あるアニメを観ていたら急に書きたくなった話。
あまり構えずに読んでいただけると幸いです。
ここから~~
「あ、ちょっといいですか?」
私は試合後、いつもの集計に入ろうと自室に戻ろうとしていたところ、通路で待っていた文さんに呼び止められた。
いいですよと返事をしたものの、私はふと考えた。
何の用だろうか――。
相手投手の映像についてだろうか。それとも、新たな原稿の依頼だろうか。はたまた締切近い原稿の進行具合の確認か。
しかし、どれも違うような気がするし、どれについても言われそうな気がする。どれか1つだとしたら、全く見当がつかない。
そんなことを考えながら、呼び止められた場所に立ち止まり、文さんが何か言い出すのを待っているだが、
「…………」
特に反応がない。
あれと思いながらも無言の状態が続く。向こうがしゃべらないので、こっちからしゃべる理由もないわけで、変な緊張が張り詰めていた。
しばらくしてから、「いいですか。落ち着いて聞いてください」と前置きをして、文さんはいつもとは違う口調でしゃべり始めた。
いつにない真面目な空気に私も息を飲んで次の言葉を待つ。
「命を狙われてます」
「え?」
「え? じゃありませんよ。忠実さん、あなたの命が狙われているんですよ」
「なぜ? あ、もしかして、山の神社にいる人たちからってこと?」
紅黒戦で出会ったこの異変の介入者。
なんでも自分たちへの信仰を集めるべく、楽天へと介入を行い、タートルズとは別に日本一を目指しているらしい。
名前は早苗さん、神奈子さん、諏訪子さん。
この3人が私たちとは違う目的でこの異変に関わっているのだが、幻想郷の住人ではない私が、外の知識をもとにタートルズの異変解決を手伝っている。
そこで、自分の目的のために私の存在が邪魔になったと考えたのだが、その後の返事を聞くに、どうやら違うらしい。
「違いますよ。なんと、私たち選手のファンからです!」
「え?」
本日の二度目の「え?」が口から出てきた。
よくわからない。
私たち選手ということはタートルズの選手のことであって、言わずもがな味方であり、一緒に異変を解決していく仲間である。
で、そんな仲間を応援してくれるファンがなぜ裏方の私の命を狙う理由があるのだろうか。
こういったところをしどろもどろで文さんに説明すると、事情を話してくれた。
「昨日の試合中継でベンチの様子が流れまして、そこで、忠実さんが輝夜と打ち合わせをしている様子、レミリアさんやフランさんにアドバイスを送っている様子が映ったんです。その後、ニトニト動画内にその様子がアップされまして、これを観たユーザーからは『俺の嫁があああああ』というコメントであふれかえり、危害を加えるなどの過激なコメントも散見される有様でして」
「…………」
誰もが振り返る美少女揃いだからな、うちのチームは。
となれば、選手たちはアイドルみたいな扱いを受け、中には熱狂的なファンによるコミュニティがあるらしく、そこでは過激的な活動をほのめかす人たちがいると言う。
「本気で危害を加えるとは思えないですが、一応注意しておいた方がいいかなと」
「うん、ありがとう」
「それにしましても、思わぬ障害ですね」
文さんの感想に私は同意せざるを得ない。
その後、もう少し具体的に話を聞くと、今まではベンチにいてもあまり写らなかったが、今では選手たちの方から試合中に話しかける機会が増えたので、中継カメラに写る可能性も上がり、視聴者の目に留まってしまったのであろうとの結論だった。
私としてもこの時期になって、急にそんな話が出てきたので、心中どうしてこうなったと根本となった出来事について考えてみた。
すると、なんとなく思い当たった出来事があった。後半戦最初の中日戦。あのとき円陣を組んでいた際に発した私の発言である。
この日を境に、色々と選手たちの方から意見を求められる場面が増えてきたような気がする。こうやって自分の仕事が認められたことは、こちらとしても純粋に嬉しいし、いつもやっている分析に対しても力が入るようになってきた。
ただ、ここに来て新たな問題点が発生するものだから、人生というのは、よくわからないものである。
「で、今はその動画の様子はどうなっているの?」
「今では、あいつは俺たちの嫁を食い物にしているという流れになり、あいつ許すまじ、というコメントが断続的に流れているようでして」
(ガクガクブルブル)
「で、で、でででもニト動だけの話でしょ」
「……本日、『スコアラー様』という宛て名で球団に届いたファンレターです」
どれどれ。
『嫁に手を出したら穴をブチ抜きます』
(神様…………)
「呼んだ?」
そう言われて視線を向けると、雛さんの姿があった。
「…………」
「…………」
「…………(くるくる)」
「…………」
「…………呼んでません」
辛うじて口から出た言葉に、雛さんは納得したのかそのまま去って行った。
「は~」
とりあえず、雛さんの姿が見えなくなってから私は改めて頭を抱えた。
悪戯だと信じたいが、私もファンの熱狂ぶりを垣間見ることがあるだけに、100%これを悪戯だと断言することはできなかった。
文さんも「気を付けてくださいね」と言ってくれたが、正直、このときは混乱していて碌に返事もできていなかった。
「いやいや、救ってくれよ。表舞台に立つのは苦手だが、このまま歴史の裏で消されるのは勘弁してほしいし」
「そうですね~。…………私もあなたにはお世話になっていますし、なんとかすべく案を考えて来たんですよ」
「案?」
◇ タートルズ・サイド ◇
文の提案した作戦の決行日。
本人や一部の仕掛け人以外は全く知らされていない状況で、後に第一発見者となるアリスと魔理沙が現場入りした。
「おはよう魔理沙」
「よっ」
なんでもないやり取りが交わされながら、二人は自然に並んで球場の廊下を通る。
直後、見慣れない人影が後ろから二人を追い抜いて行った。
ぱっと見た感じ、その人影は選手ではないと判断すると、二人は慌ててその後を追った。
「誰? 関係者以外は立ち入り禁止のですけれど」
すぐに追いついてアリスがその人影に言葉を投げかけてみる。
「…………」
「おい、聞いているのか? それ以上動くと――」
その人影から反応がないので、魔理沙がもう一度強い口調で警告を出すと、今にも消えそうな声で返事が返ってきた。
「よく聞こえないぜ」
ちゃんと聞こえるように返事を促すと少し聞き取りやすくはなった大きさで、
「……尾張ですぅ」
と人影は答えた。
『へ?』
そう言われて、不審者の姿をもう一度確認すると、間違いなく尾張だった。
ただ、普段の姿とは違い、なぜかその姿は女の子ようであったが。
『…………』
(何故、女装しているんだろう……)
「…………」
(最初に見られたのが、この2人とは――)
それぞれの想いとは別に、三人がいる廊下は沈黙が続いた。
最初に動いたのは、アリスだった。
「…………。でね~、魔理沙――」
「お、おう」
そう、二人は見なかったことにしたのだ。
「ちょ――。ナチュラルに無視しないで。これには理由があるんです」
尾張は立ち去ろうとしている二人を急いで呼びとめると、説明を始めた。
・回想(さっきの続きから)
「女装に興味あります?」
案があると言った直後、文は物を頼むかのような口ぶりで尋ねた。
「…………」
「…………」
「拝啓、母上様。先に旅立つ不孝を――」
「やめて!」
この後に色々とやり取りがあるが、主人公ご乱心のため少々の混乱が生じた。
以下はその一部である。
尾張が「女装するくらいなら、自分で命を――」と遺書を書き始めると、文も急いで筆を取り上げ、女装を勧める理由を述べる。
「話を聞いてください! 男だからファンに狙われるんです。だからファンの前では女だと思ってもらえれば――」
「で、でも私は、わたしはあああああああああああああああ」
しかし、彼の混乱は収まらない。
「椛! もみじ、いるんでしょ。あんたも早く止めなさい!」
「どうしたんッスか? そんな騒いで、ワフっ。ちょっと落ち着いて下さい!」
結局、椛の協力も得てようやくこの場を収めてから説得を繰り返し、ようやく彼の頭が縦に振られたのは、日付を越え、丑三つ時あたりのことであったという。
・回想終了
「――で、女装する羽目になったと」
「はい」
尾張はいつもより元気のない口調で答えた。余程女装することが堪えたのだろう。
「それ、騙されているわよ」
「そんな感じがしてきました。手紙の主が誰のファンかさえわかれば、問題ないと思うんですよね。応援している選手が私なんか取られるかもしれないと思っているわけですし、私がその選手と表だって仲良くしているところを見られなければいいので」
「いや、そんなことをしなくてもだな――」
「それにしても……変わるものね」
「うぅ……」
魔理沙が尾張の話を遮って何かを言おうとしたが、アリスの感想に割り込まれた。
二人は改めて尾張の女装姿をよくよく見ると、その質の高さが伝わってきた。
(画像をクリックすると、大きなサイズで見ることができます)
確かに、最初は女装しているという色眼鏡で見てしまったが、髪――多分カツラではあろうが――には綺麗に櫛が通っていて絹のようであり、肌は抜けるように白く、口元には赤く口紅が施され、胸には丁寧に詰め物もしている。
カツラや化粧をうまく使っている印象はあるが、それでも元がいいのか、その姿で人里を歩いていても完全に女性だと勘違いするだろう。
そこらへんを聞いていみると、こういった女装セットは文が用意してくれたみたいで、さっきまでノリノリで化粧をしていたと言う。
「今日はこの格好で試合に臨むのか?」
尾張の姿を一通り堪能してから、魔理沙が本人の意思を確認する。
「う~ん、そうなるね。で、ひとつ問題が」
しかし、彼が懸念すべき点があると言う。
「名前なんだけど……」
沈黙が支配する。
中継ではベンチ内でも音声が入ることもあるため、尾張の呼び方も気をつけないといけない。ただ、その呼び方自体がまだ決まっていない。
さっきまで文、椛と一緒に考えていたが、名案もなく、結論は持ち越しになったのだ。
呼ばれる本人としても、いきなり別の名前とかでは反応できないと本人が言うので、まずは彼が反応できる名前であることが大前提となった。
「なら、本名に近い名前の方が良さそうね」
「そのまま『ただみちゃん』でいいんじゃね? 女っぽい名前だし」
「…………ちゃん付け…………」
しばらくその場で皆が悩んでから魔理沙がふと提案をした。
呼ぶ感じからするとどちらとも取れそうな感じではあるが、ちゃん付けんした途端、名前から一気に女の子っぽい感じが出てくるようであった。
「こら傷つくでしょ」
アリスも問題ないという雰囲気ではあったが、尾張のショックを受けた様子から思い直した。
「ん~。…………なら、みーちゃん?」
『ただみ』だから、みーちゃん。今度は単純過ぎるネーミングではある。しかし、アリスの中でヒットするものがあったらしく、
「みーちゃん……。よし、それ採用!」
大きな声で宣言した。
その後、当然のように尾張本人からの抗議もあったが、効果はなく、試合前のミーティングで今日一日彼の事を「みーちゃん」と呼ぶことが決定された。
「みーちゃん♪」
「…………はい。なんでしょうか」
「呼んでみただけ♪」
「…………」
「みーちゃん、頑張ろうね(笑) プークスクス」
「…………」
ミーティング終了後、彼はかっこうのからかい相手になった。
普段は試合中もぶすっとしていて愛想も無い彼が、突然女装して選手たちの前に現れたのだ。選手たちのいじりたくなる気持ちもわからないでもない。
「あいつが『みーちゃん』だって。こりゃもう、うひゃひゃひゃひゃひゃひゃ」
「…………帰りたい」
試合前にも関わらず、彼は既に戦意を喪失していた。
~~ここまで
続きます。
【おまけ】
アリス「試合前は嫌がっていたのに今では板についているわね」
魔理沙「でもよ~。話を聞いていると他の女性を雇って実はこの人がアドバイスしてましたってやれば、それで足りたんじゃねーか?」
アリス「…………」
魔理沙(なんだ、今気付いたのか)
下にもう1つ日記更新し、オフレポの文字フォントや色をいじってみました。
遅いヨネ…………。 すいません orz
次へ
あまり構えずに読んでいただけると幸いです。
ここから~~
「あ、ちょっといいですか?」
私は試合後、いつもの集計に入ろうと自室に戻ろうとしていたところ、通路で待っていた文さんに呼び止められた。
いいですよと返事をしたものの、私はふと考えた。
何の用だろうか――。
相手投手の映像についてだろうか。それとも、新たな原稿の依頼だろうか。はたまた締切近い原稿の進行具合の確認か。
しかし、どれも違うような気がするし、どれについても言われそうな気がする。どれか1つだとしたら、全く見当がつかない。
そんなことを考えながら、呼び止められた場所に立ち止まり、文さんが何か言い出すのを待っているだが、
「…………」
特に反応がない。
あれと思いながらも無言の状態が続く。向こうがしゃべらないので、こっちからしゃべる理由もないわけで、変な緊張が張り詰めていた。
しばらくしてから、「いいですか。落ち着いて聞いてください」と前置きをして、文さんはいつもとは違う口調でしゃべり始めた。
いつにない真面目な空気に私も息を飲んで次の言葉を待つ。
「命を狙われてます」
「え?」
「え? じゃありませんよ。忠実さん、あなたの命が狙われているんですよ」
「なぜ? あ、もしかして、山の神社にいる人たちからってこと?」
紅黒戦で出会ったこの異変の介入者。
なんでも自分たちへの信仰を集めるべく、楽天へと介入を行い、タートルズとは別に日本一を目指しているらしい。
名前は早苗さん、神奈子さん、諏訪子さん。
この3人が私たちとは違う目的でこの異変に関わっているのだが、幻想郷の住人ではない私が、外の知識をもとにタートルズの異変解決を手伝っている。
そこで、自分の目的のために私の存在が邪魔になったと考えたのだが、その後の返事を聞くに、どうやら違うらしい。
「違いますよ。なんと、私たち選手のファンからです!」
「え?」
本日の二度目の「え?」が口から出てきた。
よくわからない。
私たち選手ということはタートルズの選手のことであって、言わずもがな味方であり、一緒に異変を解決していく仲間である。
で、そんな仲間を応援してくれるファンがなぜ裏方の私の命を狙う理由があるのだろうか。
こういったところをしどろもどろで文さんに説明すると、事情を話してくれた。
「昨日の試合中継でベンチの様子が流れまして、そこで、忠実さんが輝夜と打ち合わせをしている様子、レミリアさんやフランさんにアドバイスを送っている様子が映ったんです。その後、ニトニト動画内にその様子がアップされまして、これを観たユーザーからは『俺の嫁があああああ』というコメントであふれかえり、危害を加えるなどの過激なコメントも散見される有様でして」
「…………」
誰もが振り返る美少女揃いだからな、うちのチームは。
となれば、選手たちはアイドルみたいな扱いを受け、中には熱狂的なファンによるコミュニティがあるらしく、そこでは過激的な活動をほのめかす人たちがいると言う。
「本気で危害を加えるとは思えないですが、一応注意しておいた方がいいかなと」
「うん、ありがとう」
「それにしましても、思わぬ障害ですね」
文さんの感想に私は同意せざるを得ない。
その後、もう少し具体的に話を聞くと、今まではベンチにいてもあまり写らなかったが、今では選手たちの方から試合中に話しかける機会が増えたので、中継カメラに写る可能性も上がり、視聴者の目に留まってしまったのであろうとの結論だった。
私としてもこの時期になって、急にそんな話が出てきたので、心中どうしてこうなったと根本となった出来事について考えてみた。
すると、なんとなく思い当たった出来事があった。後半戦最初の中日戦。あのとき円陣を組んでいた際に発した私の発言である。
この日を境に、色々と選手たちの方から意見を求められる場面が増えてきたような気がする。こうやって自分の仕事が認められたことは、こちらとしても純粋に嬉しいし、いつもやっている分析に対しても力が入るようになってきた。
ただ、ここに来て新たな問題点が発生するものだから、人生というのは、よくわからないものである。
「で、今はその動画の様子はどうなっているの?」
「今では、あいつは俺たちの嫁を食い物にしているという流れになり、あいつ許すまじ、というコメントが断続的に流れているようでして」
(ガクガクブルブル)
「で、で、でででもニト動だけの話でしょ」
「……本日、『スコアラー様』という宛て名で球団に届いたファンレターです」
どれどれ。
『嫁に手を出したら穴をブチ抜きます』
(神様…………)
「呼んだ?」
そう言われて視線を向けると、雛さんの姿があった。
「…………」
「…………」
「…………(くるくる)」
「…………」
「…………呼んでません」
辛うじて口から出た言葉に、雛さんは納得したのかそのまま去って行った。
「は~」
とりあえず、雛さんの姿が見えなくなってから私は改めて頭を抱えた。
悪戯だと信じたいが、私もファンの熱狂ぶりを垣間見ることがあるだけに、100%これを悪戯だと断言することはできなかった。
文さんも「気を付けてくださいね」と言ってくれたが、正直、このときは混乱していて碌に返事もできていなかった。
「いやいや、救ってくれよ。表舞台に立つのは苦手だが、このまま歴史の裏で消されるのは勘弁してほしいし」
「そうですね~。…………私もあなたにはお世話になっていますし、なんとかすべく案を考えて来たんですよ」
「案?」
◇ タートルズ・サイド ◇
文の提案した作戦の決行日。
本人や一部の仕掛け人以外は全く知らされていない状況で、後に第一発見者となるアリスと魔理沙が現場入りした。
「おはよう魔理沙」
「よっ」
なんでもないやり取りが交わされながら、二人は自然に並んで球場の廊下を通る。
直後、見慣れない人影が後ろから二人を追い抜いて行った。
ぱっと見た感じ、その人影は選手ではないと判断すると、二人は慌ててその後を追った。
「誰? 関係者以外は立ち入り禁止のですけれど」
すぐに追いついてアリスがその人影に言葉を投げかけてみる。
「…………」
「おい、聞いているのか? それ以上動くと――」
その人影から反応がないので、魔理沙がもう一度強い口調で警告を出すと、今にも消えそうな声で返事が返ってきた。
「よく聞こえないぜ」
ちゃんと聞こえるように返事を促すと少し聞き取りやすくはなった大きさで、
「……尾張ですぅ」
と人影は答えた。
『へ?』
そう言われて、不審者の姿をもう一度確認すると、間違いなく尾張だった。
ただ、普段の姿とは違い、なぜかその姿は女の子ようであったが。
『…………』
(何故、女装しているんだろう……)
「…………」
(最初に見られたのが、この2人とは――)
それぞれの想いとは別に、三人がいる廊下は沈黙が続いた。
最初に動いたのは、アリスだった。
「…………。でね~、魔理沙――」
「お、おう」
そう、二人は見なかったことにしたのだ。
「ちょ――。ナチュラルに無視しないで。これには理由があるんです」
尾張は立ち去ろうとしている二人を急いで呼びとめると、説明を始めた。
・回想(さっきの続きから)
「女装に興味あります?」
案があると言った直後、文は物を頼むかのような口ぶりで尋ねた。
「…………」
「…………」
「拝啓、母上様。先に旅立つ不孝を――」
「やめて!」
この後に色々とやり取りがあるが、主人公ご乱心のため少々の混乱が生じた。
以下はその一部である。
尾張が「女装するくらいなら、自分で命を――」と遺書を書き始めると、文も急いで筆を取り上げ、女装を勧める理由を述べる。
「話を聞いてください! 男だからファンに狙われるんです。だからファンの前では女だと思ってもらえれば――」
「で、でも私は、わたしはあああああああああああああああ」
しかし、彼の混乱は収まらない。
「椛! もみじ、いるんでしょ。あんたも早く止めなさい!」
「どうしたんッスか? そんな騒いで、ワフっ。ちょっと落ち着いて下さい!」
結局、椛の協力も得てようやくこの場を収めてから説得を繰り返し、ようやく彼の頭が縦に振られたのは、日付を越え、丑三つ時あたりのことであったという。
・回想終了
「――で、女装する羽目になったと」
「はい」
尾張はいつもより元気のない口調で答えた。余程女装することが堪えたのだろう。
「それ、騙されているわよ」
「そんな感じがしてきました。手紙の主が誰のファンかさえわかれば、問題ないと思うんですよね。応援している選手が私なんか取られるかもしれないと思っているわけですし、私がその選手と表だって仲良くしているところを見られなければいいので」
「いや、そんなことをしなくてもだな――」
「それにしても……変わるものね」
「うぅ……」
魔理沙が尾張の話を遮って何かを言おうとしたが、アリスの感想に割り込まれた。
二人は改めて尾張の女装姿をよくよく見ると、その質の高さが伝わってきた。
(画像をクリックすると、大きなサイズで見ることができます)
確かに、最初は女装しているという色眼鏡で見てしまったが、髪――多分カツラではあろうが――には綺麗に櫛が通っていて絹のようであり、肌は抜けるように白く、口元には赤く口紅が施され、胸には丁寧に詰め物もしている。
カツラや化粧をうまく使っている印象はあるが、それでも元がいいのか、その姿で人里を歩いていても完全に女性だと勘違いするだろう。
そこらへんを聞いていみると、こういった女装セットは文が用意してくれたみたいで、さっきまでノリノリで化粧をしていたと言う。
「今日はこの格好で試合に臨むのか?」
尾張の姿を一通り堪能してから、魔理沙が本人の意思を確認する。
「う~ん、そうなるね。で、ひとつ問題が」
しかし、彼が懸念すべき点があると言う。
「名前なんだけど……」
沈黙が支配する。
中継ではベンチ内でも音声が入ることもあるため、尾張の呼び方も気をつけないといけない。ただ、その呼び方自体がまだ決まっていない。
さっきまで文、椛と一緒に考えていたが、名案もなく、結論は持ち越しになったのだ。
呼ばれる本人としても、いきなり別の名前とかでは反応できないと本人が言うので、まずは彼が反応できる名前であることが大前提となった。
「なら、本名に近い名前の方が良さそうね」
「そのまま『ただみちゃん』でいいんじゃね? 女っぽい名前だし」
「…………ちゃん付け…………」
しばらくその場で皆が悩んでから魔理沙がふと提案をした。
呼ぶ感じからするとどちらとも取れそうな感じではあるが、ちゃん付けんした途端、名前から一気に女の子っぽい感じが出てくるようであった。
「こら傷つくでしょ」
アリスも問題ないという雰囲気ではあったが、尾張のショックを受けた様子から思い直した。
「ん~。…………なら、みーちゃん?」
『ただみ』だから、みーちゃん。今度は単純過ぎるネーミングではある。しかし、アリスの中でヒットするものがあったらしく、
「みーちゃん……。よし、それ採用!」
大きな声で宣言した。
その後、当然のように尾張本人からの抗議もあったが、効果はなく、試合前のミーティングで今日一日彼の事を「みーちゃん」と呼ぶことが決定された。
「みーちゃん♪」
「…………はい。なんでしょうか」
「呼んでみただけ♪」
「…………」
「みーちゃん、頑張ろうね(笑) プークスクス」
「…………」
ミーティング終了後、彼はかっこうのからかい相手になった。
普段は試合中もぶすっとしていて愛想も無い彼が、突然女装して選手たちの前に現れたのだ。選手たちのいじりたくなる気持ちもわからないでもない。
「あいつが『みーちゃん』だって。こりゃもう、うひゃひゃひゃひゃひゃひゃ」
「…………帰りたい」
試合前にも関わらず、彼は既に戦意を喪失していた。
~~ここまで
続きます。
【おまけ】
アリス「試合前は嫌がっていたのに今では板についているわね」
魔理沙「でもよ~。話を聞いていると他の女性を雇って実はこの人がアドバイスしてましたってやれば、それで足りたんじゃねーか?」
アリス「…………」
魔理沙(なんだ、今気付いたのか)
下にもう1つ日記更新し、オフレポの文字フォントや色をいじってみました。
遅いヨネ…………。 すいません orz
次へ