い出し、その時の議論と私なりの考えと合わせて、尊徳の言った「徳」、「徳に報いる=報徳」について、ここにこのシリーズの補足として、再度書くことにした。
中桐先生が時折言われるのが、よく世間で言われるgive and take(与えて受け取る)という考えがありますが、尊徳はtake and giveと考えている、ということである。Take、つまり、受け取る、もっと正確には既に受け取っている(英語では現在完了形のhave takenにするのが正確とも言えるが)のであって、人間が既に今、ここに生きている=徳を受けていると尊徳は考えていたようなのである。説明すると、既に、ここに今人が生きている、ということは、その人には必ず両親が、今いるかいないか別にして、必ずいたはずであり、ここに生きているということは、水を飲んだり、太陽の光や、空気を吸ったりなど、自然からの恩恵に授からないと生きているはずがないし、食べ物一つをとっても、自然の恩恵だけでなく、つくった農家の人、それを料理する人、きちんと買える値段で商売してくれている人がいたりしないと、そこに人が生きているわけない、と尊徳は考えていたようなのである。
私がこのブログの初回で、尊徳にはタレントの明石家さんまの座右の銘「生きているだけで丸儲け」と近い考えがあります、と書いたが、その「丸儲け」の中身が、生きているということは、既に、自然から、親も含めた他の人から、色々恩恵なり、何なりを受け取っていないと生きていられる訳ないんだから、それだけで丸儲けなんだよ、と考えていた、という意味なのである。そして、その自然からなり、他の人からなり、有形無形に授けてもらっている、もらっているもの、受け取っているものの総体をどうやら、尊徳は「徳」と呼んだようなのである。
そして、その既に受けっている「徳」に対して、少しでも働きかけて、何かお返しなり、受けったものをアレンジしてもう少し良くしよう、そういう心構えなり、行動を「報徳」と尊徳は呼んだのだと、私は解釈している。もちろん、自然生態系に、人が受け取っているものを全てお返しすることなど、どう考えたって不可能で、何億年という歴史の中で築かれてきたものを、しかも、人為的につくったわけでもないものを有り難く受け取っていることを思えば、受け取った「徳」の分以上にお返しはなかなかできるものではないし、対人間に対しても、なかなか自分が受けた「徳」と同じほど、お返しできているかと言えば、なかなかそうも思えないというのが普通の人間の感覚だと思う。稀に、「いや、私は受けた分以上の徳をお返しした」と言う人もいるかもしれないが、おそらく尊徳は、そういう傲慢な態度をとる、感覚の鈍い人が大嫌いだっただろうし、何も分かってないし、そういう感覚の鈍い人に何を言っても無駄かもしれない、と思ったように私は思う。大抵の人は、そう言われて、「ああそうだなあ」と、今流の言葉を使えば、ホッコリと心地よく尊徳のそうした考えを受け入れて、無理なく、そうした傲慢さから解放されるように私は思っている。こうした尊徳の考えなり、言い方が、上手だなあ、と私には思えるのである。こうしたことを説教臭く言う人間なら、いくらでもいるし、こうした議論を権力のため、もっとはっきり言えば、「私の言うことに従え」と他人を服従させるために言う人はいくらでもいるだろうし、私も少なからずそういう人と大学で出会った。しかし、尊徳はそういうお説教臭さや従属支配とは無縁に、人の心、感覚に響くように、しかも、無理なく持っていけるところがうまいなあ、と私は思うのである。
尊徳自身は、中国の古典、神道、儒教、仏教と多数の分野を独学していたらしく、研究者の間では中国の古典の影響が尊徳の思想に与えた大きいのではないか、と言われているらしいが、前述した「徳」についての考え方は、大乗仏教の世界観とどこか通底しているように私は感じている。私は大乗仏教の考えを最もラディカルにかつ論理的に示したのは親鸞だと考えているのだが、私が親鸞について学んだことと、よく似ているなあと感じる。前述した「生きているだけで丸儲け」というのも、大乗仏教の祖とも言える龍樹が、今ここにいるということは、縁起の世界の中の馬の上に乗っていると言ったことと、どこか似ていると感じる。(注1)
私が大乗仏教的世界観と尊徳の言ったことがどこか通底していると感じるのは、尊徳が色々と勉強していく中で、自らの考え、思想を構築したことは確かであろうが、それを表現する時、大乗仏教的世界観を知っていたこともあるだろうし、民衆の間では当時もちろん大乗仏教が普及していたこともあって、大乗仏教の完全な受け売りでなく、大乗の仏教の中で、自分がこれはいい、使える、学びがいがあると思えた部分(それは他の中国の古典などと共通しているかもしれない)を大乗仏教的世界観を拝借して、語ったからもしれない。尊徳自身にとっては、教え、考え、思想がどこの出自であろうが興味がなく、役に立てて初めて意味があると考えていた人なので、どうでもよかったことなのだろうと思う。人に伝えやすい、他の人に理解してもらいやすい方法なら、それでよかったのだと思う。
以前書いた「推譲」についても、「生きているだけで丸儲け」、既にお返しできないほど「徳」を受け取っているからという考え、いや感覚があってこそ、尊徳の言った「推譲」に意味があり、そうした感覚なり、心の作動が欠落していて、どこか無理がある、強制感のある「推譲」だったら、結局、それは意味のないことになってしまうように私には思える。そうした心の作動なり、人の感覚の裏付けを伴った行為、言葉をコミュニケーションと言い換えるとして、そうしたコミュニケーションの連鎖を広げることがまともな社会的秩序を生み出す、と言ってもいいように私には思え、実はこのことこそ私が尊徳から学んだ最大のことであると思っている。
(注1:龍樹と親鸞の関係については、山本伸裕(2013)『他力の思想 仏陀から植木等まで』、青灯社を参照。)
前回で一旦終了した「私が思う二宮尊徳」シリーズであるが、6月28日に行われた尊徳研究会での議論などから、このシリーズで尊徳の言った「徳」についてほとんど触れていなかったことを思い出し、その時の議論と私なりの考えと合わせて、尊徳の言った「徳」、「徳に報いる=報徳」について、ここにこのシリーズの補足として、再度書くことにした。
中桐先生が時折言われるのが、よく世間で言われるgive and take(与えて受け取る)という考えがありますが、尊徳はtake and giveと考えている、ということである。Take、つまり、受け取る、もっと正確には既に受け取っている(英語では現在完了形のhave takenにするのが正確とも言えるが)のであって、人間が既に今、ここに生きている=徳を受けていると尊徳は考えていたようなのである。説明すると、既に、ここに今人が生きている、ということは、その人には必ず両親が、今いるかいないか別にして、必ずいたはずであり、ここに生きているということは、水を飲んだり、太陽の光や、空気を吸ったりなど、自然からの恩恵に授からないと生きているはずがないし、食べ物一つをとっても、自然の恩恵だけでなく、つくった農家の人、それを料理する人、きちんと買える値段で商売してくれている人がいたりしないと、そこに人が生きているわけない、と尊徳は考えていたようなのである。
私がこのブログの初回で、尊徳にはタレントの明石家さんまの座右の銘「生きているだけで丸儲け」と近い考えがあります、と書いたが、その「丸儲け」の中身が、生きているということは、既に、自然から、親も含めた他の人から、色々恩恵なり、何なりを受け取っていないと生きていられる訳ないんだから、それだけで丸儲けなんだよ、と考えていた、という意味なのである。そして、その自然からなり、他の人からなり、有形無形に授けてもらっている、もらっているもの、受け取っているものの総体をどうやら、尊徳は「徳」と呼んだようなのである。
そして、その既に受けっている「徳」に対して、少しでも働きかけて、何かお返しなり、受けったものをアレンジしてもう少し良くしよう、そういう心構えなり、行動を「報徳」と尊徳は呼んだのだと、私は解釈している。もちろん、自然生態系に、人が受け取っているものを全てお返しすることなど、どう考えたって不可能で、何億年という歴史の中で築かれてきたものを、しかも、人為的につくったわけでもないものを有り難く受け取っていることを思えば、受け取った「徳」の分以上にお返しはなかなかできるものではないし、対人間に対しても、なかなか自分が受けた「徳」と同じほど、お返しできているかと言えば、なかなかそうも思えないというのが普通の人間の感覚だと思う。稀に、「いや、私は受けた分以上の徳をお返しした」と言う人もいるかもしれないが、おそらく尊徳は、そういう傲慢な態度をとる、感覚の鈍い人が大嫌いだっただろうし、何も分かってないし、そういう感覚の鈍い人に何を言っても無駄かもしれない、と思ったように私は思う。大抵の人は、そう言われて、「ああそうだなあ」と、今流の言葉を使えば、ホッコリと心地よく尊徳のそうした考えを受け入れて、無理なく、そうした傲慢さから解放されるように私は思っている。こうした尊徳の考えなり、言い方が、上手だなあ、と私には思えるのである。こうしたことを説教臭く言う人間なら、いくらでもいるし、こうした議論を権力のため、もっとはっきり言えば、「私の言うことに従え」と他人を服従させるために言う人はいくらでもいるだろうし、私も少なからずそういう人と大学で出会った。しかし、尊徳はそういうお説教臭さや従属支配とは無縁に、人の心、感覚に響くように、しかも、無理なく持っていけるところがうまいなあ、と私は思うのである。
尊徳自身は、中国の古典、神道、儒教、仏教と多数の分野を独学していたらしく、研究者の間では中国の古典の影響が尊徳の思想に与えた大きいのではないか、と言われているらしいが、前述した「徳」についての考え方は、大乗仏教の世界観とどこか通底しているように私は感じている。私は大乗仏教の考えを最もラディカルにかつ論理的に示したのは親鸞だと考えているのだが、私が親鸞について学んだことと、よく似ているなあと感じる。前述した「生きているだけで丸儲け」というのも、大乗仏教の祖とも言える龍樹が、今ここにいるということは、縁起の世界の中の馬の上に乗っていると言ったことと、どこか似ていると感じる。(注1)
私が大乗仏教的世界観と尊徳の言ったことがどこか通底していると感じるのは、尊徳が色々と勉強していく中で、自らの考え、思想を構築したことは確かであろうが、それを表現する時、大乗仏教的世界観を知っていたこともあるだろうし、民衆の間では当時もちろん大乗仏教が普及していたこともあって、大乗仏教の完全な受け売りでなく、大乗の仏教の中で、自分がこれはいい、使える、学びがいがあると思えた部分(それは他の中国の古典などと共通しているかもしれない)を大乗仏教的世界観を拝借して、語ったからもしれない。尊徳自身にとっては、教え、考え、思想がどこの出自であろうが興味がなく、役に立てて初めて意味があると考えていた人なので、どうでもよかったことなのだろうと思う。人に伝えやすい、他の人に理解してもらいやすい方法なら、それでよかったのだと思う。
以前書いた「推譲」についても、「生きているだけで丸儲け」、既にお返しできないほど「徳」を受け取っているからという考え、いや感覚があってこそ、尊徳の言った「推譲」に意味があり、そうした感覚なり、心の作動が欠落していて、どこか無理がある、強制感のある「推譲」だったら、結局、それは意味のないことになってしまうように私には思える。そうした心の作動なり、人の感覚の裏付けを伴った行為、言葉をコミュニケーションと言い換えるとして、そうしたコミュニケーションの連鎖を広げることがまともな社会的秩序を生み出す、と言ってもいいように私には思え、実はこのことこそ私が尊徳から学んだ最大のことであると思っている。
(注1:龍樹と親鸞の関係については、山本伸裕(2013)『他力の思想 仏陀から植木等まで』、青灯社を参照。)
ドキュメント72時間
東京郊外 24時間営業の中華料理店
出演者
-
(オープニング)
オープニング
今回の舞台は東京郊外の幹線道路沿いにある24時間営業の中華料理店。オンラインのテレビ ストリーミング サービス
キーワード
東京都
東京郊外 24時間営業の中華料理店
10月9日(月)
国立市のロードサイドにある24時間営業の中華料理店で撮影開始。3連休最終日の夕方5時。すでに店内には家族連れなどたくさんのお客さんがいた。着物の女性に話しかけた。月に数回、名物の大きなギョーザを食べるために隣町から来ているという。お父さんと娘さん2人の3人組に話しかけた。伊勢神宮への旅行帰りで、お母さんはお留守番とのこと。夜7時、客入りはピークに達した。3世代で来ているご家族や、仕事前の腹ごしらえに訪れた人などがいた。夜9時前、ラーメンを食べる親子2人組がいた。2人でカートのレースをやった帰りだという。それぞれ全国大会出場レベルの実力だという。雨が降り出した深夜1時すぎ、店前の通りは静かになった。そんな中、2人組の若者が来店した。2人は高校時代の同級生で、深夜によく来るのだという。1人は以前まで施工管理の仕事をしていたが辞めて、今はアルバイトをしながら消防士を目指している。午前4時、1台の車が駐車場に停まった。降りてきたのは3人の男性。彼らは運送会社の社員で、今日から沖縄へ社員旅行に行く予定。羽田に行く前に立ち寄ったのだという。その後、さらに3人が合流し、サクッと食事を済ませて一行は空港へ向かった。
キーワード
南京亭 国立店国立市(東京)
10月10日(火)
撮影2日目。早朝6時。ガラガラの店内に男女の2人組がいた。朝ラーメンを食べるためにわざわざ車で15分かけて来た。朝から麺類を食べるとパワーが出るという。朝7時過ぎ、珍しく、自転車で来店する女性がいた。子育ての合間に働いているこのお店のアルバイトさんだった。今日が33歳の誕生日とのこと。午前11時、1人の女性が来店した。女性は警備の仕事をしており、息子と自分のためにテイクアウトを注文した。正午過ぎ、1台の作業車から体格のいい男性が降りてきた。男性は植木職人で、元ヤクルトのピッチャーでもあるという。デビュー戦の対戦相手は王さんだった。ケガでわずか6年で引退となったという。今朝出会ったアルバイトの女性は、今日が最終日だった。店を辞めて、ベストボディ・ジャパンなどフィットネスの世界に専念するという。下積み時代からここに通う35歳の美容師の男性が仲間たちと訪れていた。去年の11月に自分のお店をオープンしたという。下積み時代と比べて十分に食事ができるようになったことに幸せを感じていた。
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ベストボディ・ジャパンヤクルトスワローズ南京亭 国立店国立市(東京)王貞治
10月11日(水)
撮影3日目。早朝6時。静かな店内に一組のお客さんがいた。近くの青果市場の従業員で、仕事終わりに来たという。1人はもともとトラックの運転手をしていたが、体を壊してしまいこの仕事に転職した。去年、肝臓の病気でまだ若い奥さんに先立たれたという。大切な人を失っても続く日常。夜、食事中の女性2人組がいた。近所に住むいとこ同士だという。今はシステムエンジニアをしているという49歳の女性は、これまでトラックの運転手、パチンコ屋、水商売など多くの職を経験してきた。自分の性について悩んできたが、これからは女性として生きていくと決めたという。ライブのリハーサル帰りのミュージシャンがいた。さいたまスーパーアリーナでのライブ経験もあるという。このお店は“パワーチャージスポット”とのこと。
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さいたまスーパーアリーナ南京亭 国立店国立市(東京)
10月12日(木)
撮影4日目。保育園の運動会のあとに立ち寄った家族がいた。かけっこはビリだったが、今回は泣かなかった息子さんの成長に、お母さんは頼もしさを感じていた。
キーワード
南京亭 国立店国立市(東京)
(エンディング)
ドキュメント72時間 年末スペシャル2023
「ドキュメント72時間 年末スペシャル2023」の番組宣伝。
ドキュメント72時間
兵庫 さよなら 思い出のリフト
出演者
-
(オープニング)
オープニング
今回は兵庫県の山間にあるリフトが舞台。12月3日に営業が終了、63年の歴史に幕を下ろす。地域に親しまれてきたリフト。最後に乗る時、みんなどんな思いを抱くのか。その胸の内に耳を傾けた。
キーワード
兵庫県
兵庫 さよなら 思い出のリフト
10月29日(日)
兵庫と大阪にまたがる妙見山。麓にはケーブルカーの駅がある。ケーブルカーで山の中腹まで登ると、リフト乗り場がある。リフトはそこから山頂までの580mを走る。まずは大人数の家族連れに声をかけた。ここが地元という姉妹と、その家族だった。閉鎖になることを知って慌ててきたのだという。リフトは一人がけ。小さい子どもは膝の上に乗る。大きな荷物も一座席。撮影クルーも乗ってみた。高さはそれほどではなく、進み方もゆっくりで、あまり怖くはない。12分で山頂付近に到着した。展望台からは西宮や大阪の街並みが望める。うっすらと紀伊半島まで見える。リフト乗り場に向かってくる3人組がいた。子どもが小学生の頃からのママ友だという。子どもは既に成人しているが、小さい頃はよくここで遊んでいたのだという。下りはまた違った景色が楽しめる。リフトを降りた山の中腹には広場がある。リフトやケーブルカーを含む広場一帯は地元の鉄道会社が運営している。長年親しまれてきたが、今回のリフト閉鎖と併せて閉鎖されるという。番組スタッフに声をかけてきた女性がいた。長男が小さい頃にハイキングに来た思い出などを語ってくれた。午後になると、リフト待ちの行列はさらに長くなった。もうすぐ閉鎖と聞いて訪れたというパキスタン出身の男性もいた。京都からキュアプリズムのぬいぐるみとともに訪れた男性もいた。下りのリフトから降りてきた二人組に声をかけた。大阪から来たという母娘だった。30歳の娘さんは病気で足が悪く、長く外出できない時期もあったが、今日はなんとかここに来ることができた。母親は娘とリフトからの景色を見れたことや、生きていることの幸せを実感できたという。夕方5時過ぎ、日が陰る中、ひとり下りのリフトに乗る男性がいた。リフトを降りた後話しかけてみた。旅行関係の会社に今年務め始めた22歳。宝塚市出身で、ここは思い出が詰まった場所なのだという。リフトは夕方5時半に終了、一日が終わった。
キーワード
大阪府妙見山川西市(兵庫)
10月30日(月)
撮影2日目。朝9時40分。スタッフの安全点検から一日が始まる。リフトはスタッフにとっても思い出深い存在。まだ部品的には大丈夫だが、少子化もあり採算が見込めず閉鎖してしまうことを寂しがっていた。午前10時、リフトの運転が開始された。山の上の展望台の、女性2人連れのお客さんに声をかけた。2人は70代で、高校時代からの友人同士。番組のファンだということや、小さい頃は毎年来ていたことなどを話してくれた。午前11時過ぎ、カメラを構えながらリフトに乗る男性がいた。滑車などリフトの部品に興味があり、その写真を撮っていた。午後、男性が1人、坂を登ってきた。東京からの出張の帰りに寄ってみたという研究職の男性。昭和の雰囲気のある広場などに懐かしさを感じていたt。
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妙見山川西市(兵庫)
10月31日(火)
撮影3日目。この日も朝から大賑わい。リフトで山を降りてきた2人連れの男女に声をかけた。女性はかつて小学校で先生をしており、子どもたちを連れてここを訪れた思い出などを語ってくれた。お昼すぎ、1人で来ている女性に声をかけた。小さい頃は頻繁に父親に連れてこられたという。自身も親になり、子どもをよく連れてきている。よくインドへ旅行するという夫婦がいた。まだ綺麗なのにもったいない、などと話した。インドにもこうしたリフトがあるが、いつ落ちるか分からないくらいボロボロなのだという。
キーワード
妙見山川西市(兵庫)
11月1日(水)
撮影4日目。水曜日は定休日だが、うっかり来てしまって悔しがっている女性2人組がいた。来週また出直すとのこと。
キーワード
妙見山川西市(兵庫)
12月3日、リフトは停止した。
キーワード
妙見山川西市(兵庫)
(エンディング)
次回予告
ドキュメント72時間の次回予告。
ドキュメント72時間
年末スペシャル2023 視聴者投票10位
出演者
-
(オープニング)
オープニングトーク
来年3月で放送作家を引退する鈴木おさむは、もしオファーがあれば出演すると話す。さらに今年1年の放送を一覧にし振り返った。第10位は「島根・黄泉比良坂 あの世との境界で」。
オープニング
今回の舞台は島根県の黄泉比良坂。この世とあの世の境界。みんな何のためにここにやってくるのか。夏の終わりの3日間、その胸のうちに耳を傾けた。
キーワード
黄泉比良坂(島根)
島根・黄泉比良坂 あの世との境界で
8月26日(土)
黄泉比良坂は島根県松江市の緑豊かな地域にある。周辺には池や鳥居、石碑などがある。車が1台やってきた。出雲市大社町から夏休み最後の思い出として来たという家族連れ。ご両親は黄泉の世界の神話について教えてくれた。続いて、自転車に乗った2人組が訪れた。東京から来た大学生で、自転車はレンタサイクルだという。ここに来たのは「鬼灯の冷徹」というギャグ漫画がきっかけ。続いて1人で来た男性がいた。埼玉から来た会社員、黄泉比良坂が日本神話で重要な土地だということを知り、来てみたという。男性は備え付けの箱から便箋とペンを取り出した。小さなポストがあり、亡くなった人へ手紙を出せる。男性は2年前に亡くなった祖母へ手紙を書いた。午後3時半、赤ちゃんを連れたお母さんが訪れた。近くに住んでいるが、これまでここに来たことはなかった。今回、来てみようと思ったのは、出産がうまくいくかが危うくなった際に生死について考えたことがきっかけ。
キーワード
鬼灯の冷徹黄泉比良坂(島根)
8月27日(日)
撮影2日目。朝9時前、歩いてくる人が。近所に住んでいる84歳の女性。池の前で手をたたき、鯉を呼んでエサをあげた。毎日の日課だという。続いて栃木から来たという男性がいた。中学校の先生だという。幼い頃に亡くした曽祖父に手紙を書いた。続いて神戸から来たという男性がいた。男性は人の生き死には時の運だと考えており、ここに来ても特に思うところはないという。その後、突然大雨が降ってきた。雨上がりの夕方、脇道を駆け上がる男性がいた。男性はここを管理する地元の保存会の方で、便箋やポストのチェックをした。年間1700通の手紙が投函され、年に一度、お焚き上げされるという。夜7時前、東京から来たという家族連れに出会った。薄暗く緊張感が漂う林の中を歩いた。お子さんが古事記を読んで黄泉の国に興味を持ち、両親にお願いして来たのだという。オンラインのテレビ ストリーミング サービス
キーワード
黄泉比良坂(島根)
8月28日(月)
撮影3日目。朝9時過ぎ、女性2人組がやってきた。ポストに投函しようと亡くなった友人に宛てた封筒を持参していた。大きすぎて入るか心配されたが、何とか投函完了した。午後、ポストの前に女性が1人。昨年亡くなった父宛てに手紙を書いていた。女性はあした誕生日を迎える。この世に生を授けてくれた父への感謝を手紙にしたためた。午後3時過ぎ、岩の前で佇む人がいた。神話のイザナギの心情に思いを馳せていた。続いて、アニメ「呪術廻戦」のエンディングテーマの演奏にも携わったことがあるという、作曲も手掛けるサックス奏者の男性がいた。日本のアニメには古い神様のネタが多く、インスピレーションを得ているという。続いて、急死した母を思い毎月訪れているという女性がいた。突然のことで、いまだに心のなかで母の死を消化しきれておらず、心の整理をつけるために訪れている。
キーワード
呪術廻戦黄泉比良坂(島根)
8月29日(火)
撮影4日目。3年ほど前に亡くなった親友に手紙を出す男性がいた。
キーワード
黄泉比良坂(島根)
スタジオトーク
10月6日放送の「島根・黄泉比良坂 あの世との境界で」に関して鈴木おさむは「ここに来る人たちは自分の心残りを解決させようとする、皆が必要とする変わらないものだ」とした。また吹石一恵が視聴者からの感想を紹介。その後、番組で紹介したポストには2000通以上が投函されるようになったという。またスタジオには「72時間の会東京支部」のメンバーが集合。
視聴者投稿 お試し企画
母島“ガジュ下”
視聴者から投稿された「ここなら72時間ができるのでは」という場所を取材。1つ目は東京都小笠原村の母島の“ガジュ下”。海岸沿いのガジュマルの木の下のことで多くの人が集まる。
キーワード
ガジュマル千葉県小笠原村(東京)母島父島
スタジオトーク
視聴者の投稿で紹介した“ガジュ下”の感想や企画の案を各々述べた。
NHKプラス
「NHKプラス」の紹介。
ドキュメント72時間
年末スペシャル2023 視聴者投票9位
出演者
-
(オープニング)
オープニングトーク
第9位は9月8日放送「フジロック 待ち望んだ夏の日に」。
オープニング
今回の舞台はフジロックフェスティバル。国内外200組以上のミュージシャン、延べ11万人の観客が集う日本最大規模の音楽イベント。この夏は4年ぶりの通常開催となった。何がここまで人々を熱狂させるのか。音楽に包まれる会場で3日間、その胸の内に耳を傾けた。オンラインのテレビ ストリーミング サービス
キーワード
FUJI ROCK FESTIVALフジテレビNEXT
フジロック 待ち望んだ夏の日に
7月27日(木)
新潟県、越後湯沢駅から山間を走ること40分。フジロックフェスティバルは苗場スキー場で開催される。開催日前日から撮影開始。開場前には既に長蛇の列が。開催期間中に隣接するキャンプエリアで寝泊まりする人たちが、そのオープン待ちをしているらしい。お子さんと来た男性は、寝袋などのほか、「テントを作って探検をして…」などお子さんと作った予定表を見せてくれた。先頭の男性に声をかけた。いつから並んでいるのかと聞くと、「シークレット」と回答された。キャンプエリアでは「苗場の軽井沢」と仲間内で呼んでいる場所を狙っているとのこと。その後、キャンプエリアが開場し続々と入場していった。先ほどの男性は「 苗場の軽井沢」を確保できた。木陰で過ごしやすそうな場所。昼過ぎにはテントがびっしり。頭髪に「 FUJIROCK」という文字に剃った男性に声をかけた。10年以上前から来ていて、ここで友達もたくさんできた。4年前に脳梗塞で倒れて車が運転できなくなり、もうフジロックは無理かなと思ったが、友達が送ってくれたという。ライブ会場の中を特別に見せてもらった。大きなステージ、アットホームな小さいステージなど11ステージのほか、食べ物屋さんもいっぱいある。この後、前夜祭が行われた。フジロックフェスティバルは1997年に始まった。第1回から参加しているという男性は、嵐の中で行われた伝説の第1回について教えてくれた。
キーワード
FUJI ROCK FESTIVAL湯沢町(新潟)苗場スキー場越後湯沢駅
7月28日(金)
撮影2日目。朝5時半、全国各地から夜行バスで続々とお客さんがやってくる。ライブは今日から3日間。中学の頃から永ちゃんの大ファンだという男性に声をかけた。ご家族で来ていて、お子さんも永ちゃんが好きだという。ゲートが開場した。それぞれが好きな出演者のステージを目指した。ライブを聴いたり休んだり、みんな自由に過ごしている。指や足ににトンボを止まらせている男性に声をかけた。最高記録は7匹だが、現在は3~4匹とのこと。男性はIT関連の会社で働くアメリカ出身で、東京から友達と来た。欧米のフェスにもよく行くという。ノリノリの女性に声をかけた。20年近く来ているという。仕事から解放されるだけでなく、とにかくみんなが優しいのが フジロックの魅力だという。ノリノリの男性に声をかけた。長年、裏方としてステージ設営に関わっている大工さんだった。会場には、誰でも自由に弾ける“森のピアノ”が設置されている。お父さんと来たお子さんが弾いていた。夕方5時前、混んできたメイン会場で「永ちゃん」コールが。矢沢永吉のライブが行われようとしていた。ライブが終わり、先ほどの大ファンの男性は、満足げだった。深夜0時すぎ、主なステージのライブが終わり、お客さんは会場の外へ。と思ったらまだ演奏が続いている小さなステージがあった。そのステージを観ていた2人組に声をかけた。このステージは、「ROOKIE A GOGO」というフジロックの本ステージを目指す登竜門的な場所だという。現在44歳だという男性は、16歳から挑戦しているが未だに「ROOKIE A GOGO」のステージに立てていないと話した。男性の知り合いはステージに立てていた。この後、一杯飲むという。
キーワード
FUJI ROCK FESTIVALフジテレビNEXT湯沢町(新潟)矢沢永吉苗場スキー場
7月29日(土)
撮影3日目。暑さもあってか、バテてる人もチラホラ。午後、会場の端にあるステージで、聴き入っている男性がいた。普段は救急隊員をしている。今回、Ryu Matsuyamaが出演するということで初参戦し、癒やされていたという。男性はRyu Matsuyamaと記念撮影もしてもらえ、嬉しいサプライズとなった。夕方、ステージから離れたところにいた親子に声をかけた。初日の疲れがとれず今日は寝ていたというお父さんは、足に多くの虫刺されができていた。ステージで演奏する地元ボランティアの男性に話を聞いた。お客さんたちが楽しんでいる姿を見ると、一生懸命やらなきゃと思うという。午前1時、帰りの夜行バスが全国各地へ出発した。
キーワード
FUJI ROCK FESTIVALRyu Matsuyama湯沢町(新潟)苗場スキー場
7月30日(日)
撮影4日目。ライブ最終日。兵庫から来た2人組は、日頃頑張っているからこそ、この場が楽しいと話した。
キーワード
FUJI ROCK FESTIVALRyu Matsuyama湯沢町(新潟)苗場スキー場
(年末スペシャル2023)
スタジオトーク
徳井さんは「発信する側として、こちら側の目線はなかった。俺みたいな者でもやってる意味があると思えたのが嬉しかった」と感想を語った。また、視聴者からの「音楽を全力で楽しむ様子が本当にいいなと思った」という感想を紹介した。
視聴者投稿 お試し企画 (2)音浴博物館
視聴者投稿のお試し企画。長崎・西海市の音浴博物館には所狭しとレコードが置いてある。レコードはその場でかけることができる。NPO法人が運営するこの博物館には16万枚のレコードだけでなく、蓄音機やカセットデッキなど音楽に関する品が展示されている。誘われて来たという22歳の男性は祖父が口ずさんでいた軍歌を探しているという。
キーワード
UFOスローモーションピンク・レディー中森明菜西海市(長崎)音浴博物館
ドキュメント72時間
年末スペシャル2023 視聴者投票8位
出演者
-
年末スペシャル2023
スタジオトーク
第8位は「岡山 24時間営業のドライブイン」だと紹介した。
岡山 24時間営業のドライブイン
オープニング
今回の舞台は岡山にある24時間営業の老舗のドライブイン。どこからどこへ何のために走るのか。立ち寄る人たちの声に夜通し耳を傾けた。
キーワード
岡山県
2月22日(水)オンラインのテレビ ストリーミング サービス
国道2号線、岡山県備前市にそのドライブインはある。まずは昼時で混み合う食堂へ。結構広い。お食事中の男性2人組に声をかけた。ホルモンうどん定食を食べていた。ホルモンうどんは岡山で人気のご当地グルメ。他にも、定番のハンバーグやスタミナ定食など、ここには120ものメニューがあるという。焼肉コーナーもある。午後1時半、ホルモンそば定食(ご飯大盛り・麺増量)を注文した男性に声をかけた。よく立ち寄るという大阪のトラック運転手だった。今回は広島に行ってきた帰り道。父もトラックの運転手で、父の運転する姿に憧れていたという。午後3時過ぎ、総勢15人の家族で来たお客さんに声をかけた。兵庫県から後楽園に花見をしに来た帰りで、自家用のマイクロバスで来ていた。夕方4時半、焼肉コーナーでビールを飲んでいる男性に声をかけた。埼玉から来たというトラックの運転手。コンサートツアーに同行して機材を運んでいるとのこと。このドライブインが開業したのは65年前。今では地元の人たちにも親しまれる場になっている。深夜3時、何台ものトラックが駐車されていた。中では運転手さんがぐっすり眠っているようだった。こんな時間にもお客さんが来た。夜勤終わりだという男性2人組。レンガの会社に務めているという。耐火レンガは備前市の主力産業とのこと。
キーワード
備前市(岡山)
2月23日(木)
撮影2日目。朝6時半、1人で朝食を食べる男性がいた。樹木医をしていて、今回は吉備中央町の流れ柿に調査しに行くとのことで、出発前の腹ごしらえをしていた。朝8時半、大きなトレーラーを運転ししてきた女性の運転手に声をかけた。食堂内では仲のいい男性運転手と同席していた。カキが好きということで、カキフライを食べていた。運転が好きで、部活動みたいな感じで向上心を持ちつつ仕事を楽しんでいるという。午後3時半、早くも1杯やる男性に声をかけた。トラックの運転手で、香川で荷物を下ろしてきた帰りだという。今日はここに泊まるのだという。最近は働き方改革で、4時間走ったら30分休憩を入れるなどルールが厳しくなってきたことなどを話してくれた。夜7時半、身軽な格好の女性が1人やってきた。以前はパティシエをしていたが、友達にトラックに乗せてもらったことがきっかけで、トラック運転手に転職したのだという。
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備前市(岡山)
2月24日(金)
撮影3日目。午前10時過ぎ、店員とも親しげな常連の男性に声をかけた。八宝菜と小ライスの組み合わせが好きらしい。近くに住んでいて以前は奥様とよく来ていたが、最近は奥様は施設に入所したため1人で来ているという。午後3時半、1人のトラック運転手さんに声をかけた。父親が運送会社を経営しており、その役員をしているという。一時期はバスの運転手をしていたが、トラック運転手に戻ってきたとのこと。
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備前市(岡山)
2月25日(土)
撮影4日目。朝6時、2か月に1度、朝食を食べに来るというご夫婦に声をかけた。夫婦円満の秘けつはと聞くと、「ない。ケンカばしよる」という答えが返ってきた。続いてバイクでツーリング中の仕事仲間3人組に声をかけた。60歳からバイクに乗り始めたという男性がいた。75歳までは乗りたいという。
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備前市(岡山)
年末スペシャル2023
8位 岡山 24時間営業のドライブイン
第8位は「岡山 24時間営業のドライブイン」を振り返ってトーク。鈴木おさむは「シンプルにご飯が美味そう」、山田五郎は「女性の運転手の方って大概楽しいって」などとコメントした。また視聴者からの「24時間営業のドライブインは、長距離を移動する人にとってオアシスみたいな存在」といった投稿も紹介した。
視聴者投稿 お試し企画
3 井の頭公園の鉄棒
視聴者から投稿された「ここなら72時間ができるのでは」という場所を取材。3つ目は「井の頭公園の鉄棒」。平日の昼に撮影開始。低い鉄棒にぶら下がっていたのは、毎日来てやっているという男性。男性は奥さんが亡くなって塞ぎ込んでいたが、ここに来て鉄棒にぶら下がったらすっきりしたという。夕方、制服姿の高校生が鉄棒にぶら下がっていた。訪れた理由は、テストが終わってのんびりしたかったからだという。小さな女の子も鉄棒を楽しんでいた。
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井の頭恩賜公園
4 北の大地の人情食堂
視聴者から投稿された「ここなら72時間ができるのでは」という場所を取材。4つ目は「北の大地の人情食堂」。北海道・上富良野町にある食堂は365日休むこと無く営業しているという。お昼時に訪れ、お客さんが何組かいた。女将の西永さんがおもしろいと、地元の人には有名なお店だそう。西永さんは一人暮らしのお年寄り宅へ弁当の配達も行っている。お店には外国人観光客も訪れていた。
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カツカレーカツ定食シンガポール上富良野町(北海道)親子そば野菜サラダ鍋焼き
スタジオトーク
VTRを振り返ってトーク。視聴者投稿お試し企画の4つ全てが出揃った。今回は実際に番組にしてほしい企画を選ぶ方式で判定する。出演者4人で判定したところ3が2人、4が2人で割れた。スタジオには72時間の会東京支部の4人もきており、意見を伺ったが意見が分かれたという。浅野さんは個人で全ての回に採点を付けており、そのノートを見せてもらった。
年末スペシャル2023
続いては第7位を発表する。
ドキュメント72時間
年末スペシャル2023 視聴者投票7位
出演者
-
(オープニング)
オープニングトーク
7位は「さらば、呑んべ横丁」。
オープニング
今回の舞台は東京・立石の呑んべ横丁。この地で70年愛されてきたが、今年8月、街の再開発によって幕を下ろすことになった。残された最後の日々をみんなどんな思いで過ごしているのか。3日間カメラを据えた。オンラインのテレビ ストリーミング サービス
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呑んべ横丁立石(東京)
さらば、呑んべ横丁
6月22日(木)
「呑んべ横丁」は葛飾区立石の路地を入ったところにある、2本の通路。10軒ほどのお店が営業している。お店に入っていく人を発見した。店内にはすでに先客がいた。ママは7月、80歳になるという。週に2回は来るという女性の一人客、最初は息子さんと一緒に来たという。夕方、外には仕事帰り風の人たちが集まってきた。葛飾区役所に務めているという男性は、呑んべ横丁の再開発計画についてスマホの画面を見せながら説明してくれた。再開発には賛否両論あるという。夜7時、看板に明かりが灯りだした。オープンして35年になるスナックで働く女性は、ここで生まれ育ったので呑んべ横丁がなくなってしまうのは残念だと話した。6畳ほどの店内に多くのお客さんが集まる居酒屋があった。相席状態が常だという。還暦のママは、親の跡をついで20年、お店を1人で切り盛りしてきた。見知らぬ人との出会いも呑んべ横丁の魅力の一つ。呑んべ横丁に店が集まりだしたのは昭和28年から。下町の労働者でにぎわい、最盛期には43軒の店があった。みんなが使える共同トイレもある。夜9時、お店に入る4人組がいた。タカラトミーの関係者たちで、このお店が2軒目だという。夜の社員食堂としてお店を利用している。4人のうち1人は、おもちゃを個人で製作する夢を追いかけたいと、去年退職したらしい。ママのために1か月かけて手作りしたというお店のジオラマを見せてくれた。夜1時、「呑んべ横丁」の看板の明かりが消えた。
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タカラトミー呑んべ横丁立石(東京)葛飾区役所
6月23日(金)
撮影2日目。3時オープンのお店。80歳のママは福島出身だという。40歳で夜の世界に飛び込み、小さな子どもを育てながら賢明に働いてきた。なんとかやってこれたのは、通い続けてくれた常連さんたちのおかげだという。別のお店の開店と同時に入るお客さんがいた。母親とマスターが昔からの知り合いだという。マスターは、お客さんというよりもご近所付き合いという感じだと話した。夜10時過ぎ、カメラに向かって歌う50歳の男性がいた。同じ店内には高校の同級生だという22歳の若者たちもいた。立石の風情に触れてみたいと勇気を出して来てみたのだという。どちらの世代にも分かる曲を歌い、みんなでカラオケを楽しんだ。今日は花の金曜日、結婚式の前夜にママに会いに来たという常連カップルや、北海道から上京して20代から通う元プロボクサーなどのお客さんがいた。
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呑んべ横丁立石(東京)
6月24日(土)
撮影3日目。この日も、たまたま居合わせたお客さん同士で盛り上がっていた。遠方から5年ほど通い続けているという男性がいた。男性は仕事がうまく行かず休職中だが、呑んべ横丁には足を運べるようになってきたという。男性の悩みをママが受け止めてくれたこともあり、男性はそろそろ働き始めようかと思うようになってきたという。夜10時半、店の外にまでお客さんが溢れていた。営業中に自転車でコンビニに行き、誕生日を迎えた常連さんにケーキをプレゼントしたママがいた。地方から出てきているなど、近くに家庭を持たない人たちへ、疑似家族としての気遣いだという。
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呑んべ横丁立石(東京)
6月25日(日)
撮影4日目。日曜の午後。唯一営業していたお店へ入った。7月末に引っ越しの予定だという。呑んべ横丁は9月から取り壊し工事が始まる。
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呑んべ横丁立石(東京)
(ドキュメント72時間)
スタジオトーク
吹石さんは「体験したことのない世界を体験させてもらったような気がします」と感想を語った。
NHKプラス
番組はNHKプラスで見逃し配信を行うと伝えた。
ドキュメント72時間
年末スペシャル2023 視聴者投票6位
出演者
-
ドキュメント72時間 年末スペシャル2023
中継 葛飾区立石
7位は「さらば、呑んべ横丁」。葛飾区立石から中継。現在、呑んべ横丁は白い囲いに覆われて立ち入ることができなくなっていた。この場は2028年までに2棟の高層ビルが立つ予定となっている。
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NHK紅白歌合戦立石(東京)
6位は…オンラインのテレビ ストリーミング サービス
6位の発表。6位は「福岡・高速バスターミナル 年の瀬を走る」。
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福岡県
(オープニング)
オープニング
オープニング映像。
福岡・高速バスターミナル 年の瀬を走る
12月29日(木)
九州最大の街・福岡市にある高速バスターミナル。3階にある乗り場には多くの人が集まっていた。バスは1日1000便以上出入りする。おにぎりを食べる女性がいた。バスに乗る前にお昼ごはんを食べているとのこと。これから父親が一人暮らししている実家のある長崎に向かう。続いて、小さな女の子を見送る女性に話しかけた。女の子は小学3年生で、北九州のおばあちゃんの家に1人で行くとのこと。もともとみんなで行く予定だったが、予定が合わずに女の子1人で行くことになったという。バスは九州各県を中心に、遠くは名古屋や東京にまで、29路線を走っている。カリフォルニアから来たというご家族に話しかけた。佐世保基地に勤める19歳の息子に会いに来たのだという。トランペットを持った女子学生に話しかけた。吹奏楽部の名門高校に通う2年生で、学生寮から佐賀の実家に帰るのだという。続いて、東京の実家に帰るという男性がいた。到着までの15時間は、本を読んで過ごすという。男性は長時間の移動を楽しんでいる模様。夜8時過ぎ、サッカーボールを足で踏んでいる男性2人組に声をかけた。佐世保からサッカーをしに福岡まで来た男性たち、起業などでの成功を夢見て福岡への移住を考えているという。夜11時半、最後のバスが出発し、ターミナルの1日が終わった。
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天神(福岡)
12月30日(金)
撮影2日目の朝を迎えた。始発のバスを待って寝ている人もちらほらいる中、身を寄せ合うカップルに話しかけた。宮崎に帰省する彼氏を、彼女が見送りに来たという。バス乗り場の向かい側にある到着エリアになっており、各地からバスがやってくる。今度は逆に福岡に降り立つ人に話を聞いてみることにした。小倉から来たという男性がいた。ホテルの客室掃除の仕事をしに来たという。男性は30歳の頃、JRになるときに国鉄を辞め、その後はいろいろな仕事を転々としてきた。10時半、きょうもターミナルには大勢の人が訪れた。きのう出会ったサッカーボールを持った2人組がいた。チケットを買おうとしたところ、出発まで6時間待ちだったため、近くの公園にで時間をつぶすことにした。続いて、長崎にいる父親に会ってきたという女性が居た。父親と2人で鍋を楽しんだとのことで、その写真を見せてくれた。続いて、これから長崎に帰るという男の子たちがいた。中学受験を控えた小学6年生で、2泊3日の塾の特別講習の帰りだという。
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天神(福岡)
12月31日(土)
撮影3日目は大みそか。朝、バスを待つご夫婦に声をかけた。夫婦ともに80歳になるということで、記念に九州に旅行に来たという。ギターを持った2人連れに声をかけた。バンド活動を行っている大学生で、年明けにあるライブの練習のため、ギターを帰省先に持って帰るという。夜9時半、年越しが迫ってきた。ずっと下を向いている人たちに話しかけた。身内に不幸があり、これから米子まで行くという。
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天神(福岡)
1月1日(日)
元旦、到着したバスから降りてきた男性に声をかけた。男性は岡山のパン屋でパン職人として働いており、手土産としてそのパンを持っていた。ケーキ職人だった認知症の父親が、まだ自分を覚えている内に会いに行くとのこと。先日出会ったホテル清掃員の男性がいた。今日も北九州からバス通勤している。今日もいつも通り通勤して、いつも通り仕事をする。大分行きのバスを仮眠しながら待つ女性が居た。年越しで友人と太宰府天満宮に行っていたという。これから家族の待つ大分に帰る。
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天神(福岡)
ドキュメント72時間 年末スペシャル2023
福岡・高速バスターミナル 年の瀬を走る 6位
6位「福岡・高速バスターミナル 年の瀬を走る」の TVRを見て、徳井健太は「起業したいって言ってる若者2人組を見てると自分を思い出す。若い時の何の根拠もない自信。可愛いなって無責任に思っちゃいました」などとコメントした。
ドキュメント72時間
年末スペシャル2023 視聴者投票5位
出演者
-
ドキュメント72時間 年末スペシャル2023
福岡・高速バスターミナル 年の瀬を走る
6位「福岡・高速バスターミナル 年の瀬を走る」についての視聴者からのメッセージを紹介した。
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ドキュメント72時間 番組公式X福岡県
5位は…
5位の発表。5位は「大病院の屋上庭園で」。
(オープニング)
オープニング
オープニング映像。
大病院の屋上庭園で
5月9日(火)
御茶ノ水駅のすぐそばに、今回の舞台である東京医科歯科大学病院はある。8階の屋上庭園で撮影開始。親子がいた。先週から子どもが入院していて、ようやく外に出られることになって一緒に来たという。庭園は、患者やその家族向けのものだそう。決して見晴らしが良い訳ではないが、緑が豊かな空間。1人でベンチに座る男性がいた。メンタルを壊し、大学院生だった6年ほど前から通院しているという。入院していたこともあり、その頃からこの庭園をよく訪れていた。足に大きなギブスをした男性がいた。毎年ボランティアでサンタクロースをやっているが、子どもに蹴られるなどして半月板を損傷してしまい、先週から入院しているという。続いて、パジャマ姿の男性がやってきた。肺がんの手術をして、最近声が出せるようになってきたという。この場所は最近知ったばかりで、まだ3~4回目とのこと。夕方になると、ほとんど人が来なくなったため、病院の立体駐車場の上にある別の庭園に移動した。病院の職員の人たちが集まっていた。きょうの夜勤を最後に退職するスタッフのために写真を撮るために来たとのこと。ここは患者も医療従事者も心安らげる憩いの場となっている。ベンチでひとりアイスを食べる男性がいた。男性はここで歯科医師をしており、多忙な毎日の息抜きに利用しているという。夕方6時、8階の屋上庭園は施錠された。
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御茶ノ水駅御茶ノ水(東京)東京医科歯科大学病院
5月10日(水)
撮影2日目。庭園のベンチで電話している女性がいた。女性はNPO法人の代表で子どものいじめの問題に取り組んでおり、「日曜討論」などNHKの番組にも出演経験があるという。メディア出演などで全国を飛び回る生活の中で、体を壊してしまったという。エレベーターホールでスタッフに話しかけてくる人たちがいた。今日、退院するとのことで、入院中は行けなかったこの庭園を記念に訪れたという。庭園の入口で話し込む2人がいた。娘が出産したとのことで面会に訪れたということ。出産した娘は20年ほど前、白血病でこの病院に入院しており、その頃にこの庭園ができたのだという。夕方、下の庭園を1人で歩く女性がいた。主人が抗がん剤の点滴を打っていて、2週間に一度ほど来ているという。主人は一年近く闘病中で、女性はずっとそばで付き添ってきた。ひたむきに生きる草花や虫を目にするだけで、不思議と心が軽くなる。
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御茶ノ水(東京)日曜討論東京医科歯科大学病院
5月11日(木)
撮影3日目。お昼前、パジャマ姿の男性と付き添いの女性が訪れていた。男性はこれから抗がん剤を打つが、その前に外の空気を吸いに来たという。お昼すぎ、雲が出てきた。1人で音が出ない楽器を演奏している男性がいた。デジタルサックスで、サウンド・オブ・ミュージックのマイ・フェイバリット・シングスを練習しているとのことだった。男性は中華料理屋で働いており、楽器は仕事ではなく趣味とのこと。男性が庭園を去った後、激しい雨が降り出した。雨上がりに庭園に足を止めたのは、通院帰りの女性。今日しか見れないこの景色に感謝の気持ちを込めながら、写真を撮影していた。
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御茶ノ水(東京)東京医科歯科大学病院私のお気に入り
5月12日(金)
撮影4日目。撮影初日に出会った親子と再会した。来週退院予定だというお子さんは、こちらに手を振ってくれた。
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御茶ノ水(東京)東京医科歯科大学病院
ドキュメント72時間 年末スペシャル2023
大病院の屋上庭園で 5位
5位「大病院の屋上庭園で」の TVRを見て、吹石一恵は「あの庭園はすごく意味のある場所なんだろうなと思いました」などとコメントした。
ドキュメント72時間
年末スペシャル2023 視聴者投票4位
出演者
-
ドキュメント72時間 年末スペシャル2023
スタジオトーク
4位は「北海道・礼文島 最果てのユースホステルで」。
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北海道礼文島
(オープニング)
オープニング
今回の舞台は北海道礼文島にあるちょっと変わったユースホステル。歌ったり踊ったり屋根に登ったり、とにかく賑やかなこの場所に、連日大勢の人が泊まりに来る。何がここまで人を惹きつけるのか。最果ての小さな宿に3日間カメラを据えた。
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北海道桃岩荘ユースホステル礼文島
北海道・礼文島 最果てのユースホステルで
7月30日(日)
2300人ほどが暮らす北海道礼文島に「桃岩荘ユースホステル」はある。撮影開始。ちょうど受け付けにお客さんがいた。千葉から来たという男性、ここに来るのは初めてだという。個室はなく相部屋で、2段ベッドがたくさん並んでいる。他の男性客に話しかけた。静岡から、20年ほどここに通っているというという常連さんだった。両親がここで知り合って結婚し、男性は「礼文」と名付けられたという。ここで突然作戦司令が出て、宿のスタッフとお客さんが入り口に集まり、やってきたお客さんを楽器で盛大に出迎えた。このド派手なお出迎えがこの宿の名物。昔からユースホステルにはお客が来るとみんなで迎える文化があり、それが進化していったもの。ここができたのは56年前。漁師の休憩所だった建物を改装した。派手なお出迎えに戸惑う女性2人組のお客さんに話しかけた。2人とも来るのは初めて。HPなどでこういう雰囲気であることは知っていたが、びっくりした。今回は羞恥心を捨てて参加していきたいのこと。この宿は食事の提供はなく、ご飯は各自で食べる。夕方6時半ごろ、食堂ではインスタント食品などを食べているお客さんたちが見られた。洗濯も併設されたコインランドリーで自分で行う。埼玉から1人で来たという女性がいた。9月からヨーロッパに永住予定で、最後の思い出として北海道を周遊しているという。夜7時、「ミーティング」という恒例行事が始まった。かつて全国のユースホステルで行われていた行事で、お客が親睦を深めるために地域のことを学んだり、歌を歌ったりする。1970年代には580軒以上あったユースホステルだが、時代と共に減り続け、今は最盛期の2割ほどとなっている。2時間のミーティングが終わった後、1人の女性に声をかけた。ここに来たのは20歳のときの一人旅以来、34年ぶり。子育てが終わり余裕ができたとき、ふとこの宿のことを思い出したという。午後10時、消灯時間を迎えた。
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北海道桃岩荘ユースホステル礼文島
7月31日(月)
撮影2日目。早朝5時、食堂を覗くと、朝からトレッキングに行くお客さんたちが食事をとっていた。トレッキングは約25kmを歩く。8時前、お客さんも参加するお掃除大会がスタートした。ユースホステルでは宿のスタッフを「ヘルパー」と呼ぶ。8時過ぎ、海を見ながら話し込む2人組がいた。昨夜の34年ぶりに来たという女性と、ヘルパーの男性だった。男性は女性の息子さんとほぼ同い年だという。男性は大学を休学しており、来年は大学に戻らないといけないという。女性の息子さんも休学したことがあるという共通点があった。「バーニングさん」と呼ばれる年配のヘルパーがいた。バーニングさんが18歳の時の浪人生活中に行き詰まり1人旅に出た際、最初に泊まったのがこの宿だった。今から54年前の話。この宿の人たちを見て、「もっと気楽に生きていいんだ」と思えたという。ここのヘルパーはみんなもともとはお客さんだった。夕方、トレッキングに参加した人たちが帰着し、盛大に出迎えられた。初めて来て戸惑っていたきのうの女性2人組も慣れてきた模様。この日も新たに14人の宿泊客が到着、京都から来た27歳の画家などがいた。
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北海道桃岩荘ユースホステル礼文島
8月1日(火)
撮影3日目。この日のトレッキングに同行した。8人が参加した。20代の若者に混じって、久しぶりに来たという50代の男性がいた。自分を見つめ直したい、変わっていないということを確認したい、などの思いがあるという。一方、宿には新たなお客さんが到着した。兵庫県から来たという4人家族だった。ご夫婦はここで知り合ったという。夕方、トレッキングチームはゴールまで残り6kmの地点にいた。天候の悪化で予定より大幅に遅れていた。みんなで歌を歌いながら歩いた。50代の男性は、楽しめる力がなくなっている気がしたがみんなといると若くなれた、などと話した。
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北海道桃岩荘ユースホステル礼文島
8月2日(水)
撮影4日目。最後に出会ったのは沖縄・波照間島から来た男性。最南端で医者をしているが迷うことばかりで、最北端の先生に会いたくて来たという。
キーワード
北海道桃岩荘ユースホステル礼文島
ドキュメント72時間 年末スペシャル2023
4位 北海道・礼文島 最果てのユースホステルで
鈴木おさむは場所がこの島にあるんだっていうことに驚いたなどと語った。
ドキュメント72時間
年末スペシャル2023 視聴者投票3位
出演者
-
ドキュメント72時間 年末スペシャル2023
スタジオトーク
3位は「大阪 昭和から続くアパートで」。
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大阪府
(オープニング)
オープニング
今回の舞台は大阪にある築50年以上のアパート。約70世帯が暮らしている。ここにはちょっと不思議な集会所がある。昭和の雰囲気が残るアパートで3日間、令和を生きる人たちを見つめてみた。
キーワード
大阪府
大阪 昭和から続くアパートで
11月11日(金)
大阪湾に面した工業地帯の一角にある3棟のアパート。1階にある集会所で朝からお酒を飲んでる人たちが居た。昔、商店が入っていたというこの場所に、毎日のように住人が集まってくるらしい。造船業が盛んだった地域で、職人が多い。ほろ酔いの男性が部屋まで案内してくれた。アパートは3棟全部で150戸。入居しているのはその半分ほど。男性の部屋は、6畳と4畳半の2部屋で家賃は3万5000円とのこと。4畳半1部屋で1万9000円のところもあり、住人の多くは一人暮らしという。別の男性は共同のトイレや風呂、洗濯機に案内してくれた。このアパートが建てられたのは1965年(昭和40年)。造船会社や鉄工所などで働く多くの労働者が移り住んだ。時代とともに造船業は衰退したが、アパートは残った。コスプレの撮影でアパートを使わせてもらったという女性2人組がいた。細菌は昭和の雰囲気を求めてロケ地として借りる人もいる。お昼、集会所で酔ってフラフラな男性をみんなで部屋に連れて行ってあげた。いつものことらしい。午後1時、管理人さんがシャッターを下ろしている。集会所はもう閉めるとのこと。アパートを散策してみた。開いている扉が…。中にはご主人が亡くなってから移り住んだという女性がいた。マンションに居た頃は住人との付き合いはなく、集会所などを通じてここでの人付き合いを楽しんでいる。夕方、誰かが2階へ上がっていった。近所の中華料理屋さんの出前の人だった。出前をした部屋のご夫婦は、36~37年ほど住んでいるという。奥様が病気持ちなこともあり、住み慣れている家がいいとのこと。
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住之江区(大阪)
11月12日(土)
撮影2日目。朝7時、アパートにある共同の裏庭で洗濯物を干している人が居た。2年前に入居したという女性、年金ぐらしで家賃の安さが決め手だったという。8時半、早くも住人の方々が集会所に集まり、シャッターが開くのを待った。土曜の朝も同じように人が集まる。きのう酔っていた男性も来た。熊本の田舎町出身だという男性は現在66歳で、25歳から住んでいるという。7人兄弟の末っ子で10代で家を出た。左官や溶接工をしてきたが、最近は働けていないという。ええことは人生の3分の1で、3分の2は悪いことだと話した。みんないろいろな道のりを経てここで暮らしている。夕方、モップを持った人が廊下を掃除していた。男性はここに住み始めて20年以上で、朝晩率先して掃除をしている。ネコがおしっこをするので大変とのこと。
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住之江区(大阪)
11月13日(日)
撮影3日目。雨の日曜日。若い人が大勢、アパートの直ぐ側にある造船所の跡地へ集まった。最近、工場の跡地を生かしたアートイベントでの町おこしが盛ん。時代とともに変わっていく地域を、アパートは変わらずに見続けてきた。午前中、2階の1室になにやら人が集まっている。管理人さんと居たのは来月この部屋に入居するという男性。60のときに脳卒中になったという男性、後遺症で左半身に麻痺があり、入居の準備をみんなで手伝っていた。お昼、みんなで料理をし始めた。時折、焼きそばパーティを開いているという。しかしそこにはいつもの男性はいなかった。きょうは体調が優れず、ゆっくり家に居たかったという。管理人さんは男性の部屋に焼きそばを持っていってあげた。部屋で亡くなってしまう住人もいるため、機会があればなるべく訪れるようにしているとのこと。
キーワード
住之江区(大阪)
11月14日(月)
撮影4日目。いつもの男性が居た。きょうは調子が良さそう。20年ほど前、事故で足に大やけどを負い、後遺症で体が不自由になり、職人の仕事を失ったという。それでもこれも自分の人生と生きてきた。洗濯を干す男性の頭上には青空が広がっていた。きょうも男性は仲間たちのいる集会所へ向かった。
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住之江区(大阪)
ドキュメント72時間 年末スペシャル2023
3位 大阪 昭和から続くアパートで
3位は「大阪 昭和から続くアパートで」。アパートから中継映像を伝えた。