『待てど 暮らせど 来ぬ人を
宵待草の やるせなさ
今宵も 月は 出ぬそうな 』
『寒い…』
春とは言え夜はまだ冷えた。
少しばかり風も出てきたようだった。
薄暗闇に場違いのように黄色い水仙の花が笑いかけていた。
この少し寂しくて、でもきっと現れてくれると待ちわびる時間は楽しい…
彼はまだ来ない…
来るわけがない…
彼がこの世を去ってから、もうかなり経つ。
亡き人は心の中に住み続けて、私のすべてになっていた。
人はその足枷を取り除いて自由になれ、幸せになれ、と言う。
幸せを知っているのか…?
山菜採りに行くことやら、日本中歩いて廻ること…
約束したことがいろいろある…
私は幸せだ。
彼との約束が残っていた。
彼をじっと待つこの行為が本当の悲しみを掻き消してくれる。
待ち続けよう、月の夜も、月のない夜も。
そうやって、幸せな時間を重ねよう。
大きな悲しみに浮かぶ大きな幸せ。
心の暗闇に月の薄い光は讃美歌のように降った。
眠りに腕を引かれて、ゆっくりと窓を閉めた。
《おわり》