「コモン・ストック=才能の差異から学び合う場をつくるには」池上惇
説得力の拡充
人びとが分業しながら、それぞれの才能を開発し、互いに、才能を評価しあう力量を持つようになる。この力量こそ、それぞれが生産したモノを交換する「呼び水」になる。
動物は獲物をめぐって殺しあわねば生きられない。
これに対して、人間は私益を追求する中で、相手を説得し、あなたの才能を生かした生産物を産み出す力量を評価する。そして、その力量を活用して「わたくしの欲しいものをくれ。」そうすれば、私の才能を生かしてモノを産み出し、「君にも望むものをあげよう」と申し出る。これによって、文化的に共生し、各自の文化資本を生かした共生の文化社会を構築できる。
これは、人類が産み出した知恵であり、素晴らしい説得力である。
ここでは、各自は私益追求を入り口(出発点)としながら、才能(実践の中で形成した智慧)を生かしあい、学び合う。そして、交換が実現すれば、それぞれの生産物が持つ有用性や効用を各人が活用する。
この入口と出口の中間に各自の才能の束として、「共同(きょうどう)財(ざい)」(共生文化資本)が成立する。
よくぞ、スミスは、この目に観えない「束」を発見したものだ。凄い眼力である。よく「行間を読め」などというが、スミスは行間を読む力があったのだ。
では、各自の才能は、生産物の交換という行動によって活かしあうだけにとどまるのか。
それとも、商品、生産物交換、市場などの次元とは別に、独自に、才能を開発する場を持つことが出来るものなのか。
実践知と学校知の総合化
もしも、このような「独自の場」があるとすれば、それはなにか。
『国富論』の第三部、資本の蓄積、第四部、財政を通読してみると、スミスは、二つの局面で、個々人の才能を開発する機会、そのような場づくりについて触れている。
ひとつは、財政を用いた教育の場づくりであり、もう一つは、資本蓄積過程における設備や土地への投資とならぶ、「人的能力への投資」である。
前者は「学校知」ともうべき、基礎的教養や、「読み書き算盤」といもいうべきもので、学校制度の中で養われる。
後者は、生産の現場を踏まえた「実践知」というべきもので、現場の仕事が提起する「必要」に対応して人的能力投資が行われる。そこでは、企業・自営業などの経営資源を人的能力に配分し、設備投資と並ぶ重要な投資活動として位置付けている。
これらの実践知と学校知が人的能力の向上に貢献すると、設備投資に並ぶ、高い生産性を実現できる。これがスミスが拓いた展望である。
もしも、この研究結果が間違いでなければ、財政を通じた教育制度への社会の資源御配分と、事業組織における人的能力投資への資源配分は、その社会の基盤となるべき「社会的生産性」を高めるであろう。
その生産性は、各事業所における個別の生産力の高まりにつながり、さらには、各事業者の人的能力における才能の開発をもたらして、生産物の質を高め、需要に応答する生産システムの構築に貢献するであろう。
残念なことであるが、このようなスミス人的能力開発論を評価して、継承することのできた経済学者は少数にとどまる。シジウック、マーシャル、などケンブリッジ学派の系譜は、人的能力の開発を重視したが、この伝統はケインズによって遮断された。
むしろ、異端と呼ばれた、ラスキン、モリス(後に、G.D.H.コールが継承した)、そして、ロンドン大学によって生み出された新潮流、ウエッブ夫妻や、ライオネル・ロビンズ、その継承者であった、ピーコック、ボウモルなど、文化経済学者たちこそ、スミス理論の事実上の継承者であった。
また、1940年代以降は、アメリカを中心とした教育経済学がスミスの再評価から出発して経済学に大きな影響を残したし、フランスのブルデユーが支配階級による高等教育への投資と、このなかで、教育教養知が独占される過程として、文化資本概念を位置付けている。
日本では、西欧の流れとは独立して、尊徳や梅岩、方谷らが、実践知を基礎とした塾や個別の教養教育を通じて、「結=ゆい」の文化的伝統を生かした学び合い、育ちあいの思想を産み出している。1990年代から文化経済学の日本における研究者は、才能の開発や相互活用を、文化資本論として展開しはじめ、そのなかで、日本の研究成果を踏まえて、スミスの「コモン・ストック」論を高く表した。福原義春、植木浩、池上惇、植田和弘、中谷武雄らの研究成果である。
2014年、7月23日に、大阪国際交流センターで、都市創造性学会の国際会議があり、中谷先生が代表されて、Accumulation and Reproduction of Cultural Capital for Urban Creativity, Paper to be presented at AUC 3rd Conference in Osaka, Japan、Session C : Culture and Creative Millieu, 23rd July 2014 として報告された。
日本文化経済学における文化資本研究の国際学会への登場である。この学会は、佐々木雅幸先生が、国際的な創造都市ネットワークを構築する活動と並行して、フランス、イタリア、スペイン、アメリカなどの研究者と共に設立された。この学会も、新しい時代の始まりとなるのかもしれない。次回から、中谷先生が報告された共同研究の内容をご紹介する。 Ikegami ©2014
説得力の拡充
人びとが分業しながら、それぞれの才能を開発し、互いに、才能を評価しあう力量を持つようになる。この力量こそ、それぞれが生産したモノを交換する「呼び水」になる。
動物は獲物をめぐって殺しあわねば生きられない。
これに対して、人間は私益を追求する中で、相手を説得し、あなたの才能を生かした生産物を産み出す力量を評価する。そして、その力量を活用して「わたくしの欲しいものをくれ。」そうすれば、私の才能を生かしてモノを産み出し、「君にも望むものをあげよう」と申し出る。これによって、文化的に共生し、各自の文化資本を生かした共生の文化社会を構築できる。
これは、人類が産み出した知恵であり、素晴らしい説得力である。
ここでは、各自は私益追求を入り口(出発点)としながら、才能(実践の中で形成した智慧)を生かしあい、学び合う。そして、交換が実現すれば、それぞれの生産物が持つ有用性や効用を各人が活用する。
この入口と出口の中間に各自の才能の束として、「共同(きょうどう)財(ざい)」(共生文化資本)が成立する。
よくぞ、スミスは、この目に観えない「束」を発見したものだ。凄い眼力である。よく「行間を読め」などというが、スミスは行間を読む力があったのだ。
では、各自の才能は、生産物の交換という行動によって活かしあうだけにとどまるのか。
それとも、商品、生産物交換、市場などの次元とは別に、独自に、才能を開発する場を持つことが出来るものなのか。
実践知と学校知の総合化
もしも、このような「独自の場」があるとすれば、それはなにか。
『国富論』の第三部、資本の蓄積、第四部、財政を通読してみると、スミスは、二つの局面で、個々人の才能を開発する機会、そのような場づくりについて触れている。
ひとつは、財政を用いた教育の場づくりであり、もう一つは、資本蓄積過程における設備や土地への投資とならぶ、「人的能力への投資」である。
前者は「学校知」ともうべき、基礎的教養や、「読み書き算盤」といもいうべきもので、学校制度の中で養われる。
後者は、生産の現場を踏まえた「実践知」というべきもので、現場の仕事が提起する「必要」に対応して人的能力投資が行われる。そこでは、企業・自営業などの経営資源を人的能力に配分し、設備投資と並ぶ重要な投資活動として位置付けている。
これらの実践知と学校知が人的能力の向上に貢献すると、設備投資に並ぶ、高い生産性を実現できる。これがスミスが拓いた展望である。
もしも、この研究結果が間違いでなければ、財政を通じた教育制度への社会の資源御配分と、事業組織における人的能力投資への資源配分は、その社会の基盤となるべき「社会的生産性」を高めるであろう。
その生産性は、各事業所における個別の生産力の高まりにつながり、さらには、各事業者の人的能力における才能の開発をもたらして、生産物の質を高め、需要に応答する生産システムの構築に貢献するであろう。
残念なことであるが、このようなスミス人的能力開発論を評価して、継承することのできた経済学者は少数にとどまる。シジウック、マーシャル、などケンブリッジ学派の系譜は、人的能力の開発を重視したが、この伝統はケインズによって遮断された。
むしろ、異端と呼ばれた、ラスキン、モリス(後に、G.D.H.コールが継承した)、そして、ロンドン大学によって生み出された新潮流、ウエッブ夫妻や、ライオネル・ロビンズ、その継承者であった、ピーコック、ボウモルなど、文化経済学者たちこそ、スミス理論の事実上の継承者であった。
また、1940年代以降は、アメリカを中心とした教育経済学がスミスの再評価から出発して経済学に大きな影響を残したし、フランスのブルデユーが支配階級による高等教育への投資と、このなかで、教育教養知が独占される過程として、文化資本概念を位置付けている。
日本では、西欧の流れとは独立して、尊徳や梅岩、方谷らが、実践知を基礎とした塾や個別の教養教育を通じて、「結=ゆい」の文化的伝統を生かした学び合い、育ちあいの思想を産み出している。1990年代から文化経済学の日本における研究者は、才能の開発や相互活用を、文化資本論として展開しはじめ、そのなかで、日本の研究成果を踏まえて、スミスの「コモン・ストック」論を高く表した。福原義春、植木浩、池上惇、植田和弘、中谷武雄らの研究成果である。
2014年、7月23日に、大阪国際交流センターで、都市創造性学会の国際会議があり、中谷先生が代表されて、Accumulation and Reproduction of Cultural Capital for Urban Creativity, Paper to be presented at AUC 3rd Conference in Osaka, Japan、Session C : Culture and Creative Millieu, 23rd July 2014 として報告された。
日本文化経済学における文化資本研究の国際学会への登場である。この学会は、佐々木雅幸先生が、国際的な創造都市ネットワークを構築する活動と並行して、フランス、イタリア、スペイン、アメリカなどの研究者と共に設立された。この学会も、新しい時代の始まりとなるのかもしれない。次回から、中谷先生が報告された共同研究の内容をご紹介する。 Ikegami ©2014