私たちは、それぞれの五感がキャッチした情報から、それがなんであるかを判断し、それに対する対応、反応を考慮する。
ただ、受信したその情報は、ただの『産み落とされた卵』でしかなく、その卵が、どのような成分構成になっているのか、親はだれか、鮮度はどうか、見ただけではわからないことが多い。
人間の態度もそうだが、アウトプットされたある発言、ある態度には、迷いや期待、策略、など、あらゆる経緯の土壌から誕生し、発芽する。
卵は同じに見えても、それぞれの構成がまったく異なるかもしれない。
また、産み落とされた卵は、それに接した人の主観、価値観で、価値が決定する。
学生のときに、『あなたには凄惨に見えるかもしれないが、わたしには幸福です』というような、解説を読んだ。
それが、たしか、下記の宮沢賢治のものの一部だったと、思う。
その部分が見つからなかったので、引用は違う場所ですが、物の絶対性が書かれているように思います。
青森挽歌は、妹の死の際に書かれたものです。
全てあるがごとくにあり
輝くごとくに輝くもの
おまえの武器やあらゆるものは
おまえに暗くおそろしく
まことは楽しく明るいのだ
詩集『春と修羅』の「青森挽歌」より