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将棋普及データベース         (日本将棋連盟後援)

OMさん(続)

2014-02-03 | Worldwide

OMさんが亡くなる5ヶ月前のこと。2013年9月3日に、「将棋を世界に広める会」が「UYさんを偲ぶ会」を開いた。UYさんは「将棋を世界に広める会」の副理事長を長く勤めていたが、5月に亡くなった。UYさんは大学の大先輩だったので、同学のOMさんも誘って、参加していただいた。

「偲ぶ会」では、UYさんが生前熱心に推し進めていた「将棋の世界組織を作る」という話題で盛り上がった。
OMさんはこの話題に「ピピっと」反応した。翌日、OMさんからメールをいただいた。「協力して、将棋の世界組織を作る活動をしよう」という趣旨だった。ちょうど、9月7日に2020年の東京オリンピック開催が決まったこともあり、OMさんは「東京オリンピックに併せて、東京で頭脳オリンピックを開催し、その中に将棋を入れる」という計画を思いついたようなのだ。

私のほかにも2人に声をかけて、以後、OMさんのメール攻勢が始まった。OMさんが亡くなるまでの5ヶ月間で、メールは40通を超えた。内容は、世界組織の構成、会長候補、事務局の構成、囲碁などの他団体の事例、スポーツ・アコードの情報、知恵を出してくれる人の名前など多岐にわたった。OMさんは情報の出し惜しみをしない性格で、これらの情報が役に立つなら自由に使ってほしい、と書いてきた。

私の方では、OMさんのメールに答えることはほとんどしなかった。
それは、ある疑問があったからだ。それで、率直に疑問をぶつけてみた。
「OMさんは、肩書きのいくつかを整理して、このプロジェクトのために時間を割く用意がありますか?」
「立ち上げの資金を私が拠出します。OMさんも拠出なさいますか?」
これらに対する回答ははかばかしくなかった。それで、OMさんの「本気度」には疑問符がついた。

今、OMさんの生前の心中を察すると、以下のようになるのではないか?
「このプロジェクトは自分の存命中には陽の目を見ないかもしれない。でも、今すぐ、このプロジェクトは立ち上げねばならない。」このような使命感に基づいて、OMさんは将棋の世界組織の立ち上げに仲間を募ったのではないだろうか? (Ozekia 2014-02-03)



OMさん

2014-01-26 | Worldwide

OMさんが2014年1月21日に亡くなった。享年76。自宅で脳出血を発症して、病院で帰らぬ身となった。

OMさんは、大学と勤務先での私の先輩で、退役後は主として将棋仲間としておつきあい願っていた。
将棋以外にもOMさんの盤上遊戯にかける情熱はものすごく、囲碁7段、将棋初段のほか、中将棋の普及役、シャンチー(中国将棋)の選手、連珠の国際連盟の役員、チェッカー・ドラフツの日本連盟の会長、として活躍していた。また、遊戯史学会の役員をしていたのではなかったか?

OMさんの退役後の活動でもっとも華々しくかつ意義深かったのは、シニア世代向けのメール・マガジンの発行だろう。15年前に発行し始めて、現在まで371号を発行している。エッセー、旅行記、社会時評、シニア向け物品あっ旋など、絶えることなく発信し続けていた。
高校と大学で同学だった仲間3人で始めた活動で、数年前に仲間の一人が亡くなり、そして今OMさんが亡くなってしまった。

亡くなる半年前には、「これから『将棋学』を創設しようと思う」という抱負を聞かせていただいた。詳しい内容は伺わなかったが、おそらく次のような構想が頭にあったのではないか?
・ 将棋の起源
・ ゲームとしての将棋
・ 持駒使用のルール
・ 文化としての将棋
・ 棋譜の表記と表現
・ 将棋の国際普及
このうちのいくつかでも、OMさんの跡を歩めたらという思いが募る。

「新しいことを始める時には、これまでの肩書き3つを整理してからにすべきです」と生意気にも申しあげたが、OMさんは聞く耳を持たなかった。生涯突っ走るのがOMさんの生き様だった。そして、突然逝ってしまった。
(Ozekia 2014-01-26)